「で、あこまでヤっておいて何でくっつかないんだあのバカップルは。あれか?お互いツンデレなのか、いい加減に自覚しろよ、いい歳こいて何してるんだか」

ふんぞり返るその堂々とした姿、世にどれほど傲慢な生き物がいたとて彼女ほどではなかろうと芯から知らしめようほどの圧倒的な威圧感・当然さ。持ってのたまうトカゲ中佐に、居合わせることとなった不運な五人の老人ども。言うなれば世界最高権力である五老星の面々は「関わるな」とばかりに互いに顔を見合わせて、彼女がこの白亜の美しい建物にやってくるまで各々していた作業に集中しようとするのだけれど、中々上手くいかぬ。それも当然、折角一人が作業に没頭できるというところまで来ると、どこぞから持ち運んできた寝椅子に寝転がっていたトカゲがその長い足を組み替えて「見ろよこのおれのセクシーシーン」と、とんでもないことをのたまって、精神を乱される。

いや、五老星、それぞれ元々を正せば政府役人・海兵など「人間」であったのだけれど、世界の頂点に立ち、システムを円滑に動かすと決めたときから彼らは自信の「個」というものを消している。滅私奉公。頂点に君臨しながら世界のどんな生き物よりも自由ではないとさえ言える彼ら、女の色香に迷うことなんぞまずはない。そうであるのにトカゲという、妙なその生き物の言動は「個」のない、五人揃ってが一人の意識であろうと、一つの思考であろうとする彼らを、それはもう見事に苛立たせる。

今も髭の濃い老人が手に持っていたペンをぼきりとやった。やれやれと、黒服の中で唯一白い一重を纏うスキンヘッドの老人がため息を吐くとトカゲにちらりと視線をやって渋々と口を開く。

「何をしにきた。深遠の魔女」
「中二臭い呼称を使うな、鬱陶しい。まァ、暇つぶし?」
「今すぐ帰れ」
「ふふ、そんな顔をして言うんじゃァないよ。このおれがおとなってやったのだから少しは光栄に思え?」

誰かこの女の頭を引っぱたいてくれぬだろうかと、五人が同時に思ったが、それが己、になることは誰一人としていない。殴りたくないとかそういうことではなくて、トカゲとかいう妙な女に障りたくないと、毛虫を見るような嫌悪感からである。

見かけばかりは冗談のように美しい女、けれどその本質はおぞましいバケモノだ。と同じく、とそう彼らは思う。、悪意の魔女、海の魔女、嘆きの魔女と広くよばれるあの悪夢のような生き物と、この女はまるでそっくり同じなのだ。当人らが聞いたら憤慨しようものだが、しかし彼らは心からそう思っている。

「理由がほしければ好きに作って信じろ、とか、まぁそんなことを言ってやっても構わないんだけどな?簡単に言えば、ふふ、にちょっかいをかけて赤犬がキレないわけがない。どうせヤり終わったらおれへの酷い虐待を思い出すんだろうからと、か弱いおれは逃げてきたのさ」

どの口が言うのだろうか。

五老星は一応海軍本部に潜入させている己らの「目(監視役)」から今回このトカゲ中佐という、煮ても焼いても食えぬ女がにちょっかいをかけて困らせたという話を聞いてはいる。なんでも縁結びの糸だがなんだかで、危険もないようなので放置したが、自分たちに火の粉がかかってきたか。

「だが飽きたな。ここは読書には良いだろうが、寂しすぎる場所だ。華がないというか、もう少しこう若くて美しい娘でも侍らせたらどうだ」
「わたしでは花にはなりませんか」

つらつらと言い放つトカゲに五人が閉口していると、鈴を転がすような声がかかった。

「こんにちは、トカゲ中佐。相変わらずお美しい」
「なんだ、か」

トカゲが顔を上げれば、淑女というのはこのようなという見本のような顔をしたシェイク・S・が相変わらずこの世というものをひそかに面白がっているような口元で立っていた。こちらを見下ろしてその瞳を細めてくる。トカゲは怪訝そうに眉を跳ねさせ、長いすに肘を押し付けると小首を傾げてをみやった。

「卿は相変わらず苦労性だな」

濃い緑の、体の線がハッキリとわかるスーツに身を包んだシェイク・S・。すらりと高い背の美女と言って差し支えない娘であるが、現在その貌にはガーゼが張られているし、頭には包帯、さらに片腕は布で吊るされ、折れておらぬと見える反対側とて包帯でぐるぐると巻かれているではないか。服で見えぬがその下も中々酷い有様になっているのだろうということは明白で、ついそう嫌味というか、感心したようにトカゲがいうと、がほんの僅かに口元の笑みを深くした。彼女の常に釣りあがっている口元は、一見は世を面白がっているように見えるものの、その本質・根底が一体何を「笑って」いるのかはトカゲにもよくわかる。それで、自然そういう笑顔ばかり浮かべるようになっているこの娘を哀れに思った。

詩篇の回収と、それが「詩人」シェイク・S・に課せられた義務である。この世に散らばる魔女の悪意。全13巻からなる黒い背表紙の「リリスの日記」と呼ばれるそれに刻まれた詩篇。それらはとあることをきっかけに世にばらまかれ、人々に災厄を齎す、とそういわれている。事実詩篇の刻まれたものは奇妙な力を持った。動かぬはずの人形に命を与え、歩けぬはずの少女に自由を与え、などなど、様々な「奇跡」そして、人の意識を食う、成り代わる、などの「悪夢」を齎している。

そういうわけで、その詩篇を扱える唯一の人物が「詩人」である。政府が「詩篇」に対して有効な「カード」を持っているということは、世界に大きな影響を与えた。もちろん最古の魔女たるに扱えぬわけでもないのだが、海を好き勝手彷徨うを政府が制せるわけもない。

元々詩人というものは、百年か二百年に一度、自然的にポン、と生まれてくる。それで到来「詩人」の知識と権利、様々な経験を持っていて問題なく詩篇を回収してきた。それは政府・革命家などの意識の離れたところ、誰にも属さぬ「回収者」孤高にして気高き存在であるとされていたもの、政府は人工的に生み出した。

それで政府が人工的に作り上げた詩人がだ。

我な娘。元々はただの人間の小娘であったのに、あれよあれよと大人の思惑に乗せられて、魔女の悪意に触れさせられて、気付けばもうどうしようもないところまできた。

トカゲは思うのだが、元々「そういう場所」にいた己やは、後に「魔女」だ「バケモノ」だといわれたところでどうということもない。そうなる準備があった、覚悟があった、とさえいえる。

しかしは、この、娘はどうだろうか。

元々そんな予定はなく、そんな知識も覚悟もなく、ぽん、と「バケモノ」にされた小娘。そしてそれを「当然」だと思う顔をしなければならなくなった。

それが哀れだ、というのではない。
トカゲは、そういうものが最も「おぞましい」と、そう思うのだ。

生まれ持ってのバケモノよりも、後天性のバケモノの方がおかしな生き物になると、まぁ、それはあくまでトカゲの持論。せんなきことといえば、それまでのこと。

何の準備も知識、経験もないまま詩人へと仕立て上げられた小娘。シェイク・S・。不完全な詩人であるから詩篇の回収も確実、ではない。今のようにその身を深く痛めつけられ、瀕死の状態になることなど毎度のことと、そうトカゲはから聞いている。

五老星どもは、とトカゲが接触したことに何かしら思うことがあるのだろうか。「シェイク・S・」と妙にもったいぶった言い方をしての視界からトカゲを切り離そうとする。しかしそれで言うとおりにするのなら、は「何を考えているのかわからない」と周囲に評価を頂くようなことはなかった。

綿毛のようにふわりふわりとした短い髪を揺らして、シェイク・S・が小首を傾げる。

「一体なんでしょう?わたしはもうあなた方に言われたとおりに今回分の詩篇を回収しましたよね?確か、わたしとあなた方が交わした取り決めでは、わたしが詩篇を一つ回収するたび、あなたがたはわたしを一月自由にしてくださるとそう言ったじゃァありませんか。一体、なんでしょうね?」

心底不思議そうに、あどけなくとさえいえる様子でが問う。そのころころとした声音は誰かに似ていた。それがボルサリーノなのか、それともなのか、トカゲには少々判断がつかない。それで、きょとんとしているの包帯に巻かれた腕を掴んで引き寄せる。

「老い先短い老人の相手なんぞ、卿のような女がするな。それよりおれの相手をしろよ」
「まァ、素敵。トカゲ中佐に誘っていただけるなんて、どうしましょうね。わたし、今日は下着の上下が違うんですけど」
「気にするな。おれはいつだって勝負下着だが、相手が準備もしていない状態だとかえって燃える」

誰かこの魔女二人の会話に突っ込みをいれてはくれないだろうか。

しかし、生憎と魔女の悪質なボケに突っ込みいれられるような人間はこの場にはいない。ここにか、それとも「魔女なんぞ殴ってなんぼじゃァ」というサカズキでもいれば話は別だが、二人とも今頃人に言えないような展開になっている。

うわ、こいつらどうしよう、と珍しく五老星らが困惑していると、ぽん、と思い立ったようにトカゲが手を打った。

「そうだ、。面白いものを作ったんだ。卿やも、時には青春してみろよ」




 

 

 

 

 

 


恋したっていいじゃないか!



 

 

 

 



「と、いうことで光栄にもトカゲ中佐殿から直々に頂いたんですよ。殿、なんです、そのいやそうな顔は」
「そうだな、まず一つ聞かせろシェイク・S・……!大将の姪がどの面を下げて親父殿の船に乗り込んできている……!」
「あら、いやですね、どの。質問は一つっていって、それ二つですよね?どういう貌か、と、あと乗り込んだ理由」

困りますね、とは心底困惑した顔を浮かべ、しかし声ばかりはどこまでも平板に言う。

ここは所変わってグランドラインのとある海域。モビーディック号の甲板の上。シェイク・S・はたった一人で堂々とこの船まで自らの愛馬に跨り横付けすると、白ひげ海賊団の面々が警戒するのも何のその、実に堂々とした様子で「どのとガールズトークをしに」とのたまった。

余談だが、の愛馬というのは水馬。時折どこぞの伝説に残っている「ケルピー」である。姿は馬に魚の尾、鬣は白く長く美しいがその荒い気性は人を溺れさせることで有名、とか、そんな話。魔女にはそれぞれ移動手段というのだがあるのだけれど、は「掃除用具や妙なもので飛ぶ気はありません」と、師匠であるベロニカ・C・ベレンガリアに宣言し彼女を苦笑させた。それでベレンガリアが弟子に贈ったのが、かつて魔女が愛したというこの水馬。魔女とは何百年も前に嵐の夜に別れたっきりというから気兼ねはいらぬ、とそう堂々とのたまう師匠の顔がには軽いトラウマなのだけれど、それは今は関係ない。

それで、ストン、と甲板に降り立ったシェイク・S・、額に青筋を浮かべてこちらを睨みつけてくる(目元は血に汚れた布で覆われているが、雰囲気的に睨んでいる、ということで)真眼の魔女カッサンドラ、の顔を見つめ返してまた口元を吊り上げた。

「ですから、言ったじゃないですか。トカゲ中佐が「赤い糸」なんて面白いものを作ったのでわたしとあなたでモニターになろうかと」

言い放てば、無言でが鎌を振り下ろした。死神の女王とてここまであっさり冷酷に素早く人に鎌をおろせやしないだろうとうほどの問答無用。は「エクセレント!」と周囲にわけのわからぬ感動詞を使用して、その鎌をひょいっと避ける。

「避けるな!」
「いえいえ、そんなそんな。わたしに自殺願望はありませんし、第一どのと違ってMじゃァないんですよ。痛いのはイヤじゃないですか」
「お前の都合なんか知るかッ!海賊船に来たんだ!殺される覚悟あってのことだろ!!」
「え?あるわけないじゃないですか」
「〜〜っ!!このッ…!」

ぶんぶん、とが鎌を振る。その度にはその綿毛のような髪をふわふわとさせて避けるのでの怒りは増すばかりだ。

「あー、もう、こらこら、!そんな物騒なもの振り回すなよな!女の子なんだから」

周囲の白ひげ海賊団の面々といえば、『放っておいていいのかこれ』と思うものの、どこかの数少ない友達という意識もある(からすれば不名誉だろうが)どうしたものかと首をかしげるだけで、動かない。

そうしていると、バタバタとした足音の後、フランスパンのような頭(リーゼント)の、料理人のような格好の男が飛び出してきた。

四番隊の隊長どのである。間に入って「ハイ、終了!」とに宣言をする。は「フランスパンさん」と容赦なく呟いた。

「サッチだ!頼むから名前で呼んでくれよ!」
「そんな愉快な頭を差し置いて何の面白みもない名前で呼ぶなんてできません」
「サッチ隊長、邪魔をしないでください!その女は私が殺す!」

このとき、ちょっとばかりサッチが泣きそうになったとしても、それはヘタレということではないだろう。

魔女二人(それも双方人の話を聞かない)を前によく発言したと、ドレークあたりが見れば褒め称えたに違いない。

サッチは愛する妹にかなりつれなくされ涙眼になりながらも、これ以上危険なことをせぬようにとひょいっとの鎌を没収する。いくら戦闘マニアのといえど、白ひげ海賊団で隊長を張るサッチに敵うわけもない。奪い返そうとするが、それは敵わず、悔しそうに唇を噛んだ。

「いつもそうだ…!サッチ隊長は私の邪魔をする…!」
「あら、どうします、フライパンさん。今以上に嫌われてしまいました」
「止めてくんない!?シェイク・S・!!おれの傷口抉るのやめてくれない!!?」

チクショウ!と自棄になったようにサッチがわめくが、は「事実ですよね」と本当に容赦ない。そういうやり取りをサッチをしていることもには気に入らぬようで、ぐいっと、今度はの胸倉を掴んだ。

「お前、嫌いだ!」
「あら、イヤですよ。わたしはどのと違って接近戦タイプじゃないんです」

飄々とは受け答える。その様子がますますには気に入らぬ。この女はどこかに似ていると、それがに対する評価だった。どんなものも、どんなこともこの女は「まァ、かぁいらしい」と面白がる。それは圧倒的な余裕、ではなくて、どんな悲劇や劣悪な環境があったところでシェイク・S・にとって「地獄というには生ぬるい」という程度しかないからだ。彼女ほど幸福を知らぬ者はいない。は、などよりも、どんな生き物よりも絶望と言うものを知っている。だからこそ、誰一人としてを怯えさせることはできないのだ。

それがには気に入らない。

自分の味わった不幸こそが「底辺だ」とそういうの眼。それであるからは自分の苦しみや、悲しみが嘲笑されているような「そんな程度で?」といわれているような、そんな気がしてくるのだ。

ここでの涼しげな貌を叩いた所で何も変わりはしない。寧ろ「被害者」「加害者」がはっきりとする。そういう状況を己で作る、そのことをは考えた。それであるから、ぐっと、奥歯を噛み締めて歯をむき出しにしながらを睨みつけはするものの、殴り飛ばすはずの手は頭上でぴたりと止めた。

いや、止めたかった、のだ。本当は。

は己の自尊心にかけて、そのような暴力は振るいたくなかった。を殴る云々などではないのかもしれない。正せば、彼女を殴って己が「ヒステリックな女」になることを恐れている、自己防衛かもしれぬ。しかし、見下ろすの眼、その涼しい顔、がどれほど声を上げても殺気をぶつけてもなんともないその顔が、どうしたってを苛立たせる。それで、止めたいはずの拳が勢いを増して落下する。

「そういう顔で人を殴るもんじゃァねぇだろうよい」

の頬を打つと、そう思われたの手が青い炎に包まれた手に掴まれた。

「……マルコ、隊長…」

その青い炎はけして何かを燃やしはしない。というに、温度もないはずのその炎、纏った指先がの腕を掴んだ途端、はびくりと体を震わせた。

叱られることを予感した子供のように黙り、そして顔を俯かせる。

「……こんな大物にまで出てきていただけるなんて、思ってませんでしたよ」
「嘘つけよい」
「うちの可愛い娘に酷ぇこと言いにきたのか、詩人の小娘が」

は声ほどには驚いておらぬ顔をマルコに向け、そして頭上が曇り、かかった声に眼を細めた。そのままゆっくりと顔を上げれば、この海で最も「海賊王」に近いとされる大海賊のその人のご登場。

白ひげ相手には軽口を叩く気もないのか、が一瞬沈黙する。それに海賊団の面々もほっと息を吐いた。これで少なくともが流血するような状況にはならぬ、とそういう判断。

「酷いことだなんて、そんなそんな。わたしはどのと若い娘らしくキャッキャと恋愛トークでもしたいだけなんですよ」
「………」

周囲を安心させたのもほんの一瞬。シェイク・S・、まるで悪びれもなくしれっと、そのようなことをのたまって、「心外です、傷ついたのはわたしの心です」というような顔をする。

さすがの白ひげも一瞬沈黙し、そしてわなわなと震えているものの、親父殿の手前ならばと大人しくしているの頭をぽん、と撫でた。

「だ、そうだ。どうしたい、

白ひげはいつどのようなときであってもの意思を優先させた。魔女になった己の娘。どのようなことがあったとしても、足は絶えず血を流して、自らの血で赤くした道を行くしかないと、それが「魔女」であるということ。それを承知のエドワード、出来る限りの「意思」を尊重した。

問えば、はその体中から漲らせていた殺気と狂気を収め、沈黙する。

「ん?どうした」
「……親父殿のしたいようにすればいい。は、従う」

ぼそり、と、小さく答えるその声。まだ彼女がこの船に馴染む前、遠慮ばかりしていた頃のままの、言葉遣いである。どれほど狂気に染まろうと、どれほどのことがあろうと、は白ひげには昔と変わらず接する。叱られるのが怖いと、頭を撫でられるのが嬉しいと、そう言う。その様子を白ひげは眼を細めて眺め、に視線を戻した。

はおれの愛する娘だ。怪我ァさせるんじゃねぇぞ」

ゆっくりと、そう告げてくる白ひげに、は今度は茶化すようなことを口似せず静かに頷いた。

「えぇ、もちろん。心得ておりますよ」

しかし、ここで彼女が軽口を続けるのなら「わたし、まだ死にたくないので」とでも言っただろう。それほど、あっさりと白ひげがいった言葉の裏には、に対する深い愛情と気遣いがあった。

身内の命を救うために魔女になり、その身内からは現在命を狙われ「海の屑」とさえ言われている彼女に、その言葉はどう響いたのか。顔を伏せられておらずとも、判らなかったに違いないが、しかし、もしもこの場にトカゲか、あるいはでもいれば、その時のシェイク・S・の、ゆったりとした袖口から除く小さな小指が、ほんの少しだけ動いたことに気付いたろうに。







+++






「………普通、こういうときって女だけになるんじゃないのか?」
「嫌ですね、イゾウ姐さん。私がと二人っきりになれって言うんですか」

白ひげ海賊団、少し広めのの部屋。そこに、それにイゾウとサッチが揃っていた。マルコはといえば、唐突にやってきたに興味津々のエースを説得中である。

ガールズトークをしにきた、というのに、なぜ自分らが参加させられているのだろうかと、イゾウとサッチは色々疑問はある。しかし、確かにを二人っきりごゆっくり、なんてことにしたら、多分、次に部屋を訪れたとき死体が一つ出来上がっている。

それがのものなら、まぁ、イゾウもサッチも構わぬのだけれど、格というか、何と言うか、様子から言って多分その死体はになるんだろうと、そのあたりは妹煩悩の彼らとて冷静である。それで、まぁ、結局は親父にさりげなく「を守ってやれ」といわれているのもあって、二人、大人しくの部屋にいるわけだ。

サッチはといえば、少し落ち着かない。みょうにそわそわ、としているのは、あれだ。明らかに、「やだ☆の部屋に入れちゃった!」とか、そういうことからだろう。

イゾウは煙管を加え、呆れたようにため息を吐いた。

「それで、おれたちにもわかるように説明してくれねェか。シェイク・S・。何をしにきたんだ?」
「悪名高きトカゲ中佐が面白半分で「運命の赤い糸」なんて作ったんですよ。試作品は一度と大将閣下に使用していただいたのですが、わたしとトカゲ中佐が悪乗り…いえいえ、改良をしようと思いつきまして」

作り直してきたものを、この船で実験したいと、そういうことらしい。

「……何を堂々と言ってるんだ…?」

再度が震え始めたので、イゾウはとりあえず己だけは声を上げるようなことはせぬようにと心がけ、冷静に突っ込みを入れて見る。

「ですから、ここで遊ばせてください。この糸の新しいところは、結んだ相手にちょっとトキめきを感じえると解ける、というものです。つまり、ときめいて頂かないと解けないんですよ」

元々は「男女の関係or恋愛感情を持てば解ける」という長ったらしいものだったのが、の提案でちょっとばかしお手軽になった、とそう言う。

しかし、ときめかないと解けないってなんだ。

……なんだろうか、その、強制縁結び効果は。

イゾウは呆れ、そんなものをこの船で実験させられるわけがないだろうと言おうとしたのだが、しかし、とても嫌な予感がした。

「な、なぁ…!つまりそれって、無理やり感情を操るとか、そういうんじゃねぇんだよな!?」
「えぇ。自然にときめかないといけませんからね。まぁ、ほんの少し、普段よりも相手が素敵に見えるように、というおまじないはありますが、許容範囲かと。それに、何が相手のツボだったかってわかって面白いんじゃないですか?」

問答無用で感情がバレるということか。

なんだその悪魔のような道具は、とイゾウは顔を顰めた。サッチが妙に興味津々なのは、まぁ、わからなくもない。に懸想することウン年、何をしてもどんなことがあったとしても、一向に相手にされず見向きもされない、気の毒な状況にあるこの男。

ほんの少しくらい、いい思いをしたい、ということか。
しかもそれがあくまで「の自然の感情」であるということなら後ろめたさもなく、むしろその点を伸ばして今後の参考にもできるというものだろう。

見ればが「これなんですけどね」と銀の糸巻きに付けられた赤い糸を懐から出している。そのまま「やり方は」と説明をする様子は露天商か何かのようで聊か面白い。

眉唾なものだが、しかし魔女の道具といわれてしまえば納得させられる、妙な説得力もあった。イゾウがちらり、と沈黙しているを見れば、彼女は彼女で何か考えるようにしているではないか。

まぁ、サッチがのことを考えているのなら、はマルコのことに違いない。

しかしイゾウは自分とをそれで繋ごう、とは不思議と思わぬのだ。面白そうなもの、とはもう思えているものの、それでと少しだけ夢を、というのはない。夢、と言うからには自分は、やはり傍観者なのだろうか。

まるで信じていないというわけでもない。頭の隅でほんの一瞬、「それなら、使ってサッチとがどうにかなればいい」と思っているのだ。自分がと、ではなくて、サッチが、とそう思っている。そうすれば少しはの狂気は晴れるのか、マルコが苦しむこともなくなるのか、いいや、そうはならない。そうであっても、そうはならないのだろう。冷静に判断していると、ぽつり、とが口を開いた。

「……それは、魔女にも、効果があるのか」

言葉遣いからに向けられたものだろう。

は一瞬きょとんとしてから、彼女が一体何をどういうつもりで問うてきているのかとそれを探るように眼を細める。

魔女、というのは己自身のことか。いや、違うだろう。

イゾウも気付き、目を見開いた。

?」
「ねぇ、イゾウ姐さん。私、考えたんです。これがもし、この糸が魔女にも通用するというのなら、マルコ隊長とあの魔女を、」

皆まで言わせる気はなかった。イゾウは素早くの手から赤い糸を奪い、いざと言うときのために尖らせた爪で適度な長さに切ると、そのままの小指に撒きつけて、それで自分の小指にも同様に括りつけた。

「イゾウ姐さ、」
「これから思いつく限りの口説き文句を言うから、少し黙っていてくれないか」

まぁ!と、隣での妙にはしゃぐ声がした。ガールズトークうんぬんを目的としていたのはあながち嘘ではないのか。普段飄々としている彼女に珍しく少女のような声だ。しかし気にすることでもない。イゾウはしっかりとの手を握り、その腰を引き寄せて、さてとりあえず何を言おうかと考える。

ガラではないし、本気で惚れている女に、まさか気を逸らさせるためにこんな芝居じみたことをすることは不本意だ。だがしかし、の口から「魔女がマルコを思ってくれるようにしよう」などと聞くよりは、自分の意に添わぬことをした方がはるかにマシではないか。

間近には布で目元を覆った、その肌は心配になるほどに白い。常に血の気が足りないような彼女だ。震えているのが常のこと。「寒くないか」とつい聞いて、それで肩を摩ると、「あ」とが声を上げた。

「解けましたよ」
「早っ!!」
「……イゾウ姐さんが男前過ぎて、頭がくらくらしますね」

見ればしゅるり、と糸がほどけている。一瞬「不良品だったんじゃないのか」と疑う心があったが、それでは己がを堂々と口説けず不服に思っているようだったので、イゾウは何も言わなかった。

「はい!じゃあ次はおれで!」
「嫌ですよ、どうしてサッチ隊長にときめかなければならないんです」
「お、おれだってたまには妹に愛されたい!!かっこいいおにいちゃんと思ってもらいたい!!」
「知りませんよ、そんなこと。今イゾウ姐さんにときめいてしまったんです。これ以上のはありません」

はいっ!と挙手するサッチを一蹴にして、が顔を背ける。ほんの少しその耳が赤いものだから、イゾウは妙にこそばゆい。全く現金なものであると、先ほどまで自分はサッチとが、なんて殊勝なことを考えていつつ、こういう状況になるとこんなにも喜んでいる。複雑な思いも入り混じりつつ、イゾウはに視線を戻し、顔を引き攣らせた。

「……何してる?」
「見てわかりません?」

答える気はないらしい。

そのシェイク・S・。どこぞから取り出したらしいはさみでチョキチョキと、赤い糸を手ごろな長さに切断して小さく透明な袋に一つずつ詰めているではないか。

「1つ1万で良いと思いません?」
「リアルな数字だな」
「わたしの母は、実は商人だったんですよ」

そんな個人情報に興味はない。

しっかりこの船の船員に売りつける気満々のにイゾウは呆れた。しかし、サッチが即行で懐を漁り「一つでいいのか!?無難に三つは必要か!!?」とに相談しているではないか。それでいいのか四番隊の隊長どの。

「…サッチ、まだ本当に効果があるかわからないだろ」
「だってが!あのがポッてなったんだぜ!?」
「サッチ隊長、それを外で言う気じゃないでしょうね」

ほんの少し普段より血色のいい顔でが焦ったようにサッチに詰め寄る。なるほど、確かにを見れば、効果はあったように思える。

イゾウは少し考えて、そろばんを弾いているに声をかけた。

「シェイク・S・
「はい?」
「一つくれ」
「毎度ありがとうございます」
「イゾウ姐さん!!?」

懐から1万ベリー取り出してに渡すと、が驚いた。自分に使われる、とは思っていないのだろうが、姐さんと慕う、そして常識人に思えたイゾウがそのような物を買い求めたのが聊かショックらしい。

イゾウはそんなの髪を撫でてやりながら、くつくつと笑う。

「俺が使うためじゃねェさ。ハルタ坊と、あいつが懸想してるナースの新人の子との間にちょっと使ってやろうかと思ってね」

同じく隊長のハルタ。小さくて可愛い顔をしているが立派な男の子だ。ここ最近、ほんの少しばかり気になる女の子が出来たと、当人は言わぬが見ていればわかるもの。時折小さな花を陸で摘んでは渡そうか迷っている姿を思い出したのだ。

言えばが「ハルタ隊長にそんな人がいたんですか?」と不思議そうに首を傾げ、といえば「まぁ…!それは春ですね!」などと妙にテンションが上がっている。

それで、イゾウはハルタに悪いと思いつつもが珍しく他の人間に興味を持っているということをよいことだと思って、ハルタのちょっとばかり笑いを誘う「おれは恋なんてしてねぇし!」という話をすることにした。





+++





宴会場からは、妙なカスタネットの音が聴こえる。なぜだか「詩人」と名乗るあのシェイク・S・という少女を交えて本日白ひげ海賊団は大宴会中。あの詩人は歌や楽器もやるようで、その中でもカスタネットが得意だというのだが、聴こえてくるこのリズムではまるで説得力はない。時折の「い、いい加減にしろ!!」という悲鳴のようなものが聞こえるが、騒動にはなっていないらしい。

なんだかんだとと親しいのだろうと思うことにして、マルコは一人抜け出し、甲板に腰掛けていた。

結局シェイク・S・の妙な実験に白ひげ海賊団全員が巻き込まれる妙な展開になった。魔女の道具だろうと警戒していたのだが、親父は「冗談以上の害はねぇ」とそう判断。それなら何も文句はないと海賊団全員がとたん遊び始めたのも悪い。

同性同士で結びつければどうなるのかと、エースとマルコに繋いで「ときめいてマルコ隊長!」だの、既に出来上がっているカップルに結び付けて「付き合いたてのころを思い出せ!」だの…。

思い出してマルコは額を押さえた。

完全に遊び道具になっていたのだ。まぁ、確かに、久しぶりにそういう類の楽しさがあったというのは認めるが、しかし、マルコは精神的に疲れた。

いつ誰かが悪乗りをしてと自分に結び付けやしないかと、そんなことを考える己は聊かうぬぼれが過ぎているのだろうか。

は、そんなことはしないだろうと、そういう確信がマルコにはあった。

抱いてくれと、抱きしめてくれと、そうは言う。抱かなければは自分の手首を切る。脅迫だと怒っても、どうなるものでもなくなった。それで、マルコはを抱く。だが、男女の関係、言ってしまえば挿入までいったことはただの一度もない。

抱くたびに、マルコは自身へのどうしようもない嫌悪を覚えるのだ。を抱く。裸にして、その体に触れる。それでも、マルコはを女とは一瞬たりとも思えない。どこまでもどこまでも、マルコにとっては「妹」なのだ。そうとしか思えないを自分は「抱こう」としている。できぬが、しかし、しようとしている。その下劣さがマルコを苛ませた。

いっそ抱ければいい。に女を感じ、己の中の雄の欲望が刺激されてそり立てばいい。けれど、無理なのだ。どんなに、思い込もうとしたところで、不可能だった。

いや、違う。本当は、安心しているのかもしれない。抱けぬことが、どうしたってを「妹」にしか見れぬことを、もしかすると己は縋っているのだろうか。

どうしたって抱けぬから、肉欲を埋め込めぬから、マルコは親父や、己、「家族」に対して義理立てできる、いや、違う。本当はもっと、もっと、その根底。

「宴会、混ざらなくていいの?一番隊の隊長さんなのにね」

夜の海。ひっそりひっそりと静まり返った夜半のこと。室内での騒がしさとうって変わっての沈黙、波の音くらいなもののその場所で、ひっそりと静かな声がマルコの耳に届いた。

「タイミングがよ過ぎるよい」
「そうかな。狙ってきたわけじゃないけど、なぁに、ぼくのことでも考えていたのかい」

思考に沈んでいた己を問答無用で引き上げる、魔女の声。マルコが顔を上げると、デッキブラシに横乗りした暖色の髪に月明かりでも輝く青い瞳の少女が夜から切り取ったような黒い衣装をその身に纏い、ふわりふわりと浮かんでいた。

からかい半分に告げられた言葉が図星のために沈黙すると、魔女が顔を顰めた。聞いておいて、その通りだと嫌がる。相変わらず自分勝手な女だとマルコは思う。

「何しに来た」
「決まりきってる。くんが妙なものをバラまかないようにと回収にさ」
「……大将に言われたのかよい」
「まさか。サカズキは、ぼくに頼みごとなんかしない。センゴクくんがね、面倒ごとになる前にってさ」

サカズキ、との口から漏れるとマルコは信じられないほど苛立った己を自覚する。他人の名前なんぞゴミか何かとしか使わぬようなこの魔女が、あの大将の名前だけは、彼女の持てる限り全ての情を持って吐いているように感じられるのだ。

マルコが黙ればも黙った。それでデッキブラシから降りることなく、宴会場へ視線を向ける。魔女の気配はわかりにくい。それに表にマルコがいるならと、気付いたものもあえて飛び出しはせぬのだ。親父やサッチが、を外に出ぬようにしてくれているだろうかと、そんなことが気になった。

に、と己が会話をしているところを見られたら己はどう思うのだろう。

「赤い糸、」
「うん?」
「あんたも試したのか」

暫くの沈黙。は宴会場へ飛び込んで無理やりにを連れて行こうとはせぬらしい。それでマルコと二人っきりと言う妙な時間。沈黙ばかりが続いて、やっと、マルコは口を開いた。

「試したというか、強制的にはね。ぼくは君らが使ったものとは違ったけど」

シェイク・S・に聞いてはいた。赤い糸、元々はトカゲが作ったものらしい。それにが改良を重ねて今のもの。

その話を聞いていたのに、あえて当人に確認をとる己に呆れつつ、マルコは懐から例の赤い糸を取り出す。

「おや」
に押し付けられたんだよい」

手慰め程度の意味しかないというように、くるくるとマルコは己の小指に糸を巻きつける。真っ赤な糸は夜の中ではよく色もわからない。

「なるほど、くんの力が入っているから、ぼくが繋がれたものとは違うんだね。判りやすい、それはもう魔女の道具と呼んで差し支えないね」

見知らぬものに興味はあるのか、デッキブラシに腰掛けたままがこちらの手元をのぞく。適当に撒きつけてから、マルコはその先をつまんで、ぼんやりとを見上げた。

「おれと繋がってみるかよい」

何がどうとなるわけでもないだろう、と、そう言えば聊かが気分を害したようだった。侮辱されたと思ったのだろう。そういう、単純なところが魔女にはある。

「なぁに、ゲームのつもりかい」
「ただ待ってるってのも、楽じゃねぇだろう」
「それって宴会が終わるまでくんを待ってるぼくこと?それとも、こうしてぼくのおとないを待つしかないきみのこと?」

小ばかにする声であるが、若干その顔が強張っていた。赤髪から聞いたことがあるし、見てきたので気付いていることだ。この、見かけばかりは幼くそのくせ内面が老婆のような生き物は、いつだって男が恐ろしいのだ。

死んだ魚の目のようだと定評のあるぼんやりとた眼のままマルコがをじっくりと見つめていると、その余裕が気に入らぬというのか、キッと眉を上げてが己の指に糸を括りつけた。

その途端、なるほどと思う効果が出る。昼間に冗談でエースと繋がれたときにはなかったが、こうして糸で繋がると、妙に相手の美点が見えてくる。長い睫に白い頬、触れれば柔らかそうな肌、僅かな怒りで染まった瞳、小さな唇が悪態をつくのも愛らしく、しかしその唇を塞いで自分の名を切なげに呼ばせることができれば、と、そう思う。

曰く、その湧き上がる感情は「そういう素質があるから」だそうだ。なのでエース(男)相手にはなかった変化である。

も同じように何かしらを感じているのだろうかと思い、マルコが確認しようとあいている手での長い前髪を払おうとする、と、すとん、とその手首が切り落とされた。

「………酷いことするじゃねぇかよい」
「トカゲのものとちがって、これは能力封じなんてないから安心おしよ」

マルコの手が触れるその前に、ひょいっとが腕を振った。どういう原理か知らぬ。それであっさりとマルコの腕、糸に繋がった手が落ちたというそれだけだ。

瞬時に青い炎になって燃えて、マルコの腕が再生する。

痛みがないわけではないのだ。一瞬でかいた脂汗、ふぅ、と息を小さく吐けば、もうがマルコからだいぶ遠ざかった場所にデッキブラシで浮かんでいた。

こちらをゴミでも見るかのように見下ろす、その眼の青さ、感情の冷酷さにマルコはいっそ笑い出したくなった。耐えることもなかろうと、その時ばかりは頭の中に悪魔の声が響いたもので、くつくつと声を出して笑う。腹を抱えてひとしきり笑ってから、マルコは目じりにうっすら浮かんだ涙を指で拭った。

「あんたにも、怖いことがあるのかよい」

未だ解けぬ、の指には赤い糸が流れている。ふわりふわりと夜の空にそれが流れる、結ばせたのが己だということがマルコには妙におかしく思えた。

この話はには出来ない。だが、サッチにはできるだろう。常日頃から、「を選べよ!あんな魔女なんか!」と言って、心配しきって仕方のないサッチになら、この話はできるだろう。

そう思い、マルコはマストに背をつけて、魔女を見上げた。

そしてその数十秒後、明らかになったの気配を感じ取ったがサッチを足に引きずったまま飛び出してきてに切りかかったりしたのだが、結局いつもどおり魔女が圧勝してを足蹴にし、親父が出てくる、というお決まりの展開になるのだった。




Fin





(2010/10/14 20:22)