【注意】


※時間設定考えないでください。

二部登場のリコリスさんがなぜか少女夢主と一緒に出てきますが、気にしないでください。
「あぁ、こういうノリでやりたかったんだなぁ」と生暖かく見守ってくださる方のみスクロール。

・やりたかったこと⇒二部のリコリスさんと一部夢主が同時期にいたらどうなったかなーと。
・忘れちゃいけない⇒リコリスさんは当て馬です←言い切った。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







赤犬の元へ書類を届けるためリコリスは椅子から立ち上がった。ここは海軍本部、赤犬付きの秘書が利用している執務室だ。インテリアは木が多く女性らしい柔らかさをどことなく感じさせ、リコリスの執務室を訪れたものは無意識のうちに肩の力を抜いてしまうという。意識しているわけではないが、そういうリラックス効果が常にある物に囲まれていないとこの海軍本部ではやっていけぬ、というのがリコリスの本心かもしれない。

トントン、と書類を整えてリコリスが立ち上がり、長い髪を耳にかけてから部屋を出れば、丁度廊下を歩いていた赤い髪の少女とはちあった。

「おや」

純粋に美しいというよりは悪夢のような、という形容詞を前に必要とするほどの青の瞳を細めて赤い髪の少女が小首を傾げる。あえてそれ以上を口には出さずただこちらを見つめる目、いや、それは無遠慮にじろじろと見て他者を圧迫するのではなく、ほんの気まぐれでちらりと目をやって、リコリスがどのように反応するのか心待ちにしている、というような底意地の悪い態度である。

「サカズキさんはまだお仕事中です。邪魔しないで頂戴」

この魔女を喜ばせるつもりなど欠片もないとリコリスはぴしゃりと言い放つ。しかし毒姫の名を得ているとはいえどうも毒を吐かぬ娘のリコリスの言葉。悪意の魔女とさえ言われ、さらには「人を不快にする天才」と称されたはコロコロと笑い、傾げた首を反対側に傾げてからちらり、と廊下の外に視線を向けると再びリコリスを見上げた。

の青い目が向けられるたび、リコリスは屈辱を覚える。

いっそこの魔女が、あのアーサー・ヴァスカヴィルのように己を塵屑か蛆でも見るような眼で見てくれたのならリコリスは己を悲観できたし、被害者の顔ができたものを、はけしてそうはしない。と言ってリコリスを親しげに迎えるわけでもない。

「邪魔ならサカズキはぼくを蹴るし、邪魔じゃないなら蹴らないよ」
「その判断をさせる時間が邪魔だというのよ」
「このぼくに指図していいのはサカズキだけだよね」
「指図じゃないわ。忠告しているの」

苛立ちをあらわにするだけ無駄だとリコリスは必死に自身を律した。は別段「リコリスだから」とこのような態度を取っているのではない。彼女は誰に対してだって傲慢で尊大だ。それであるからであるもいえるもの。リコリスをこのように扱ってそれは彼女の「個性」である。この場で問題視されるのは、の言動ではなくて、普段冷静沈着を心がけているリコリスがムキになっている、という点である。

リコリスは「であるから」態度を変える。誰も彼もと同じようにするなどできるわけがない。ぐっと拳を握り、悔しげに奥歯を噛み締めていると、がひょいっと腕を降った。何か魔女の道具でも出してきてこちらに仕掛けるのかと警戒し、しかしの手から取り出されたのは糸紡が一つのみ。ただの道具なわけがない。リコリスは瞬時に己の中の童話の知識を漁った。魔女と対するにはいかに童話の力を承知しているかということが重要で、幼い頃からリコリスはその教育を受けてきた。今でさえに勝てると思える心の源は培ってきた童話の知識ならどんな女にも負けはせぬという自負からである。

さてその童話の知恵、そこから出される糸紡ぎといえば眠り姫のその毒。しかしあれはパンドラを眠らせるためのものであるし、ここでリコリスを前に出す意味はない。次はラプンツェルがめぼしいところ。梯子ざんもない塔から王子さまと逃亡するために金の糸を毎晩一本ずつ王子さまに持たせて逃げ延びる縄を作ったラプンツェルと、そういう話。けれども今この場にそれを持ち出す意味は、やはりないだろう。

「知識を誇る女って、結局盲目になってしまうよねぇ。見たままをどうして信じないのかぼくはいつだって疑問なんだよ」

悩み、警戒心を解かぬリコリスをいっそ愛らしいというようにが眺めて、そして糸紡を振る。真っ赤な糸がゆらりと揺れる。赤い糸。

「見たままさ。これは運命の赤い糸。随分前にトカゲが作ってピアくんが改良というか悪乗りして作り直した代物でね。その辺に散らばると困るからってぼくが回収してたんだけどねぇ」

何気なく云うその顔のあどけなさそのままに騙されてはならぬとリコリスはよく知っている。見た目のままを信じてはいけない代表のような生き物が何を堂々とほざいているのか。

「サカズキの邪魔をさせたくないというのなら、ねぇ、君がぼくと遊んでくれたって構わないんだよ?」

こちらをからかう声しか出さぬに苛立ち、リコリスはキッと己よりも随分と背の低い少女を睨みつける。

何を云えばこの、人の神経を抉る顔をしている魔女にダメージを与えられるのか。リコリスは知識を総動員して考えた。しかしリコリスの知る限り、魔女に屈辱を感じさせることの出来ることなどこの世にはまず、存在しない。リコリスの膨大な知識の中ではっきりとわかる己の敗北。けれどそれで諦めたくはないと、リコリスにも意地がある。

ぐっと、唇を噛み締めて悠然としているを見下ろし、リコリスは己の知識をけろりと忘れ、それはもう私情感情たっぷりの言葉を吐き出した。

「これ以上貴方になんか関わっていられない。何もさせてもらえない貴方と違って私はサカズキさんの仕事を手伝っているのよ」
「……へぇ、」
「はいはいはいはい!!!ストップ!!!マジストップ!!!!ちゃん顔引き攣ってるから!!!!!!」

ぴしり、と何か亀裂の入る音がしたかとおもうと、どこからか飛んできたとしか思えない勢いで青雉クザンが駆け込んできた。一瞬で表情の消えたと怒りで顔を真っ赤にしたリコリスの間にわって入り、それはもう素早くを脇に抱えてその場を去った。


取り残されたリコリスはあっけに取られた数秒、しかし「これで清々した」といわんばかりに満足げな笑みをひき、美しい歩き姿でそのまま赤犬の執務室へ向かおうとコツンとヒールを鳴らした。

と、そこで足に当たったのは先ほどが取り出した赤い糸。

それを緑の目でじぃっと見つめて、リコリスは腰を屈めた。





 

 


赤い糸で首を吊れ!え、無理心中?


 

 

 





「マリアちゃーん!!いらっしゃいますか!!っていうかいる!!?ねぇいないとマジ困るんだけど!!」

勢いよくクザンは一般食堂に飛び込んで、周囲憚らず大声で叫んだ。

大将の突然の訪問に一瞬食堂内はぎょっとするのだけれど、表れたのが3大将で最も親しみやすいクザン、そしてその腕に不機嫌な少女が抱えられているのを見て「あ、またいつものことか」となれた兵たちは各々が席に着く。

それでいいのか海軍本部、とかそういうことを突っ込んではいけない。食堂は寛ぐ場所だ。

「煩ぇ!マリア云うなっつってんだろ!!!!」

クザンが「マリアちゃーん!」と連呼して暫く、中から「落ち着け!」「待て!」「相手は大将だ!」と押さえる声を払いのけ、厨房からお玉を持ったメイド服の美少女が表れた。

柔らかな巻き毛にリボンをつけ、愛らしい顔立ちのそれはもう麗しい美少女、と言って全く差し支えがないのだけれど、大変残念なことにこのメイドさんは「美少年」である。

ちょっとしたことからメイド服を着ることが多くなってしまった気の毒な少年なのだけれど、それが評判になって一般食堂も繁盛するようになったと前向きに考えてもいるらしい。けれども本名を無視して源氏名の「マリア」と呼ぶととっても怒るのだが、まぁそれもご愛嬌。

「マリアちゃん助けてよ!ちゃんがマジで切れる五秒前!」
「食堂に着てからとっくに五秒は経過してます。それにを連れて来るなら前もって連絡を入れてくださいとあれほど言ったじゃないですか。おれまだ上がりじゃないんですよ」

クザンの必死の訴えもとりあえず無視して自分の訴え。それが我らがマリアちゃん、と、まぁそれはどうでもいいのだけれど、そのマリア、とりあえず小言を言ってからクザンの腕に抱えられているを見下ろした。

「よぉ、。珍しい、凹んでんの?」

一緒に来たというのなら普段はここで騒いでいるはずのが妙に静かだとマリアは一瞬首をかしげの顔をのぞきこみ、そして軽薄に口笛を吹いてから面白そうに笑う。

「凹んでなんかないよ。このぼくが、冗談じゃない」
「じゃあキレてんの?」
「まさか。でも、どうだろうね、自分のお人よし加減に呆れはしてるかな」

どの口が、とケラケラとマリアが笑う。

海軍本部にいるの「知人」で唯一の見かけの年齢と同年代である「食堂のマリア」さん。よく見てみればクザンの言うような不機嫌マジ切れ五秒前、というよりも、聊かの様子が変わっていることに素早く気付き、それはもう物珍しいものを見たかのように眼を細め、壁際に掛かっている自身の出勤を示す木の名札をくるりとひっくり返した。

「お前がそういう顔していると、あの人の胃に悪い。ついてこいよ、茶くらい淹れてやる」






+++





書類を渡し、新たに指示を受けながらリコリスの気は少しばかり散っていた。スーツの内ポケットの中には拾った魔女の道具「赤い糸」どういう効力の物なのかはっきりとはわからぬのだけれど、拾い上げた瞬間感じ取ったのは「悪い物」ではないということ。

どちらかといえば悪い噂よりもタチの悪い噂しか聞かぬトカゲと、それに確信犯の拍車をかけたシェイク・S・ピアの気配。は二人が作ったうんぬんという説明をしていたが、それはうそではないようだ。

赤い糸で思い出されるのは「運命の糸」それだけ浮かんだ途端、リコリスの顔は赤くなった。先ほどの怒りではない、羞恥、いや、何かしらの若い感情だ。それを突き止めるのが気恥ずかしくリコリスはそれ以上考えぬようにと素早く胸ポケットに隠したのだけれど、堅い糸紡の感触が胸に当たるたびに、その存在を主張されて妙にドキドキとした。

「熱でもあるのか?」
「え、あ、いえ。その、ごめんなさい」

気をそぞろに、というわけではないのだが、しかし油断は出てしまったらしい。指示する言葉を区切り赤犬がこちらを見上げてくる。その真っ直ぐな瞳を受けてリコリスはさらに顔を赤くした。

何故急にこんな生娘のような反応を。

もう赤犬の秘書になって随分と経つ。見つめられることは数少ないが、それでももう慣れているはずだ。それなのになぜ急にこんなに緊張してしまうのだ。ぎゅっとリコリスは胸の前に手を当て、顔を顰めた。

「表であれの声がしたが、何ぞ言い合ったか」

押し黙るリコリスが答える様子がないとわかると、サカズキはぎしりと椅子を軋ませて口の端をゆるく上げる。

あれ、と赤犬が口にするのは誰かすぐにわかる。その口ぶりはぞんざい、乱暴であるというのに、なぜかリコリスは先ほどとはうって変わって胸が締め付けられるように苦しくなった。

「……いいえ、魔女殿とは何も」
「あれは気紛れな女じゃけぇ、おどれも苦労するじゃろう。構わんでも適当に時間を潰す、相手にするな。気温が下がりゃ部屋で大人しゅうしちょるじゃろう」
「わたしの最優先事項はサカズキさんのことです。命令でもない限り、魔女殿とは関わりません」

これ以上サカズキの口からあの魔女の話が出るのが耐えられない。

リコリスは聊か強引に言葉を区切った。ここで青雉でもいればもっと気の利いた台詞で「ノロケんな!!堂々とのろけんな!」とでも言っただろうが、生憎リコリスにそのような余裕があるわけがない。

(なぜ、サカズキさんの傍にいるのは私なのに)

一日のうち、この人が赤犬としている時間はとても長い。秘書である己はその時間常に傍にいるし、役に立てている。頼りにされているという充実感は未だに与えてくれぬ完ぺき主義者だが、しかし、己は役に立てているのだという僅かな満足感が、確かにリコリスの中にはあった。

あの魔女とは違う。

役に立たず、ただ自由奔放に周囲を引っ掻き回しているだけの魔女とは違う。
己は己の知識を、全てを赤犬のために使えるのだ。

それなのに、どうしても距離を感じる。

赤犬の正義の「敵」である魔女とは違い、己は同じ海兵で、同じ正義を掲げる場所にいるのに、それなのに、なぜこんなにも疎外感を覚えるのか。

リコリスは唇を噛み俯いてから、思案する。

ほんの一瞬だが、先ほどあの魔女の表情が崩れた。泣き出しそうな顔を、確かにリコリスは確認した。その瞬間、リコリスはに勝利したかのように思えたのだ。青雉が邪魔さえしなければ、リコリスはその勝利の余韻に酔いしれて、あの魔女を足蹴にすることだってできたかもしれない。

あの一瞬、は確かに己に「敗北」していた。

あの時リコリスが放った一言。己は赤犬の秘書であり、お前はけしてそうはなれぬというその事実の突きつけた途端、あの魔女は、あの、どんな者でさえ平伏させる悪意の魔女は、確かに己を「羨んだ」のだ。

その事実に、リコリスは縋る。

赤犬の秘書という立場は、周囲からすればそれほど重要・貴重ではない。しかしあの魔女には、にとってはそうではない。あの、何でも望めば手にはいり、だからこそ何も望まぬ魔女が、たった一つ喉から手が出るほどに欲しているものだ。それを己は持っているのではないか。あの瞬間、リコリスは確かにそう感じた。

(この勝利がわたしを支える)

完全なる勝利ではなかった。それは認める。しかしあの永遠の勝者の、ほんの一瞬の、刹那のような短い時の「敗北」だ。はその敗北の次の瞬間「でもぼくは魔女だ」とその全ての自尊心を回復させた。敗北というのも魔女であるゆえのことと、そのように道理付けていた。だが、リコリスは確かに勝利したのだ。

「あの、サカズキさん」

リコリスは逃げ出しそうになる己を奮い立たせ、懐から赤い糸を取り出した。視界に入った途端赤犬の眉が跳ねる。どうやらこれが何だか承知しているらしい。リコリスは正しい用途はわからぬ。けれど赤犬が不快そうに眺め、そして自分の手を押さえたところから、どうやら指に巻いて使用するらしいと見抜く。

「これを先ほどが落としたのですが、魔女の道具でしょうか」
「……忌々しい物。あれはまだ持っておったんか」

どうやら過去被害に遭ったことがあるらしい。おや、とリコリスは意外に思った。どんなに世の人間がやトカゲの悪質な悪戯の被害者になろうとこの人だけはいつだって加害者になれると思っていたのだが。

小首を傾げていると赤犬が気に食わなさそうに鼻を鳴らした。

「以前トカゲがあれの指に巻きつけた。赤い糸があれの小指にあるなんぞ、不愉快じゃァ」

それはあれか?
自分の小指に繋がってないのを見るのが不愉快だったのか?
それとも糸でさえ縛っていいのは自分だけだとかそういう思考か?

考えたくはなかったが、さすがのリコリスにもほんの一瞬それが浮かび、「このバカッポーがッ!」といいたくなる己を抑えた。

仮にも赤犬に懸想している己が、何が悲しくてそんな突込みをしなければならないのか。

あれだ。リコリスの中では突込みをした瞬間敗北だと思っている。

多分時間の問題だとリコリスの知らぬところでクザンとマリアが賭けていたりするのだが、まぁそれは当人知らない方がいい。

「もちろんセンゴク元帥に提出するのですが、拾ったこれが本物かどうか確証がありません。けれどその辺の海兵を実験にするわけにもいきませんから、サカズキさん、協力していただけませんか」

運命の赤い糸。
考えられる効力は縁結びだ。それか、あるいはそういう恋愛関係を援助してくれるような、そんな道具に違いないとリコリスは判断している。

魔女の道具になんぞ頼りたくはないのが本音だけれど、ほんの少しだけリコリスは期待していた。魔術師・魔女というものの数字は1。1は始まりだが、ゼロにはなれない。生み出すことが出来る数字ではあるけれど、ゼロではないのだ。何かある物(1)からしか始めることのできない生き物。

だからこそ、リコリスは期待した。

これでもしも、何かしらの効果があるのなら、それは元々サカズキが己に対して想ってくれている証明になる。

「クザンあたりに頼め。あいつなら喜んで付き合うじゃろ」
「いえ、ちょっとクザンさんは…」

色々トラウマがあって苦手意識がしっかり植え付けられてしまったのでリコリスは顔を引き攣らせる。黙っていれば、まぁ、かなりポイントは高いとそれは否めないのだが、リコリスにとってクザンはない。本当、あれだけはない。

「お嫌でしょうか…?」

困らせたくは無い、ただきちんと確認してからでなければ「魔女の道具」と元帥に報告できぬのだと、そういう顔をすると赤犬がため息を吐いた。

そうして立ち上がり、こちらに向かってきてくれる、リコリスは口元を綻ばせた。






+++






バキリ、と何かが割れる音がした。

「うわ、ちゃんすっごい顔。折角の可愛い顔が台無しよー」
「クザンさんってそういう風に茶々入れるからダメなんですよ。こういうとき、女は放っておかれるのが一番いいんですよ」
「ふふ、二人ともお黙りよ?その舌を釜茹でにされたいのかい」

海軍本部、白いベンチにブランコのある中庭で午後ののどかなティタイム、と言うには少々肌寒い中、さらに気温を低下させるようなの声がじんわりと響く。

素敵便利アイテム、使用頻度は割りと低いがそこそこ使って便利だね、の魔女の鏡は本日大活躍中。膝の上に乗せられていた大きめの手鏡に映っていたのはサカズキの執務室の様子。しっかり音声まで拾える優れもの。ねぇその仕組み解明したらすんごい発明なんじゃないの、などと突っ込みをいれるだけ無駄であるけれど、その稀有な道具は現在芝生の上で無残に割られている。

何のことはない。

リコリスとサカズキの執務室でのやり取りを見ていたが、ついに耐え切れなくなったのか乱暴に鏡を地面に叩き付けた、とそういう結果だ。

愛らしい額にうっすらと青筋を浮かべるにただただクザンは苦笑い。マリアといえばまるで関わり無いように(まぁ、事実無関係)淹れた熱めのお茶を啜っている。基本的には寒いのが苦手で二十度以下になれば部屋から出たくないと主張しているのだけれど、今日ばかりは文句も言わなかった。

物騒なことをあっさり言うにクザンはどうしたものかと対応に困った。

本気で怒っているを宥められるのはサカズキ(暴力的に解決)かドレーク(人身御供的な意味で解決)だが、違う意味でブチキレているをどうにかできるのはこのマリアちゃん。サカズキの秘書の挑発的な台詞で「いらっときたよ!」というをなだめてくれぬかと期待してつれてきたのだが、マリアちゃんはあんまり協力的ではない。

は無残になった鏡を靴の踵で踏みダメ押しとばかりに砕いてからふん、と唇を尖らせる。

「馬鹿みたい。こんなの、何の意味もないのに」

鏡を割ったことを言っているのか?クザンは何か言葉を返そうとして、しかしマリアに遮られる。

「結局、お前って何したかったわけ?」
「本気で聞いてる?」
「自覚あんのかって、思っただけ」
「わかってるのに聞くマリアちゃんって性格悪いよね」
「お前ほどじゃない」

マリアはのティカップがカラになっていることに気付くと魔法瓶からお湯をポットに注ぎ再度紅茶の支度を始める。その手つきは誰かに似ていた。誰かと思い出そうとしてクザンはすぐに気付く。マリアは料理人だ。そのお茶の淹れ方だって本格的に知識もあるはず。けれど今のその手つきは、素人が必死に上手く入れようとして何とかやっている、というようなもの。あぁ、そうだ。こういう淹れ方は、あのドレークがよくにしていた。

そんなことを思い出してクザンは何だかこの場に自分だけいてはならぬ気がしたのだけれど、かりにも悪意の魔女をこの場に残すわけにもいかない。居心地の悪さを急に意識しながら、じぃっとの旋毛を眺めることにした。

「マリアちゃんもちゃんもいい性格してるっておれは思うんだけど。ねぇ、聞いていい?ちゃんって、え、何?結局何したかったの?」

マリアの言葉から察するに、の「後悔」というのは鏡を割ったことではないらしい。そうなれば、判るのはあの糸か。長い間魔女なんてやっているが、そもそも偶然・うっかり魔女の道具を落とすわけが無い。

クザンが問えばはつまらなさそうにそっぽを向き、椅子に腰掛けたまま足をぶらぶらとさせていたが、紅茶が半分冷える前にその沈黙を収めた。

「見たかっただけ。ぼく以外と、サカズキが糸を結ぶのかって」

ぽつり、と口に出す。マリアが「女はこれだから」と呆れた声を出す。それにが反論するかと思いきや、珍しく困ったように眉をハの字にしてが笑った。

「本当、そうだね。ぼく、馬鹿みたいだよ」
「男を試すなんて女くらいなものですよ。ねぇ、クザンさん」
「男心として、ちゃんからならおれはどんどん試されたいけどね」

まぁ、つまりはそういうことかとクザンは合点がいく。

「ぼくってみっともない。馬鹿みたいだね。ぼくはどうしたってなれやしないサカズキの秘書。その人が秘書として女としてサカズキに向かい合って、ねぇ、糸を差し出して、それで、ぼくはサカズキが断る、あの女が振られるのを見たかったんだよ。ふふ、ぼく、ばかみたい」

面倒くさそうにが解説をする。その言葉はクザンの予想通りであり答え合わせのようになったのだけれど、クザンは妙にほっとしていた。

男が女を試す、などというのでもそれはそれで構わぬが、それはどこか女臭い。に女臭さは似合わぬと常々思っているクザン、それは少々「不自然」じゃなかろうかとぼんやり思った。けれどのぽつりぽつりという言葉はなんだか「らしい」と思えるもの。

男女の愛憎、ではないのだ。
とサカズキ。魔女と大将。常に互いが不安一杯になっている、奇妙な状態。それをは判っていて、それで「このままでいて」とそのように願う心ゆえに、今回のこの妙なことを起こしたのだろうと、そうクザンは最終的に思った。

ほっとしたい。安心したい。そう言う。クザンは不貞腐れたように背中を向けるの頭をぽん、と叩いた。

「なぁに、クザンくん」
「いや、ちゃんはかわいいよ」
「本当のこと言ったって意味ないよ?」
「あ、だよね、ごめんね」
「クザンさん、もう末期ですよね」

にこにこと微笑ましく会話するとクザンに、どこまでも冷静にマリアは突っ込みをいれて聊か寒くなってきた気温にそろそろ外でお茶を飲めるのも終わりかとそう思って片付けをしようと立ち上がり、一歩後ろに下がり、丁寧に頭を下げた。

「よかったじゃないか、。これで寒くないじゃん」

片付けは後でしますのでおれは仕事に戻ります、とそう軽く会釈して背を向けるマリアにとクザンは顔を見合わせ、そして悟ったのかクザンはダッシュ、はデッキブラシを取り出して逃亡しようとして、当然のように阻止された。

「……わしの仕事中に茶ァしばいちょるたぁ、おどれらいつからそんな身分になった」

その台詞はあれか。
クザンと両方に向けられているのだろうか。

うわ☆と二人は顔を引きつらせ体を強張らせる。肩を掴まれた体勢のままこのままどうにかして逃げられる道はないかと考える一瞬、けれどやっぱりどう考えても無理だから素直に謝っておこうかと諦める一瞬。クザンがとりあえず土下座しようと覚悟を決めた途端、隣のが声を上げた。

「ぼくがいつどこでクザンくんと楽しくお茶しようとサカズキには関係ないでしょ!」
ちゃんそれおれを巻き込んだ死亡フラグっていい加減気付こうね!!ホント!」
「口ごたえたァいい度胸じゃのう、

すいませんこのままバカッポーに移動すると第一話と同じオチになるんじゃなかろうかと、クザンは心配した。しかしが敵意を向けているのでサカズキも程よく苛立っている。眉間に寄せられた皺と熱くなる拳が、もんのすごく危ない。

しかし蹴り飛ばす、と思った足は地面を踏みしめたまま、殴り飛ばすと思われる腕はクザンとから離れ、そして手が差し出された。

「これはおどれらの道具かどうか、その確認をさっさとしろ」

そういうサカズキの小指には赤い糸が括りつけられている。そうなっている状態を見るのはクザンは初めてだが、もんのすごく似合わないと、顔を引き攣らせたくなった。の細い指に絡められている時は愛らしい小道具と思ったが、これはない。サカズキのぶっとい指に、これはない。本当、ない。

「……なんで巻いてるの」

しかし、その状況にさして違和感は感じないのか(恋は盲目って言うよね!)ぶすっとした顔のままサカズキの指を見つめ、そして顔を上げる。

「リコリスが拾ってきた。本物かどうか確かめる手立ては使用する他ねぇじゃろ」
「ふぅん、もう使った後じゃないの?」
「ほざけ、ならここにくるか」

はい、そこストップバカッポーとクザンは突っ込みを入れたかった。

(あれか?あれじゃん?やっぱりこの展開バカッポーじゃねぇか!)

ここにはいないが、今頃リコリスが唖然としているのがクザンの脳裏にはありありと浮かぶようだ。途中までしか見ていなかったが、サカズキは結局リコリスに「協力」する気になったのだろう。

糸が本物かどうか。その確認を手伝う気にはなった。

だがサカズキは自分が協力する承諾そのまま「に結んで確かめる」ということしか考え付かなかったのではないか。

できればその光景見たかった、というのは意地が悪いだろうか。さっさと糸を小指に結び付けてを捜しにいくサカズキを唖然と見送るしかないリコリスというのは、まぁ、何と言うか、少し気の毒かもしれない。

そして視線を戻してみれば、いつのまにかサカズキに抱きかかえられるようになったが「べ、別に、サカズキが誰としたっていいんだからね!」などとツンデレ極まりないことを言いながら小指に赤い糸を巻きつけている光景と遭遇してしまった。

が糸を巻きつけた途端、しゅるりとサカズキとを繋いでいた糸が消える。確か元々は縁結び効果、そしてピアが加わってからは「トキメいたら外れるよ☆」という代物になったはずだが…まぁ、あの二人だから、まぁ、うん、そうなるんだろう。

クザンは冷え切った紅茶をずずーっと啜り、前回とそう代わらぬオチになっている二人をどうするべきかと暫く考えることにした。

「で、おどれなぜそんな面ァしちょる」
「変な顔で悪かったね!」
「ど阿呆。泣きそうな面ァ言うちょるんじゃ。誰にされた」

いや、本当、そういうのは他所でやってくれ。





Fin





(2010/11/01 21:53)


・リコリスさん、まじでごめん。←