今年もあと二日で終わる師走の朝。

今年は多種多様な出来事がいっぺんにあってバタバタと騒がしくあっという間に一年が経ったとは思う。丁度一年前にはまだ己はドイツ寺院にいて世界からひっそりと身を隠す引きこもり生活。あの頃は本当楽しかった!と、いまでも思い出しては惜しんでいるが、といっていまの生活に文句があるわけではない。

(ぬくいよねぇ)

ばふっ、と被った毛布の中、さらには羽毛布団(マスコビー100%)までかけ完全防寒、カーテンの隙間からこぼれる朝日のきらめきなんぞ届かぬ暖かい布団の中でぬくぬくとしながらは寝ぼけ半分満足げに喉を鳴らした。の使用している部屋はエアコンではなくホットヒーター。空気を乾燥させぬので喉を痛めないと好評。汗をかくほどではなく、心地よい温度で暖かい室内、この中で惰眠を貪ることほど幸せなことはあるまい。

というか、がんばったら冬眠できるんじゃなかろうかと密かには考えている。冬眠。できれば一生に一度は体験してみたいものだ。動かず面倒な仕事も一切せずただ寝ているだけの長時間。

「いい加減起きて下さいちゃん!もう十時ですよ!!!」

うつ伏せの体勢でうっとりうっとりと再び眠りの扉を開こうとしていたの体が軽くなり、そして聞こえたその大声。

「う…さ、寒い……」

室内がどれほど暖かくとも布団を剥ぎ取られては寒さを感じてしまうもの。今まさに、布団をひっぺがされて寝台のうえにぽつんと取り残されたは自分のベッド脇に立ち眉根を吊り上げている妹を一瞥したあと、ちぢこまらせていた体をさらに小さくして枕に顔を埋める。

「いやだよぉ、起きたくないよぉ、お布団返してよぉ、くーん」

般若の形相、というわけではないが、愛らしい顔を普段のにこやかな笑みをけし険しくしているオッドアイの少女。の妹の一人で三姉妹の次女であるは、パジャマ姿のと対照的にキッチリと身支度を整え髪を梳かした完璧な姿である。

「ダメです!もう一週間以上もそうやって部屋から出てこないで!今日という日はちゃんと起きてもらいます!」

ガタガタと体をふるわせながら懇願する様子ははっきり言ってみっともないことこのうえない達磨ストーブ予備軍だが、珍しくは容赦がなかった。
締め切られていた分厚いカーテンをサッと引き室内に朝の光を入れると、そのまま彼女、窓を開ければ、途端入り込んでくる冬の冷え切った空気。

「う、う……」

頬を吹き込む冷気に叫ぶ余裕も無いらしい。、途切れ途切れのか細い悲鳴を上げながらもぞもぞと体を動かす。

てっきり観念するかと思ったらそんな可愛げが彼女にあるはずもない。はベッドの下の床に敷いてある毛の長い絨毯をずるずると引っ張り上げてそのまますっぽりとかぶった。

「どんだけ嫌なんですか!!ちゃん!何子供みたいなことしてるんです!!」

と、呆れたのごもっともな突っ込み。この、見かけは幼女であるがその実大学生のよりも随分と年上で正確な年齢は実妹の自身知らぬのだけれど、よく店に来る刑事のドレークを「若造」と呼ぶことがある。つまりは確実に「いい歳」なのだ。幼い外見であれば多少愛らしさのある態度だが、外見を年齢の通りにしたら中々、見苦しい。

ぐぐーっとの被った絨毯を引っ張るが、寝ぼけ半分のわりにの掴む力は強い。

こんなときばかり無駄に根性見せやがって、などとは、育ちのよいは言わぬが、そういう突っ込みが入っても問題ないこの意地。

何もの自堕落な生活にストップをかけるだけが目的で今回の強行に及んでいるわけではない。12月30日。今日はどうしてもやらねばならぬことがある。

「起きてください!今日は大掃除するんですよ!ちゃんだってたまには部屋の片付けくらいしてください!!」

正確には28日頃にするらしい、日本の行事(?)年末にかけての大掃除。はまだ日本に来て一年経っていないのだけれど、すっかり日本の習慣を学んでいる。今年は家族初めて揃って過ごす年末年始。きちんとやりたいと考えるは今日ばかりはの怠惰を許すことなく心を鬼にしようと決めていた。

「お店の掃除と細かいところは私がやります!ちゃんはトイレ掃除と階段のお掃除をお願いします!」

喫茶店と住居が一緒になっているこの家はそれなりの広さがある。普段からが丁寧に掃除をしているため目だった汚れはないが、大掃除は必要だった。

に頼んでも換気扇や排水溝の掃除が必要になる風呂場はやってもらえまい。そう判っているので一番簡単な場所を頼んだのに、長女はぷいっと顔を背ける。

「いーや!いや!!絶対いやだ!」
「何言ってるんです!年末の大掃除は人としての義務でしょう!」
「そんなの知らないよ!っていうか業者に任せれば一番綺麗になるじゃないか!」

などとのたまう。お前、どこのセレブのとんでも発言だ。

いや、確かにその通りなのだが、ここで言い負かされては決意をした何の意味もない。ぐっと拳を握り、は言い返す。

「……こんなこと言いたくないですけど、今月はちゃんがまた妙なものを輸入した所為でお金がないんですよ!」

猫目喫茶、基本的に不定期での営業のため収入は乏しい。それでもなんとかやっていけるのはの涙ぐましい努力のおかげだ。4人家族で生活費20万円(仕入れ代や維持費は除く)であれば借家ではないのでそれなりの貯金もできるけれど、そうしてが溜めた端から母トカゲのパチンコ代との「ちょっと裏ルートでしか買えないもの」の代金へと消えていく。

が健気にバイトしている給料に手をつけるほど外道コンビではないが、好き勝手された月は、後半もやし炒めだけが食卓にならぶ。(時折見かねたボガードや松永が材料持参で夕食を一緒にすることもある)

ちなみに姉妹の後援者であるアーサー卿ら4人の貴族たちは金銭面で姉妹を甘やかしたりはしないため泣きつくことはできないし、も頼るのは情けないのでそういう選択肢はなかった。

「だって対戦車用銃器の最新モデルが出たって言うんだもの…!カタログまで送ってきて…買わないなら傭兵失格だよ!」
ちゃんは元々シスターで、いまは喫茶店の店長さんでしょう!」

謎につつまれまくった姉の前進については聞きたい気持ちもあったが、今はそんな暇はない。きっぱり言い捨ては絨毯から手を離して、そのままぐいっとに汚れてもいい着替えを押し付ける。

「とにかく起きて着替えてください。今日は大掃除をするって決めたんです」
「そんなことするくらいならドフラミンゴとデートするほうがましだ」
「ここ最近見たことないくらい物凄く真面目な顔で云わないで下さい、ちゃん」

至極真面目な顔で言えば、それ以上の真面目な顔で切り返された。というかどんだけ嫌われいるんだドフラミンゴ、と同情してしまう。

こうして言い合っていても仕方ない。は押してだめなら引いてみよう作戦に移った。

「……ちゃんが自堕落で怠惰な生活をこよなく愛しているのは知っています…でも、そういう素敵な環境であるこの部屋を、一年お疲れ様、と労って掃除し、新年を迎えるのが「大掃除」なんですよ」
「いや、だから綺麗にするなら業者がいちば、」
「使用者であるちゃんが「ありがとう」って心をこめて掃除することに意味があるんです」

有無を言わさず続けて言えば言葉に説得されたというのではなく、その勢いに「あ、逆らったらまずいね」と気付いたが大人しくなった。しかしそれで素直に納得するのならドレークなど胃薬と親しくならずに済んだだろう。は一瞬の巡回の後、ひらめいた!とでもいように顔を輝かせてを見つめた。

「こういうのはくんを誘いなよ!一緒に楽しくやってくれるよ!」

、ていよく他人に押し付けようとしている。

お前本当に聖職者か。などと、本当、誰か突っ込みを入れてやってほしい。長女としての自覚皆無極まりない言葉には一瞬怯み、だがその提案は想定済みだったのか軽く首を振る。

「もちろんちゃんも手伝ってもらいますけど、今はちゃんにはちゃんにしかできない別の仕事をお願いしているんです」

つまり不在だ。人身御供は諦めろ、という宣告だが、はそれよりが外出している、ということの方が気になった。現在も学校はお休みで日中家にいることが多い。は長年一緒に過ごせなかった母トカゲがいるのが嬉しいのか始終くっついている。一人で出かけたのか、と思いつつ、そういえば自分と同じくらい掃除が、というか、こういう面倒ごとが大嫌いなトカゲをはどうするのだろうと頭に浮かぶ。

そういうの疑問がわかったらしい、ゆっくり頷いてから窓の外に視線を投げた。

ちゃんには掃除を予想してさっさとパチンコに逃げたお母さんを連れ戻しに行って貰っています」

簡潔に告げるのしっかりとした姿に、は妹の成長っぷりを喜ぶより「あ、何か本当、油断ならなくなってきたね」と乾いた声で笑いぶるりと体を震わせた。







 


寒い冬、ハイ!年末年始の大掃除!え、 逃亡不可!?

 

 

 

 






騒音という言葉ですら大人しいと思うほどの音々を響かせてめまぐるしく回転する店内。狭くはないが都内であるためそこそこの規模で落ち着いたパーラー黒猫は年末の朝っぱらから大盛況だ。不況によって利用者が減っているというニュースもあるが、そんなことはこの場所には関係ない。毎朝早い時間から新聞や缶コーヒー、果ては防寒具までしっかり準備して並ぶ面々、台に向かい合う顔は真剣そのものだ。

あまりに酷い音のため耳栓なしで長時間いれば耳鳴りがする。慣れた者はパチンコ玉を耳に入れたりするけれど、耳栓持参の者もいる。隣り合って座っていても気にするのは相手の煙より流れる玉の行方だというのだから、大勢至って孤独孤独は変わらぬ場所。

と、そんな真面目な話はいいとして、その騒々しい店内で、音に負けぬほどの大音量で騒ぐ女が一人。

「放せ!!ボガード!シンラ(ボガードの実父)の所の若造!このおれのエンジョイライフを邪魔していいと思ってるのか!」

長く伸びた襟足、紅蓮の髪に冬の海のような青の瞳を燃え上がらせた長身の女。美しいといえばこれほど美しい顔もない。おおよそこの世に存在する芸術家たちが知恵を出し切っても造型できぬ美貌を、今は悔しげに顰めている。その女の細腕は中折れ帽子を被った青年がぐいぐいと引っ張り出口へ向かっており、どうも、どうやらその扱いに対して非難の声を上げているらしかった。

罵倒されて中折れ帽子の青年、心外そうに眉を跳ねた後、心底呆れたたといわんばかりの口調で淡々と答える。

「まるで思いませんよ。まぁ、貴女に対して無礼な態度だ、とは思いますけどね。あなたを連れ戻すというのがお嬢さんの願いなんですから優先するのは当然でしょう。もちろん未成年のお嬢さんですからここへはいることはできません。そうなれば俺があなたをお嬢さんのいるところまで連れて行かなきゃならんでしょう」
「折角朝から並んであの台を取ったというのに…!あそこは出るんだぞ!?」
「聞きたくありませんよ、そんなこと」

これがかつて裏社会を騒がせた伝説の女「蜥蜴」であるとは思えない。というか思いたくないのだが、悲しいことに現実である。

この青年、ボガード。東京に事務所を構える弁護士でややこしい三姉妹の問題を引き受けるには聊か未熟と判断されているが勘の良い男であるとコルヴィナス卿には高評価。三姉妹の末娘の後見人であり、戸籍上の兄でもある。

弁護士業に年末年始もないが、二ヶ月前から長期的な休業を掲げているため特に差し迫った仕事があるわけでもなく「暇をもてあましているんです」と白々と言っては三女の学校や出先への送迎をし、ちゃっかり行動を共にしていた。

そういう流れで朝から猫目喫茶店に行き、丁度から「お母さん救出指令!これ以上は本当に火の車なんです!」作戦に参加することとなっていた。

「どこぞのなんちゃってシスターのように歳も考えず駄々をこねないでください。表にお嬢さんをお待たせしているんです」

いまだ台に未練があるのか足を踏ん張っているトカゲに最終通知とばかりに言い捨てれば、途端トカゲが背筋を伸ばす。

「なんだ、あの子は外でまっているのか?」
「そう言いました」

言えば素早く(しかししっかり出玉を清算してから)トカゲは店から出る。そうして表の駐輪置き場で所在無さげにちょこん、と立っているわが子の姿を確認すると「!」と声をかけた。

「お母さん!」

トカゲが声をかけるより少し早くに気付いたはそのまま駆け出す。聊か勢いをつけてトカゲの細い腰に抱きつけば、2,3歩トカゲの足が下がったけれど倒れるほどではない。己を慕い息を白くしてかけてきたの頬を(パチンコしてて暖かくなっていた)手で触れ眼を細める。

「冷えてるじゃァないか。喫茶店にでもなんでも入っていればよかっただろう」
「うん、でもお母さんにまだ「おはよう」って言ってなかったから早く言いたくて」

母に触れられては嬉しそうにはにかむ。臆面もなく言い切るその言葉と態度にトカゲは沈黙した。

何だこの可愛い生き物は。

一応己の娘のはずだが、同じ娘でも可愛げの皆無なと違いなんと素直なことか。

この前面に「お母さん大好き」「お母さん綺麗」と惜しげもなく顔に出す生き物。これ、本当に自分(外道の自覚あり)が産んだのかと疑いたくなる純粋さじゃないか。

「?お母さん?どうしたの?」

思わず脳内で「あれ?ひょっとして産んだときに分娩台で別の子と入れ違った?」などとドラマティックな疑いをかけ始め真顔になるトカゲに、が訝る。オレンジの明るい瞳をキラキラとさせこちらの顔を覗き込んで来る様子に、ぐいっと、トカゲは一度を引き離し、その様子を黙ってみていたボガードの腕を掴んで少しから離れる。

「おい、ちょっと。シンラの小倅」
「なんです」

物陰はないが、とりあえず隅まで移動して、トカゲはボガードの肩に腕を回して内緒話でもするように声のトーンを落とす。

「なんだってあんなに可愛いをさっさと嫁に迎えないんだ。あの愛らしさは犯罪だぞ?さっさと唾つけておかんと男どもの奪い合いに発展するぞ?既成事実でもなんでもしておきなくなる愛らしさだろ?」

いや、既成事実とか母親がいう台詞ではない。

しかし至って真面目なトカゲ。三姉妹と再会してすぐにトカゲはボガードにを嫁に貰うように言っているのだが、いつものらりくらりとかわされてまるで話が発展しない。

こんなに可愛いのに何が不満だ、16歳なんだからできるだろ、という目で睨めばあんまりな言い方に一瞬唖然としたボガートだったが、すぐに真顔に戻り、こちらもやはりに聞こえぬ声で答える。

「不満なんてありません。確かにお嬢さんの愛らしさは日に日にまして、正直私もいつお嬢さんを見初めたどこぞの命知らずが強引に誘拐しに来ないかと心配ではありますが…」
「一応発信機は付けさせてるが心配だな」

いや、心配の必要性ないだろうと、ここにドレークでもいれば突っ込んだだろうか。

にはボガード以外に常に護衛役が影ながらついている。そのプロの目をかいくぐれる「可愛いから誘拐しちゃった☆」なんて衝動犯はいない。よしんば誘拐できたとしても即座に抹殺(いろんな意味で)されること確実なのだから、心配なんぞ、する必要がない。

「ねぇ、ボガート?お母さん?どーしたの?何話してるの?」

ひそひそとバカ二人が話していると放置されるのが寂しくなったのか、邪魔しては悪いと思いつつが声をかける。

「いえ、何でもありません」
「あぁ、そうだ。今日は結構あたりが出てな。この後ゲームセンターにでも行かないか?」

家の金を使い込む⇒パチンコ⇒稼いだ金で即行ゲーム、なんぞ本当にクズ人間のルートを辿るトカゲであるが罪悪感皆無。母親らしい発言では全く無いのに母親らしい顔をして言えば、が嬉しそうに顔を輝かせ「うん!」と頷きかけたが、しかしすぐに、困ったように眉を寄せる。

「……行きたい、けど」
「けど?」
ちゃんが『お母さんが何を言っても聞く耳持たず連れ帰ってください。あともしも当たり台だったら使ったお金でお雑煮の材料を買ってきてください』って…ごめんなさい」
「……強くなったな……」

先手を打たれフッ、とトカゲは哀愁を漂わせる。

あれか、母と長女がだらしないと次女がしっかりするのか。

「ところでオゾウニって何だ?」

遠い目をして空を見ていたトカゲ、おろおろとするを放っておくわけもなくとりあえず聞きなれぬ単語を問えば、きょとん、とが顔を幼くした。

「お雑煮って、お雑煮だよ。お正月に食べるの。ちゃんは明日の夜から作っておくって言ってたんだけど」
「ふぅん?食べ物なのか」
「正月に振舞われる餅を使用した汁料理ですよ。餅以外の具や味付けは地方によって様々で、とにかく日本の正月は雑煮とお節、それにみかんと決まっているんです」

いまいちの答えでは判らぬというトカゲにボガードが補足する。

「具は様々ってことは、おれは何を買って買えればいいんだ?」
「あたしの家は鶏肉とお餅だけが具だったけど、そういえば学校でニンジンとか大根が入ってるって子もいたよ」
「あと里芋を入れているところもあるようですね」

フランス育ちのが「これが我が家のです!」というものがあるわけがないのだが、お雑煮を知ったときに見たレシピやあるいは予想図があるはずだ。それに沿ったもを買うべきなんだろうと思うのだけれど、は聞いておらぬよう。おそらくはお雑煮、とよばれるものが複数存在するとまでは把握していなかったのだろう。

「餅が入っていればいいんだろ?あとは適当に野菜を買っていけばが何とかするさ」

自分が台所に立つという選択肢はまずないトカゲ。料理上手な次女ならなんとか上手くやるだろうとやや投げやりに判断して、商店街に足を向けた。






+++






「…………………」
「止めてその無言で視線逸らすの!!その思い遣りが逆に痛いんだよ!!!クロコダイルくん!!」

箒で店先を掃いていたの姿とうっかり遭遇してしまった美術商サー・クロコダイル。心優しさなんぞ持ち合わせていない男だが、そういう彼をしてとりあえず何か言ったら気の毒だと思うほど何か哀れなの姿に「見なかったことにした」とそそくさと立ち去ろうとすれば、背を向けた途端の泣き声まじりの悲鳴が上がった。

「………何やってんだ?」

気付かなかったフリはできなかったため、とりあえずクロコダイルは観念して振り返り、顔を顰めた。

クロコダイルは普段滅多に遭遇しないホルンベルクの魔女。幼い貌と美しすぎる瞳で人を破滅に突き落とす外道の女と、そういう認識を持って警戒し、ある種の敬意を示してきた相手が、現在袖を捲くった臙脂のジャージ姿で掃除女の真似事をしている。

………昨今動画サイトで流出問題が騒がれているが、この魔女のこんな姿をUPしたら判る人間にはわかる「醜態」になるのではないだろうか。

「見ての通りお掃除だよ……」
「……テメェが?」
「ぼくだってやりたくてやってるわけじゃない!」
「じゃあなんで…あぁ、か」

あのが自主的に掃除なんぞするわけがないのはクロコダイルもわかっている。といって他人に言われて素直に聞く可愛げなんぞない。そう切り捨てるが、しかしそういう自分勝手な女にもあれこれ言って影響を与えられる人物を思い出した。

くんってば容赦ないよねぇ…寒いの嫌いだって言ったのにぃ…」

言いながら手は動かす。よほどが怖いのか、いやいや、言われたことは一応はきちんとする素直さ、ということでここは納得しておこう。

ぶつぶつ言うを一瞥し、クロコダイルは鼻で笑った。

「テメェがやらなきゃあいつがやるんだろうな。毎回毎回面倒なことは全部妹に押し付けて、良いご身分じゃねぇか」
「クロコちゃーん!何人のスィートハニーに手ェ出してんの!?お前は次女狙いだろうから油断してたのに!!!」

とりあえずクロコダイルはに合ったらに対する彼女の扱い方について一言言わずにはいられない。はき捨てるように言いじっくり反応を待ちたかったが、言葉を受けたが何か言い返す前に、猫目喫茶店まで続く坂道を駆け上がってきたピンクの鳥の登場に、一も二もなくクロコダイルは足を繰り出して蹴り飛ばした。

「年末まで脳内沸いてんだな、このバカは」
「来年こそはあのバカ鳥との付き合いと縁をバッサリ切りたいねぇ」

ズサァアアーと上がってきた坂道を転がり落ちていく、今年も桃色だったドフラミンゴ。のんびりと二人が感想を漏らせば、妙なところで打たれ強さを発揮するドフラミンゴ、まるでめげずに再び上がってきた。

ー!こんな鰐野郎のどこがいいってんだ!!俺とそんなにステータス変わんねぇじゃねぇか!!」
「殺すぞこのクソミンゴ」

ドフラミンゴと同列になんぞなるくらいならゴキブリと同類にかぞられた方がマシである。蹴り飛ばすだけでは足りぬので殴ろうとドフラミンゴの胸倉を掴むと、そこでカラン、と喫茶店のベルが鳴った。

ちゃん?そこが終わったら一度お茶でも、」

店内から出てきたのは、こちらもと同じ臙脂のジャージ姿。髪は耳の下で二つに縛っているの姿。

「よお、ヒヨコちゃん」
「あれ?ドフラミンゴさん、クロコダイルさん?」

クロコダイルの経営するギャラリーのバイトでもありこの店の従業員でもあるの登場にクロコダイルは殴ろうとしていた手を引っ込め、乱暴にクロコダイルを解放した。それで「今まさに殴り合いをしようとしていた」なんて過去はなかったような態度でを見やる。

「なんだ、テメェまでそんなカッコしてんのか」
「え、これは、その、戦闘服って言いますか……」
くーん、お手伝い二人ゲットしたよ!」

慌てて己の格好を思い出し頬を染めると、その反応に口元を吊り上げるクロコダイルの、その二人の空気をまるで読まずぶち壊すように、の声が割って入った。





+++++





なんでこんなことになっているのだろうか。

「なんて言うか…すいません」
「何度も謝んじゃねぇよ、みっともねぇ」
「す、すいません…」

反射的に口に出てしまい、あ、とは口元を押さえた。

そういうやり取りをして数分、なんとなしにが一方的に気まずい雰囲気になってしまい、どうしようかと困惑するが、謝る言葉のほかに言わなければならない言葉を思い出した。

「あ、あの、ありがとうございます。やっぱり冷蔵庫とか棚って私じゃ動かせなくって…」

ちらり、とカウンター席に戻ったクロコダイルを見たあと、はキッチン内に視線を向ける。大掃除も現在半分が終了だ。住居の各自の部屋以外は終了し、あとはこちらのお店部分である。しかし椅子やテーブルなどは移動できるけれど、キッチン最大の重量を誇る冷蔵庫だけはどうしようもない。

それでも引っ張れば隙間くらいは空くだろうかと悪戦苦闘していると、カウンターに座っていたはずのクロコダイルがいつの間にか近づいてきていて、あっという間に場所を移動させてしまった。

こういうとき、はクロコダイルが「男の人」なんだと思う。重いものをあっさりと持ち上げてしまって、そしてそれを苦にしていない。

自分も男に生まれればもっと人の役に立てたのだろうかと、そんなことを考えなくはないけれど、けれどの性分、それにどっぷり考え込むより、やはり彼女「今の自分ができること」を精一杯やるだけだと、そのように思うのだ。

「……別にこんなところまでする必要ねぇだろ」
「ダメです!大掃除なんですから!」

うん、と一人納得していたを不審に思ったのか、こっちの世界に戻って来いよ、というわけではないだろうけれどふとそんなふうに声をかけてクロコダイル、店の中をぐるりと見渡した。

普段からが丁寧に手入れをしているのだろう。店内は汚れひとつない。飲食店にありがちな油汚れもないのだから相当に手を尽くしている。そういう店内にこれ以上清掃が必要なのかというのがクロコダイルの素直な感想だった。

「掃除なんて業者を入れるもんだろうが」

手の届かぬところなら尚更任せるべきだと、そういえばが微妙そうな顔をした。

このブルジョアが!と、ここでに突っ込み能力があればしただろうが、生憎彼女にそういう汚れた部分はない。ホントにない。

「ンだよ?」
「…いえ、ちゃんも同じこと言ってました。でも私、掃除って面白いから自分でやりたいんですよ」
「面倒臭ぇことを態々テメェでやる気が知れねェな」
「自分が使っているものに感謝の気持ちを込めて綺麗にするっていうのもあるんですけど、こう、近くで触ってみると、普段使っているものをもっと知れる気がして嬉しいんです」

たとえば猫目喫茶店にかかっている大時計。随分と古いもので1日一回きちんと螺子をまいてやらねばならない。もちろん普段から手入れをしているが、こうして大掃除のときにきちんと蓋を開けて中まで見ると、元々は天使の人形が定時に出てくる仕掛けだったのだとわかった。どうして今は使えなくなってしまったのか、欠けた人形は今誰のところにあるのかなど、想像すると楽しい。

普段馴染んだものが新しい顔、違う一面を見せてくれて、親しくなれたような気がする。

「……」
「あ、でも、クロコダイルさんはお忙しい方ですから、できないっていうのもわかります。これは、私の個人的な考えですから!」

言っては恥ずかしげに顔を逸らす。

「あ、あの、あとは大丈夫ですから!ゆっくりお茶を飲んでてください!手伝ってくれてありがとうございました!」
「……貸せ」
「はい?」
「その布っきれ寄越せっつってんだよ!」
「え?あ、あの、おしぼりなら新しいの出しますけど…」
「誰がンな汚ェもんで手なんて拭くか!……手伝ってやるっつってんだよ」
「……え?え、あ、あの、でも」
「テメェのとろっとろとした動きを見てるとイラつく。そんなんじゃ年明けまで終わらねぇだろうが!」

怒鳴られは反射的に「すみません!」と謝ったのだが、謝るな、とクロコダイルが再び怒鳴る。それで肩を竦め萎縮する。

そうして硬直したから半分奪い取るようにして雑巾を手にしたクロコダイル、そのまま無言で先ほどまでが拭いていた箇所に腰を屈めて手を落とした。

「うわぁー、すっごい光景だね!これこそ流出させたら軽い騒動になるんじゃないの?」
「あ、俺カメラ持ってんぜ」
「テメェら…何してやがる……サボってんじゃねぇ!次女一人に何でもかんでも押し付けやがって!テメェもたまには長女らしいことしやがれ魔女!それにこのクソミンゴ!でかい図体で場所取ってんだからちったぁ働け!」

覚悟を決めて掃除をすることにしたらしいサー・クロコダイル。それを野次馬していた外道コンビ二人をきつく睨み飛ばし、この俺が掃除に参加するのだからテメェらも当然参加しろ!とばかりに怒鳴り散らす。

当然二人はそっぽを向いた。

いやだ!と言葉で突っぱねるより態度で拒否る。幼いはまだマシだが、図体のでかいオッサンがするなとクロコダイルは容赦なく蹴りを入れた。

「い、痛えんだけど!!?」
「痛くしてんだから当然だろ」
「クロコちゃんのドS!」
「え、えっと、じゃあ…あの、ドフラミンゴさんは…その、窓拭きをお願いできますか?背が高いので」

サングラスをかけているので泣いているのかはわからぬが、若干涙声になったドフラミンゴが非難の声を上げる。それをクロコダイルは一瞥して切り捨てるだのから、は内心ハラハラとした。普段漫才(?)のようなやり取りの多いクロコダイルとドフラミンゴであるが、やはり怒鳴るのはよくない。

慌ててはドフラミンゴの傍に駆け寄って、バケツと雑巾を差し出す。

「えー、なんで俺がそんなこと」
「あの、でも…私やちゃんじゃ椅子に乗っても上に届かないですし…それに、ちゃん、無茶してテーブルのうえに椅子を重ねて上がるんですけど、落ちたらどうしようって私心配で…」

としては自分の家と店の掃除であるのだから人様の手を借りて、というのもどうかと思う。しかしクロコダイルはドフラミンゴに手伝わせなければ気がすまないだろう。クロコダイルがやる、と決めたことを覆すのは難しいとはギャラリーのバイトで学んでいる。

それで何とか「あなたが必要なんです」と訴え見上げると、頼られるとまんざらでもないのか、例の独特な笑い声を響かせながらドフラミンゴが雑巾を手に取った。

「フッフフフ、任せろヒヨコちゃん。この俺の迸る窓拭きの才能を見せてやるぜ!」

そんな才能あったのか。どうせノリだけで言っているのだ、ととクロコダイルは容赦ないのだが、間に受けるは「本当ですか!ありがとうございます!」などと瞳を輝かせている。

「単純だよね、鳥って。くん扱い方が随分と上手になったねぇ」
「そういうつもりじゃないんですけど…あ、ちゃん。お使いを頼んでもいいですか?」
「うん?」
「ちょっとそこのスーパーまでなんですけど、トイレットペーパーが切れちゃって…」
「死活問題だね」

本当ならが行きたいのだが、一応クロコダイルとドフラミンゴがいるので残して行くわけにはいかない。
素早くは頷き、頭に被っていたほっかむりを取ると、熱心に窓拭きをはじめたドフラミンゴを見上げた。

「ほら鳥、一緒に行くんだよ」

椅子に乗っていたドフラミンゴがバタン、と落下した。

「なぁに、危ないねぇ」
「いや…なんだこの展開、なんだこれ、どうせ夢オチなんだろ!とか疑う自分がこっち(猫目パロディ)までいるってどうなんだよ俺……!!」
「何わけのわからないことを言ってるのさ。行くの、行かないの?」

窓拭きにヒートアップしてくれているところに水を差すのはもったいない気もするが、としてはドフラミンゴを連れて行きたい。どうせ帰ってきたら今度は店のだけなどとは言わず家中の窓とついでにの持分のトイレ掃除までさせる腹であるのだけれど。

ぐいぐいとドフラミンゴを押して店から出る。

「フッフッフッフフ、どういう罠だよ」
「空気読めってことだよ」

きっぱり言い捨て、は戸惑うと呆れるクロコダイルを顎で指した。あ、なるほど、二人っきりにしてやれってことね、とドフラミンゴは頷いて、にやにやとを見下ろす。先ほど空気を読まずクロコダイルとの間にわって入ったのは、なるほど短い会話ではなくて場所を室内にしてもっと過ごせコノヤロウ、という配慮だったらしい。

おおよそ人に気遣いなんぞ見せぬだろうのこの行動に、ドフラミンゴは低く笑う。その態度がには勘に触るのか不機嫌そうに眉を跳ねさせた。

「なぁに?」
「いや、別になんでもねぇさ」

言ってドフラミンゴはついでだから手でも繋がせてもらえぬかと狙ってみるのだが、それはパシンと払われた。

さて、そんなこんなで始まる猫目喫茶店メンバーと常連どもの大掃除。このメンツでことが無事に終わるわけもない。どうせロクでもないことばかり。

しかし、それでも除夜の鐘を聴いて皆で年越し蕎麦でも食べられればそれはそれで万々歳、とそのようなことを各自胸の中で思いつつ、とりあえずは目の前にある使命を果たそうという、そういうお話である。


Fin






【珍しくちゃんとアトガキ】
時間と気力の関係で断念した「さんと組長」パートと「トカゲさんとドレーク」パート。人ごみの商店街で嬢とはぐれたトカゲさんがドレークと遭遇、とかそういうの考えてました。あとさんパートでは人ごみを生き場とする常連スリ師のじーちゃんがさんのサイフを狙って「おどれの尻をねらっとった」と組長に締め上げられるような話。

うん…すっごい長くなるからね…。
最近長く書く体力がありません。集中力が3時間しか持たん…。歳かな…。皆さん、本当、若いうちに一杯書いといたほうがいいです。

でも、まぁ、他家部分が書けたからいいやと思います。
いや、これ元々2パートが二人の親御さんに元々年賀メールに添付しようと思ってたネタなんで…。

さて、もうとっくに年明けしてますが、皆さん年末の大掃除、逃げずに参加しましたか?

48は去年までは逃げ切りましたが、生憎今年は朝から母のとっ捕まりました。確か脅し文句が「あんたの部屋からキノコ生やしてやるよ!」でしたね……。
………どうやってやるつもりだったんだろうか…。


(2010/01/07 21:10)