都内某所にひょっこりとある喫茶店「猫目」には見かけ12,3歳程度にしか見えぬ店主がいる。営業時間は14時から16時。何故その時間かと言えば、14時まで昼ドラ、16時からは時代劇の再放送を見るのに忙しいからである。いい○もを欠かさぬは当たり。つい先日、仕事で日本に来ていたピンクの鳥が食事に誘ったのだが「君よりもぼくは緑の怪獣に興味がある」とにべもなく断っている。

その店主、は珍しく10時から店にいた。カウンター前の椅子に腰かけ気難しい顔をしている。

平日のため妹二人は学校だ。の強い勧めで美大へ通っている。母に勝るとも劣らぬほどの絵画の腕前を持ってもらわねば都合が悪いという事情があるのだけれど、妹は絵の勉強ができると素直に喜んだ。いずれは贋作を描かせるために学ばせている、ということがには少々、心苦しい。妹が楽しそうにしていればいるほど、自分はどうしてこんなに卑怯なのかと、後ろめたさでいっぱいになる。

妹二人がいなければ、ボガードも当然本来の仕事に戻る。どうせが帰って来る頃には顔を出すのだろう。むしろ、仕事が片付いたらを学校まで直接迎えに行くのかもしれない。顔を合わせればそれなりに嫌味の押収はするけれど、、ボガードのそういう「下心です」という行為の影に隠れた気遣いには感謝している。何しろ、己のアキレス腱は、どちらかといえばではなくなのだ。

には「蜥蜴の娘」としての利用価値があり、また悪のオッサン…いや、松永というこの上ない後ろ盾がある。しかしは、自分たちの妹として以上の価値はない。ごく普通の娘だ。怖い思いをすれば泣く。交渉できるだけのずる賢さがない。が、たとえば誰か組織の人間に攫われるようなことがあれば、簡単に相手の要求を飲んでしまうだろうという予感があった。それであるから、四六時中「お前ストーカーか」と呆れたくなるほどボガードがの周りにいても、それは感謝すべきことである。己が傍にいてやれればいいのだが、どうもが苦手だ。あの「お姉ちゃん大好き」という目を向けられると容赦なくの黒いいろんな部分が浄化されていく。持って四時間くらいだ。それ以上だと、本当具合が悪くなる。だから日本に来て部屋にこもりがちになったのだけれど、そんな情けない理由は絶対にには知られたくない。

まぁ、そんなことはさておいて、そういうわけで一人きりで店にいる、先ほどから見つめているのはテレビではなくて、カウンターの上にぽつん、と置かれている小さな機械である。

、随分な機械オンチ。重火器やら戦車やら無線やらヘリの扱いは当然心得ているのだけれど、大衆に浸透している機械にはかなり疎い。そのの目の前にある小さな器械、は、現代の代表的な「機械」とされているものだろう。

つまりは、携帯電話である。

機種やら何やら詳しいことはにはわからない。けれど、音が鳴ったら電話かメールが来る、ということは理解している。バイブ機能はに消して貰った。突然ブルッと鳴るのが怖いと言えばはさくっとモードを変えてくれたらしい。着信音もが「突然おっきい音がなったらぼくは悲鳴を上げる」と真顔で言うものだから、が好きな水○黄門のテーマソング・オルゴールverをどこぞから探して設定した。

しかしこの携帯電話、今のところメール機能が一度使われただけである。それもそのはず、電話番号等を知るのは一人だけだ。そしてが自発的にこんなものを購入したわけでもなく、その唯一の登録者が先日勝手に買って、勝手によこしたのである。

そんなふざけたことをするのはあの小憎たらしい警視(長)どのである。一度目を付けた被疑者は真っ赤になってもけして許さず確保する執念深さから「赤犬」と呼ばれている鬼の警察官。サカズキという名前があると一度真剣に言われたが、は「警視どの」と呼んでいる。

そのサカズキがに携帯電話を寄越した。理由は単純だ。「わしが連絡しやすい」とのこと。

「………別に、かかってこなくていいんだけどさ…!!!待ってないし…!!」

携帯電話をじぃっと見つめていることが段々と恥ずかしくなってきたのか、はぷいっと顔を逸らして唇を尖らせる。

だが、すぐに再び携帯に視線を戻した。自分の感情を認めたくなくて手を伸ばしかけては何度か引っ込める。しかし結局は、携帯電話を手に取って、昨日の夜から何度もした動作、つまりは新着メールの確認をする。

「……っ、こ、このぼくがこんな女々しいことを…!!!」

新着はないことを告げる画面を見て、は落胆したが、すぐに顔を赤くして自分の首を勢いよく振った。ここは電波も悪くない。受信を知らせる音はなかったのだから、態々確認などしなくても結果は分ったいたはずだ。それなのに「もしかしたら」と、何を淡い期待を抱いているのか。落胆した自分にもハラが立ち、はぎゅっと唇を噛む。

今すぐに携帯電話を窓に投げつけたい衝動に駆られたが、その気持ちとは裏腹にの指は、次に受信フォルダを開く。そしてこの携帯に唯一受信されたメール、昨日届いた一通のメールを開く。

『明日行く』

と、短いそれだけのメッセージである。一行メールなんぞ貰ったら傷つくものらしいが、は風呂上がりに携帯が光っていることに気付いて心臓が跳ねあがった。そうしてカタカタと震える指先で何とかメールを確認して、その内容。ぽん、と顔が真っ赤になった理由は自分でもよくわからない。

しかし、とにかくはそのメールをその晩何度も見返しては枕に顔を埋め唸り、朝からしっかりと身支度を整えてカウンターに座っていた。普段より早起きな姉を妹たちは不思議そうに見ていたが、質問は許さなかった。

「く、来るって言ったって、時間書いてないし…!!べ、べつにあんな警視どのなんて待っててやる必要なんてないんだけど……!!!」

あれこれとは言い訳じみたことを口にしながら店の中をぐるぐると周る。あれでサカズキは多忙な男である。そう簡単に時間など作れるわけもない。来る、といったってそれは夕方か、夜になるのかもしれない。そうわかっているのに、なぜ自分は待っているのだろうか。

「こ、こ、こんなのぼくらしくない……!!!!っ!!?」

叫び、はびくっ、と肩を強張らせた。カウンターの上の携帯電話が光っている。流れるメロディは初めて聞くが、例の水○黄門の曲(オルゴールver)である。

「っ、っ、っ……!!!」

カウンターの上で暫くコールする携帯電話。しかしは言葉に詰まったように息をとぎらせ、携帯に手を伸ばせない。やがてコールが止まってしまった。

「え、あ……!!」

どうしよう、と慌てたところでにはどうすることもできない。メールの確認はできるのだが、まだボタンを押すのに慣れず返信もできぬもので、着信履歴を出し掛け直すなど高度(?)なことは当然できない。おろおろと、狼狽してしまう。

これが聖界を震え上がらせるホルンベルクの魔女の姿かと、聖職者が見れば嘆きたくなるような情けない姿だが、は必死だ。

どうしよう、と困惑していると、再度メロディが響いた。

「…んっ、あ、はい……!!!」
『さっさと出んかい。バカタレ』
「っ…!!!な、なんで出ないといけないのさ…!!出てあげたことに感謝しなよね…!!!」

耳に直接聞こえる、低くくぐもった声にびくん、と体を振るわせは唇を噛んだ。どこかからかうような響きがあるのが気に入らない。こちらが最初のコールで出れずあたふたしていたのをお見通しだというような言い回しであった。

『今向かっちょるところじゃき。10分くらいで着く』
「こ、来なくていいし…!!」
『手土産は何がいいかと思うての。駅前で北海道の物産展がやっちょるきに、おどれも食えそうなも買うておいた』
「ぼ、ぼくの話聞いてる…!!?来なくていいって言って、」
『わしゃ、おどれの顔を見たい。文句は直接聞いてやる、大人しゅうまっちょれ』

それだけ言って、電話は一方的に切れた。味気ない機械音が響き、はそのままずるずる、と椅子から落ちて床に座り込む。携帯電話は耳にあてたままである。

「………っ、バ、バカ…!!!バカ…!!ぼ、ぼくのバカ!!!!何緊張してるのさ…!!こ、こんなの、こんなの普通じゃんかぁああ…!!!」

顔は真っ赤である。耳元で直接あの男の声がする。機械を通しているからか、すこし擦れたような音が耳には妙に、残る。口から飛び出そうなくらいに激しく打つ心臓を何とか抑えようと胸に手を当てるが、一向に収まる気配がない。は「う、ぅ」と妙なうめき声を上げながら、携帯画面を確認した。ピッとどこか適当に押してみればアドレス帳が開いたようだ。そこには当然あの警視どのの記録しかないのだが、それを確認して「……」ひくっと、の顔が引きつった。

ナンバー001:登録者名「夫」となっている。



 

 

 

 

そんな君だから嫌なんだ!!!!


 

 


・組長なら堂々とやります。ちなみに組長の携帯のさんの登録のところは「妻」です。
(2010/05/03 00:57)