今日は午後一時間ほど補習があり、いつもより家に帰るのが遅くなってしまった。の通う都立高校と猫目喫茶は歩いて15分ほどの距離だった。自転車で通学すれば7分ほど、バスでは5分というその距離は元々姉妹が日本で暮らすことになる際に姉のが「どうせだからくんの学校から近い方がいいよね?」と知人を片っ端からあたり探し出した物件だけあって程よい距離と言える。途中一つだけ急な坂があるのだが、普段面倒くさがりなが「立地的に、坂の上にあるほうが防犯には適しているんだよ」と言っているので問題にはなっていない。だが、明らかにそれは対人を想定しての防犯ではないだろうと、はもう一人の姉のと顔を見合わせ無言で頷いたものだ。
その丘を駆け上がり、が店の前にたどり着くと駐車場(二台しか停められないが都内ではこの規模の喫茶店に契約された駐車場があるのは珍しい)にはまだ一台も車が止まっていない。店主のやる気のなさと対照的に品質とセンスの良いメニューを揃える猫目喫茶はなんだかんだと知名度が高く、店主の営業時間中は客が少ないが、アルバイトとして夕方から店を任されているがいる時間はそれなりの繁盛を見せている。が店に出る時間が16時からということもあり、17時ごろにはそこそこの客が来ている筈だと、そう思って駈けてきたのだが、駐車場はまだ埋まっておらず、そして外から見える窓際の席にも客はいなかった。
「まさか、お姉ちゃん、お客さんを追い出したりしていないよね?」
とってもありえる。
考えたくないが、その可能性が浮かび、は顔を引き攣らせた。
一応家主であり店長、さらに言えばとの事実上の保護者であるは本当、やる気がない。「何となく漫画であったから」という理由で日本での姉妹の居住区を喫茶店に改造し、「そうそう、昔取ったんだよね」と思い出したように言いながら店内に調理師免許を掲げた。店で出すメニューも「ぼくはこれとこれとこれが食べたい」と、明らかな趣味で決め、さらには「二人は若いんだからこういう格好が可愛いと思う」と、実際にどこぞの貴族屋敷(多分ヴァスカヴィル家)で使用されているらしいロングスカートのメイド服を用意し妹二人に着用義務を命じた。つまりは姉の好き勝手な思考が作り上げた城は、当初そのままなら確実に潰れていた。しかし「折角姉妹でやるんだから、繁盛させたいですよね」と、次女の最も過ぎる提案と、三女の「皆で協力してお店を出来たら楽しいよ」と前向きな意見で、何とか現在の、そこそこ繁盛、ネットや口コミで評判のいい隠れ家的な喫茶店、という形になっている。
しかしが長時間店番に立つと、これまで次女三女が苦労して得た信頼やら評判が一気に台無しになる。
は姉を悪く言いたくはない。だが、そんな心優しいであっても「…お願い。お姉ちゃんは大人しくカウンターで紅茶を入れていてくれればいいんだよ」と、寧ろ絶対カウンターから出ないでくれ、と切にお願いしたくなるのだ。
そういうわけで、やけに静かな店内には嫌な予感がしつつ、荷物を置きに部屋に行く時間ももったいないと思い、カランカラン、とお客様用の店内入り口の扉から入ってみた。
「おや、くん。お帰り。言っていた時間より早かったね」
「おかえりー!」
店の中にはいると程よく冷房が効いた温度には眼を細める。ひんやりとした冷気に汗がすっと冷えるようだ。そうしてはいった途端、カウンターから二つの声が聞こえ、は顔を向ける。
「ただいま、お姉ちゃん。お客さん追い出したりしてないよね?」
「ふふ、トカゲお母さん、くんってば中々言うようになったと思わないかい?ぼくは悲しいよ、あんなに「おねえちゃん」と何も考えずにぼくに妙な信頼を寄せていてくれた子が、今はこんなに腹黒くなってしまって」
「ちょっと気になって聞いただけだよ!?なんでお母さんの遺影に話かけるの!!?」
見渡すところ店内にはと、それにカウンターに腰掛けた4,5歳くらいの少年がいるのみ。他にお客様が来なかったのか、と聊か気になって聞いてみれば、が懐から母トカゲの写真を取り出し、なにやらぶつぶつ呟くではないか。
慌てては姉に近づき弁解する。本気で言っているわけではないと判っているが、何か慌ててしまう。はやはり嘘泣きだったのか、が近づくとすっと写真を閉まって「あぁ、そうそう。お客様は来なかったけど鳥は来たよ。アイスないから買いに行かせてるんだけど」と、そんなことを答えてきた。
「…鳥って、ドフラミンゴさんだよね…?あの人、いっつもいっつも来るたびにロクな目にあってないのに、どうして来るのかなぁ…」
「バカ鳥の思考回路を考えるなんて一般人が円周率を全部覚えるくらい面倒で無駄なことだよ」
「……えっと、この子は?」
姉にドフラミンゴの話題を出してもまともな答えはまず返ってこない。は静かに判断し、鞄をカウンターの上に置きながら現在店内唯一の客人である少年に顔を向ける。
「おかえりー!」
顔を向けられ、少年はくしゃくしゃとした笑顔をに見せる。にかっ、とした太陽のような笑顔が眩しい。黒髪に、あちこち絆創膏を張っている活発そうな少年だ。長ズボンと同色のトレーナー姿が一瞬違和感を感じさせるが、はそれよりも子供の愛らしさに笑顔になった。
「ただいま。それに、こんにちは。あたしは。おねえちゃんの妹だよ」
「おねーちゃん!」
「うん、そう呼んでくれると嬉しいな」
はいつも誰かに「の妹」と名乗ることが嬉しい。自分の正真正銘の家族である、と何の遠慮もなく名乗れることがこんなに嬉しいものだとは思ってもいなかった。少年に負けぬ笑顔を浮かべて名乗れば、少年がきゃっきゃとはしゃいだ声を出す。おねえちゃん、といわれては何だか少しこそばゆい思いがしたが、嬉しかった。自分は三女だし、姉妹と暮らすまえにボガードを兄、と慕ってはいたけれど、いつも下の子だったのだ。
「かわいい…っ!」
きゃっきゃ、と弾んだ声を出す少年が可愛くてはついぎゅーっと抱きしめてしまう。少年は嫌がらずをぎゅーっと抱き返してくれた。その小さいなりに一生懸命な力がかわいらしいではないか。
「はいはい、くんくん。ちっちゃい子をそのおっきい胸で圧迫させるのはいいんだけど、それは成人男性にはしてはいけないよ。それと、外から帰ったら手洗いうがいね。あとお店に出るならちゃんと着替えておいで。今日から新しい制服になったから、君の部屋に置いてあるよ」
お互い抱きしめ抱きしめ返されているという微笑ましい状況をは無言で眺めていたのだけれど、突っ込まなければ二人いつまでも「きゃー!」「きゃー!」と楽しそうに続けていそうだったので、とりあえず声をかけた。
「あ、うん。そうだよね、手洗いうがいは大事だよね!」
「二階へ上がったらついでにカルピ、」
「ちゃんが「私の留守中にちゃんにカルピスを与えないでくださいね」って言ってたよ」
がはっと我に返って子供を放し、二階へ上がろうと鞄を掴むと、その背にが「ついで」と珍しく前置きをする単語を使い、白々と何かを頼もうとした。だが言い終わる前には素早く言葉を被る。
「……っち」
「舌打ち!!?お姉ちゃん、今舌打ちした!!!?」
「気のせいだよ」
姉の、今年の夏は「カルピスとアイスで乗り切れる」と妙な宣言をして、家の家政を司るに叱られていた。偏食の激しいが珍しくカルピスを気に入り相当贔屓にしているのだが、贔屓ってレベルじゃねぇよそれ、と周囲を呆れさせている。が大学+バイトのため店を開けている最中にがこっそり飲んだりせぬように、とは言い付かっていた。
の言いつけをしっかり守るの態度に、はぶつぶつと不平を漏らすが、強行せぬのがのいいところだとは思っている。にっこりと笑ってからそのままは二階へ行き、手洗いうがいをしてから自室においてある新しいメイド服に袖を通した。
新しいメイド服は先日までのモダンな赤茶に白のエプロンとは違い、ヴィクトリアンメイドのロングドレスだ。シンプルで装飾は少ないものの細部にわたってしっかりと裁縫がされており、機械での大量生産ではないとすぐにわかる。色は緑かかった黒に白のエプロンだ。シンプルではあるが、スカートに入ったフリルが可愛らしさを演出している。
「……アーサーさんって、どこに行こうとしてるんだろう…」
多分これも姉の数少ない友人であるというアーサー卿の用意してくれた品なのだろう。屋敷のメイドが使っているもの、といいながら毎回毎回との身体にあったサイズを送ってきてくれている。親切でいい人だな、と感心する反面、やけにメイドキャップのバリエーションにこだわったりしているという発言を聞くと、は一体英国紳士というのはどんな生き物なのだ、と首を傾げたくなった。
そうして着替えて下に降りると、店内は相変わらず姉と少年だけかと思いきや、一人増えていた。
「こ、こんにちは…サカズキ警視さん……!」
カウンターの右から三つめが定位置、というようにいつもそこに座るのは警視庁のお偉いさんというサカズキ警視(長)どの。が親しくしているドレークの上司らしいのだが、ちっとも偉ぶったところがなく(判断)どことなく優しいところもあるんじゃないかと、なんとなしに思わなくもないのだが、は少しばかり、サカズキが苦手ではあった。
おっかなびっくり挨拶をして、ついの背後に隠れるようにしてしまう。背はのほうが確実に大きいのであまり意味はないのかもしれない。
「なんじゃァ、三女もおるんかい。店は閉店の札になっとったが」
この時間がいるのなら閉店ではなく開店状況になっているのではないか、とそう問う言葉にがにこり、とサカズキ警視どのに笑顔を向けた。
「今さっき帰って来たんだよ。閉まっているのに平然と入ってくるようなお客様は普通いないからね」
あぁ、なるほど、だからお客がいなかったのか。
慌てて入ったためはそこまで確認していなかった。言われて見れば、が自分しかいないとわかっている時点で、混む時間に店を開けておくわけもない。ほっとしつつは、のさりげない嫌味にサカズキさんが怒らないかとひやひやした。
だがサカズキ警視どの、の嫌味など気にする様子もなくの方を見、そして首をかしげる。
「何度か通っちょるが、次女三女みてぇな格好をおどれがしちょるんは見たことねぇな」
「しないからね、ぼく」
「いつ行きゃァ見れる?」
「ぼくの話聞いてた!!!?」
誰がそんな恥ずかしい格好するか!と即座に噛み付くに、は「恥ずかしい格好、アタシたちにはさせるんだ……」とぼんやり思った。が声を上げたところで気にするサカズキではない。不思議そうに「すりゃァえぇじゃろ」とのたまい、茶を啜る。は顔を真っ赤にしてカウンターをドン、と叩いた。
「なんだってこのボクがきみのために…!!!」
「おねぇちゃん、けんかしないで…みんな、なかよくしようよ…」
怒鳴ろうとしたの声を、おどおどっとした子供の声が遮った。
見ればサカズキの隣に腰掛けた例の子供が大きな黒い目に涙を一杯ためてじぃっと、を見つめているではないか。
「お姉ちゃん…!子供を泣かしちゃだめだよ!」
「ぼくの所為かい…!!?え、ちょ、こ、こんなくらいで泣くんじゃないよ!」
ぽろぽろと子供が涙を流し始めると、早速がうろたえる。が反射的に叫んだ言葉も追い討ちをかけてか、普段冷静沈着外道の極みという名をほしいままにする魔女も、純粋無垢な子供の訴えには弱かった。おろおろ、と困惑する姿が数秒続いて、何とか子供を慰めようとするが、殆どから周る。
するとそれを傍観していたサカズキが、ぽん、と子供の頭に大きな手を置いた。
「喧嘩してるわけじゃねぇ、女子にゃぁ素直じゃねぇもんもおる。これはその典型で、照れて怒鳴っちょるだけじゃァ、おどれも男ならこういう女子を見守る度量を身につけろ」
「お姉ちゃんストップ!!!気持ちはわかるけどストップ!!無言で包丁取り出そうとしないで…!!!!」
堂々と言い事言ってるように聞こえるが、当事者のはふるふると身体を震わせ流しの下の引き出しに手をかけている。それをは必死に止めてから「そうなのー?」と不思議そうにサカズキを見上げている少年を振り返った。
「と、ところでお名前はなんて言うの?」
このままでは姉の血管が切れる。そう判断しては素早く話題を変えようとした。少年は一瞬キョトン、としてから首を傾げる。
「なんだっけ?」
「お父さんとかお母さんには何て呼ばれてるの?」
「んー?なんだっけ?」
とぼけているというわけではないだろうが、小首を傾げるその仕草がかわいらしい。は一気に微笑ましい気持ちになってほわほわとした笑顔を浮かべる。しかし名前がわからないのは呼ぶ時に困ってしまう。さてどうしようか、とも首をかしげていると、落ち着いたらしいがカウンターに戻ってきた。
「タクミとかじゃなかったら名前なんてなんでもいいよ」
「その名に妙な思いいれでもあるんかい」
「あんなロン毛は剥げて地獄に落ちればいい!」
「…三女、解説しろ」
妙な電波でも受信したのか、というような目でを見た後、サカズキがに視線を向けた。溜め息一つ、は最近姉がハマっている少女マンガのヒロインの一人が結婚したミュージシャンの名前がタクミなのだ、と短く告げる。
姉の、日本に来る前の飛行機の中でが漫画を見せて以来、少女マンガを妙に好むようになった。特に気に入りなのが少女マンガで「何この出会って数秒で恋に落ちる展開は!!」と文句を言いながらもきゃっきゃと顔を赤くして読んでいる。その姉が最近読み始めたのが、一時期話題になったN○NAである。、その中でヒロイン奈々(別名ハチ)の亭主となった男のことが相当気に入らないらしい。
「男なら短髪にしろ…!チャラ付いた男が家庭を幸せに出来ると思うなよ…!!!」
「そーなの?ぼくも髪の毛切るー!!」
ヒートアップしたに同調するように少年がきゃっきゃと声を弾ませる。
「よく言ったね…!じゃあ今からぼくがバリカンで」
「いや、お姉ちゃん、親御さんの許可もなしに勝手にするのはよくないんじゃ…!」
「そんなのぼくの知ったことかい?」
「知ったことかー」
少年の意気込みにがぐっと手を握って何やら妙な決心を固めるが、慌ててが待ったをかけた。しかしそれで省みるのならはではない。寧ろ「何で?」というような顔をし、少年もそれに習ってしまう。
は確信した。このままお姉ちゃんにこの子を任せていたら、何か色々教育に良くない影響を与えるんじゃなかろうか。
さてどうしようか、と悩みこういうときは年長者のサカズキさんに協力してもらおうか、と顔を向けると、カランカラン、と扉が鳴った。
「フッフッフ、炎天下の中このおれをコンビニまでパシるなんてお前しかできねぇよ…!!!」
「あ、鳥。遅かったね。どこで油売ってたのさ」
「おかえりー、とりー!」
さすがに本日はピンクのコートは着ていないらしい、姉妹にとって天敵であるはずのドンキホーテ・ドフラミンゴがファ○マの袋を引っさげて汗水たらしながら店に入ってきた。
「お、お帰りなさい…ドフラミンゴさん」
「なんじゃァ、おどれ、まだ日本にいたんか」
「怯えんなよ三女!おれがいつ帰国しようとてめぇにゃ関係ねぇだろ赤犬!!」
「煩いよ鳥。そんなことより、ぼくのごはん、じゃなかった、アイスは?」
はサカズキよりもドフラミンゴのほうが苦手だ。つい小声になってしまう。ドフラミンゴはサングラス越しに店内を見渡しサカズキがいることに嫌そうな顔をしたものの、すぐにが声をかけたので争いごとにはならなかった。
厄介な人物同士が顔を合わせる確立も高いこの猫目喫茶、基本ルールは「店内でお客様同士が争いしたら、出入り禁止」である。
ドフラミンゴはお使いを上手く出来たことが自慢なのか、それとも普段無視しっぱなしのがきちんと会話をする気なのが嬉しいのか、にやにやと口元を歪ませてどっかりとカウンターに腰掛ける。
袋を受け取り、は「おや、よくできたねぇ」と珍しくねぎらいの言葉をかけた。
「フッフフッフ、暑い中に行って来たんだ。お前が茶の一杯でもいれてくれたってバチはあたんねぇだろ、フッフフ」
「バチってなぁに?おねーちゃんこの鳥さんふびんなのー?」
「おい、三女、あのバカはこの店でどういう扱いされとるんじゃァ…」
「すいません…聞かないであげてください。っていうか、お姉ちゃんがきちんと毎回お茶を出すのなんてサカズキさんくらいなんです…」
「くんそこ!余計なことをお言いでないよ!!?」
一気に人数の増えた気のする猫目喫茶。少年はきゃっきゃと楽しそうに声を弾ませ、ドフラミンゴのサングラスが気になるのかじぃっとその黒い目を向けている。
「ん?なんだ、ガキ」
「おじちゃんそれなぁに?」
「おじ……おにーさんだ。おにーさん」
ドフラミンゴまだアラサーである。その辺はこだわるのか少年の頭をぐりぐりと抑えて言い聞かせると、サングラスを外そうとしたが、しかし、ここに赤犬がいることを思い出してか止めた。己の不利になることは徹底してやらぬ男。すると子供はむっと、不満そうな顔をするもので、傍で見ていたがひょいっと、自分のポケットから懐中時計を取り出して少年に渡す。
「悪いんだけどねぇ、今から30秒経ったらぼくに教えてくれないかい?鳥のお茶を入れているんだけど、一々ぼくが蒸し時間をカウントしているのも面倒でね」
「はぁーい。…さんじゅうびょうってなぁに?」
「おい、このガキいくつだ。時間くらいわかんだろ、普通」
あどけない顔で首を傾げる少年に、ドフラミンゴが不思議そうな顔をする。も改めてこの少年は妙なところが多い、と気付き姉を見た。
「お姉ちゃん、この子どこから連れてきたの?」
「気付いたらいた」
「お姉ちゃん!!?」
てっきりが連れてきたのだとばかり思っていたが、予想外(いや、ある意味予想通り?)の回答。は顔を引き攣らせる。姉に限って誘拐なんてことはないだろうが、しかしそれならこの子の親が今頃心配して探しているのではなかろうか。
「サカズキさん…!お願い…この子のご両親を探してあげてください…!」
そういえばこの人、こんな怖い顔してるけど警察だった!と、は気付き、おっかなびっくりカウンターに座っているサカズキに頼み込んでみる。しかし、ドフラミンゴとが話をしている間何やら携帯電話のメールを確認していたサカズキ警視(長)殿、の言葉に顔をあげて、そして一度ちらり、との方へ視線を投げる。
「おどれ、」
「そういうこともあるものだよねぇ。ぼく、これでも尼僧だし?」
「……そうか」
と、何やら短い会話をしたあと、サカズキはやおら席を立った。いつもならドフラミンゴ、松永のどちらかが店にいる際は彼らが帰るまでけして自分も席を立たぬ警視殿が珍しいことである。不思議に思うのはだけではないようで、ドフラミンゴも「仕事か?公僕」と嫌味を言いつつ、物足りぬ様子ではある。しかしは一人同じようにカウンターから出てきて、少年を抱っこするようにして降ろしながら、サカズキの隣に寄った。
そうしてきょとん、としている少年と目線を合わせるようにはしゃがみ込み、その頭をぽん、と撫でる。
「また、いつでも来たくなったらおいで」
「来ていいの?」
「いつだって構わないよ」
「こんどはお父さんも連れてきていい?」
「それはダメ。君ひとりでおいでね。他の人を連れてきてはいけないよ」
奇妙な会話である。だが少年は少し考えたあと、「うん」と素直に頷いた。はその返事に眼を細め、またぽん、と頭を撫でる。
「警視どの…この怖そうで、でもやることはしっかりとやるサカズキが君の住んでる場所に行きたいんだって。案内してあげてくれるかい?」
「お姉ちゃんは来てくれないの?」
「暑いから嫌だ」
おい、と、会話を聞いていたドフラミンゴが突っ込んだが当然スルーされる。は不満そうな少年をなだめるようにぽんぽん、と頭を叩いた後、立ち上がってサカズキを見上げた。
「きみに任せれば大丈夫だって、信じていいんだよね」
「あぁ」
「ちゃんと手を握っていてあげて。きっととても、怖がると思うから」
言っては自分が胸から下げている十字架をサカズキに手渡した。普段肌身離さずつけている、が唯一聖職者っぽく見える証であるものだ。サカズキは「必要ない」とは言ったものの、が「気休め」というもので、礼を言って一応は受け取る。
そうしてサカズキと少年が出て行くと、カランカラン、と鳴る店内が妙に静かになった気がした。
「……えっと、姉ちゃん。どういうこと?」
が「さ、アイス食べよー」とまるで何事もなかったようにカウンターに戻るもので、は恐る恐る、と声をかける。今のやり取り、とサカズキはお互い理解があるようだが、見ているとドフラミンゴには何が起きたのかまるでわからぬ。それで問うのだが、は「あ、30秒過ぎた。まぁいっか、鳥のだし」と容赦ないことをのたまいつつ紅茶を入れるのみで答えてはくれなかった。
そしてその日の夜、何気なしにがドラマが始まる前のニュース番組に目を向けると『虐待死か?ベランダから白骨化した幼児の遺体発見。両親は虐待を否定』という見出しで、ニュースが流れていた。
事件発見現場は、猫目喫茶からそれほど離れていない距離だった。
暑い夏、ハイ!そういえば聖職者でしたね!!
Fin
(2010/08/17 17:33)
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