災難に発展するという法則
ドレークは頭を抱えていた。
非常に困ったような戸惑ったような表情でが戻ってきたかと思えば、少し来ていただきたいのですといつになく深刻な声音で言うものだから、一体何があったのかと導かれるままにの自室へ来てみれば。
女一人、男一人。
侵入者として処分するのはわけないが、その男の方には有り得ないほどに見覚えがあってドレークも絶句してしまった。
鏡に映したようにそっくりな、まさしく“赤旗”X・ドレークがそこにいたのだから。
加えてそのドレークは鏡のように反転しているわけでもなく、ドレークの姿をそのまま写し取ったようにそっくり―――いや、同じなのだ。
ドッペルゲンガーなんてものの存在は信じていなかったが、こうして目の前に現われてしまったのを目にした以上は頭から否定も出来ない。
もう一方のドレークもかなり混乱、というよりは困惑しているようで、どうしたものかと深刻そうな空気が流れる中、見知らぬ女はひたすらに笑っていた。
「……ひとまず良くない状況であるのは分かった」
「…いかが致しますか?」
「これから決める」
殺気などの敵意は目の前の二人組から感じられない。
(そのうち一方は自分である訳だが)
しかし放り出さぬとしても、船員たちにどう説明すれば良いのか。
双子でした、なんて言い訳が伝わるとも思えないし、何かの能力者かと疑われた挙句にこの二人の命の危険が出てくる可能性もある。
事実、ドレーク自身目の前の状況を未だに信じられないのだ。
「随分愉快な状況になったもんだ」
「お前は…事の元凶になりながら身勝手なことを…」
「何、良いじゃあないか。赤旗が二人なんて、おれにも初めての経験だぞ」
「そういう問題ではない」
突然現れた方のドレークに対して、であろう。
女は前触れなく話しかけ、愉快そうに顔を笑みで歪めた。
ドレークは口いっぱいの苦虫を噛み潰したかのような渋面をつくり、それから呆れとやりきれなさに染められた視線を女に向ける。
会話の流れからすると、第二のドレークがここに現れたのはその隣でにやにやと笑っている女が原因であるらしい。
一体何をどうやったらそうなってしまうのか。
ドレークにもにも見当がつかなかったが、嘘をついている様子も見受けられない。
「…“事の元凶”ということは、そちらの女性が何かしら関わっていらっしゃるのですか?」
「だ」
「……殿が現状を作り出す一因である、と?」
「一因どころか全てだろうなぁ」
なァ、赤旗、と。
隣にいる第二の赤旗にクスクス笑いながらそう呼び掛ける。
彼は深々と、それはもう深海以上に深いのではないかというくらい深い深い溜息をついて無言。
何となく彼の苦労を感じ取ったとドレークは何とも言えない表情で顔を見合わせた。
短時間でありながら、第二のドレークが普段からに振り回されているのを察知してしまったわけである。
この二人の関係は何なのだろう、とか。
そんな疑問は心の端に追いやられるくらいに思わず二人は同情してしまった。
「一応聞くが…どこから来た?」
の隣にいるドレークが、眼前のドレークとを見据えて尋ねた。
若干疲れたような声音であったのは気のせいではあるまい。
あとでお茶でもいれようか、と奇妙な状況の中で場違いなことをは考えた。
きっと自分も混乱して、少し疲れているのだ、とは口からこぼれそうになった溜息を押し留め、ただの吐息に変えた。
「異世界、だな。もう少し言うなら平行世界(パラレルワールド)とか呼ばれるものかもしれないが…詳しくはおれにも分からん」
「、どう思う?」
「どう、と問われましても…」
互いに背中を預け合い、それなりの年月が経つはずのドレークとであるのだが、この状況にはいつもの淡々としたやり取りも成り立たず沈黙が居座る。
は口元に手を当てたまま、暫し思考。
が口にした“異世界”とやらが本当だとするのなら説明が付かないわけでもないが、そう易々と信じて良いものだろうか。
仮に本当だとしたら、それはそれで大変だ。
事実が外部に漏れれば一体どうなることか。
「異世界云々が事実であろうとなかろうと…うちの船員ならまだしも、海軍本部や世界政府に知られたら非常にまずいかと」
「奇遇だな、おれもそう思っていた」
ひとまず彼ら二人を発見してからずっと思っていたことをが口にすれば、嘆息するようにドレークから肯定の返事。
“赤旗”が二人だなんて、確かに研究価値のある代物であろう。
例えば、この“赤旗”達は本当に“同じ”なのか、とか。
研究の題材は探さずとも次々に湧き出てくる。
尤も、は己の隣にいるドレークと目の前にいる第二のドレークは別人だと、既に結論付けているのではあるが。
「待て、ここにも世界政府や海軍本部があるのか?」
「? あるが…それがどうした?」
突如から放たれた問いに、の隣にいるドレークが答えた。
は返答に暫し無表情となり、けれどもその下では何かを考えている様子。
ドレークとは内心首を傾げるのだが、第二のドレークはが思いを馳せている“もの”(というより“者”)が分かっていた。
「…大将は、三人いるのか?」
「いますよ。赤犬、青雉、黄猿の三方が」
「……っへェ…サカズキがねェ…」
はの口から飛び出した名前に眉を僅か吊り上げた。
容赦の無いことで有名な赤犬・サカズキの名。
今のの口調は、がサカズキを知っているという事実を明らかにした。
つまりの言うことが本当なら、“向こう”にも海軍政府や海軍本部があって、三人の大将がいることとなる。
だが反応からするに、はいないのでなないだろうか。
“こちら”の世界に、がいないであろうように。
「…一応こちらも名乗っておきましょう。レルヴェ・、元海軍本部准将、現在は見ての通り“海の屑”とやらです」
「元海軍?赤旗とお揃いか、そりゃ愉快なことだ。駆け落ちか?」
「………海軍時代も部下でしたがそのような事実は存在しません」
どこかの元帥の言葉を借りた、皮肉たっぷりの自己紹介。
第二のドレークとがいた世界とやらが、今のいるこの世界にごく近いものだとするのなら、これが伝わる可能性は十分にある。
事実、ドレークは視線をに向けて何かを問いたがっている様子であった。
―――この人達は、嘘を付いていない。
は確信したのだが、はそんな皮肉に何も返さずけたけた笑って冗談を飛ばす。
随分固い声での返事がに寄越されたが、平素ならこの手の話題に非常に反応するを思うと、上出来だと隣の部下を見ながらドレークは思った。
しかしまあ…自ら海軍を抜けたとはいえ、あの状況は駆け落ちと言っても過言ではないかもしれない、なんて、昔のことを思い返してドレークは思う。
無論口には出さないし、には言わないでおこうとこっそり決意した。
「ああ、それで物は相談なんだが」
「何だ?」
「おれ達は見ての通り行くところが無いんだ。ここに置いてくれ」
突如が口を開いたと思えば、思いもよらぬ申し出。
彼女の隣にいる第二のドレークが焦ったように「何を考えているんだ!」と声を出せば、「衣食住の確保」とご尤もな答え。
何と言うか、ここまであからさまに己の身の保証を図るのは見ていて清々しいくらいだ。
「…、どう思う?」
「…嘘は無いかと」
「害は?」
「そればかりは…」
そんな二人のやり取りに、はにやりと笑う。
それをばっちり目撃した“あちら”のドレークは、これから目の前の二人―――もう一人の自分とという女がに振り回されていくのかと思うと、申し訳無さに頭を抱えたくなった。
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ひとまず冒頭はこれにて終了です。これからちまちまと書き進めていきます。
2008/11/01
ひとはいちか感想↓
第二話もとても素晴らしい作品で・・・!!読むたびに赤旗さんに同情してます。今後どうなるのかとても楽しみで・・・・!!続きを心待ちにしていますね!!ありがとうございました!!
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