!注意!

・この小説は一葉さんの所の夢主『』ちゃんをお借りしています。

・そして、ウチのサイトの夢主とちゃんが姉妹設定で

 サカズキ=仁侠一家赤犬組の組長
 ボガード=赤犬組所属・ウチのサイト夢主の世話役

 という設定の現代極道組パロ小説です。


・以上をご理解頂けましたらどうぞお進み下さい。


















 風が、少し強くなった。雨脚が増した。
いよいよ台風が迫って来ているというのが解る様な、天気。

それでも、朝はまだ少し弱かった。
学校から休校の連絡が無かったこの屋敷、赤犬組の組長の屋敷に住む唯一の学生であるは多少文句は云ったものの、朝から何時も通りに学校へと向かった。
それを車で学校近くまで何時もの様に送った世話役のボガードも屋敷に戻って来ると彼女の住むはなれの雨戸を閉めたりと台風に備えて準備していた。
何かと動いていたのでテレビで現在発令されている警戒・注意報の類の確認を怠っていたのも原因かもしれない。
まぁ、それでもきっと学校が途中で休みとなったら携帯に連絡が入るだろうと思っていたからかもしれない。

だから、全身ずぶ濡れのが帰って来たと門番が告げに来た時は、何時も冷静なボガードも少なからず表情に出して驚いた。










薔薇と台風と姉妹と世話役と










 馬鹿な、と自分に告げに来た門番の若い衆を押し退けてボガードが足早に玄関に向かえば、玄関の中を濡れた自分から落ちる水滴で汚すのを躊躇っているのか、開いた引き戸の向こう、彼の姿に気がついたは苦笑して小さく手を振った。

「ただいまです、ボガードさん。あの、庭からはなれの方に回るんで、開けてもらえませんか?」

傘を持っていたにも関わらず全身ずぶ濡れのその姿に、ボガードは眉を寄せる。
何故、自分を呼ばずに帰って来たとすぐにでも問い質したいが、それよりもの躯が冷えて風邪をひかれては堪らない、と靴も履かずに玄関に下りると通学鞄に使用しているリュックを背負ったままの彼女をそのままボガードは抱き上げ、はなれに続く廊下を足早に歩いて行く。

「ボ、ボガードさん!?ボガードさんも廊下濡れちゃいますってば!」

「廊下は若い衆に拭かせておくから問題は無い」

きっぱりに向かい云い切ると先程自分に知らせに来た門番にそう云い付け、ボガードはを抱きかかえたまま離れに繋がる廊下を歩いて行った。

はなれ、と云っても便宜上、広い屋敷内の建物を区別する為にそう呼ばれているだけであって、平均的な民家との大きさは大差ない。(というか、サカズキ夫妻の住む家が組員の控え室など組関係の諸々を含めたとしても大き過ぎるのだ)
居間があり、風呂があり、台所があり、の部屋がある。それに世話役のボガードの控え室もあれば、空いている部屋も実の所、何室かある。
普通に人が基本一人で生活するには十分過ぎるスペースだ。但し、家は平屋で部屋は全て和室だが。


風呂の脱衣場にまで抱きかかえられて連れて来られただったがそこで下ろされ、ボガードが何も云わずに去って行ったのでとりあえず、と濡れたリュックの中身の状態を確認していれば、彼女の着替えを持って脱衣場に戻って来たボガードに着替えと引き換えにリュックは奪われた。

「濡れた物の確認は俺がしておきます。貴方は早く…風呂はすぐに入りませんから、シャワーで良いです。ちゃんと浴びて、髪も洗って乾かして下さい」

「あ…はい」

まくしたてる様に云うその様に、は彼が怒っている様に思え、その理由はよく解らないがなんとなく申し訳ない気持ちになり俯いた。
ボガードがそれを察したのかそうでないかは解らなかったが、彼は小さく溜息を吐いてに渡した着替えを奪い、それを洗面台の空いていてるスペースに置くと彼女の着ているブレザーのボタンに手を掛けた。

「ボガードさん?」

「濡れていては脱ぎにくいでしょう。俺が手伝いますから」

普通はここで(というか、ボタンに手を掛けられた時点で)相手は世話役とはいえ異性なのだから拒否をするのが普通なのだろうが、そういう防衛本能が無いのがだった。

だから、姉が何時も心配するのだ。

まぁ、流石に下着姿を見せる事にはいくら自分の世話役として親身になってくれるボガードとはいえ抵抗が彼女にもあるが。
ボガードもそれは理解しているのか、ブレザーとブラウスを脱ぐのだけを手伝い、後は貴方が風呂に入った後に処理しておくと告げて濡れたブレザーとリュックを持って彼は脱衣場を後にした。


脱衣場でボガードが洗濯の為に動いている音を訊きながら、云われた通りにシャワーを浴びて髪を洗い、彼が居なくなってから、持って来てもらった着替え…下着と黒無地のホットパンツと好きなブランドのイメージキャラがプリントされた赤いキャミソールを何の躊躇いも無く着て、髪は軽くタオルで拭いただけだったが元々短い事だしわざわざドライヤーで乾かす事も無いだろうと淡いピンク地のタオルを首に掛けては居間に向かった。

雨戸が閉められているので明かりの入らない廊下はまだ時間が早いというのに電気が付いている。
そこを通って居間の障子を開けて中に入れば、ほんのりと空気が温かい事には気付く。
自室と居間を隔てる襖は開けられており、そこにハンガーに掛けられたブレザーとスカートが掛けられている。
それらを乾かす目的と、風呂から上がったの躯が冷めない様にとボガードが暖房を付けたのだろう。

リュックの中に入っていた物は全て居間の机の上に出されており、濡れたリュックをタオルで拭いていたボガードはが居間に入って来た事を確認すると、それを置き、彼女の自室からカーディガンを持って来て机の上の物を確認する為に座ったの肩に掛け、濡れている目の前の髪に眉を寄せると彼女の後ろに座り、首に掛けられていたタオルを取るとボガードはそれで彼女の髪を拭き始める。
髪を掬い、丁寧に一房ずつ拭いていくボガードの手の動作が心地良く、は小さく微笑んで瞳を閉じた。

「…何故、ドライヤーで乾かして来ないんですか」

低く響いたその声に、は閉じていた瞳を開いて、なんとなくすぐに答えるのは躊躇って、少しばかり視線をさ迷わせた後、ぽつりと呟いた。

「………だって、短いからそのうち勝手に乾くだろうなーと思って」

「風邪をひいたらどうするんです。俺は貴方の看病をする事を面倒とは思いませんが、ひいた貴方は辛いでしょう」

「………ご、ごめんなさい」

先程からどこか虫の居所の悪いボガードの様子に、は膝を抱えて小さくなってしゅん、と沈んだ表情で机の上のなんとか濡れはしなかった教科書達を見つめた。
その表情を自分の位置から見る事は不可能だが、彼女の背が小さく丸まったのを見たボガードは彼女の髪を拭く手を止め、左肩口に顔を近付け、の耳の傍に口元を寄せると、わざとらしく、そんなに近くなのだから小さくても訊こえるだろうに、ゆっくりと息を吸い、大きく溜息を吐いた。
ボガードの口から溜息として洩れた吐息が耳に掛り、こそばかゆいとは耳を押さえようとするのだが、彼の顔の顎がちゃっかりと肩に乗せてあるものだから、手は不自然に止まってしまった。

「あの、ボガードさん?」

振り向こうとすれば、右手でがっちりと頭を固定され、タオルでごしごしと先程までとは違い、乱暴に拭かれる。

「い、痛い…」

「学校が休校になったからまだ、こんな時間ですが帰って来たんですよね。ええ、それは解ります。だが、何故俺を呼ばなかったんですか」

何時もならばこんな風に捲くし立てられる事は無い。
やはり、彼は怒っているのだ、とは肩を竦めた。

「ご、ごめんなさい…」

「謝罪の言葉が訊きたい訳ではありません。何故俺を呼ばなかったのか、その理由を訊きたいのです」

何時もと違うボガードの強い語気に、は怖くなって逃げようと試みるのだが、腰を上げようとすれば今度は頭を拭いていた右手を胴回りに回されてがっちりとホールドされてしまう。
左の肩口に顎を乗せられ、右手で胴回りを抑えられてしまえば、程度の力で大の男に勝てる訳は皆無で、仕方なく、けして自分が悪いのとばかり思えないだけれど、どうしようもなくなってしまい、無駄な抵抗はせずにボガードの腕の中にすっぽりと収まってしまった。

「何故、俺を呼ばなかったんですか、お嬢さん」

耳元でぼそりぼそり、今にも唇が耳に触れそうな距離で話すボガードに、は頬を赤く染める。


此処、サカズキの屋敷に住む様になってから自分に宛がわれた世話役。それがボガードだった。
普段から他の人間に比べ躊躇い無く自分に触れ、顔を近付ける世話役の男に、は最初こそ驚き焦ったが、今は「彼はそういう人間なのだ」と理解し、大抵の場合は慣れからか少し頬を赤く染める程度になっている。

それを見る度にの姉は「信じられない!世話役だからって良い気になって君にセクハラするなら訴えて勝つからね!!」と毎度云うのだけれど、から見れば、姉とて同じ様なもので。
人前でも堂々と、隠す必要がどこにある、とばかりにイチャつく姉夫婦に、自分とどう違うのか首を傾げるばかり。

それはどう考えても姉の場合は夫婦であるからまぁ、人目をはばからないのは如何なものかと思われるが、別にそういう事をしていても何ら違和感の無い関係なのだからであって、 の場合、ボガードと自身は世話をする側と世話をされる側、なのだから、傍から見ればどう見てもそういう事をされていてはおかしいのだけれど、生憎と彼女は彼からされる行為を自分が友人にする・される行為程度にしか思っていない。学校で同性の友人に抱きついたり抱きつかれたり。その程度にしか思っていない。

しかし、それは大きな違いがある。片や同性。片や異性。同じ行動をしていてもそれは似ているとは到底云えないものであるが、は「同じようなもんだ」と認識しているのだ。
けれど、流石に頬は染まる。違いはそれくらい。それが彼女なのである。

「け、携帯の電池が…無くなって」

ぼそり、抱きしめる格好で腕の中に居る少女が呟いた言葉に、嗚呼、そう云えば彼女の濡れたブレザーのポケットに入っていた彼女愛用の青色の携帯電話は電源が落ちていた、とボガードは先程確認した際の事を思い出す。

「最近、学校でよく携帯のゲームをやってて…それで、電池が無くなるのが早いって解ってたけど、昨日充電するの忘れて。でもそれをすっかり忘れて今日も学校に着いてやってたら案の定電池が切れて連絡取れなくなって…でも、まさか途中で休校になって帰らないといけなくなるなんて思って無かったんです」

だから、電車が止まる前にと思って電車に飛び乗ってこっちに帰って来たんです、と彼女が続けると、ボガードはこれまた盛大に溜息を吐いた。

「…何故、連絡取らないんですか」

「だって!携帯の充電が無くなって取れる訳…」

「携帯じゃなくても連絡は取れるでしょうが。学校の電話を借りればいい。それが無理なら学校から駅までの途中にあるコンビニに寄って携帯の充電器を買えば良いだけの話じゃないですか」

「あ」

そんな手もあったのか、と今更気付いたというのがその間の抜けた一言で理解出来る。
全く、冷静に考えれば普通に思い付く手段であろうに、彼女は携帯の電池が落ちた時点で「もう自力で帰るしかない」と即決してしまったのだろう。
もう少し、考えを巡らせてはどうだろうか、とボガード、苦言したくなったが、それは止める事にした。

普段から大人からしてみれば考えが少しばかり足りないのがという少女なのだ。
だから、こうして異性の自分が恋人でもないのに抱き締めている様な格好をしていても抵抗しない。服の着替えを手伝っても拒否されない。着物の着付けとて未だに自分に全て身を任せている。
唯の世話役にも関わらずそんな美味しい立場でいられるのも全ては彼女の少しばかり考えが足りないからである。
それを苦言して考えが改まってしまえば、今の自分の美味しい立場は無くなるのだろう。
そう考えて、ボガード、何も云わない事にした。

ボガードという男はそういう男である。


ボガードの云った言葉に、はしゅん、と項垂れて、小さく謝罪の言葉を呟いた。

「ごめんなさい…あたし、そこまで思い付かなくて。ボガードさんがとても心配してくれているのに、考えの回らないダメな人間で、ごめんなさい」

「そこまで自分を落とす事は無いですよ。今回の事でちゃんと学んだでしょう。今度、また同じ事があったらその時はちゃんと考えて行動すれば良いんですから」

ボガード、とりあえず、今度からは携帯電話の携帯充電器を常に持たせておこうと電気屋に買いに行く段取りを決める。それと。

「携帯を学校でそんなに頻繁に使うなら、これからは外から帰って来たら俺に預けて下さい。充電をちゃんとしておきますから」

「え?良いんですか。充電なんて簡単だから、自分で出来ますけど…」

「良いんですよ。俺はお嬢さんの世話役ですから。身近な事は何でも任せて下さい」

「………じゃあ、お願いします」

後で充電器を解り易い所に出しておきますね、と自分の肩口に顎を乗せているボガードに向かい少しばかり首を捻りは微笑んだ。
それを見たボガードも釣られる様に小さく口角を上げる。

これで、のメールのやりとりから通話記録、友人の個人情報も全てチェック出来る、と。





 そのままの体勢でが教科書類をチェックしているのを見ながら、ボガードは外の風と雨脚がまた強くなったのを音で感じる。
夕方には此方に最接近するとテレビの台風情報は告げていた。今は正午過ぎだが、今回の台風はかなり大型らしく、元々この付近の上空に存在していた低気圧を刺激して最接近までといかなくても強風雨域に少し入っている今、元々『雨』と予報されていた天気は荒れていく一方だ。

既に通過されると思われる夜もきっと、荒れるのだろう。そうなれば何も起こらないとは思うが、一人はなれで寝ているがボガードは心配になる。
が、帰りの迎えの際に自宅に寄れば良いと踏んでいたので生憎と着替えの類は持って来てはいなかった。

どうしたものかと思案しているボガード(元より、泊まり込む気満々の男である)を尻目に、はチェックした教科書類を机の隅にまとめると、昼前の下校で食べ損ねた弁当を自分の前に持って来てテレビのチャンネルを取り、テレビを付けた。
昼時という事もあってか、流れているのはニュース番組とドラマのみ。けれど、台風が接近してきている影響で、何処もその情報がどこかしらに表示されている。
何度かチャンネルを変えた後、丁度週間の天気予報を伝えているニュース番組を放送しているチャンネルに合わせると、は弁当箱を藍色のミニバックから取り出しながら予報を見た。

「あー…なんとか晴れるかぁ。でも、台風のせいでぐちゃぐちゃになってダメになっちゃうかなぁ……。あ、ボガードさんってお昼食べました?」

「いや、まだだが。……何が駄目になるんだ」

「園芸部で育ててるサツマイモが明後日収穫予定だったんですよ。でも、台風でダメになっちゃうかなー…って」

花を育てるのが趣味の姉の影響もあってか、高校では園芸部を登山部との掛け持ちをしている
園芸部はともかく、何故登山部なのかと本人に訊けば、「ロマンがあるじゃないか!」と目を輝かせて答えてくれる。まぁ、その話はここでは置いておく、が。

とにかく、姉の影響もあってか入った園芸部。中々楽しいらしい。たまに収穫したという野菜を持って帰って来る。
それを姉と共に料理する姿がなんとも微笑ましかったのを覚えてれば、夏には庭先で夏休みにも関わらず収穫しに行って来たトウモロコシをわざわざバーベキューコンロを購入して焼いたのもボガード、記憶している。
今回のサツマイモとて、庭先の落ち葉を掻き集めて焚き火を作り、それで焼いて姉に食べさせてやりたいのだろう。
どうか無事でありますようにと手を合わせて祈る姿が子供の様で愛らしい。


余談だが、の姉は彼女より年上にも関わらず充分過ぎる程に幼い外見の、まるで子供だが、ボガードはそれをこれっぽちも『可愛い』だとか『愛らしい』だとか思った事は無い。組長には失礼だと解っているが、ボガード、それを断言出来る。

けれど、そんな姉よりも、まぁ、些か同年齢の者より幼い顔立ちをしているが外見は歳相応のがときたま見せる子供らしい行動や表情は『可愛い』とも『愛らしい』と思う。

似ている様で似ていないそれ。まぁ、惚れた惚れていないの違いだろうか。

「後、ついこないだ花壇に植えたパンジーも大丈夫かなー…て、あ゛ぁ!!!」

「!?」

がこん、と嫌な音がする。立ち上がった。顎を押さえて俯くボガード。
突然立ち上がったの肩が顎に見事に、的確にクリーンヒット。
流石に呻き声は上げなかったが、顎はかなり痛い。擦りながらボガードが顔を上げれば、ぐい、と近付けられた夕日色の瞳。

「ボガードさん!薔薇、お姉ちゃんから分けて貰った薔薇って避難させていないですよね!!?」


薔薇。先日、園芸部で活動するの熱心な姿に感心した姉が自分の育てている花の中から彼女に分け与えた薔薇。
まだ姉の様に専門的な栽培分野にまではいっていないの為にガーデニングに適するように品種改良された比較的世話の楽な植木鉢で育てる様な小さな薔薇であったが、大好きな姉がくれたものだから、と彼女はすっかり喜んで世話に勤しんでいた。
しかし、すっかりその存在を忘れていたボガードは(元々植物の栽培に興味など無い男であるから)庭先に出したままであった。

「……、あ、あぁ」

大変だ、と慌てて居間を飛び出して勝手口に向かうの後をボガードも追う。

が、ボガードにしてみれば何故彼女がそこまで慌てるのかが理解出来ない。たかが花、ではないか。

「そんなに慌てなくてもいいでしょう…」

「風で枝が折れちゃってたらどうするんですか!植木鉢が引っくり返っていたらどうするんですか!!」

勝手口に置かれているサンダルを履きながら、はボガードを見上げた。

「お姉ちゃんがあたしになら、って云って分けてくれたんです!絶対守らなくちゃ…!!」

どうかなってしまってはいないだろうか、と不安で今にも泣き出しそうな顔。
ボガードとしては、どうも彼女がそこまでたかが花がどうこうなるぐらいで泣き出しそうなのかが理解出来ないが、目の前の少女は姉をとても慕っているという事は知っている。(たまにそれがうざったいと「お前は何様だ」と云われそうな事も思うが)

その姉から貰った薔薇。
それが物だろうが植物だろうが言葉だろうが『自分の大好きな姉から貰ったもの』が傷付いて壊れてしまう。それが、彼女は恐ろしいのだろう。

今にも雨と風の吹き荒れる外に出ようとするの腕をボガードは引く。その反動で引き戻される様にの躯はボガードの腕の中に納まった。

「また濡れる気ですか」

「……!離して下さい!!」

「世話役として、貴方を危険な所だと解っている所に出す事は出来ません」

「だって!行かなきゃ薔薇が………!!」

ボガード、腕の中で小さく暴れるに、ふう、と溜息を吐くと、彼女を勝手口と廊下の境目の段差に無理矢理座らせる。
それに反抗の声を上げようとすれば、頭上に降って来た帽子。ぽすっと目深に被せられた帽子を上げようとすれば、次はスーツのジャケットを投げて寄越された。

「ボ、ボガードさん!!」

些か語尾が強いのは彼女にしては珍しい怒りの感情からか。
自分に向って怒る彼女とは珍しいものが見れた、とボガードは小さく口角を上げて、の頭を帽子越しに撫でた。

「俺が、行ってきますから」

きょとん、とした顔。可愛い、と思っても別に許されるだろう。

「え…?で、でも!薔薇はあたしのなんだし、あたしの事でボガードさんが濡れるなんて…!!」

「俺が行きたいんですよ、お嬢さん」

少ししゃがみ、視線をの夕日色の瞳に合わせると、ボガード、小さく微笑んだ。

「俺の大切な華が俺以外に傷付けられて汚されるのは、心底、例え何であっても、俺以外では絶対に、嫌ですから」

すっ、と立ち上がり、もう一度だけの頭を撫でると、ボガードは勝手口の扉を開けて出て行った。



 ボガードが出て行って暫くぼうっとしていただったが、ハッと我に返るとジャケットと帽子を掴んで走りそれらを居間に投げ捨てて風呂場に走ると湯船にお湯をはる為に蛇口を捻っておき、バスタオルを棚から引っぱり出してまた勝手口へと走って戻った。
訊こえる雨と風の音。外に出たボガードは屋敷に帰って来た時の自分以上にずぶ濡れになって戻って来るだろう。そうしたらタオルを渡して、風呂場に連れて行って、風呂に入れて…とこれからの段取りを頭の中で想定していれば訊こえた扉を叩く音。
慌てて扉を開けようとすれば、思ったよりも強い風圧に力負けしてしまう。ぐっと力を入れて開ければ、そこには薔薇の植木鉢を持ったボガードが居た。
案の定彼はずぶ濡れだったが、薔薇を見れば、枝は折れておらず、引っくり返った様子も無い。

良かった。本当に、とは安堵して、思わず泣きそうになる。

「ボガードさん!あの、ごめんなさい!!本当に、本当にありがとう……!!」

「いえ、俺の大切な華の為ならこれくらいどうって事はありませんから」

「なんてお礼を云ったらいいのか、今のあたしには解らないけど…。あの、何かあたしなんかにでも出来るお礼があったら、何でも云って下さい!!」

「!!……なら、今晩」

『台風も来る事ですし、不安でしょうから貴方の隣で寝ても良いですか』、と続けようとしたのがいけなかったのだろうか。
風によって何処からともなく飛ばされてきた木の枝が後頭部にクリーンヒットした為、その言葉の続きがの耳に入る事は無かった。

「ボボボボ、ボガードさん!!??」

「……………」

無言で飛んできた枝に向かい、今にも殺さんばかりの殺気を向けるボガードの事は露知らず。
慌ててボガードの持っていた鉢植えを受取り勝手口の隅に置くと彼の腕を引っ張り中に入れ、勝手口の扉を閉めると用意していたバスタオルで彼の頭を拭こうと爪先立ちになる

「あの、今お風呂入れてますから、入って下さいね!」

「!!」

それは、今晩宿泊可の合図ですか、ええ、そうですよね。まだ早い時間ですが、着替えないんですからね。風呂に入ったらもう寝るしかないですよね、それしかないですよね。
自分に都合の良過ぎる解釈で、ボガードは内心いやらしい笑みを浮かべる。

勿論、そんな意味を含めて云った気などこれっぽっちもないはそれに気付く訳も無く、躯を拭くようにと彼にバスタオルを託す。

「廊下は後で拭けば良いですから、拭きながらお風呂に行きましょう!」

無意識にボガードの腕を掴むと、はそれを引っ張って行く。
特に抵抗もせずに(まさか。抵抗する訳がない)それに付いて行くボガード。


脱衣場に着けば、は棚からタオルを取り出して、そそくさとそこを後にしようとする。

が、ボガードに捕まってしまった。

「え?あの、あたしボガードさんがお風呂に入って来る間、廊下拭いてくるんで放してくれませんか?あ、洗濯機はあたしのでまだ回ってるから、洗濯はしておきますけど、もう少し後にしてもらえませんか?」

「お嬢さん」

低く響く声で自分を呼ぶそれに、思わずの心臓は、どきりと波打つ。

「な、なんですか、ボガードさん」

すっ、と伸ばした手でタオルを握っていないの左手を掴んで己の胸にそれを当てる。

「すいません。雨で濡れて服が一人じゃ脱げそうにないんです。…いや、脱げるには脱げるんですが、一人では悴んだ手でどれだけ時間が掛るか…早く風呂に入りたいんですが…」

だから。

「俺が服を脱ぐのを手伝ってくれませんか」





 、何時もより雨戸を閉めているから薄暗い廊下を足早に、しかし一歩一歩踏み締めて歩いて行く。
時折、吹き付ける風によって鳴る雨戸にびくりと躯を震わして硬くする。そして何もない、大丈夫だと確認出来ると、また足早に歩き出す。

(なんで、なんで、なんで!なんで今日に限ってサカズキは海外に行っちゃってるんだよぉぉぉ!!)

彼女の夫であり、赤犬組の組長・サカズキは現在、仕事上の取引があるからという理由で黄猿組の組長・ボルサリーノに付き合わされて海の向こうである。
そして、そんな彼が今現在、愛する妻の為に台風による交通機関の乱れの中、なんとしてでも帰国しようとしているのを当の本人は知るよしもない。

「!!…べ、別に台風が怖いからってさっき学校が休みになったから帰って来たって訊いた君の処にサカズキがいないから避難しようとかそういう事考えている訳じゃないし!!」

彼女・が自室から遠く離れたはなれの妹のの部屋へおっかなびっくりしながら辿り着こうとしている理由はそんな感じ。
、どうもこういう天候の荒れた変化が苦手だ。


姉のと妹の
二人は外見といい性格といい全くと云って良い程似つかないのだが、仲はすこぶる良い。
どちらかからの連絡が三日無ければ心配して会いに行こう、と考えるくらいだ。
だから、サカズキがを心配して騒がないようにとわざわざ引き取って屋敷に住まわせているとは二人は知らないが。
そして仲が良過ぎる為に近くに置いておくと自分達の夫婦仲を邪魔されると考えて二人の部屋をかなり離している事も二人は知らない。(それが結果的に男衆が色々とやり易い環境となったのだが)

まぁ、そんなこんなでの部屋に向かって、はなれへ続く廊下までやって来た。
ここまで来れば後少し、と自然と強張っていた顔は和らいで、少しばかり嬉々嬉々とした心持での部屋へと歩いて行く。
そこへ繋がる居間の障子が空いており、明かりが漏れていたのではひょっこりと顔を覗かせて妹の名を呼んだのだが、そこには誰も居なく、机の上には妹の物と思われる教科書類と弁当箱と乱雑に投げ捨てられたスーツのジャケットと見覚えのある帽子。
後者のそれらを見ては眉を寄せると、妹は何処に居るのだろうかとまた廊下を歩き出す。

「全く、世話役のくせに脱ぎっぱなしってどういう了見をしてるのかなぁ!やっぱり、サカズキに云って君の世話役は変えてもらわないと!!……って、あれ?」

勝手口へと続く廊下に出れば、床に点々と水滴が付着しているのをは発見した。

「……お風呂に向って続いてる」

とりあえずそっちに向かえば誰か居るのだろうとは風呂場に向かって歩き出した。
まぁ、ありえないと解っているが、一応の用心の為に妹の名前を呼びながら歩く。

くーん、何処に居るんだーい?」

「……お姉ちゃん!?」

その声に応じたのか、返事とごそごそと物音が風呂場から訊こえる。
やはりそこか、とは小さく笑って小走りで風呂場、脱衣場の引き戸は既に開いていたからなんの躊躇いも無く顔を覗かせた。

が、その笑みは脱衣場で繰り広げられていた光景のせいでものの見事に引き攣ったものとなる。



「ねぇ、君」

「お、お姉ちゃん!何で此処に居るの!?」

「もう、君」

「何かあったの!?……あ、ごめんなさいボガードさん。もう少し姿勢低くしてもらえませんか?」

目の前で自分が声を掛けているにも関わらず続けられる光景に、の肩は怒りで小さく震えた。

君!!僕の声ちゃんと届いてる!?と、いうかボガード君!!君はぼくの可愛い妹に一体何させてるんだい!!?」

「何って……服を脱がさせてもらってるんですが」

堂々と云い放つその姿には唖然とする。
何なのだこの男、『世話役』なんて呼ばれているのにどう見てもその世話をするべき相手に世話をさせているではないか!
先程丁度タンクトップを脱がしてもらったボガードは上半身裸。
別にサカズキ以外の男の躯を見てもはなんとも思わないが、この場には一人、純粋な少女がいるではないか。
慌ててボガードとの二人の間に入ると、の手を掴んで廊下まで引っ張って行く。

そしてを廊下に出すと、は脱衣場の引き戸に手を掛けて、目の前で状況が理解出来ておらず目をぱちくりと瞬かせる妹に向かって云った。

「良い!?今すぐ君は自分の部屋に戻るんだよ!解った!!?」

「え?でも、ボガードさんが…」

「ボガード君の事は気にしなくていいの!早く戻らないと僕は君の事を嫌いになるよ!?」

「う、うん!!」

大好きな姉に嫌いになられては堪らない、と慌てて自室へと戻って行くの背中が居間へと続く廊下の角の向こうに消えたのを確認するとは引き戸を締めてゆっくりと振り返り、ボガードを睨んだ。

しかし、普通の組員、幹部ですらの機嫌を損ねるとそのバック、組長の制裁が下ると機嫌を取るにも関わらず、ボガードは無表情で自分を睨む小さな小娘…仮にも自分の所属する組の組長の妻で自分からすれば姐さんであるを見下ろすばかり。
、前々からこのボガードという男に不信感を抱いていたものだから、その態度が許せない。

「ねぇ、君は僕よりも下だよね。そんな風に見下ろしてて良いと思っているのかい?」

「申し訳ありません。けれど、一言云わせてもらいますが俺は組長の下の人間で、お嬢さんの世話役です。貴方の直接的な下の人間でもなければ貴方の世話役でもありませんので」

「………云うねぇ。たかが組員の分際で」

「そこらの若いのよりは上ですが」

嗚呼、本当に組の重鎮・ガープの一番信頼している補佐役でなければ存在を消してやりたいのに!とは角張った笑みを浮かべる。

全く、気に入らない。

何故、自分の可愛い妹はこんな男に心を許すのか。自分の愛する夫はこんな男を妹の世話役に選んだのか。

「まぁ、それは今回は良いとするよ。それよりも、なんであんな事を君にさせていたのか教えてよ。君を待たせてる事だし、手短にね」

「ええ、同感ですね。俺も貴方と長々と話し込むつもりは元よりないので」

「……君は一々ぼくの癇に障る様な事を云う男だねぇ」

「庭先にお嬢さんが貴方から分けてもらった薔薇が出したままだったので、取りに行って濡れました。それで風呂に入る俺の着替えをお嬢さんが手伝ってくれた、それだけですが何か」

嫌味にも反応せずに淡々と状況の説明をする目の前の男には眉を寄せるが、すぐに見下したかの様な笑みを浮かべる。(因みに、この世界の彼女がそんな笑みを浮かべるのはボガードとどっかのバカ鳥を相手にした時ぐらいである)

「へぇ、君みたいな外道の様な男でもそんな優しい心を持ってるんだねぇ」

「正直、ええ、正直俺は薔薇なんてどうでも良かったのですが、それを取りに行った事で俺の大切な華が俺以外に傷付けられて汚されるのは、心底、例え何であっても、俺以外では絶対に、嫌ですから。それに、優しいお嬢さんがたどたどしく俺のワイシャツのボタンを外していく様は中々見物でしたから」

「なっ……!?」

「流石に俺が何時も着替えを手伝っていますから自分がされる事はそう抵抗が無くなってきているようですが、逆に俺の着替えを手伝う事は…初めてでしたからね。可愛らしいくらい真っ赤になって震える指先でボタンを外してくれましたよ」

自慢げに堂々と云い放つその様。の肩は怒りに震え、顔は真っ赤に染まって彼女はボガードにくってかかった。

「君、一体何様のつもりなの!?世話役のくせに君の事いやらしい目で見て、そんな……恋人同士でもやるのを躊躇う様な事させて!!」

「別に俺は躊躇う様な事はしていませんが」

君は躊躇っていたでしょう!!唯の世話役の分際でそんな事させるなんてぼくは許さないんだから!サカズキに相談して君を世話役から外させるからね!!」

「つまり……俺が唯の世話役でなければ良いんでしょう」

「……!?」

ボガードの発言に、身を乗り出して怒っていたはぴたりと止まった。
それが面白いのか、ボガードは小さく口角を上げると勝ち誇った様な笑みを浮かべる。


「今夜、お嬢さんは俺と一緒に寝ますから。既成事実を作ってしまえば、組長に話を通すのも楽でしょう」

「な……ッ!!?」

勿論、先程ボガードが「お礼でも」とが云っていた際口にしかけただけの話であって、本人の許可なんてものは取ってある訳が無いのだが、目の前でわなわなと驚きに震えるがそれを知る訳も無いので、ボガードは自信たっぷりに堂々と云い放つ。

「そ、そんな事、ぼくが絶対させないんだからね!!」

「さぁ、どうだか。嗚呼、姐さんは台風が怖いんでしたね。だから此方にまで来たんですか。まぁ、台風が通過するまでは此方に居ても良いですよ。夜にはきっと、向こうに戻らなければならないでしょうがね」

「何云ってるんだい?今のぼくが向こうに戻る理由なんて、帰って来れる訳の無いサカズキが帰って来た時ぐらいさ」

そう、彼は今、海の向こうに居るのだ。今日中に帰って来れる筈が無い。だから、自分一人の力でなんとしても妹のの貞操を守らなければならない。

が、ボガードは未だに勝ち誇った様な身を浮かべ、を見下ろしていた。
その様子をが不審に思えば、フン、とボガードに鼻で笑われる。

「まぁ、せいぜい頑張って下さい。姐さん」

その小馬鹿にした台詞にが激怒して脱衣場を出て行った事でこの話は一旦終わる。



 その後、どんな手段使って台風の中帰って来たんですか、という組長ことサカズキが帰宅し、が連れ戻され、の貞操がどうなったかというのはまた別の話。


そして、サカズキとボガードの二人がアレな同盟関係にあるという事を姉妹は一生知らない。
















*あとがき*
・キリ番の『7878』を踏まれた一葉さんからのリクエスト『ボガードと夢主で暴風ネタをギャグで』…でしたが、如何だったでしょうか?
 リクエスト内容を生かせたかどうか謎ですが…。とりあえず、ノリノリなボガードさん書いてて楽しかったです。
 あの人書くのおもろいわー…ウチのサイトのみで通用する性格設定ですが;;今回の彼は名言が沢山あった気がします。
 ちゃんが居ないとボガードさん、夢主に脱がさせた後、その場で押し倒して既成事実作る気満々でしたからね。いやあ、危なかった(笑
 ぶちゃけ、ボガードと夢主の会話より、ボガードとちゃんの会話を書いているのがとてつもなく楽しかったデスね。はい。

・一葉さんのみ持ち出し可です。勿論、返品も受け付けていますので…遠慮無くドウゾ。
 ではでは、リクエストどうもありがとうございました!!




2009/11/04




*一葉感想*
・うわぁい、貰ってしまいましたよ、ステキ小説☆いや…キリリクしてみたら共演って、どんなサプライズ…!!とてもテンションがあがりました。本当にありがとうございます・
 個人的にボガードさん変態だ!!ときゃっきゃしてました←
 さんが口で言い負かされたり、立場が弱かったりしているところも新鮮です。組長にきちんと頼っているところも、共演ならでわで面白かったです。
 こんなステキ作品を一葉ごときが貰ってしまっていいものかと疑問は沸きますが…いいって言ってくれてるし遠慮なく!!!と、ハイ、強奪してきましたー。
・神白さん、本当にありがとうございました。







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