「で、魔剣は赤旗のこれなのか?」
向かい合ってお茶を飲んでいる、と。
小ぢんまりとしたテーブルながらも、その上に置かれる茶菓子と紅茶は質の良いものであり、の部屋には紅茶の香りがふんわりと充満している。
そんな折、は突如上記の言葉を発した。
ご丁寧に“これ”の部分で細い小指をぴんと伸ばし、顔には面白いことこの上ない、なんてありありと語る笑みが乗せられている。
はこの手の話題が不得手であるから、一度僅かに眉を寄せ紅茶を一口含んだ後、ゆっくりとソーサーの上にカップを戻しながらもずっと沈黙。
どう言ったら良いのだろう、と困ったように目線を宙に彷徨わせ、それからようやく口を開いた。
「…世間一般では、そう言えるとは思います」
「そんな卑屈な言い方をしなくてもいいじゃあないか。っへえ、赤旗に女とはねぇ…」
ふうん、と愉快そうに指先で唇を撫でながら、は笑う。
本当に読めない人だ、とは思いながら、菓子を勧める意味でクッキーやら何やらの乗った皿をの方へと押し出した。
己の方に移動させられた更にひょいと手を伸ばす、その動作を具に観察していたと目がかち合うと、不敵な笑みを浮かべて口の中へ小さなクッキーを放り込む。
一つ一つの動作が絵になる美しさを持ったその容貌は、けれど沢山の物を後ろに覆い隠しているのだろうとは思う。
それが何なのかは全く知らないし、も自分から進んで見せようとしないであろう。
そんなところを無理矢理ほじくり返そうとは思えなかった。
「赤旗に女なんてな…あの堅物にだぞ?信じられないな」
「そう言われましても…」
「まあ、“こちら”の赤旗も堅物であるのは事実だろう?魔剣もどっこいどっこいだがな」
「ドレーク船長に関してはともかく、私のことは事実でしょう」
本心を隠し、いつも笑っている、彼女。
それでも“魔女”と呼ばれているらしいこの女の心が、ふとした瞬間に見透かせるような感覚には戸惑うことがあった。
彼女は決して、どちらのドレークも“赤旗”としか呼ばないし、それに意味はあるのだろう。
見かけの年齢からすれば、おそらくと大きくは違わない。
だが纏う空気は老成している。
そしてふとした瞬間に見せる目の色は、恐ろしいほどに深く、暗い。
何もかもを呑み込んで覆い隠してしまえそうな虚ろの影すらちらつかせ、すぐにまた奥へと隠されてしまうそれがは気にかかっていた。
一体、この“魔女”は、は何者なのだろうか。
異世界、それも同じようで僅かに違うだけの、だがやはり別の世界から来た。
彼女はあまり多くを語らなかったし、や“こちらの”ドレークも深く追及しなかった。
追及したところで因果律から違うであろう別世界のことを理解できぬ可能性もあったし、何より追及してどうにかなることでもなかった。
“あちらの”ドレークは事情を知っているようであったが、進んで話せるような内容でもないらしい。
は、ほとんど知らないのだ。
目の前でクッキーを頬張りながら紅茶を楽しむ、うつくしい女の中身を、何も。
「おれの存在が気になるか?」
「…意味を判じかねますが」
「おれの纏う空気、雰囲気、何でもいいが“普通”でないと思ってるんだろう?」
「……否定はしません。貴女は…誰にも、似ていない」
言い得て妙、とは笑みの下で更なる笑みを浮かべながら思う。
ドレークの後を追って海軍を抜けたというこの娘―――レルヴェ・。
最初は真面目なだけの人間かと思ったが、どうして鋭い眼をする。
准将というところにまで上り詰めた、冷静さと真面目さの中に、頑なでありながら激しい何かを秘めている、どこか危うさすら持つ。
見ていて笑いだしたくなるほど、はドレークに従順であった。
いや、従順とは違う。
一途、ひたむき、何でもいいがそんな言葉の方が似合う。
しかも恋愛に関しては非常に初心で苦手ときた。
妙なミスマッチを内包した、強くて弱い、その女。
はが嫌いではなかった。
先のの発言も、なかなかに鋭い。
八百年前から脈々と続いているの(正確に言えばリシュファの)命、それを話していないにもかかわらず何かしら感じ取っているのだろう。
うっかり二人に増えてしまったドレークを見分けられる娘だ、別段不思議でもない。
正直にとってどっちがどのドレークであろうとあまり変わりは無いのであるが、曰く、同じだけれども別人、だそうだ。
それは分かるのだけれども、にとってどちらも“赤旗”であるのには変わらない。
―――尤も、からかい甲斐があるのは、共にこの世界に来た方のドレークではあるのだが
「おれのことが知りたいか?」
「…知りたくないとは言いません。しかし無理をして聞き出そうとも思いません」
「見上げた心がけだな。善意に見せかけた偽善か?反吐が出る」
「何とでも。思うままを言ったまでです」
また、だ。
こうして罵倒としか思えない言葉をわざとらしく、だがそれらしく吐き捨ててもはしれっと言葉を返す。
大人なのか、単に興味がないのか。
真面目な作りの人間なのだから後者ではないと思うが、前者ともは思えなかった。
妙に何かを見透かしているらしいこの女は、本当にどうして海賊になったのか。
問うたところで結局ドレークを選んだというそれだけのことなのだから、別に問おうともは思わなかったが、その一途さはどこから出てくるのか非常に不思議であった。
「おれは八百年前に滅ぼされた王国の生き残り、そして時間を奪われ眠らされた“王国の魔術師”、本当の名はリシュファといったが、まあ、とうに呼ぶ者は絶えた、そして四百年前、色々あってこの体を得た、それが、パンドラ・リシュファの影法師だ、それから四百年間うろうろしていて、色々あった挙句にサカズキに捕らえられ、政府と海軍の監視下にある」
一息でこれだけのことをは言い切った。
は静かにそれを聞きながら、真っ直ぐにを見つめている。
あまりに真っ直ぐなその目線、対等であろうと、真正面から向かい合おうとするその双眸。
は彼女の目を綺麗だと思った。
奥底に虚ろや悲しみ、暗いものを包み込みながら鋭く真っ直ぐなその目が、どうしようもなく愚かで、綺麗だと思うのだ。
「……リシュファ…」
の唇から漏れたのは、疑問でも感想でもなく、にとっては懐かし過ぎる名前だった。
何かを考えるように口元へ添えられた手が少し声を阻んでいたのだが、それでもの耳にはしっかりの声が届いた。
どうしてがその名前を真っ先に口にしたのかなど、には分かるはずもない。
けれどこの娘は賢く、そのくせ無意識だが変に核心を突くことをは知っている。
「…リシュファも、も、綺麗な名前ですね」
「そんな感想をいただくとは欠片ほどすら思ってもみなかったよ。全く、魔剣は妙な奴だ」
「初めて言われました」
「お前が今まで付き合っていた人間は随分と自己主張が控えめだったんだなぁ」
「どうでしょう、分かりませんが…貴女はどちらで呼ばれるのをお望みです?」
綺麗な名前などと、は言われた覚えがあまりない。
だからは片方の眉を器用に押し上げ、罵倒も何も込めずに目の前の人物に抱いた純粋なる感想を口にする。
怒るでも笑うでもなく事務的に返された一言へふざけ混じりに言ってみれば、律儀にも返答をした上で、突如問われた。
どちらを、と問われるとの方が慣れている。
だがが先程唇に乗せたリシュファと言う響き、そこに見出してしまった何かしらの切望には内心舌打ちした。
表に出さなかっただけでも随分な出来だとは思うが、ドレーク(勿論彼女の世界から来た方の、彼)に言わせてみれば、頭ごなしの否定を受けそうである。
「さあ…魔剣の好きなようにすればいいさ」
「…ではと」
「聞いた割にはあっさり決めるんだな」
「自分は“”だと貴女は先程言ったばかりですよ」
指摘されて、それからは、そういえばそうだったと思い出した。
結構な早口で息継ぎも無しに言い切った簡略すぎるの人生を、しっかり耳に入れて頭に残しているということなのだろう。
海賊などやっていなければ、世の中の名誉やら栄光、或いはそこまでいかずとも安定と安寧を得られているに違いない。
それでもは無法者、海賊というだけで犯罪者なのだ。
勿体無いだろうに、と思わないわけではない。
しかし何と言おうとが後悔をしていないのだけは、は確信していた。
逆に言うとそれ以外のことはあまり予測はつかない。
目の前の、元海軍本部准将という大層な肩書きを背負った娘のことは、案外知らぬのだ。
無論、がどうでもよいと思っている節があるのも関連しているのだろう。
(それは興味が無いという意味ではない)
しかしそれで良い、とは思う。
どうせいつか別れるのである。
死別云々ではない、世界が違うのだから。
齧ったクッキーの欠片がパラパラと服の上に零れ落ちていった。
目の前、盲目
(一方は知りながら望んで、もう一方は知りながら動かない)
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知りながらある一線の向こうへは踏み込まない。望んで踏み込まないか、自覚して踏み込まないか。
2008/11/01
ひとはいちか感想↓
ヒロイン同士の和やか(?)なお茶会でした!!ステキすぎる・・・パン子さんは本当に偉そうというか、けれど七海様宅のお嬢さまとは本当に良い友情が築けそうです!!
ありがとうございました!!!
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