きみはいつから笑わなくなったの?

ぼくはあれが結構気に入っていたのに。

 

 

 

probatio diabolica

 

 

 

 

赤イヌにポイッと放り投げられた"土産"はとんでもないモノだった。

その"土産"はふんふん♪と鼻歌交じりにリノハのぶら下げてる赤イヌ特性弁当を

ちらちら見ながらリノハの後をついて来る。

どこからどう見てもその"土産"は人間でどうやら食欲もあるらしい。

そしてあの赤イヌの執務室でこのちっこいのが見せたかすかな光。

リノハはこの予想はきっと正しい、と思った。

この子供はきっと何百年も自分に付き纏う"一族"の一人。

あんなことが出来るのは他では考えられない。

その一族とやらはリノハにとってはまったく煩い一族だった。

己らの義務を果たす為に、呼んでもいないのにどこにだって現れる。

ここ数百年は代が変わっても懲りずにずっとリノハにすべてを取り戻した方がい

い、と説得をし続けていた。

リノハが首を縦に振らない限り、無理にそれを実行しようとはしなかったが、融

通が利くんだか利かないんだか。

よくも飽きずに来るものだ、と根気の強さにはある意味リノハも感心していた。

もういいから放って置いてくれ、とこの数百年の間、何度言っただろうか。

リノハには、そんな一族、いたっていなくたって然程のこともなかったから。

そんなこんなでリノハは一族に大していい顔はしない。

 

しかし、微かな光とともに目の奥に届いたチビ助の感情。

ぼくに会いたかったって、どういうことだろう、そんなことをリノハは思った。

あれから数百年・・・。

リノハは、この"土産"で何代目になるかすらもう疾の昔に忘れていた。

もうそれは気の遠くなるくらい長い時間だが、その間にこの一族が自分に会いた

くて来た、なんて言った事なんて一度もない。

 

 

そして・・・、この"土産"、やけに笑う。

特に赤イヌに弁当をもらってからは酷い。

こんなに万遍の笑みを浮かべる奴なんて一人もいやしなかった。

 

リノハは何時もならつっけんどんに相手をする一族だったが、何となくちょっと

興味がわいた。

だから先刻赤イヌにすら少し反抗的な目を向けた。

初めて見る、まったく知らない、しかもあの一族の子供であるのに。

 

(しかしこの子、首絞められてるってのに全然苦しそうな顔してなかったなー、

危険を冒してまでサカズキに離してって訴えかける意味あったのかな・・・。)

 

そんなことを思いつつテレテレふにゃふにゃとついて来る子供をリノハは少々苦

笑いしながら振り返る。

思えばリノハは、この"一族"とは長い付き合いではあるが普段どうしているのか

すら聞いたことがない。

首を絞められても大丈夫な体質なのかな、それともなにか焦ってたしそれどころ

じゃなかったのかな・・・、とどっちにしても「変」と形容できるような事を考

える。

何はともあれこれから一緒にお弁当も食べる、面白ければどこかへ行く、まず話

をしてみようと、たった今疑問に思ったことをリノハはチビ助に聞いてみること

にした。

 

「ねぇ、キミさっき・・・。」

 

と、リノハがそこまで言った所で後ろにまるで弁当に釣られているかのようにつ

いてきたチビ助がぴょんとリノハの隣まで追いついてくる。

どう考えても元気だ・・・平気に違いない、と思ったが途中まで言いかけたので

続きも続けていってみた。

 

「サカズキに首絞められてたけど、平気なの?」

 

リノハの問いかけにチビ助はうーんと唸った。

リノハはさっき赤イヌに何か喋ったのが聞こえたので、きっと答えられるだろう

、と思いそのまま返事を待つ。

しかしチビ助はうーんと唸ったまま。

やっぱ無理なのか・・・・?と思いはじめた所、チビ助はなんかもっと別のとこ

ろで悩んでいたらしかった。

 

「へーき。パンちゃんもへーきじゃないかー?」

「ぼくも平気だろうってこと?って首絞められて平気って、意味がわからないよ

。」

「わたしへーき。へーきになるのがんばったのよー!」

「はぁ・・・?頑張るってなんだー?」

「いっつもくんれん。パンちゃんやらない?」

「えー、そんなのしないよ。」

「ほー。」

「って、"パンちゃん"て、何勝手に!」

「パンドラいうのきいたもの。パンちゃんちがうの?」

「うーむ。」

 

なんだか片言だし、首絞められても平気だし、勝手にパンちゃんなんて呼ぶし、

変な奴、とリノハは思いつつ目を細めて遠くを見る。

リノハは海軍大将の一人に"パン子ちゃん"と呼ばれていたが、どうも気に入らな

かった。

しかし、何となく悪い気もしない、あの男とは根本的なものが違うのか、なんて

ちょっと言われているその男にしたら可哀想なことを考える。

 

「まー、いいや。」

「いーやいーや!」

「あの、キミのことだからね・・・?」

「そーだそーだ!」

 

おい!と思いつつもリノハはチビ助が訳のわからないことを言って笑うものだか

ら、ついつられて笑ってしまう。

何だ、思ったより面白いかもしれない・・・。

そんなことを考えている自分に驚きつつも、リノハはチビ助と噛み合うような噛

み合わないような話をしながら本部の中庭まで辿り着く。

ご丁寧に弁当には大き目の敷物がひとつ添えられており、リノハはそんな親切に

後で何が起こるかわからない、と思いつつも有難く中庭にある少し大きめの木下

にそれを敷いて弁当を広げだす。

チビ助の方はと言えば大変である。

リノハの手伝いをしつつもチビ助は弁当に対して目をキラキラさせすぎるほどさ

せている。

あんまりチビ助が輝いているものだからリノハは、はいはい、早く食べようねー

、とついつい口走った・・・。

赤イヌの料理は格別だ。

抜かりない、完璧主義者だけに料理すら基本からきっちりと、だ。

そして出来上がれば、料理たちは綺麗に綺麗に並べられる。

それがますます食欲をそそる訳だ。

二人はそんな完璧主義者の作る絶品弁当を「いただきまーす!」と食べ始めた。

 

「うまー!!」

「でしょー?さすがだよね。」

「ねー、さすがてつのひ・・・と。・・・あ。」

 

チビ助は手に持っていたサンドイッチをボトッと落とす。

落とした瞬間に事の重大さに気が付き、今のは聞かなかったことに!!!・・・

とかいう前に、

 

「さ、さんどいっちがー!!!!!!」

 

と、叫んだ。

リノハはもう絶句するしかない。

(もう、なんだろう。本当にあの一族なのか疑わしくなってきたけど・・・。ま

ぁ、飽きなそうだからいーかな・・・。しかも、落ちたの食べてるし。)

 

「ねぇ、おなか壊すよ・・・?」

「へーきへーき!」

「あ、そう・・・。」

「あっ!だめだよ、イヌさんにてつのひとっていってたっていっちゃ!ないしょ

!またおこられるもの・・・!!」

 

リノハはなるほど、よーくわかった。

赤イヌに首を締め上げられている時、恐ろしく焦っていたのはその所為なのか・

・・と。

しかし、何となく「鉄の人」と思ったチビ助の感覚も分からないでもない。

でも、それで焦るのはさすがにサッパリ分からない。

 

「いわないでいてもいーけど。なんか違わない?」

「そー?」

「そーだよ。」

 

と、いくら赤イヌでも「鉄の人」と言われただけで怒らない・・・はず、だとリ

ノハは思った。

でもチビ助はいまいち理解してない。

と、いうよりもう既に食べるのに夢中だった。

折角だからお話しながら食べようよ、とか思ったので、またリノハはチビ助に質

問する。

 

「ところでさ、キミ、トリアイナの子だよね?」

「おー。」

「・・・なに?」

「パンちゃんも、さすが”まじょ”だー。すぐばれちゃうのねー。」

「そりゃー、あんなこと出来るの他に思い当たらないもん。」

 

光の能力者は海軍本部にいるだけに、近くにいるが、ああいう類の事は出来る人

じゃあない。

隙を見ては訪れる、あのトリアイナの一族くらいのものだ。

 

「パンちゃんすごいなー。」

「もう、またパンちゃんて。・・・・分かった、そういうなら私もトリちゃんと

呼んじゃおう。」

「うえっ。」

「どうせ名前ないでしょ?」

「うん。それでいいよ、パンちゃんだから!」

 

思惑が外れ、あっけらかんと返すチビ助にリノハは笑った。

本当にトリアイナか!?と思うくらいで、この一族この先大丈夫か・・・?とつ

いついあんなにつっけんどんと対応してきたトリアイナを心配しだす始末だ。

でも笑った。

なかなかおもしろい奴だと思う。

そうして笑っているリノハを見て、チビ助も笑う。

 

「ねぇ、また質問だけど、キミそれって本当の姿?」

「うにゃ。ちがうよー。あんまりおんなじカッコーであるってると、”いしのひ

と”にけりとばされるもの。」

「・・・・?”イシノヒト”?」

「うん、わたしのチチサン。」

「なんだそりゃ。」

「あ、トーサンだね、まちがった。」

「あー、あれか・・・。」

「パンちゃんしってるよね?」

「うん、よくしってる・・・。」

「そか、じゃーセツメーなしね。」

 

あはは、とリノハはちょっと乾いた笑いを立てる。

(あれは、確かに「石の人」だね。今まで以上に熱心に来るかも。あの石からよ

く綿みたいなのが出来たものだな・・・。)

 

あれやこれやと何だかんだで話も弾んで、赤イヌ特性弁当を二人で平らげる。

食べるのは4日ぶりだ、なんて言い出すチビ助にリノハは驚いた。

 

「ねー、トリちゃん。なんか行きたい所ある?」

「んー、ここのホンがたくさんあるところがちょっとみたいなーなんておもって

るー。」

「えー、本?それって面白い?」

「うんうん、だってなかなかないものとか、たくさんあるってー、きいた。」

「まー、いっか!なんかあるかもしれないしねー。」

 

二人はパタパタと特性弁当の箱と敷物を回収して、テコテコと歩き出す。

気分のいい日差しが降りてくる中庭。

本部の庭は素晴らしく手入れが行き届いていて、常に風情ある景色を見せる。

今もちょっと向う先を見ればせっせと手入れをしている海兵の姿が見えていた。

その人物は二人が近づいてくるとさわやかに振り返り、挨拶を投げかける。

 

「やあ、こんにちは!」

「・・・・・!!!」

「あらー、ふねきりさん。」

 

なんだかびっくりしているリノハ、そしてブツッとその人物の通り名を呟くチビ

助。

振り返った人は本部大佐の船斬りTボーン。

さわやかに挨拶をしているのにリノハにすら驚かれたのは・・・、仕方ない。

ちょっと怖い顔のTボーン大佐だから。

驚かないチビ助にリノハはそういうところだけトリアイナっぽいの?と思う。

 

「いい天気ですね!お二人でどこへ?」

「あ、と、図書室にでもいこうかと・・・。」

「ほんです!ホン!」

「おお、それはいい事です!さあ、私がご案内しましょう!私に出来ることなら

この身が滅びようとも!!!」

「ほろびよーともー!」

「あ、いや、普通に案内してくれれば・・・。」

 

相当な成り行きでTボーン大佐に案内されて図書館にいく事になった。

途中何度も、おっとこんな所に段差が!そっちのおちびさんには危ないですね!

とか何とか言ってチビ助はTボーン大佐に担ぎ上げられる。

親切なのかなんなのか、近道ですから!と言いつつ、そこは通る所じゃないだろ

う、と思しき道?まで通る。

仕舞いにはリノハまで担ぎ上げられる始末。

そんなところをサカズキの目に付いたら!と、思ったけれど、もしかしたらサカ

ズキすらこの猪突猛進・真っ直ぐすぎる親切心には負けるんじゃないか・・・、

とまで考えさせられる親切ぶり・・・。

と、頭をクラクラさせながら考えているとチビ助が眩しいくらいお笑顔でリノハ

に話しかけてきた。

 

「おもしろいねー!ふねきりさん!」

「あ、ああ。・・・・うん。」

「おお!なんと言う嬉しいことを!!」

 

多分この時点でもう勝手にやればいい・・・、と思っているのはリノハだけじゃ

ないはずだ・・・。

そして、図書室の入り口の近くにある窓の下までたどり着く。

リノハは何で窓の下なのか問うのはやめることにした。

でも、近道と言うだけに、本当に普通に歩くよりも早くたどり着いたのだった。

なんか今日は凄いや!とちょっと顔をほころばせるとチビ助もパンちゃんもたの

しかったんだねー!とニカッと笑う。

 

(うん、なんか楽しい。楽しいかも。)

 

さあ、中へ!と言いながら自分の肩を使って窓まで上がるように言うTボーン大佐

に二人は素直に従って肩を失敬する。

そして、3人とも廊下に上がるとTボーン大佐は甲斐甲斐しく二人の服についたほ

こりをはらい、行きましょう!といって図書室の扉を開ける。

膨大な量の書物。

「図書室」というよりも「図書館」と言った方がしっくり来るほどだ。

 

「さあ、そうですねー、そっちのおちびさんが好きそうな本があるのは・・・。

ああ、あっちですね!!」

 

そう言うTボーン大佐に二人はついて行く。

古い本の匂いの漂う室内をチビ助はキョロキョロと好奇心いっぱいに見回してい

た。

そしてたどり着いたのは、歴史学や民俗学の分厚い本と共に並んでいる童話・民

話の置いてある棚だった。

 

「さて、この辺でしょうかね!ゆっくり色々見ていってください!私はそろそろ

お仕事があるので戻ることにします!」

「ありがとーふねきりさん!」

「お、お世話になりました・・・。」

 

手を振りながらTボーン大佐が去ると、チビ助は色々と本を漁りだした。

意外と素直にTボーンに案内された童話の棚を漁っている。

リノハも意外と色々あるもんだなー、と思いながらちょこちょこ読んでいると、

チビ助にまたも釣られたこともあり少し夢中になって結構時が過ぎていった。

ほへー、とかほわーとか、偶に聞こえるチビ助の奇声が聞こえるたびにそれをち

らほら眺める。

そしてまた暫く経つと、チビ助がまたうはー!と言いながら、リノハに向ってす

ごいおもしろいの、あったよ!とその本を差し出した。

 

『うそつきノーランド』

 

チビ助がリノハに差し出して見せた本の表紙には、そう書いてあった。

リノハの唇が少し震える。

何。

チビ助がほんの後ろからどうしたのかな、とリノハを覗き込む。

 

「もうよんだことあった?」

「・・・うん。」

「じゃー、おもしろくないねー。残念。」

 

今度はリノハの肩が少し震えた。

 

「でも、しってるならおはなしいっちゃってもだいじょうぶだね!」

「・・・いや。」

「すきじゃないー?」

 

リノハは凄くいやだった。

その場にいることさえ。

逃げ出す?

それとも焼き払う?

それを考える前に、リノハは一つチビ助に聞く。

 

「トリちゃん・・・。それ、面白いの・・・?」

 

顔色が違う、目の色も違うように見える、チビ助にリノハはそう見えた。

リノハは・・・、チビ助の答えを待っていた。

少し、息が荒い。

 

「そりゃー、おもしろいよー!」

 

チビ助の言葉がリノハの心臓をドクンと大きく揺らした。

どうしよう、どうしていいかわからなくなってきた・・・・、とリノハが思った

一寸後。

チビ助があっけらかんと続ける。

 

「だってさー、おばかさんすぎるじゃないー!

 

 

 

もうちょーっとがんばってさがしてればオーゴンみつけられたのに!!

 

 

 

あのへんのかいりゅう、むつかしーけど、このころのふねでも、わりといけたと

おもうけど、オーゴンまで!もったいなー!」

 

そう言いながら、ぶはははは!とチビ助は不細工な笑いを立てる。

 

本当。

おばかすぎる。

ねー、キミ一体なんなの?

何でそんな風に笑うの?

振り回されるのはサカズキだけで充分なんだけどな。

 

 

「でも、これちょっとだいめい、まぎらわしーよねー。あ、いいや書き込んじゃ

え!!」

 

わーい、落書きだー!と一人で騒いでちっこいからだのちっこいヒップバックか

らペンとインクを取り出して本当にチビ助は本に「落書き」をした。

 

 

 

『”作者が”うそつきノーランド』

 

 

 

本当におばかだなー、リノハはそう思う。

さっぱり根本的な解決になんかなってないんだけど?

ねぇ、ちゃんと考えてるの?

 

「しかし、パンちゃんってば、あーんなにおっかないかおをするくらいおもしろ

くないなんて、へんなのー。」

 

「・・・変なのはね、どう考えてもトリちゃんだよ。それにぼく、”その本”は

面白いと思うし。」

「あっはー!やっぱりおもしろいでしょー!!?」

 

薄暗い図書館がちょっと明るくなった。

リノハはチビ助が発光したんじゃないか、と一寸思う。

 

「ノーランドも”しんでない”よ。こーいうひとのココロはきえない。むねをは

って”イキテ”る。ほんと、このホンうそばっかー!!」

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ、キミは何時から笑わなくなったのかな?

「ねぇ、パンちゃん。私はその笑顔が見られるならば、悪魔の証明でもしてみせ

る。」

そう言ってにっこり笑ったキミはどこに行ったんだろう。

 

 

 

Fin

 

幼女二人の共演第二段です!!い、頂いてしまいました!!!むしろ強奪?いや、本当ありがとうございます!!しかも今回はリノハさん視点で・・・!!

メールで「二人の子供のにTボーン大佐が出てきたら微笑ましいですよね」と話したら本当にこんなステキな・・・!!!(鼻血

本当に、ありがとうございます!!!!