「何コレ」

ひょっこりサカズキの執務室を訪れたクザンは思わず間の抜けた声を出した。相変わらずそっけない、仕事目的としか機能しない最低限の物だけが置かれた簡素な部屋。多少は大将の部屋らしい様々な勲章やら何やらが置かれているが、元来形を誇る男ではないから、一応、最低限のもの、という程度。その、素気ない、ある意味つまらない部屋、が、なんだか今日は色彩に溢れている。

「あ、クザンさん……良いところに」
「あらま、…も、どーしちゃったわけ?」

赤、橙、緑、青、金、銀、それこそ色々な色の、簪やら羽織やら帯やら袴やら着物やらが、箱詰め、桐箱から少し出た状況、ソファに掛った状況と、さまざまではあるが、所せましと並べられている。その中心にいるのは、心底困惑しきっている幼い子供。真っ青な髪のふわふわとした、ワノ国からの預かりもの、である。夜の海のような色の瞳は普段は意志の強さが伺えるものなのだが今は困りきって揺れていた。

「ハイ!そこ!動かないでください!」

クザンの訪問に首を入口に向けたを、叱責する鋭い声。え、と思わずクザンも背筋を伸ばしてしまうほどのもの。慌ててそちらを見れば、の傍らに、やけに背の高い一人の女性。手にはネックレスやらリボンやらありとあらゆる装飾品を持っている。そしてそのうちの一つをの頭にやって、うっとりと眼を細めた。

「…あぁ、あぁ…!!トレビアン!真っな髪に浮かぶ珊瑚の玉……深海にひっそりと呼吸するアンドロマケのような、儚い美しさ……!!!なんてロマンチック!!」
「え、えー…なんでピアさんがここにいるの?」

そのピアを鏡の前に立たせてあれこれ、何かごちゃごちゃ言っているのは、先日黄猿が「わっしのトコの子なんだよ〜、かわいいでしょー」と自慢げに連れてきたピアである。なんだかイっちゃっている言動ばかりが目立つが、これで世界政府お抱えの御優筆といのだから、正直クザン、この世界そろそろ滅びるんじゃねぇかと思う。まぁそれはさておいて、そのピア、なぜサカズキの執務室にいるのだろうか。

「何で?何故?っふ……それはどこまでも愚かな問いというものです。大将青キジクザン閣下。愛あるところにロマンあり、そして愛は物語になるのですよ!」
「えー…意味わかんないんだけど。、これどういうこと?」

イっちゃってるピアさんはさておいて、ぽりぽり頭をかきながらクザンはひょいひょいっと着物類をよけて部屋に進んでいく。ちらりとサカズキの執務室を見たが、ご本人はいらっしゃらない。それも珍しいことである。仕事の鬼、まじめ生真面目を人の形にしたまんまのサカズキが平日のこの真昼間から部屋にいないなどとは。
ちなみにクザンは例によって例の如く完全にサボりである。まぁ、それはさておいて。

「え、っと、あの、本国の父上とか皆がいろいろ送ってくれたんだけど…なんていうか、なんなんだろ…」

問われて答えるの顔は、疲れている。本国、と聞いてクザンは「あぁ」と合点も言って来た。今でこそサカズキのところの「お嬢さん」と周囲に知られているであるけれど、元をたどればグランドライン、新世界に位置する古来の国、ワノ国のやんごとなき身の上である。クザン自身はあまり縁のある国ではないけれど、はるか昔から世界政府と付き合いがあり、そして連合国として加盟はしているものの、独自の法、主義を貫く稀有な国家でもあった。その国の紫の君である、おそらく実家には豪華絢爛な品々が多くあるのだろう。普段の服装は色や質を押えたものだが、見るものには「はんなりと」上等のものであることが伺えるものばかりだった。

しかし、色やデザインが地味すぎるとクザンも常々思っていたところ。こう、もっと若いんだから可愛い格好しなさいよ、と言って一時本気でサカズキに睨まれた。あれは結構マヂだったと今思い出してもちょっと、おっかないものである、まぁ、それはいいとして。

「理由なんてどうだっていいのです。麗しいお嬢さんがいて、そしてここに引き立てるには持ってこいの花がある……!!野原に座り込むニンフには風の精霊もはしゃいで綿毛を散らすもの…う、うふふ、ファンタスティック……!」

誰かこの女の暴走を止めてくれ。いや、本気で。クザンはなんだかブツブツ言って恍惚の表情を浮かべるピアを一瞬本気で後ろからドつこうと思った。が、そんなことをすれば娘溺愛のボルサリーノさんが怖い。本気で怖い。先日もあんまりにピアが空気読まない言動をするものだからX・ドレーク少将がちょっと一喝したら、次の日少将の姿がなかった。

「ま、まぁ…もらっとけばいいんじゃないの?似合う、」
「なぜ貴様がここにいる。シェイク・S・ピア。それにクザン」

げしっと、クザンの背が遠慮なく蹴り飛ばされた。それでよろめくようなら大将なんてやっていられない。ぐげっとうめいたものの、とりあえずは堪えてクザン、背後から容赦なく一撃かました同僚を振り返る。

「俺はついで……?サカズキちゃん、それ酷くない?」
「黙れ、貴様また仕事をサボったな…」

振り返れば帽子にフードと、どんだけ紫外線を遮りたいんですか?とお肌の白さには確かに定評のある大将赤犬サカズキが逆光でさらに見えにくくなった顔をこちらに向けている。

なんというか、怒っているのだろうか。

「サカズキさん…!おかえりなさい」

ぴょんっと、すかさずが鏡の前の台から飛び降りてサカズキのもとへ駆け寄る。が、足下には出しっぱなしの衣服が大量に落ちている。その上、腕だけ通した着物の裾は長く歩きにくいもの。当然、は前のめりになってすっ転んだ。

「きゃんっ!」
「ぐはっ!」

そしてみごとに、クザンの上に激突した。サカズキはというと、受け止めようと手を出した体制で止まっている。おそらく「受け止める=人に見られる」ことにいろいろ葛藤していたのだろう。このむっつりが!と、クザンは罵りたかったが、それよりも、の肘がいい具合に鳩尾に当たった。氷化すればが怪我をするとわかっているのでしなかったのだが、ちょうど呼吸をする間際、息を吐ききったところにあてられてはどんな屈強な男とて、堪える。へほっと軽く息を吐くと、クザンからどいたが慌てた。

「クザンさん!!ご、ごめんなさい…。だいじょうぶですか…?」
「…く、……なかなかやるな…目指せ女子プロ」
「止めを刺せ、

というか、言うが早くサカズキが全く容赦なくクザンの腹に蹴りを入れた。さすがに大将の(結構本気の)蹴りは氷になって砕けて回避。ひどいんじゃないの〜とお決まりのセリフを言う前に、さっとこれまで沈黙していたピアがどこから取り出したのか湯気の立つポットをさっと構えてにっこり微笑む。

「これ、液体化したらどうなるんでしょうね」

鬼である。

「え、いや…あの…ピアさん、さすがにそれはちょっとかわいそうだよ」
「いいんですよ。このダラけきってしようのない給料泥棒、いえ、税金強盗は一度液体にして海に流してやったらどうなるか実験してみましょう」
「それは普通に死にますよね…!?」

ピア、何かクザンに恨みでもあるのか。さすがのの顔も若干ひきつると、突然ひょいっと、その体が宙に浮いた。

「サ、サカズキさん!?」
「いつまで入口でうろうろしているつもりだ」
「あ、え、、ごめんなさい…でも、自分で戻りますから!」
「また転ぶだろう。バカ者が」

ふんと鼻さえならしてスタスタ、サカズキはを抱き上げたまま部屋の中へ進んでいく。そして先ほどまであれこれピアが着せ替え人形していた台と鏡の前にちょこん、と下した。

「シェイク・S・ピア」
「はいはい、なんですか」
にこれは似合わん。貴様どういうセンスをしているんだ」

の頭についている簪をさっと抜き取って投げ捨てると、サカズキは「ふむ」と顎に手を当ててあたりを見渡した。そして目当ての物を見つけたのか、目を細めると一歩前に進み、腰を折って床におちている小さな簪を拾い上げる。その光景をぼんやり眺めていた、サカズキはそういう仕草も絵になるのだなぁと妙な関心をした。

「ぼうっと阿呆のように口をあけているな。、目を閉じていろ」
「え」
「髪が入る」

言うや、サカズキの指がピアの髪に差し入れられた。さっと、右の耳元にサカズキの指があたり、そのままうなじを撫で上げる。ぞくり、との背筋が震え、驚いて目を開くと、サカズキの顔が間近にあった。

「ッ!!!?」
「目を閉じていろと言ったはずだが」
「は、はい…ッ!!」

普段フードの影に隠れて見えぬ真っ赤な目がじろりとこちらを睨んできた。にらむ、目、は恐ろしいはずなのに、今はそういう、普段の、海賊連中に向ける鋭いものとは、種類が違う。はわたわたと眼を閉じて、ぎゅっと、胸に手を当てた。手でさえぎらなければ、サカズキに鼓動が聞こえてしまいそうである。

チャリン、と、小さな鈴の音がして、サカズキが満足そうに「よし」と小さく呟いたのが聞こえた。もう目をあけていいかとゆっくり瞼を持ち上げると、大きな手がの頬に触れた。

「お前には赤が似合うに決まっているが、髪の青には白がいい」

少し遠くでピアがすかさず筆を走らせて「ロマンス!」とか妙なことを口走っていたが、それはもうの耳に聞こえない。まるで恋愛ごとに疎い、どこまでも幼いであるけれど、サカズキのドアップ、髪に触られる、なんか囁かれるの連続攻撃に、そろそろ赤面して倒れそうである。

くらくらする、その頭にはサカズキの選別した、銀色の鈴、まっ白いホタル石の飾りのついた簪。チリンチリンと揺れて鳴って、自分が猫にでもなったような気がした。

(サカズキさんに飼われたら……あたし、正直、死ぬかも・・・)







だって君はお姫さまだから!






あとがき
…………(無言で土下座)すいませんでしたぁああああああ!!!!さん別人28号!!でもうちの設定じゃ絶対できないからこれ!!サカズキさんがやったらべったりべたべた触るのは、私の中でサカズキさんはそういう人だから!←
楽しかったですb