※登場する夢主は少女夢主ですが、本編とは違うパラレルとしてお送りします。
要するに、赤犬夢主のはずの少女夢主が白髭の船に乗っててマルコ夢主になってます。








「あんた、魔女か」

掃除後の汚水入りバケツをひっくり返して人に浴びせた少年が、次の瞬間言う言葉としては聊かそぐわぬに、まるでそれが的確であるという顔をして堂々と呟かれた。

午後のモビーディック号。グランドラインの気まぐれな天候と魔女の気まぐれではどちらが上かとそのように競う素振りをが見せずのんのんと昼寝昼寝を囲う頃。今日は海賊同士のいざこざも海軍のいらぬちょっかいもなく白髭海賊団は平穏だ。

いつのまにか押しも押されぬ大海賊、今現在では「海賊王にもっとも近い男」なんて言われるエドワード・ニューゲートの船。そこにが身を寄せることになったのは奇妙な縁。腐れ縁、なぁなぁ、なんとなし、とそういう「適当さ」が良く似合う間柄、と白髭。魔女の身にすれば「ほんのつい最近」けれど人からすれば「20年近く前」とされる昔にいろいろあった。が「私の船長」とそう慕った男の不治の病。治せぬから「不治」という。不治、と不死は言葉が似ている。だから魔女の条理を覆す能力でなんぞできればよかったのに、と今でもは魘される。まぁそれはどうでもいいとして、その船長殿の不治の病。己には何もできぬと失望した魔女がどこぞの人魚の姫君よろしく海に身投げしようとして錯乱状態。もう船に置いては魔女の心が病むばかりと、船長の相棒殿が密々にツテ便り、白髭の船に彼女を引き渡した。敵同士、けれど仁義はあった。白髭は魔女を引き受けるリスクを承知で船に乗せた。当人望む展開ではなかったが、その「リスク覚悟で」という白髭に「借り」を感じた。だから借りを返すまでは出て行けぬ、そうしてどんどん「魔女を背負うリスク」その業が白髭に溜まって行って、返しても返しても足りぬようになった。

「………いったいなにをどうしたら甲板より高いこの場所にいるこのぼくに、物の見事にバケツの水を浴びさせる、なんて器用な芸当ができるんだろうねぇ」
「あぁ、悪ぃ」
「ちぃっとも悪びれてる様子に見えない。女性に対してそれはないよねぇ」

そういうわけではわりと長くこの船にいて様々な人を見てきたつもりだけれど、この子供、最近この船に拾われた、入ってきた子供は理解しがたかった。

エース、エース、ポートガス・D・エースというらしいこの子供。真っ黒い髪にそばかすの散った髪。どこか攻撃的な目をしている。先日エドワードとやりあって(いや、その前にジンベエと半死半生に殺し合ったとか)やっぱり負けて、それで拾われた。元は海賊団の頭。炎の能力者で、少し前には政府から七武海にお誘い頂いたというほどであるからその実力は高いはずだけれど、まだまだルーキー。この海では若い若いと、は白髭に新聞を読み聞かせる傍らころころ笑ったものである。

その子供、毎朝毎晩よく飽きぬと感心するほど執拗に、現在白髭の命、首を狙っている。この船に乗って、乗せられて、それで隙あらばと、夜襲強襲は当たり前で挑んでは、ありとあっさり返り討ちにあっている。

は汚水で無残になったショールを剥ぎ取り残念そうに眉を寄せる。繊細な刺繍が施されている厚手のショールは防寒にも優れているし何より白髭の「ナワバリ」の船から「感謝を」ということで頂いた代物。無碍にするのはさすがのとて躊躇われる。これは今すぐ洗ったら大丈夫だろうかとそんなことを心配しつつ、さてとエースを見上げた。

「きみがこの船に来てそこそこ経つけど、それでもぼくに会うのは初めてだったね。普通、ぼくを最初に見たときは皆「こんな子供がどうして海賊船に?」って顔をする。それを小馬鹿にして眺めるのがぼくの楽しみなんだけど、きみはそれをあっさり奪ってしまって、え、なぁに、Sなの?」
「なんで魔女のあんたが、この船にいんだ」
「ぼくの話はムシかい。えぇ、そうかい」

全くなぜ自分はお昼寝タイムを邪魔され水を浴びせられ、お前に言葉をシカトされなければならないのだろうか。無礼は無礼だが、は白髭から直々に「エースには構うな」と言われてしまっている。これは珍しいことだ。白髭の命を狙う自殺志願者は多く居て、それを直接白髭が相手することもあればマルコたちがどうにかすることもある。けれど時折魔女の気まぐれでが己の悪意に引きずり込んで散々な目に合わせもする。滅多にあることではないが、「白髭に挑んだ」末路としては最も酷い結果になる。海に生きる身の上でそんなことになったって誰からも苦情を言われるべきではないとは開き直っているし、白髭も別段普段どうこう言いはしない。それであるのにこの子供、無謀にも白髭に挑んだルーキ、それを拾って手当して船に乗せて(そこまでなら前例のあることだ)始終命を狙わせて、そしてに「手を出すな」と言い含めた。

白髭には借りがある。だからはできる限りその「お達し」には従おうと「イラッときた」自分を押しとどめた。

腕を振ってショールをしまい込むと、そのまま乾いたタオルで顔を拭く。当たりを見渡し、周辺には人がいないことに気付いた。嵐でもあれば即座に皆飛び出してくるだろうけれど、今の所は見張りがあるのみ、静かなものだ。

ちょっとくらい癇癪起こしてもバレないんじゃなかろうか…いや、駄目か。は「誰も見てないんだからいいんじゃね?」とデッキブラシを取り出そうとして止めた。こちらからはもちろん見えないし、にはどこにいるのか見当もつかないが、きっとエースを「見張ってる」誰かがいる。当番制で昨日はサッチだった。今日はマルコあたりだろうか。一応は「船員ではないやつを船の中で自由にさせてるから」エースを監視している、という役どころ。まぁ実際どうなのかは聞いてみる気にもならない。

「聞いてんだ。答えろよ」
「ふふ、人の話はシカトしといてそれはないよね。えぇっと、なんだっけ?」

なぜこの己がこんな子供の無礼を受け入れなければならないのか。人に借りなんて作るものじゃないとつくづく思い、はとりあえずは「問答」を受け入れる様子を見せる。同じことを二度言うのが嫌なのか、それとも別の理由があるのか、エース、黒髪の子供はぎゅっと一度眉を寄せ、ばつの悪そうにこちらから顔を背ける。

「うん?なんだい」
「……あんたは、ロジャーの船にいたはずだ。それがなんで、敵だった白髭の船にいる」

おやとは目を細めた。初見でこの子供は己を「魔女」とそう呼んだ。それだけでも驚きであるというのに、さらには「前にいた場所」を知っている。そりゃあ世の噂には「海賊王の傍らにいた魔女の話」なんてのはあるだろう。北の海には魔女の絵本もあるくらい。しかしこの、見かけはどこまでも愛らしい(は自分で自分をそう好評している)幼女のナリの生き物を「そう」と結びつけるものはそういない。まぁ、ロジャーや白髭、それにガープが堂々と暴れていた(あれ、一人海兵じゃないか?)あの頃の海を知っているならいざ知らず、駆け出しのルーキーが?これはいったいどういうことか。

探るように、しかし初めてこの子供に興味を持って眺め、は小首を傾げる。

「海賊が、いろいろあって別の海賊船に乗る、なんてことは珍しいことじゃあないだろう。どうして気にするんだい」

言ってからかう様に口の端を上げればエースの顔が気難しげに歪んだ。「このぼくに興味があるのかい」なんて続けてみれば、再びの沈黙。何か思うことがあろうはず、けれどそれを口には出さぬ。その「沈黙」は妙に様になっていた。まだ20年も生きていないだろう子供がなぜ「心の中を告げられない、沈黙するしかない理不尽さを受け入れている」なんてお似合いな顔をするのか。はますますこの子供に興味を持ってしまった。

それで、エースが沈黙し続けるなら己が口を開くべきか考える。帆がよく風を受け、時折空の高く高いところを鳥やら雲が通りかかる。青い、青い空を見上げ、押し黙る少年のぎゅっと握った掌に視線をやった。

「ぼくがどうしてこの船にいるのか、そのいきさつをきみは聞きたいってわけじゃ、ないね」
「……なんでそう思う」
「だって、たとえばぼくがエドワードの人柄に惹かれて☆なんて面白回答したって、そんなこときみが聞いたって、何の得になるんだい」
「……俺があいつの首を狙うのを止めさせようとはしねぇのか」
「エドワードの美点をきみにつらつらと語って?」

自分で言ってみては「ははっ」と声を出して笑ってしまった。なるほど確かに、そういう展開もあるだろう。

今現在、絶賛白髭の首を狙い中☆なこの男。「仲間」のがそれを煩い、あるいは案じ「そんなことしないで、親父さんはわたしの恩人なの」なんて訴えかけるのも、まぁあるだろう。この船に「仲間」以外の者が乗って旅をすれば、それは最終的に「おやじの息子になるフラグ」だとは思っている。白髭はそういう魅力のある男だ。だからエースを船に乗せたとき、は「また息子を増やしたんだね」と呆れたもの。未だ白髭の命を狙う!なんて息巻いてるこの子供が「白髭海賊団に入る」きっかけに、がなるという、まぁ、そういう可能性もあってもいいだろう。

「ぼくはね、誰にでもできることをするつもりはないんだよ。エドワードがどういう人物か知りたいならマルコくんにでもお聞き」

己でなくともよいことだ。第一サッチやマルコの方がきっとエースを「説得」できるし、親しくなれるだろう。そもそもエースは「なぜ白髭の船に乗った」ということではなく「ロジャーの仲間がなんで白髭のところにいるんだ」と聞いている。は「船を移った」と話題を逸らそうとしたのに、エースは「そうではない」と見抜いていた。

だからエースが聞きたいのは「白髭の船にいる理由」と、素朴な疑問を抱いているのではなくて、「どうしてロジャーの仲間が」と、重点を「ロジャー」に置いている。いきさつを聞きたいわけじゃないとが判断したのはそういうわけだ。

「きみの言うとおり、ぼくはロジャーの船にいたよ。でも今はエドワードくんの船にいる。ねぇ、まどろっこしいのは嫌いだよ。何が聞きたいんだい」
「なんでロジャーを裏切った」

促したのはこちら。それに今度は素直に答えたと、それだけであるけれど、言葉を聞いた次の瞬間、はエースを海に蹴り飛ばした。








もういいかい、もういいかい







「だかさ?ぼくはーちぃっとも悪くないんだよ?基本的にぼくは悪くないことが多いんだけど、今回に限っては100%無罪、無実、ぼくこそが被害者だね?」
「あいつがテメェになにしたってんだ」
「エースくんを蹴り飛ばした所為でぼくは足首を痛めてしまったよ!」

あぁぼくってかわいそう!と前面に出してみるのだが、船長は納得してくれないだろう。今日の見張りはイゾウだったようで、がエースをけり落として早々、(火薬が湿気るのを嫌いきちんと身支度を整えてから)イゾウが海に飛び込んだ。そして「誰が落ちたんだ?」とガヤガヤ船が騒がしくなって、それで、今現在、は白髭の前で正座させられている。

こちらの言い分をまるで聞かぬ白髭には頬を膨らませた。全く、こちらがいくらぶりっこ可愛い子、なんて装ったところで本性を知っている、その上こちらに懸想しているわけでもないこの男には効きもしない。

「で、あいつは今どうしてんだ?」
「イゾウくんが助けて、今医務室。さっき気が付いたらしいけど、ぼくに対してすっごい怒ってるから近付くなってさー」

言えば白髭がグラグラと独特な笑い声を響かせた。「しょうがねぇな、お前も」とそう言われればは肩を竦めるしかない。

「ねぇ、エドワード。あの子供って何なの?」
「うん?」
「だって変だよ。きみが態々出張ってきて、それでもってこうして「危ない」のに船に乗せてる。あの程度の腕前で君の命を奪えるなんて思ってないし、別にきみが殺されようと、それはぼくにはどうでもいいんだけどさ」
「おれの命を狙ったやつを、そのまま船に乗せるなんてそう珍しいことじゃねぇだろう。あいつはおれと対峙して、自分の命をおとしどころにして仲間の命を助けろと、そう言ったやつなんだ。骨がある。あいつはいい海賊になるぜ、
「なぁに、きみってば、楽しそうにしちゃってさ」

まだ息子になってないだろうあの子供のことを思って、まるで息子自慢のように話す。その様子がには奇妙だ。ますます気になる。

しかし「教えて☆」なんて無理強いしたところで口を開く男でもない。今一度はぐらかされてたのだ。それがわかる。たとえ溺愛する息子相手でもあってもエドワードは一人腹に思うことと決めたことをバラしたりはしない。特に自分相手であればなおさらだろう。

「変な子、変なの!きみに挑んだってだけでもバカなのに、ロジャーのことも気にする。自分より前の時代で、もう死んでしまっているのにね。どうして気にするのかな、変な子。ねぇ、気持ち悪いよね?」
「嫌じゃねぇんだろ。お前は」

またグラグラと白髭が笑った。笑うと船が少しだけ揺れる。その震動が船員たちには心地よいという。「あぁ親父が笑ってる。なんか良い事があったのか」とそう自らのことのように喜ぶのだ。はフン、と鼻を鳴らし、ひょいっと白髭の座る椅子、デッキブラシで上がってその膝に座り込んだ。

「今でもロジャーに興味を持ってくれる人がいるのは嬉しいよ。そういうぼくを、きみがちっとも憐れんだりバカにしたりしないのは心底気に入らないんだけどね」

ロジャーが「死んだ」と口に出せるようになるまで10年かかった。けれどそれを白髭は今引き合いには出さないし、ただ黙ってこちらの話を聞いている。あぁ、また借りを作ってしまったとは思い、ここで「借りを返そう」と、そう決めて長居しているだけのはずなのに、結局いつのまにか自分は、この男に助けられてしまっているんだろうと認めるのだ。

「エースとは仲良くやれ。お前はきっと、あいつを気に入るさ」

大きな手でぽん、と頭を叩かれる。いや、手は大きすぎるので実際は指の腹なのだけれど、はなんだか気まずくなって顔を顰め「ぼくは努力って大っ嫌い」と、そう返すことにした。

まったく、こんな船にいたって自分にはなんの得にもならないのに、どうして一切合財捨てて飛び出してしまえないのだろう。礼儀正しさ義理人情、それに縛られてるのはわかるが、それだけではない、何か自分はこの船に「期待」している。そんな気が、最近にはするのだ。






++






「悪いなんてちっとも思ってないんだけど、でもまぁぼくは年上だしね、ここは折れてゴメンネって言いにきたんだよ?それなのに顔を出すなり攻撃してくるなんてきみってどういう教育受けてるの?親の顔が見てみたいんだけど、写真とかないの?」
「はいはいはい!!落ち着け!!気持ちはわかるが相手は弱ってんだからッ!!」

エドワードに言われたからとかなり譲歩しては見舞いの林檎(兎の形に切った)を持参、海水でぐったりしたエースのもとを訪れた。手放しで歓迎しろ、なんて無茶を言いはしないが、それでもこちらが頭を下げる姿勢を見せているのだから少しは大人しく振る舞えばいいよ、と、そういう傲慢さは、まぁすこしばかりあったかもしれない。

そして部屋に入ってきたの顔を視界に入れるなり、ポートガス・D・エースは見事に殴りかかってきたのである。

攻撃は打撃、それであるからは弓ではなくデッキブラシを出してそれを受け、持ち手でエースの首を狙い骨を折ってしまおうかとそういうところ。そこまで来て、同席していたサッチが素早く二人の間に入ってきた。

「うるさいよサッチくん!このぼくの邪魔をするんじゃァない!」
「邪魔すんなッ!そいつはおれを殺そうとしたんだ!!」
「海賊なんだから一々そんな程度で騒がないでよね、みっともないなァ」
「殺される前に殺すのが海賊のルールだろッ!!」
「なんなのこの反抗期の子供二人…ちょ、今日の当番はイゾウだろ…なんでおれがこんな目に」

一応は「大人〜な良いお兄さん、二人とも落ち着け☆サッチお兄さんに話してみ?」という顔で割って入ったのだけれど、野犬のようなエースに悪魔のようなの二人にはそんなサッチスマイル、通用するわけがない。ガッ、と牙を向くように怒鳴られ「え、なに俺って威厳ないの?」と凹む。怒鳴られた程度で恐怖する4番隊長殿ではない。ここで諦めては隊長の名が廃る(いや、関係ない)とばかりにサッチは目じりに浮かんだ涙を拭い未だ攻防を繰り広げる二人を見やった。

「喧嘩するとメシ抜きにするぞ!」

普段この一言で海賊仲間の喧嘩は大抵収まる。サッチ、別に料理長というわけではないけれど、食事に関してそこそこの権限も持っており、それであるからサッチが「反省しねぇならメシ抜きだ!」と決めれば実際その通りにすることもできる。育ちざかりには辛かろうと思うのに、しかしいがみ合う二人はサッチをちらりとも見ず切り捨てる。

「敵のメシなんか食えっかよ!」
「ぼくは一か月くらい食べなくても問題ないよ!」

あぁ、もうこいつら本当可愛げがない。

いっそ実力行使に出てしまおうかとサッチはちょっぴり考えた。二人いっぺんに黙らせることはできなくとも、とりあえずエース、この反抗期真っ只中のギザギザハートの子守歌〜な少年を黙らせればもいつまでも喚くことはしないだろう。けれどもそうすると今度はサッチまでエースに恨まれる。一応親父から、サッチはエースをよろしく頼むと言われていた。曲がってないヤツだから見込みがあると、そう親父がいうのだからサッチはできる限りエースに「敵意」を持たれややこしくなることは避けたい。ならを殴って黙らせるか。

(………それはおれの死亡フラグだよな?)

確認せずともわかる。いや、実力的なことを言えば、サッチがに当身を食らわせるのはそう難しいことではない。けれど親父はともかく、を殴った、なんて事実をマルコに知られれば、確実にアレなことになる。

一体なにをどう血迷えばになんぞ惚れられるかサッチにはまるで理解できないのだが、白髭海賊団一番隊隊長のマルコさんは、外道傲慢鬼畜の呼び声高い魔女に懸想していらっしゃる。以前うっかりを小突いてしまったときなど、暫くサッチはマルコに無言で見つめられ続け軽い恐怖を覚えたものだ。

懐かしいな、と思い出し「アハハ☆俺って本当不運」と乾いたはずの涙がまた浮かんできた。

「何騒いでるんだよい」

本当どうしよう、とできるだけ自分が傷つかない(既に負傷は決定)方法を考えていると、呆れたような声が入口からかかってきた。

「あ、マルコ」
「おや、マルちゃん」
「……廊下にまで聞こえてたよい。、何騒いでんだよい」

普通ここはおれ(隊長仲間)に声かけるんじゃないのか?とサッチは思ったがどうせ言っても無視されるので止めておいた。扉に手をかけ相変わらず死んだ魚のような目をしたマルコは部屋の中をぐるりと見渡して、その騒ぎの片方であるに問いかける。

たぶんここは笑うところだ。

ちょっとばかり芝居ががっているその仕草。意識してるのかどうなのかサッチは確認できないんだが(怖いし)マルコはの前では「ちょっと格好を」つける。いや、本当に。笑っていいと思うが実際笑える勇者はイゾウくらいなものでサッチにそういう勇気はない。

「騒いでないよ、この子供がね、林檎は嫌だって駄々をこねるものだから無理やり口の中に押し込んでやろうかと思っただけさ」
「……何してんだよい」
「林檎はおいしいよね。ぼくは林檎が好きだよ」
「知ってるよい」

だから笑うところなんだよな?とサッチは突っ込みたい。マルコはこう、と正面切って目を合わせるのは少々気恥ずかしいとでも思っているのか、目を合わせぬように少し視線をずらして、ぼそぼそっと小さな声で話す。

(なぁなんだその初恋相手に上手く喋れない男子高校生みたいなノリ)

四番隊隊長サッチ、マルコとは付き合いも長い。あんなバナナな頭して港では綺麗なねーちゃんにキャーキャー言われてることも、白髭海賊団のナースのおねえちゃんたちに人気があることも知っている。だからなんであんなバナナがいいんだとちょっと嫉妬したこともあるくらいの、何そのマルコ天国、というほど、女には不自由しないだろうし、さらには女性経験だってありそうな男。それがなんだって、(サッチ的には世界で一番性格の悪い女)を前にすると思春期のガキのようになる。

飽きれるサッチを放置して、マルコはと少し会話をしてから状況を把握したのか、未だを睨んでいるエースに向きやって声をかけた。

「災難だったな、体はもう大丈夫なのかよい」
「…アンタには関係ねぇだろ」
「まぁ、そうだろうよい」

好意と気遣いをつっぱねられてもさらりと流す。そういう大人な余裕を見せるが、後ろにがいて「良い所」を見せようとしてるんじゃなかろうかと疑惑を抱いてしまうと、もう本当、サッチはいつ腹筋崩壊を起こすか自分の身の危険を感じて仕方ない。

笑いをこらえるのに必死なサッチが奇妙なのかはしゃがみ込んでこちらを眺めてくる。腹を抱えて震えるサッチに「なぁに、お腹痛いの?吐くの?」なんて物騒なことを言ってくる。するとマルコがに再び声をかけた。

「買い出しだ。それにエース、付き合えよい」

呼びに来たんだ、と到来の目的を告げる。買い出し、買い出し。飛行手段のあるマルコが時折任される、まだ陸まで暫くあって、けれど入用なものがあると駆り出されるのだ。確か先日はナースのお姉ちゃんたちが「除光液がないのよ!!!」と言って真夜中にマルコが飛び立つハメになった。まぁ、女性の美意識というのは逆らわない方がいいんだ。

「なんで俺が…!!」

買い出し、に名指しされエースが吠える。そもそもエースは今の所「捕虜」のような身分だ。白髭海賊団は捕虜なんて取らないが、味方でも敵でもない(と一同が思っている)人間をさす言葉が海賊船にはそんな多種あるわけではなく、しっくりくるのがこれだけだった。仲間でもないのになんで買い出しになんぞいかなければならいのか、そう噛み付く様は狂犬のよう。まるで懐かない。これでも日が経っているはずなんだが、とサッチが思い出していると、分厚い瞼でぼんやりとエースを見たマルコがきっぱり告げた。

「お前が夕べ壊した船内の修理に使う材料を買うんだよい」

親父の首を狙うのも襲撃も親父が認めている。だから誰も文句はない。けれど毎度毎度船が破壊されるのはよろしくない。なるほどマルコは一度壊したものをエース自身に直させて「ちったぁ自粛しやがれ」と教えてやりたいのかもしれない。

「えー、マルちゃん、それぼくも行かないとダメ?」
「港まであと一週間はかかるよい。親父の部屋をそのままにはできねぇよい」

が入れば木材も収納して運べるし、マルコのように飛行手段も持っているのだから適任ではある。絶対なんか問題を引っさげて帰ってくるんじゃないかとサッチは心配したが、面倒くさそうにしながらもがしぶしぶ頷いて、それでとりあえずその場は収まった。





+++






「エドワードくんが、きみと仲良くしろってそういうから、ぼく、きみの喧嘩は買わないよ」

トントン、と桟橋を歩きながらは少し後ろを遅れてやってくるエースに、とりあえずはそう宣言することにした。

「喧嘩なんて売ってねぇよ。おれはアンタを殺してやりたいだけ、」

場所は変わって小さな島。グランドラインにあるくらいだから何か特徴があるのかと思いきや、ごくごく普通の島。海賊被害にも適度にあって、けれど平和でもある。そういう島。マルコは入れ墨を隠してお買い物中。街中でとエースがまた喧嘩を初め目立ってしまえば面倒だし、なにより目つきの悪いエースを歩かせると必ず問題を起こすと思われたからだ。

それで、一応はエースのお守という役割。それが気に入らなかったのかエースが何度かこちらにちょっぴり穏やかでない言葉を投げてきたり、実力行使に出たりするたび、ひょいひょいっと、この魔女は流さなければならなかった。

いい加減その「防衛」にも鬱陶しいと思えてきた頃、はついにそう宣言し、それに対してエースのつれぬ返答。

おや、とは「妙なことを聞いた。聞き間違いかな?」と傲慢に目を細めつつ、小首を傾げる。

「喧嘩だよ?喧嘩、子供がね、感情に任せて拳を振ってるだけ。受け止めるこちらの方が強ければ、そして恐怖も殺意も抱かなければ、それは殺し合いにはならないんだって身の程をお知りよ?」

この場にサッチがいたら「って、早速喧嘩腰!?さーん!!?」と突っ込みを入れてくれただろうに、誠に残念なことにこの場にはいない。にしても本当のことを告げているだけで別段悪気も悪意も込めてない。

「ガキ扱いすんな、おれは」

時分の腰までしかない小さなに小馬鹿にされて、エースの眉間に皺が寄る。頭では「魔女」とわかっていても、幼女にバカにされるのを受け入れられるものはMか魔女被害者(マルコとか)くらいなものだ。

噛み付くエースを一蹴し、は肩を竦めた。

「どうして怒るんだろうね。きみはぼくから見たら、ずっと子供。っていうか、ぼくより年上の人間なんていないんだから、それは諦めたほうがいいよ」
「……昼間、あんたは自分が白髭を評価しておれに言う気はねぇってそう言ったじゃねぇか」
「言ったねぇ」
「なのになんで「白髭に言われたから」なんておれに教えたんだ」

敏い子だ。は感心してころころと喉を鳴らす。一番は嫌がらせという意味だ。「お前が命を狙う男の命令で、お前は私に殺されないで済んでいる」とそう突きつけている。嫌がらせ。魔女のちょっとした茶目っ気にしてはやさしいものだろうからは責められても鼻で笑い飛ばす気でいた。けれどエースが聞きたいのはそのさらに奥のこと。が「なぜ」言ったのかと、そういうところだ。

「昼間の質問に、答えようと思ってね」

桟橋を渡り終え海辺に出ると、浜辺には貝がいくつか転がっている。港町と少し離れたこの入り江は夕暮れということもあってかひと気がなく、賞金首が二人ぼんやりするには丁度いいだろう。

は砂浜にしゃがみ込み、桜色をしら貝殻を指で摘まんで耳に当てた。

「シャンクスがね、昔、浜辺におりて綺麗な貝をたくさん拾って集めてくれた。バギーは売ったら金になるんだから次の港で売ろうとか言って、二人は喧嘩してしまって、争いの種になるならってぼくは海に貝殻を捨ててしまったことがあったよ」

久しぶりに降りた陸。人のいる町があって、若いシャンクスはあれこれ見回りたかったろうに、気分が優れず臥せっていた己のためにあれこれと見舞いの品を持ってきてくれた。見習い海賊は懐が温かくはないし、はシャンクスが身銭を削ることに良い顔はしなかったからできるだけ元手のかからぬものをと、きっと考えてくれたのだろう。

「あの時ぼくは、二人に対して公平ではなかった」

よく、バギーとシャンクスは喧嘩をした。仲裁するのはレイリーで、喧嘩両成敗とばかりに二人に拳骨を食らわせたり、二人そろって罰の掃除を与えたり、そういうことをしていた。時々レイリーが仲裁に入れぬ場面では(その場にいなかったりして)二人の「お目付け役」であるが喧嘩を納めることになって。それではレイリーのように「両成敗」にしようとあれこれ下したものだ。

けれど思い返してみれば、バギーを贔屓していた。貝殻の件だって、海にばらまいたところでバギーが拾ったわけでもないから痛手はなかろう。けれどシャンクスはどうだ。時分の自由時間を削ってまで拾い集めた貝が、贈ろうと思った本人の手によって「捨てられ」た。「迷惑だ」と、そう突きつけられたのだ。

「なんで今、俺にそんな話をする」
「ま、ひとり言だよ。ぼくはいつだって、人の気持ちを考えるのが遅い。綺麗な貝が落ちてたから、思い出したんだ。きみは貝殻に何か思い出ってないのかい」

問うてみればエースが顔を顰めた。「別に」とそうそっぽを向く。どこの出身か聞いていないが、この世界はわりと海に近い場所に村や町を造ることが多い。海と無縁、ということでもなかろう。思い出がないわけないと突っ込みをいれようかと思ったが、他人のトラウマをほじくる時ではないと察して、は桜色の貝をポケットに入れる。

そして腕を振って、先ほど雑貨屋で買い求めた小瓶を取り出すと、その小さなガラス瓶の蓋を開けて中に砂浜の砂を流し込んだ。

「ぼくはね、エドワードには借りがある。だからこの船にいるんだ。そして、ぼくはロジャーを裏切ってない。ロジャーがぼくを裏切った。だから、ぼくはロジャーを恨んで、この船に乗ったんだよ」

昼間「裏切ったのか」と言われた時には頭に血が上った。いやぁ、己もまだまだ心に幼いところが残っているようで何よりだ、なんて達観は今でもできていないのだけれど、それでも当初よりは落ち着いている。

エースに問われたこと、言葉にして答えてしまえばたったそれだけ。短く、そしてそっけない。エースの聞きたい「本当」の核心にはどう触れるのだろう。「ロジャーが裏切った」とそう告げた瞬間、エースの黒い眼が見開いた。

「あんたも、ロジャーが憎いのか。死んで正解だと、そう思うのか」

ロジャーの死後、それはもう世界各地はお祭り騒ぎ。海賊王が死んだと。海の悪党。君臨者が正義の剣によって粛清されたと。正義がなされたと、それはもう喜ばれた。そして同時に起きた大海賊時代によってやってきた悲劇不運、不幸、絶望によって世界中がロジャーを呪った。歓喜と絶望がいっぺんにいろんな人間を襲ったものだ。

「きみはバカかい…あ、いやまぁ、若いんだからしょうがないことだね」
「……」

は「ロジャーがぼくを裏切った」とそう言った。だからエースは「憎んでるのか」とそう聞いている。は早計だと窘め、ゆっくりと立ち上がった。

夕日が海に沈んでいく。燃えるような海の色がは嫌いではない。エースの背にある太陽を見つめ、そして黒髪の、そばかす顔の子供を見上げた。

「人は必ず死ぬ。ぼくからすれば、みんな死ぬのが早すぎる」

老いて置いて行ってしまう。それがたまらなくこの身には辛いことと、言ってもわかってはくれないだろうか。心を通わせ、信じ合う仲間に次々とは置いて行かれた。この身は、滅多なことがなければ死なない。終わらない。歳を取ることもなく、もうかれこれ、が覚えている限り900年ほど経っている。

「ぼくはロジャーと一緒に死にたかった。それなのに先に死んだんだ。ぼくを置いて死んでしまった。だから、ぼくはロジャーを恨んでるんだよ」

終わりの見えぬ人生で、それでもロジャーやレイリー、バギーやシャンクスのような人間と出会い一時きらきらとした時間を過ごす。その輝く時間とていずれは思い出すことも辛い過去になる。

400年前、ノーランドの死を知り己はもう世界とか関わりたくないと逃げ出した。それを、ロジャーが見つけて、を海に連れ出した。それなのに、ロジャーは死んでしまったのだ。

「………よく意味がわからねぇんだが、あんたは、ロジャーが死んだから憎んでるのか?」
「よくお聞きよ、ぼくは恨んでるだけで憎んではいない」
「……」

人は必ず死んでしまう。それをは理解している。でもロジャーだけは、ほんの少し違うんじゃないかと、そう期待してしまっただけのこと。恨みはしている。けれど、彼の死は避けられなかった。あと100年もすれば受け入れられるようになるだろう。

目を伏せて、脳裏にロジャーの姿を思い出そうとした、けれどまだ心が恐れる。あの笑顔を、あの顔を思い出してしまうと、きっと自分は壊れてしまう。まだ、言葉では「死んだ」と言えても、理解できていても、まだ、辛いだろう。

(その悲しみと辛さが憎悪にかわることがないように)

魔女とはそういうものだ。そもそも、少女とはそういうところがある。自分の心を守るために、本当は憎んでもいない誰かを憎み嫌悪する。もこれまでそうして心を守ってきた。けれどロジャーだけは、ロジャーにだけはそうはさせない。

「もし…もしもだ、ロジャーにガキがいたら、あんた、どうする」

沈黙するを眺め、エースは一度くるり、と背を向けた。成長途中の子供の背中。それでも海賊団のお頭になっていただけあってしっかりと筋肉がついている。あちこちに細かな傷があり、ここ一二年でできたものではないとには分かった。この子供は、暖かな家庭で育ってはいなかったのだろうとそう、見当がつく。

さて、今度の問いの答えはどうするべきか。一瞬考える。ロジャーに子供がもしいたら。

「もしもなんて話は魔女には退屈なんだけどねぇ」
「いいから、答えてくれ」
「うん?強情だねぇ」

いるわけがないことはわかっていた。ロジャーが海賊団をひっそりと解散させる一年前には白髭の船に移ったけれど、ロジャーに子供がいたら絶対に見に行っているし気付いている。でも彼の周囲にそんな赤ん坊や子供を見かけたことはなかった。

なぜそんなことを聞くのか、それを考えるべきだと思ったが、エースの目は真剣だ。

もし、ロジャーに忘れ形見がいたら。

きっと苦労しているだろう。ロジャーの息子だ。海軍も政府も、海賊も、世界が放っておかない。海賊たちはこぞって祭り上げるか、血祭りに上げるかどちらかをするだろう。海軍は執拗に追いかけるだろう。政府は利用できぬものかと狙ってくるだろう。そして「罪もなき一般市民」たちは、この大海賊時代を引き起こした張本人の息子を拒絶するだろう。

「……そうだね、もし、もしも、ぼくの船長の子供、それも、できれば男の子で、同じように海賊なんてやっている人生になったりしたら、ぼくはきっと、救われるだろうね」

悲惨な人生を送るに違いない。けれど、その子供の人生はさておき、自身のことだけを考えるのなら、答えは決まりきっている。

「ロジャーの赤ん坊がだんだんと大きくなる、立つようになって歩き出して、成長して、いっぱしのくちを聞くようになる。日々の成長を眺めることができたら、ぼくの心はどんなに穏やかになるだろう」

ロジャーを失って、苦しんで悲しんだ心はきっと癒される。子供にロジャーの面影を見つけたり、ロジャーとは違う姿を見て成長を感じたり。そういう日々は、きっとこの魔女の心にも響くだろう。

は人の死を恐れ嘆き続けているが、それでも「人が継がれていく」そのことをせめてもの慰めとしていた。子供をつくり、その先に続いて行く人間の歩み。親しき人でそれを感じることができれば、どれほどよいか。

思い浮かべかけ、は首を振った。

「でも生憎、ぼくにできるのはその喜びを想像することだけなんだ」

実際にはあることではない。ロジャーは好いた女性はいたけれど、彼女は子供を産んでいない。第一もしロジャーの死ギリギリに妊娠していても、政府がそれを嗅ぎつけて殺害するはずだ。

(いや、実際、殺されているんじゃないのかな)

ふと記憶にあった。ロジャーの死後、南の海が騒がしかった。はロジャーの死のショックでほとんど廃人のようになっていたから記憶はおぼつかないけれど、確か、南の海に、ロジャーにゆかりのある女性がいるとかでとある小さな島の妊婦、生まれたての赤ん坊が殺し尽くされた。「いるかもしれない」とそういう情報の元、可能性をゼロにするために、悉く殺されたと、そんな話を聞いたことがあるような。

まぁ、それはさておいて、とにもかくにも「ロジャーの息子」なんてものはこの世に存在しない。はさっと思考を切り上げ、風が出てきたのでショールを羽織った。

「酷いね、きみは、それが「妄想」だって思うことでぼくがどれほど傷つくかわかるかい?」

これ以上はこの話題は続けないと、そう宣言する。エースはこちらの話を黙って聞いていた。いつのまにか岩の上に腰かけて、何か考え込むようにじぃっとその足元に視線を落としている。

なぜこの子は、ロジャーのことを気にするのだろう。海賊時代が始まって、ロジャーの所為で家族を失ったのだろうか。それなら、乗組員であった「魔女」の己を憎む心はわかる。だが、こうして考えればこの子供、エースは己に対して「憎悪」を向けてはいないのだ。

ロジャーを、その仲間を「殺したいほど憎んでいる」というのではない。ではなぜ、ロジャーのことを知りたがる。

「最後にもう一つ、教えてくれ」

が考え込んでいると、思考から浮上したエースが顔を上げてこちらを見る。始終見えていた、今にも噛み付きそうな思春期真っ只中な少年の顔、ではない。暴力的な気配は消え、無謀さも、凶暴さもなく、ただ「どうしてだ」と、素朴な、素直な疑問に悩み、そして問う、年相応の子どもの顔があった。

だからは、これ以上何も話したくない気分だったのに「なぁに」と、ついつい返事をしてしまう。

潮風が吹いて、のショールや長いスカートを浮かせる。マルコの買い物はそろそろ終わるだろう。この奇妙な二人だけの時間。マルコは、ひょっとして己とエースの険悪さをどうこうするためにこうして二人の時間を設けたのかもしれない。そんなことを思いつつ、エースの言葉を待つ。

躊躇い、一度やめ、そして何度か目を閉じて、そして、やっと、エースが口を開いた。


「あんたは、ロジャーを愛してたのか」







++







快晴、快晴、いい天気。今日は洗濯物がよく乾くとなぜだかサッチが喜んでいて、どうせ男の人というものは2,3日は同じ服、さらには横れてもちっとも気にしやしない生き物だろうに、どうしてか真っ白い洗濯物が干されている光景、というのは好むらしかった。

そんなことを思い出し、はモビーディック号に船がやってくるのを視認する。よりも先に気付いたハルタが悦び勇んで甲板に駈けて行った。

「エースがまた海賊団を潰してきたぞ!」

わっ、と歓声のあがる甲板。おや、まぁ、とは目を細めた。

白髭海賊団にエースが「スペード海賊団」まるっとそのまま入ってもう暫く経った。あっという間に「白髭海賊団の火拳のエース」の名は広まり、昨今の出世株。

ただ争うだけではなく、倒した海賊たちの手を取って白髭の傘下にならないかとそう持ちかける。かつてあんなに白髭の首を狙っていた子供が、今や立派な「親父バカ」だ。

「よかったじゃァないか、エドワード、きみの見込み通り、彼は立派な息子、立派な海賊になりそうだ」

ドン、と影ができ、足音がしたのでが振り返れば点滴を付けたご老人。あれからまたさらに顔に皺の増えた船長殿が、エースの到着を迎えるために出てきた様子。は気軽に声をかけ、ひょいっとその肩に腰かける。

「きみって妙なフェロモンでも撒いてるの?って聞きたくなるほど、本当、もてるよねぇ」

の軽口を軽く笑い、白髭はブン、と手を振った。どうやら、遠くのエースがこちらに向かって手を振っているらしい。微かに「おーやーじー!!!!ただいま!!!」なんて叫んでいるのが聞こえる。

「どんな息子でもおれには同じように大事な息子だがな、エースのやつがあぁやって笑ってるのを見るのは、まぁ、悪くねぇな」

いつも世界を憎んでいるような、世界中と敵対しているような、そんな顔をしていた。はあれほど世界を嫌っていた子供が、よくもここまで笑顔の似合う子供になれたものだと、やはり白髭の影響力に関心してしまう。

何があったのか知らないが、ある日唐突に、エースは白髭の「息子になる」とそう決めた。それで、あれよあれよと言う間に戦火を上げて、空白だった三番隊隊長殿に就任。

早いものである。その過程を、はにこにこと眺めてしまった。きっと白髭も同じ気持ちなのだろう。

「余生を子供の成長を見守ることに使う、なんて年寄みたいなマネをして、きみ、まだまだ若いだろう?」
「グラグラグラ、何言ってやがる」
「おや、本当だよ。ぼくの知り合いの女医なんて、もう御年130歳を超えてるんだから、君なんてまだまだ若造じゃあないか」
「テメェの周りは魔女ばっかだな」
「ふふふ、ふふ、類は友を呼ぶってことだろうね。ん?それを考えると、エースってどこか君に似てる気がするんだけど、これ、きみの隠し子とかそういう展開はないよね?」

冗談めかして言ってはエースの勝利を喜ぶ白髭海賊団面々を眺めた。誰も彼も嬉しそうだ。エースは今の所「末っ子」ポジション。あんだけ癇癪持ちで、思春期で、尖っていたエースが、段々と可愛げを取り戻していくのが連中、楽しく嬉しいらしかった。サッチなど今ではエースの一番の友達になっている。

(まったく、これだから人間を諦められない)

ロジャーの子供を見守る余生は自分には用意されなかったけれど、なるほど、そうか、それならこうして、白髭海賊団の連中を、こうして、こうして、見守っていく、成長を眺める、というのも、そうだ、そう、そういえば悪くないのかもしれない。

(こういうの、家族って、そういうんだろうねェ)

そしてこの数日後、白髭海賊団は悪魔の実を一つ手に入れる。



Fin


(2011/06/02 19:32)


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