「魔女というのはそれぞれ司る、或いは元となった童話や寓話の類があると聞いたことがあるんだが」

唐突にそう切り出してきたのはこの猛暑の中相変わらずマスク着用、殺戮武人だ何だのと仰々しい名を頂いてはいるもののからすれば猫か何かにしか見えないキラーという海賊。

億超えのルーキーに数えられ昨今の海では「出会いたくない男」のうちの一人であるとされている。

ふわりふわりとした綿毛のような髪を揺らしながら・S・、詩人の名を頂く自称「文士」は振り返り、小首を傾げる。

時刻は夜半というにはまだ早いけれど、とうに夕食は終えている。はランプを一つ頂いてひょっこりひょこひょこと甲板に出て、どこぞから引きずってきた樽の上に腰掛け、近々出版しようかどうかと悩んでいる原稿の校正をしている最中。片手で押さえ膝の上、よくもそういう体制で出来るものと感心しているキラーの様子が目に入る。

「いつも思うんですけど、キラーさんって博識ですよね」

というか、それはかなりトップシークレットのはずであるのだが、とは付け足して口の端を軽く吊り上げる。・S・のその口元はいつも密かに世を楽しんでいるように笑みの形を引いているが(簡単に言えばアヒル口)このとき浮かんだそれはどことなく自身への自重である。

笑めばキラーが首を傾けた。表情の見えぬこの海賊は、けれども仕草で感情を表現している。意識されてのことではないだろうが、その仕草がからすれば「猫っぽい」というところ。

「違うのか?」
「いいえ。その通りです。私の持論なんですけど、魔女というのは童話から生まれるんですよ」

魔女の定義というものが「お姫さまになれなかった女の子」というのは悪意の魔女、の持論。けれどもから、長年魔女なんてやっている上に、詩人でもある・S・からすれば魔女というのは童話から生まれる。童話があるから魔女がある、とそう思う。

など物語の力をよく使う。状況に陥れそれをよくもまぁ上手く扱うものとが海軍本部にいた頃はよく感心した覚えもある。童話の力を熟知していれば魔女の決闘も有利になる、と、そういえば、が魔女となった時、にそんな助言をされた。魔女と魔女のどちらがどちらという争い。魔女になればけしていずれは経験するという死闘については詳しい説明はしなかったが、確か、そんなことは「しっかり覚えておいで」と言われたのだったか。

肯定すればキラーが腕を組んでこちらを見下ろしてきた。

「お前に会う前に魔女に会ったことがある」

それで、聞いた。とそうキラーが呟いた。マスク越しでもキラーの声ははっきりしている。もごもごと聞きづらい話し方をするのならは苛立ったろうがキラーにはそういうところがない。であるからはキラーが好きだった。顔も見たことがないし、それに手で握手をしたこともない間柄だが、キラーのことを好きだった。誤解のないように言っておくが、その好きだという心は、「わたしトラファルガー・ローのお嫁さんになります☆」とキッドのお頭に言うときと同等のものである。

「それはそれは」

へぇ、と、は眼を細める。

魔女に会った。と言って、の常識・予想の範囲で答えを合点してはならぬだろう。魔女といえば正確な意味で言えばこの世にはただ一人。悪意の薔薇を抱く魔女という夏の庭の番人。けれどもキラーはそのようなことは知らぬだろうし、この状況で「魔女」といわれるのは広い意味での「魔女」ということ。

「正式な?それとも通称ですか」
「老婆だったが、悪魔の実を食べたと言っていた」

おや、それは珍しい。

は興味を引かれ手元にあった原稿をまとめて縛ってからキラーを見上げる。

魔女の資格・素養のある人間というのは実は世に多くいる。その中で「魔女」になるにはいくつか方法があるらしい、というのが詩篇を回収して得た知識によるの推測。

そのうちの一つが世にある悪魔の実シリーズのマジョマジの実を口にする、というもの。モデルは複数あり、現在世界政府が把握しているのは五種のみだが、の見解は「13種」である。その一つを口にした女がキラーの知人、というのか。興味を持って見つめれば、キラーが首を傾けた。

「そういうこともありえるのか」
「どういう意味です」
「悪魔の実を食べず、魔女になるということが」

本当にこの男は頭の回転が早い。

は眼を細め口の端をにんまりと吊り上げながら、内心では聊かの警戒心を持った。こちらの少ない言葉、問いかけで世に知られぬ事実をあっさりと確信する。は己の問いかけが判り安すぎた、とは思わない。だがこれからは用心に用心を重ねるべきだ、とは思った。

「ほら、よくド田舎の村とかで裕福な・美しい女性が理不尽に魔女扱いされたりするじゃァないですか。言いがかりってイヤですよね」
「そういう意味で聞いていない」

はぐらかせないか。はにこり、とした顔を途端消しキラーを見つめる。

「魔女に興味が?」
「キッドは魔女も娼婦も貴族も同じだという。違いないとは思うが、この船に魔女がいる以上知っておくべきこともあるとそう思わないか」
「なんだか今更ですよね」

が乗船して半年以上が経っている。身元調査を重視するような方々ではないと思っていたし、事実その通りだろうが、しかし今のキラーの発言。

ただなんとなく、というのではないのがよくわかりは一度目を伏せた。




+++




魔女というものがどういうものなのか、別段キラーは詳しく知っているわけではない。ただ、あっさりと懐にいれていいものではないということはわかっていた。

随分と昔、まだキラーやキッドが海賊になる前。まだ子供の頃。お互い殴り殴られるばかりの生活を送って始終、こんなところからいつか抜け出してやるとそう誓い合った昔のこと。娼婦の集まるその町で、一人の老婆がいた。老婆は娼婦ではなくて、足が悪く顔も醜くて人に見放されていた。それであるからキッドがふと思いついて彼女にパンやブドウ酒を届けるようになって(キッド自身満足に食えていたわけでもないのに)母親に殴られる度に、キッドとキラーは老婆の住むゴミ駄目のような小屋に逃げ込んだ。

老婆は己を魔女といい、そうしてキッドやキラーには御伽噺のようなあれやこれやという話をした。黄金の髪がなる樹に宝石を付けた樹、銀のお盆一杯になった大粒の真珠のある宝島。命じればどこへでも飛んでいく絨毯、擦れば中から願いをかなえる魔人が出てくるというランプ。それらの不思議不思議な話を老婆はよくしてくれた。キッドはその度に目を輝かせ、いつか絶対に自分がその宝を見つけてやると、そう言った。そういうキッドを見てキラーは育ち、そして気付けば海賊。あの時の老婆の言葉が本当なのか、それは今でもわからぬけれど、丸い虹や空の島、ワンピースの存在の有無を考えればあながちホラでもないのかもしれない。

それだけであれば魔女というものはキッドやキラーにとっては幼年期の思い出の一つ、となろうものだが、しかし、その老婆はいつか海に出るとそうキッドが言うたびに我が子を案じるような目をして何度も何度も言い聞かせた。『魔女に近づいてはいけないよ』そういって、幼いキラーの赤い髪や、キッドの丸い頬を撫でた。キッドは老婆の言葉に『おれは魔女なんて怖いもんか』と強がったが、しかしキラーはそれを一つの忠告と受け取り、今も覚えている。

「お前が船に乗ることになった時、誰も反対しなかった」

そうして現在、キラーは目の前に「魔女」という一人の女を構えて小さく呟く。

半年以上前に、キッドが連れてきた・S・という自称詩人。どう考えても奇妙な力を使い言動が定まらぬ、雲のような女というのに妙に芯があるような、そんな妙な生き物。

キッドが船に乗せると決めたのなら誰も文句は言わない。キッドが決めたことなら、と誰もを拒まなかった。

だがしかし、昨今のキッドの変化をキラーは敏感に感じ取っている。

「今更わたしの身辺調査ですか。何か粗相をした覚え、ないんですけどね」
「お前は何も変わってない」
「ですよね」

飄々とは答える。キラーは自分の問いかけの仕方が相手には圧力を感じさせると自覚していた。だがはさして気にする様子もない。時折キラーは、は自分たちを子供のように扱っているとそういう気がした。女性特有の母性、ではない。キラーやキッド、この海賊船に乗る全ての人間を、・S・という女は「まぁ、かわいらしい」と言うように眼を細めて見ているようだった。母性、ではない。たとえば、幼い少年が精一杯背伸びをしているところを、熟年の女が楽しそうに「かぁいらしい」と見るような、そんな様子である。

キッド海賊団。億超えの賞金首を抱え、海賊としての実力も、キラー自身申し分ないと自負している。危険性もある。礼儀作法のいい人種、では確実にない。それなのにこの女は普通の人間が海賊に感じるものを一切、感じていない。

何よりも、・S・という女は、キッド海賊団「程度」の勢いなど可愛いものだ、というような意識を持っているようにキラーは感じるのだ。

見縊られている、のではない。

この女はそれ以上の「何か」を当然のように知り、そしてそこに随分と長いこと身を置いていたのではないか。

「女性の過去を暴こうとするのは、あまり褒められたことじゃないと思いません?キラーさん」
「キッドが」

はぐらかそうとするを真っ直ぐに見つめ、キラーは仮面の中で顔を顰める。顔が見えるわけではないが、は何かが変わったことに気付いたらしい。軽く眉を跳ねさせ、首を傾ける。はキラーが仮面越しに会話をしていても不思議そうな顔をしたことは一度もない。判りづらいとよく言われるこちらの言動を「判りやすい」とそう言う。

「お頭さんが?」
「キッドが」

ぎゅっと、キラーは掌を握り締めた。告げようと口に名を出すのに、そこから先が出ない。

(キッドはのことを最初はただ気まぐれで船に乗せて、興味もなかった。それなのに今は、キッドの中では仲間になっている)

海賊船に乗るということは覚悟を決めることだ。キラーもそれ以外の仲間も全員そうだった。生半可な気持ちでキッドに付いてくるものは一人もいない。だがは、いや、魔女というものはそういう道理の中の外にいる。

同じ船にいて仲間のような顔をしていて、それでも根本的なところではけして馴染まぬ、それが魔女の悪意というもの。キラーはキッドがいない時に、老婆が告げた言葉を思い出す。は、どれほどこの海賊団に「いて当然」というほどいたところで、けしてキッド海賊団船員、にはならない。それをキラーはわかっていた。

それなのに、キッドは本気でを仲間だと、己の船の一員なのだと、そういう振る舞いを最近するようになった。最初はキラーと同じように、油断ならない女が来たとそう見ていたはずなのに、だ。

何か決定的なことがあったわけではないのだろう。それならキラーにはすぐにわかった。だが違う。ただ、段々と、キッドはを認めた。

キラーは、・S・の過去を暴き立ててやりたいわけではない。だが、キッドが「仲間」と認めたのは魔女であり、そして、どこか奇妙な絶望を承知している女だ。この女は何者なのか。そもそもなぜ詩人などというものをしているのか。

「……キッドは、何でも引き寄せる。どんなものでも、引き寄せて惹き付ける。だから俺は、」
「こんなところでお前ら何してんだ?」

意を決し、に告げようとしたその言葉を背後からやってきた人物に遮られる。

「キッド」
「お頭さん。こんばんは」
「珍しい組み合わせだな」

風呂上りかぽたぽたと雫の滴る赤い髪、ぼさぼさとタオルで乱暴に拭きながら上半身裸、下にはズボンというラフな姿のキッドの登場。こちらを見て意外な組み合わせ、というように眉根を上げているが、別段怪しんでいるわけではない。キラーは振り返り、そしても気軽に挨拶をした。

「口説かれていたんです。キラーさんがわたしの全てを知りたいって、男性にそんなに求められたのは初めてで、わたし、ときめいてしまいましたよ」

樽の上に腰掛けたまま、がぽっと頬を染め片手を添える。軽く俯くそぶりは育ちの良い令嬢のようであるが、そのあんまりにもあんまりな言葉にキラーは「え」と慌ててを振り返った。

「何してんだお前」
「ちょっと待て。そんなことは言って、」
「下着の色を教えて欲しい、というくらいの親密な質問もされました」
「…おいコラ、キラー」

いや、聞いてない。
そんなことは言っていない。

ブンブンッ!と必死でキラーは首を降るが、キッドの額にやや青筋が浮かんでいるではないか。

普段、キッドとキラーは以心伝心だ。それはもう、昔っから何をするにも一緒、ずっと一緒にいようね、とそう誓い合った間柄。今は船長とクルーだが二人の間に上下などないし兄弟に負けぬ絆があると信じている。

それなのに、こういうときは通じないんだな☆

ちょっと悲しくなりながら、キラーは蹲って甲板にのの字を描きそうになった。だがそういうキラーを眺めて心底楽しそうにが笑っていると、キッドはため息を吐く。

「下着の色なんざ聞いてどうすんだ。誰もお前の下着の色に興味はねぇだろ」
「……違いない」
「お頭さんキラーさんそれ殺意沸きます。もののたとえですから」

本当に聞かれてはいません、と、そうはあっさり薄情する。

その態度にキラーは呆れるのだ。これだからこの詩人はよくわからない。自分や、それに他のクルーの前ではは「詩人」「文士」「魔女」というその態度を欠片も崩さぬのにキッド相手だと、はきちんと船員の顔になるのだ。キッドにはそういう魅力があると、それはキラーも認めているが、魔女にも有効だとは思いもしなかった。

は黙っているキラーを面白そうに一瞥してから、目を伏せていつの間にか膝の上に現れていた黒い背表紙の本を撫でる。

「でも、近しいことではありますよ。魔女に、その元となる童話が何か、なんて聞くのは大変失礼なことなんです。うっかり他の魔女に聞かないでくださいね。特に薔薇の魔女」
「あ?魔女がどうしたって?」
「疑問だったんだ。魔女には童話があるだろ。それならは何なのかと、そういう話をしていた」

答えればキッドは興味なさそうに鼻を鳴らした。世の不思議、未知への探求、隠された財宝には目を輝かすキッドだが、魔女関係には興味がないらしい。魔女が財宝の情報を齎す、というのなら少しは真剣に聞くだろうが、キラーと違い昔出合った老婆の魔女はキッドの中では「物知りな女」という認識でしかないのだから、それはまぁ、仕方がない。

「魔女といやァ、海軍本部の魔女だろ?あいつにも童話があんのか」

興味はないが、海賊として知ってはいる「魔女」のこと。魔女という言葉はそもそも彼女のことを指すのだという、それをキラーは聞いたことがあるが、しかし、まだ姿を見たことはない。

「えぇ、もちろんありますよ。彼女なんて見たまんまですけどね」
「会ったことがあるのか?」
「嫌ですよ、キラーさん。わたしの過去がそんなに気になるんですか」

がのんびりと問う。違う、と否定したかったが、たぶん言っても無駄だろう。

キラーはキッドに「こいつどうしよう」というような顔を向け、以心伝心で「諦めろ」と諭された。

「海賊の方々には嘆きの魔女、なんて似合わない名前で知られている、海軍本部のドS亭主どの首輪つきの魔女にも、えぇ、もちろん童話がありますよ」

そういう二人に気付いていても平気でシカトする、それが・S・。のんびりとした口調で思い出すように唇に指をあてがい、眼を細める。

「彼女は確か「赤頭きん」と「赤い靴」でしたね。あぁ、同じく海軍本部のトカゲ中佐は「長靴を履いた猫」に「ウンケの屋敷蛇」ですよ」
「複数もありなのか」

それと、魔女にとってそれを伝えることは下着の色うんぬん、というのなら、あれか?今自分とキッドは嘆きの魔女とトカゲ中佐の下着の色を聞いてしまったということなのか?

あ、何か今妙な寒気がした。

ぞくっとキラーは体を震わせる。と、隣のキッドも何か「…なんだ、妙に身の危険を感じたぞ」と呟いている。

「…というか、そんなにあっさり言っていいのか」
「えぇ。魔女の正体みたいなものですから知られたら不利になりますけど、あの二人は規格外ですし。それにわたしは困りません」
「鬼かお前」

素朴なキラーの問いかけに涼しい顔で答える。キッドが思わず突っ込めば、・S・その涼しげな美貌を心外そうに顰め眉を寄せる。

「いつか魔女に遭遇するかもしれないお頭さんのために必死に情報提供しているのにその言い分は酷いと思いませんか?」
「キッド!!ここで怒ったら負けだ!!!気持ちはわかるが怒ったら負けだ…!!!」

いかにもからかう声音を隠そうともせず堂々と言い切ったに、キッドが無言で腕を後ろに伸ばした。ガチャガチャと金属が終結しそうになる、その前にキラーは何とかキッドを押さえ込もうと肩を掴む。その様子すらはにんまりと面白そうに眺めるのだから、鬼か悪魔だろう。

「ところで、それなら、お前は何なんだ?」

このままの毒舌が冴え続けるのはよくない、と、キラーは当初の問いを再び問う。そもそもキラーはがどういう女なのかというのを把握するつもりで問うたこと。別の魔女の情報は、いつかは役立つかもしれないが、今はのことだ。

問えば一瞬、が嫌そうな顔をした。

「?どうし、」
「いきなりパンツ見せてくださいなんて、キラーさん、変態ですか」
「だからなんでそうなる」

他の魔女の情報はあっさり告げたのになぜここでまたそれをまぜっかえすのか。キラーが突っ込めば、とりあえず能力発動は留めたらしいキッドが、聊か不機嫌そうな顔のまま首を傾げた。

「おい、。お前言いたくねぇのか?」
「いえまさかそんな」
「いや、お前思いっきり目が泳いでるぞ」
「気のせいです」

不自然なほどあからさまにが視線を逸らした。普段「喜楽」以外の感情を読ませぬ彼女にしては珍しい。だがその頬につぃっと冷や汗が流れているので演技というわけでもないのだろう。キラーとキッドは互いに顔を見合わせる。

無理に言わせるというのも男としてどうだろうか。第一、キッドはが何であれ関係ないと思っている。キラー自身はまだ知りたいという思いはあるが、しかし、何となくもうこのやり取りでに対しての警戒心も薄れてきている。見るからに怪しい・S・だが、しかし、自分や他の船員にはともかくキッドには誠実であろうとしているのかもしれない。それなら問題はなかろうと、そう判断できる。

「あれだろ?海軍のとこの魔女はともかく、お前は知られるとまずいんだろ?」

キッドはタオルを首にかけ、そろそろ着替えるかというような気楽さを出しながら簡単に問う。

魔女は魔女の戦いというものがある、というのをキッドは一度から聞いている。それで警戒してのこと、というのなら用心深い彼女のこと、わからないでもない、とそういう態度。しかし、キッドが理解を示せばが、珍しく居心地の悪そうな顔をした。

「……わたしは常識のない二人とは違って普通の魔女ですから、自分の童話が他の魔女に知られれば不利にはなりますけどね。でもお頭さんたちを疑って言わないわけじゃないですよ」
「じゃあ教えたっていいじゃねぇか」
「違いない」

突っ込めば、が嫌そうな顔をした。それなら徹底して貫くべきだと思うのだが、としてはキッドに「信頼していない」と思われることが(当人はそんなこと思ってもいないだろうに)嫌らしい。ぶつぶつと口の中で何か言い訳じみたことを言いながら、ぽつり、と小声で呟く。

「…………赤毛のは赤頭きん、トカゲ中佐はウンケの屋敷蛇、盲目のキキョウはカッサンドラ、人魚のアグリは人魚姫、なんて洒落ていると思いませんか」

いや、その前に後半二人誰だ。
聞き覚えのない名に突っ込もうと思ったが、のその顔があんまりにも真剣なのでつい、キッドとキラーは黙る。

普段人をからかうような笑みを口元に浮かべうっすらと眼を細めて構える詩人・S・がここまで嫌そうな態度をしている、というのは本当に珍しい。

一体なんだ、と二人が顔を見合わせていると、自分のそのらしからぬ姿に気付いたのかがはっと我に返ったように目を開き、咳払いをする。

「……とにかく、わたしの童話が何かなんて、お頭さんのゴーグルに度が入っているかどうかというくらいどうでもいいんですよ」
「おいコラどういう意味だ」
「キラーさんの耳の飾りが回せるのかどうかということと同じ意味です」

だからどういう意味なんだ。

キラーも突っ込みを入れるが、は気を取り直したのか普段どおりの顔をして眼を細める。

「お頭さんが上がったので、ではわたしもお湯を頂きます。覗き見なんて修学旅行の男子生徒みたいな青春行為はしないでくださいね」

の入浴を覗くなんて命知らずなことをするクルーはこの船にはいない。

キッドとキラーは声には出さずお互い同時に胸中で呟いて、そのままスタスタと逃げるように船内へ戻っていくの後姿を眺めた。





彼女にも

触れられたくないことはあるんです




Fin



・サンホラのイドを聞いてたら「童話はいつだって墓場から〜」とあったので、じゃあ魔女は童話から生まれて〜でもいいんじゃねぇかと。ついでに言うとさんの童話は千匹皮です。皮肉めいてるので当人はかなり嫌がっているという裏設定。千匹皮はあれ元ネタは近親相姦ですからね。

(2010/09/02 19:07)

 

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