「ほぅら、わっしの可愛いくん〜、出先でねぇ〜こんな大きな笹があったんだよぉ〜」

己の身の丈以上に高い高い笹を土産とした伯父がいつものようににこにこと言う。そのスケールの大きな光景を見て幼い顔を興奮でいっぱい、瞳をキラキラと輝かせながらは声を弾ませた。すごい、すてき、おじさま、と子供らしい単語単語をぴょんぴょんと跳ねる合間合間に吐き出す。そういう姪っ子の言動にいっそう伯父の目がにっこり笑った。普段からにこにことしている顔だがことこの姪っ子に向けられるものには黒さがない。それを子供ながらわかっているのか姪っ子のは邪気のない笑顔を返す。それがボルサリーノにはたまらないのだ。ニコニコと正真正銘の笑顔笑顔、それで片腕にジャイアント笹(通称)を持ちつつ姪っ子を抱き上げた。

「ぉ〜お〜、これだけ大きいからねぇ、きっとたぁ〜くさん短冊を下げられるよねぇ〜。下手な鉄砲数うちゃ当たるってことじゃないけどねぇ〜くんのお願いは出来る限り叶えられるべきだよねぇ〜」
「おじさま!おりひめさまとひこぼしさんはびょうどうなのですよかなうのはひとりひとつなのです!」

にこにこと姪にでろ甘な伯父の顔。しまりきらぬそのふやけた顔に姪っ子がびしりっと真面目にお説教をする。それがまた愛らしくて仕方なくボルサリーノは「でもねぇ〜くんは特別なんだよねぇ〜」と言ってきかない。むぅっと子供らしくは頬を膨らませ、しかしそれでも伯父から離れようとはせぬのだ。

「とくべつじゃないのです!ちゃんにおしえてもらいました!わたしはふつうのこどもなのです!それはいいことなのです!だからねがいごとはひとつでいいのです!」

姪の愛らしい唇から出された名前に一瞬でボルサリーノの顔から優しみが消えたが、ぎゅっと首に抱き着いて得意そうにいうには見えなかった。







白黒じゃないパンダ







「あぁ、懐かしい、わたしの黒歴史」
「よそ見とは余裕だな!・S・!!!」

ぼんやりと思い出深い過去のこと。遠く遠くを夢見る眼差し、ほうっと呟き、・S・、人工的に造られた「詩人」の娘は襲い掛かってきた海賊の腹をピンヒールで蹴り飛ばした。げほり、と海賊の口から胃液が吐き出される。と、海賊、だなんてモブのように扱われているがこの「海賊」とは・S・の数少ない友人(当人否定)のキキョウである。

ということはここはどこぞの街・船、なんておぼろげな場所ではなくてグランドラインの海の上に堂々と浮かぶ白髭海賊団の本船、モビーディック号に他ならない。

が最近世話になっているキッド海賊団は当然のことながらここにはおらず、なぜが一人で白髭海賊団の船に入るのかと言えば話は簡単だ。いつものように定期的に政府に詩編回収の成果報告のためキッド海賊団からフラリと姿を消し無事さくっとさっさと報告終了!それで真っ直ぐ帰宅するよりは「キキョウどのでもからかいに行こう、心友の顔を見て行こう」と素晴らしい思いつきをしたので愛馬のアハ・イシュケに跨りこうして「遊びに来ました☆」とのたまっていつも通りキキョウの怒りを買った、というわけである。

「…ぐっ……」
「あ、すいませんキキョウどの。別のことを考えていたのでついうっかり反撃してしまいました。痛かったですよね、本当すいませんね」

普段であればのらりくらりとはキキョウの攻撃を避けてキキョウの体力がなくなるのを待つか、あるいはキキョウ不利を悟る隊長らの誰かが割って止めに入るのを待つのだが、今日は珍しく昔のことを思い出してしまったので反射的に体が動いてしまった。あらあらまぁまぁとワザとらしく眉を寄せ、は蹲り呻いているキキョウに声をかける。

「痛い?いえいえそんなそんな、わたし程度の蹴りでキキョウどのの体を害せるわけがありません。痛いなんて思うのはこんなわたし程度の攻撃を受けたという事実によるキキョウどののプライドが傷ついているからでしょう」

こと純粋な戦闘能力はキキョウの方が圧倒的に上だろう。この少女は魔女になる、という事実より先に「海賊になる!」とそう選んでそうして生きてきた。魔女としての自覚歳月よりも海賊、自力で戦い誇る生き物である自負があるのだから当然だ。そのある程度基礎のできた状態で魔女の実を受け入れた。だから魔女の悪意に引っ張られることもなく「戦う」女としての領分が強い。

はか弱い少女の身の上で突如悪意の世界に放り投げられた。のらりくらりと身をかわす術には長けているが攻撃力というのは低い。しかしそれでも、それでもはキキョウと違い「一人きりで生き延びねばならない」というその苛烈な環境があった。

だから今、キキョウが蹲りそれをが見下ろすとそういう状況になっている。けれどこの状況が固定されないこともはわかっていた。

「キキョウ!!!!野郎、おれの仲間に何しやがる!!」
「目、悪いんですね。キキョウどのがわたしにあれこれ切りかかってきたの、見ていなかったんですか?あとわたしは女ですから野郎、ではありません。女郎です」

いつものとキキョウの交流会、とそう見てはくれぬらしい。遠巻きにしていた中から耐え切れなくなって飛び出してきたのは燃える体にそばかすの、確か火拳と呼ばれている青年だ。は猫のように目を細めてから青年の繰り出す炎の蹴りをひょいっと避ける。

「キキョウ!大丈夫か!?」
「…エース…ッ、余計なことを……!!!!わたしに構うなッ!」
「バカヤロウ!仲間がやられてるってのに黙っていられるか!!」
「そういう感動的な振る舞いは戯曲の中でやっていたければわたしも嬉しいんですけどね、目の前でやられると欠伸が出ますよ?」

初見だがこの言動で青年の多少は把握できたとは頷く。火拳のエースとそう呼ばれるこの青年。確か名前はポートガス・D・エース。Dと言えばいろいろあるらしいが今の所には関係ない。いつか関係してくるのだろうかと思うこともあるが、できれば一生縁がなくていいと思うと、そんなことを頭の隅であれこれやって、はこちらを睨んでくる瞳ににこりと笑顔を返した。

気付けば己を取り囲む白髭海賊団の面々、普段であればの振る舞いも魔女の一寸過激なスキンシップとある程度の理解を示している彼らも可愛い妹分の口から胃液ドバッな光景は許せなかったよう。

(血反吐を吐かせたわけでもないのに大げさな)

過保護な連中と呆れはするが、自称「キキョウの親父殿」やら「兄上殿」らが出てきては厄介だ。は淑女の作法を持って礼儀正しく片足を引いてお辞儀をするとそのまま退散しようと踵を返した。

「ま、て!!!…げほ、・S・…!!逃げるのかッ!!!」

火拳に庇われたままこちらに睨むキキョウ。叫んだが痛みが未だ引かぬのか顔を顰めている。それでも痛みに負けぬというつもりか、こちらを臆病者、と卑怯者、とそう続けて罵る威勢の良さ。その様を見てはなるほど自分はこの女が大嫌いだったのだなと初めて気付いた。







++++







「よぉおおし!!てめぇの機嫌が悪いのはよぉぉおおおおーくわかった!!だがな!!!おい・S・!!!あれほど船ン中で妙な力を使うのはヤメロっつってんだろうがこの野郎!!!!」
「あら嫌ですねお頭さんったら、わたしは詩人ですよ、詩人は思いついたその時に詩を綴るんです。別にそれで死が綴られるとかそういうゴロ合わせな展開はないんですから諦めてくださいよ」

船内をぐるぐるとまわる詩編でびっしりにした・S・は船員に被害が出る前になんとかしようと船長してもっともな行動をとったキッドを一蹴にしてツーンと顔を背けた。

ところ変わってこちらはキッド海賊団の船の中。航海中にひょっこりが「帰りましたよ」と当然のように現れるのには慣れたもの、さほど驚きもせず「おう」と誰もが迎え、そしてはいつも通り部屋で大人しくしている、かと思えばそんなこともなくちょっと苛立ちまぎれに船の中で今回回収した詩編を試し打ち(誤字に非ず)してみたのである。

の寝言がうっかり詩編になって被害、というのは時々あるキッド海賊団であるけれど攻撃用の詩編が堂々と蔓延る、というのは滅多にない。

「昨日テメェがいねぇ間にこっちは海軍と一戦やったんだよ!これ以上無駄な怪我させんじゃねぇ!」
「キッド、に怒鳴るだけ無駄だ。きっと聞いていない」
「あら、キラーさん。そこ詩篇ありますから気を付けてくださいね」

割れ物ありますよ、というような気安い口調では指差すが言われたキラーの足元、黒く発光した詩篇の一部がぱっくりと口を開けてキラーを呑みこもうとしているところだった。

「……」

飲み込まれたらきっと自分はハンバーグになれるんだろうとキラーは思い「違いない」と自分で自分の考えを肯定してしまった。そして当の詩人はと言えば涼しい顔で「早期解決するだけ魔女の迷宮よりマシです」などとキラーたちにはわからぬことを言う。

常に口元に世の中を密かに面白がっているような笑みを乗せている・S・、その彼女がこうもあからさまに「不機嫌」「癇癪」「我儘」な振る舞いをするのは珍しい。珍しい、とは思うがキラーはさして興味がない。だからへの説教に鼻息を荒くするキッドの肩をぽんぽんと叩いて宥めそのまま飲みにでも行かないかと誘うと、キッドが「いや」と低く唸った。

「いいか、おれァな器の小ぇ男にはなりたくねぇ。ある程度のことは笑って許してやれればいいと思ってんだ」
「えぇ、存じていますよ。お頭さんは海賊王になるんですから」
「だが今回はいけねぇな。・S・。なぁ、おい。どうした?今回のはいくらお前でも「随分とイカれた行動」じゃねぇか」

言ってキッドがじっとを見下ろす。いや見下ろす、と言っても元々背の高いが踵の高い靴を履けばキッドとそう高さが変わらぬ。

「なぁ、・S・、お前は俺に殺されてぇのか?」

キラーはなぜキッドがを船に乗せたのか理由を聞いたことがない。自分だけではなくほかのクルーもだろう。ある日キッドがを船に乗せて、だから誰も理由を聞かなかった。キッドがそうしたのだから皆不満は言わぬ。それはへの信頼やがよい性格をしていたから、などということではなくてキッドへの信頼感ゆえのことだった。言ってしまえばキッドがを「この船の一員」としているから誰もに対して文句を言わないだけであり、今その均衡をキッド本人が崩そうとしているようであった。

未だはびこる詩篇をキラーはちらりと眺める。確かに普段が戯れ程度に発動されるものとは気配が違っている。何が「違う」のかと言えば簡単だ。

今日のこれにはキッド海賊団たちに対する明確な殺意があった。

いつもの詩篇と油断すればキラーとてどうなったかわからない。あからさまなこちらに対し、命を奪う意思が込められた、これはもはや「攻撃」と呼んで差し支えぬ。それをキッドは感じ取り、そしてキラーも理解した。

それでキッドが低く唸るように問えば、その途端のアメジストの瞳がスッと細くなる。しかしが何か言うより先にキッドが牽制するように言葉を続けた。

「いいか、いいか、よく聞きやがれよ・S・。俺はお前を「仲間」だと思う。仲間ってやつに本来優劣もねぇがキラーや他の、南の海から一緒にやってきた奴らとお前じゃ付き合ってきた年季が違うんだ」

これは変えようのない事実だった。美談美談で「付き合った時間は関係ない」という話も世の中にはあるだろう。キラーもそれは認める。だがキラーやキッドたちにとって、南の海からの付き合いのある己らにとって「幼年期をすごしたあのゴミ溜めのような島」での時間は「特別」だった。普段どれだけ平等に扱っていても、それでもイザ、というその時は、キラーとてあのころの仲間、というのを優先させる。当然だ。あのころの思い出記憶仲間出会いさまざまなことが今の己らを形成しているのだ。

キッドは普段船の頭として申し分ないふるまいをしてきた。をたしなめるその言動だって普段は船の頭として正しいものだった。だが今は違う。今現在キッドは「南の海のあの島の男の一人」としてに向かい合っている。その男にとって「特別」なのは南の海からの付き合いのある仲間で、ではない。赤々とした瞳は炎のように燃え上がり輝いている。あぁそうか、とキラーは悟った。キッドは怒っているらしかった。

「お前がおれらに殺意を向けるってんなら、おれはいつだってお前の敵になるんだぜ」

がキッド海賊団のクルーを殺そうと詩篇を放った。これが今ある事実で、そしてそれについてキッドは怒っている。キラーはいつものように「違いない」と彼の信じる頭の言葉を肯定することをせず、ただ黙って、同じように黙り、いつものように世を密かに面白がっているような口元の女を見つめた。詩人・S・は自身の乗る船の船長のある種警告じみた言葉を受けて一度静かに目を伏せると、そのままどこからか取り出した黒い背表紙の本をパタン、と閉じる。するとこれまで蔓延っていた詩編が手品のようにさっと消え失せ、後にあるのはただ平穏な甲板である。

「子供の頃、」

未だ手に本を持ったままであるから何か仕掛けてくるやもしれぬとキラーは警戒。それをわかっているが一度キラーに向けてにこりと笑みを投げ、そして唐突に言葉を発する。

「?」
「子供の頃、伯父にわたしは特別だってそう言われていました」

詩人・S・の昔語り。珍しいと言えばこれほど珍しいこともない。キラーやキッドも彼女に己らの生まれ育ちを語ることをしたことがないが見れば大体想像がつくだろう己らと違い、この女の出自は謎に包まれていた。いや、確かに一見してきちんと教育を受けたどこぞの良い所のお嬢さん、というのは分かる。今の立ち振る舞いを見ても立派なご令嬢。だがなぜそんな「階段上の女」が今は海賊船に乗っているのか。そういう例がないわけではないが、それでもまるで海賊・粗野・乱暴な連中に染まらぬ彼女は異質である。

特別、とが言ったその言葉もあってキラーは「・S・は特別」というそんな可能性を一瞬頭に思い浮かべる。だが先ほどキッドは、キラーの信じる男は己らを「特別」とは言ってもを「そう」だとはしなかった。そこに何か、何ぞか、の言いたいことがあるように、突き詰めれば今回己らに殺意と敵意のはっきりとした「攻撃」を仕掛けた、その理由があるように思える。辛抱強くキラーが待っていると、しかしそういうスタンスのないキッドはそうはせず、フン、と鼻で笑い飛ばした。

「そりゃあ、「暖かな家庭」ってやつか。生ぬるい世界だな」
「えぇ、伯父にとっての可愛い姪、天使のように愛らしい肉親。大事に大事にしてもらって当然、だって特別だからと、わたしだけは伯父の敵にはならずどんなことがあっても守れると、そう言っていましたよ」

キラーもキッドもこの時点では知るよしもないが、そのの言う「伯父」というのは海軍本部の大将黄猿ボルサリーノその人で、その伯父はの母を殺し異母妹になる子を殺した。その後黄猿の保護下にあったはずの彼女は魔女の悪意に晒されて頭の中に杭を打ち込まれ詩人となるよう強制させられたのだけれど、そんなことは二人には関係ないし、自身語るつもりもないことであった。だから・S・はキッドの皮肉にただただ頷いてにこりとし、その「暖かな家庭」の生ぬるい記憶を大事大事に宝石箱の中から取り上げるような、そんな声音で話を続けるのである。

「お頭さんは今わたしを「特別」ではないと言いましたね。わたしは、それがいいんだと思うんです」

静かに、静かに言うその言葉を聞いたその瞬間、キラーは「・S・はキッドに恋をしている」と、そう悟った。








++++








の一世一代の告白もキラーには伝わったがキッドには「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ」と一蹴にされて終わった。それにが「そうですね」と小さく笑って本を閉じ何もかもを「終了」にしようというのだからキラーは妙に居た堪れなくなって、それで「手が空いてるなら手伝ってくれ」とそう、柄にもなくを誘い先ほどやりあった軍艦の戦利品を保管してある一室にやってきた。

戦利品として上等なものが手に入るのはもちろん商船だが海軍の船も中々良いものが手に入る。手入れの行き届いた武器や砲弾、保存のきく食料。それに十分な医療道具を積んでいるのが海軍の軍艦だ。やりあえばリスクは高いが見返りもある。キッドは好んで海賊船を襲うことはしていないが、それでも今回のように挑まれればそれなりに潤う結果もあって拒みはしなかった。

「子供が乗っていたんですね」

それで沢山奪った戦利品の山。一応仕分けはされたけれど中にはキラーたちには用途のわからぬものがある。そういうものをが目利きして金に換えるのがキッド海賊団の一つの流れにもなっている。キッドとの仲がほんのわずかに険悪になろうが乗船している事実のある以上その仕事を疎かにはさせないとそういうキラーの姿勢をどう感じたか、いつものように小部屋の自分の定位置にちょこんと腰かけたはあれこれと物品を手に取りつつ不意に「それは」とある一方を指差す。キラーはその方向に仮面を向けて首を傾げた。そこにあるのは笹である。笹の葉は防腐作用がある。料理長と船医が欲しがったためこの部屋に収められた。それをが見止めて「子供が乗っていた」とそう言う理由を考えてキラーはあぁ、とすぐに合点が行った。

「今日は七夕か」
「よくご存知ですね」

が感心する。・S・は時折キラーに対して素直に感心することがあった。の目から見て、キラーには妙に教養があるらしい。以前素性を聞いきたので「キッドと同じ場所で生まれた」とそう答えたが、同じ教育を受けた、という答えではない。それをきっともわかっているだろう。

「笹には防腐作用がありますから海軍船にあっても用途はあれこれあるでしょうが、別段笹でなくてもよいはず。それがあるということは七夕のイベントのためのもの、日にち的にも間違いはないでしょうね」

海軍の船に子供がいる、なんていうのは妙な話にも思えるが年若い新兵の慣れぬ海上生活のストレスを紛らわせてやろうとそういう心からそんなことをすることもあるらしい。がそう語るもので、キラーはなぜがそんなことを知っているのか疑問に思いつつ、笹に近づきその臭いを確認する。

「乾燥している」
「えぇ、そうでしょうね。折角ですからこの船も七夕のイベントをされてはいかがです」

キラーの育った南の海では七夕という概念はなかったし、キッドもキラーもそんなことを幼少期にする余裕はなかった。だが以前やらなかったからと言って今回やらない理由にはならない。短冊にあれこれ願いを書く、というのもキッドは楽しむのではないか。キラーはそう考えコクリと頷くと、ががさごそとどこからか色とりどりの紙とはさみを二つ出して膝の上に乗せる。

「それでは短冊を作りましょう。今から作って配れば夜までには飾れますね」
「違いない」

グランドラインであるから生憎今夜の天候、今は晴れていても保障はない。しかしどのみちキラーもも今現在は「軽く暇」であるからしてこうして短冊を造り船員たちに配るのは丁度いい時間つぶしだ。キラーはからはさみを受け取り、大きな色紙を一枚手に取った。短冊の大きさ、というのがどの程度かはわからない。知識として7月7日の夜に向け笹に長方形の紙を垂らすのは知っている。だが実物を見たことは、そう言えばないのだ。それで向い合せになってチョキチョキとはさみを動かしているの手元を見る。大きさは特に決まりがあるわけではないのか、は紙を4度ほど折ってから鋏を入れているようだ。それに倣う様にするとが「キラーさんは、その手の刃で切った方が早そうですね」などと言ってくる。狭い室内ではできないと言うところころとが笑った。

「あとで厨房に行き今日の夕食には団子を作ってもらうか」
「キラーさんお団子を食べるのは十五夜であって七夕ではないんですよ」
「違うのか」
「違います。それに十五夜はお月様を見るもので、七夕は星を見るんです。だから食べ物はそうめんとかそういうものなんです」

そうめん、という食べ物をキラーは覚えがなかった。は「ワノ国の食べ物です。パスタで言うところのカッペリーニのように細いものですよ」と説明を加える。

あれこれとが七夕の知識を披露してキラーが時折質問を挿む。書物から得た知識はあれどから聞く話はどれも生き生きとしていた。キラーは正直な所この・S・という女をこれまでそれほど好んではいなかったけれど、それでも普段死んだ魚のような目をするこの女が「物を語る」その時は歳よりも随分と若い娘のような貌であれこれと言う、その様子だけは気に入っていたのだ。

小一時間も話しながら作業していれば短冊の数も随分な量になる。そもそもはなぜこんなに色紙を持っているのだと言う素朴な疑問はもちろんあったが、聞いたところで「魔女のたしなみです」と返されるのがオチである。

「これくらいでいい」

ざっと見てたぶん50枚以上ある。キッド海賊団は全員合わせても50人はいない。の袖口からは次々に紙が出てくるのでこのあたりで止めないと収拾がつかなくなるに違いない。キラーが判じるとは「そうですか?足りない気がしますが」と首を傾げた。一人何枚使用する気なのだろう。

「短冊は一人一枚というのがマナーだ」
「初めて聞きました」
「数を増やせば叶うというわけじゃない」
「えぇ、それはそうでしょうね」

キラーもそれが「ルール」「マナー」なのかは知らない。だがきっとそういうものだろうとそういう偏見ゆえの判断だ。は、知識の塊のような女は、しかしそのキラーのあからさまな独断と偏見による判断にきょとんと首を傾げるのみで反論はしない。にはそういうところがある。自身の知識を誇るわけではなく人の言葉を案外あっさりと受け入れる。それで噛み締めて事実かどうか判断するだけの分別を持ち合わせている女であるからかもしれない。だがこのキラーの勝手に決めた「マナー」については己の中で事実確認をする素振りも見せず「それは良いことを聞きました」としまいこんで見せた。

それで二人して短冊を集めて二等分にしてこれからあちこちに配って回ろうとそういう手順を話していると、ふと一枚、短冊を手に取ったがこちらを見つめてきた。

「キラーさん」
「なんだ」
「わたし、男に生まれてきたかったです」

の言葉はいつだって唐突だ。何の前ふりもなく突拍子もないことがあっさり当然のように告げられる。しかし辛抱強く聞けば彼女なりの関連性があっての言葉であるらしい。キラーはこれまでその『辛抱強さ』を見せる気にはならなかったが、今日に限っては先ほどのこともあり「なんでこんなことを言っている」とそう考えてみた。

「短冊に書いても叶わないと思うが」

手には「願い事を叶えてくれる」短冊が一枚。それでそう言ってみればの目が細くなった。

「わかってます。でも、わたし、たぶん男の子だったらきっともっときれいだっただろうなって」
「……顔がか?」
「えぇ、顔が」

にっこりとが笑う。これが嘘をついている女の顔かとキラーはしみじみ思い、が手にしている短冊、黄色い短冊から視線を外す。部屋から出て行こうかとそう迷う一瞬の後、がキラーの手に短冊を一枚押し付けた。とは色の違う。水色の綺麗な紙だ。キラーが切ったので先の方が尖っている。の切った紙は指を切らぬよう綺麗に先が丸く切り落とされている。だからキラーが切った紙の枚数の方が多い。短冊を受け取るとが小首を傾げた。

「ところでキラーさんは短冊になんて書くんです?」
「次の島に港があるように。酒が切れる」
「夢ないですね」
「キッドが俺の分まで夢を見るから問題ない」

多分キッドは「海賊王になるのはこの俺だ」とかそういうことを書くに違いない。そう確信を持って言えばも「でしょうね」と重々しく頷いた。

「あれですか?夢をかなえるのは自分自身だ!とかそういうことはないんでしょうか」
「キッドは行事に真面目腐ったことを言って台無しにするような男じゃない」
「というか…短冊は願いを書くのであって決意とかそういうのを記すのではないと思います。そういうのは元旦の書初めになるのではないでしょうか」

そう言えばそうである。キラーは「違いない」といつものように頷いて、それで未だがそれでは短冊に何を書くのか聞いていないことに気付いた。それで聞いてみると詩人・S・は先ほどキラーが「顔がか?」と聞いて答えたときと同じ顔で、声で、瞳で答えるのだ。

「仲間が欲しいと、そう書きますよ」








+++








「ねぇディエス、このぼくに短冊一枚だなんてみみっちいことを言うの?」
「……人の船に突然やってきて妙なイベントを押し付けた揚句お前は……!!!」
「押し付けてないしー?逃亡生活で殺伐としてるドレーク海賊団のみなさんに微笑ましいイベントを教えてあげて潤いを!っていうぼくの親切心だしー?」

夕暮れ間近の海上、船上にひょっこりひょこっと現れた悪魔っ子。日焼け防止!と言い含められているのかきちんと白い帽子に青いリボンをはためかせやってきたその魔女のお姿、視認するなりドレークはぐっと胃が痛み一気に疲労が襲ってきたのだけれど、そんなことを顧みてくれる魔女ではない。

ドレークがいろんな葛藤をしている間に魔女、はさくさくっと船の人間を巻き込んで本日の目的である七夕祭りを強行。船のマストに巨大な笹を括り付けさせ船員たちに鋏と色紙を押し付け短冊制作に勤しませ、それで準備万端!あぁもう文句を言うだけ無駄だからあとはこいつの好きにさせようとドレークが出来たばかりの短冊を一枚に手渡して「何でもいいから書け」と言ってやると冒頭のセリフである。

7月7日、毎年この日は海軍本部でも七夕祭りが行われた。丁度熱くなるこの頃合い、に汗疹が出来ぬようにと注意を払っていた日々を懐かしく思いながらドレークはげしっ、と己の脛を蹴ってくるの体をやんわりと抑えた。

「何枚書いても構わんからこの船で暴れないでくれ」
「それはそれで情緒がないね!」
「……どうしろというんだ」

暑いからか?の我儘っぷりに拍車がかかっているような気がする。ドレークは胃を抑えながら再度笹を確認すべくマストを見上げた。がひょいっと腕を振って出してきた笹はドレーク海賊船のマストの半分以上の背丈である。見事な笹だ。海軍本部で行われていた七夕の行事でもこれほど見事な笹はお目にかかったことがない。

「しかしこんなに大きな竹なんてどうしたんだ?青キジか?」

はこういった行事を妙にすいていて、それで彼女を喜ばせようと用意したのだろうか。間違っても赤犬ではないだろうから消去法で聞くとがこちらを振り返らず「んーん」と首を振った。

「これはボルサリーノくんがくれたんだ」
「……」
「なぁに、ディエス、その顔」
「……いや……あぁ……まぁ…いや、なんだ、その、意外だったものでな」

選択肢にすら入らなかった大将の名前にドレークは思わず顔を引き攣らせてしまった。表面的には魔女と親しい顔をするセンゴク元帥とは違いあからさまにに嫌悪・憎悪・敵意を示す大将黄猿ボルサリーノ。も珍しく素直に嫌っているらしく二人の仲はドレークが知る限りいつだって「最悪」だったはず。

自分が海軍を辞した間にうっかり親しくなったのだろうか?

可能性としては限りなくゼロに近いだろうがゼロではないという事実がある限り、そんなことをおっかなびっくり考えてしまうとが嫌そうな顔をして振り返る。

「ぼくだってボルサリーノくんからまさか七夕用の笹を譲り受けるなんて思わなかったけどね。でも仕方ないんだよ。彼にはもう短冊を書く可愛い子がいないんだから」

言って気の毒そうな表情をが浮かべた。そのまま本心から「気の毒に!」と思っていないことは明白だ。ドレークはが言うところの「可愛い子」というのが誰を指しているのか察する。彼女は今は「・S・」という名前で海を渡っているのだったか。

ドレークがまだ若いころ、確か海軍本部の中庭でキャッキャと声を弾ませブランコに乗るとその隣にいる綿毛のような髪の少女を見かけた覚えがある。その少女は別の場所では後に黄猿となるボルサリーノに可愛がられている光景も見られた。

一体どういう悪意が彼女の身にまとわりついて今の身分になったのか、それはドレークも知らぬ。しかしそれが「悲劇」と「不運」の類であることはなんとなしに悟っている。

「ねぇ、きみが同情なんてしなくていいんだよ?ねぇ、ディエス、くんはね、「その後」自分がどうなるかなんて、きちんと、何もかも、ねぇ、わかっていたんだもの」

かの詩人の半生を想像し沈黙するドレークに短冊にあれこれ書き込み終えたが声をかける。一瞬でもドレークの意識が己から外れたことが腹立たしいのかその目じりがやや吊り上っている。ドレークは苦笑してからポン、との頭を叩き「同情かどうかわからんが、むごいことだとは思うんだ」と素直に答えた。

「むごい?どうして?」
「もともとそういう生き物だったわけではあるまい。おそらくはただの凡人凡庸、何一つ特別ではなかった、ごくごく普通の子どもだったはずだ」
くんが?うん、そうだね。彼女はとてもとても、どこにでもいる平凡凡々、凡庸でありきたりな子供だったよ」
「そういう子供が他人の悪意によって強制的に「特別」な生き物になる。お前はそうは思わないかもしれないが、おれにはそれが、とてもむごいことだと思えるんだ」

詩人、というのは特殊な生き物だ。世に散らばる悪意の詩を回収する役目を持つ。一般人、ではまずない。特別な、「選ばれた」なんて物語の主役に相応しい立ち位置だろう。ドレークはそれを憐れに思う。覚えのある、まだ稚い笑い声をあげていた幼いの顔はどこまでもどこまでも「普通」だった。楽しければ笑い悲しければ泣ける。怒れる、そういう当たり前の子どもだったはずだ。それが今は魔女の顔をして世の海を渡る詩人となっている。

ドレークは「どうやって」がそうなったのかは知らない。だがきっと、幼い子供に銃を持たせて強制的に引き金を引かせる。それでこれまで「無力な被害者」「か弱き一般市民」だった生き物を強引に「犯罪者」「殺人者」「罪人」に仕立てるような、そんな暴力的な仕業だったのだろう。その時泣き叫んだだろう・S・の様子をドレークは想像することしかできないが、むごいことと、そう思うには十分だ。

「いいんだよ。くんはそれでいいんだ。金輪際彼女はその最終的なところでは孤独孤立孤高になるとわかっていて、それでも選んだのはくんだもの」
「それしか選べないような状況、出口の一つしかない悪意だったとしてもか?」

言えばが頬を膨らませる。そしてぐいっとこちらに短冊を一枚押し付けた。

「それなら短冊に書いてあげなよ。くんを普通の女の子に戻してあげてって。今日は七夕だから運が良ければ叶えられるかもしれないね」

「なぁに」

機嫌を損ねたとはっきりわかる。が嫌味と皮肉をたっぷり含んだ口調で話し出すもので、ドレークはため息を吐き、ひょいっとを肩に抱き上げた。ふわりと青いリボンが揺れる。目の端に写してドレークは己の首に反射的に手を回してしがみ付くの感触を意識しながら空を見上げた。夕暮れ時にが来て、それであれこれしているうちに日が沈み、見上げた空には星の川が出来ていた。

「それを願うのはおれの役目じゃない。おれはただ彼女の半生を「むごいことだ」とそう思うだけで、こうしてお前と星を見ている。彼女を特別ではないただの少女に戻してやれるのはきっと、もし、今こうしておれがお前とこうしているように彼女が誰かと星を見上げていたらきっと、その隣にいる人間が、彼女にそうしてやるべきなんだろう」
「じゃあくんが今頃一人で星を見上げていたら彼女はやっぱり一人ぼっちなんだね」

きちんと間髪入れず外道発言をするにドレークは何度目かのため息を吐いてぽんぽんとその頭を叩く。空の見事な天の川。星の洪水のような光景。そう言えばは以前星は好きだと言っていた。100年前でも変わらず空にあるから好きだと、そう話していた言葉を思い出す。己の肩で熱心に星を見上げるその横顔を眺めドレークは・S・もきっとどこか似ているのだろうとそう思った。

ドレークから見ればどちらもただの子どもである。癇癪を起こすし我儘も言うだろう。だが彼女たちは圧倒的な「異質さ」を持っていてそれが絶対条件となり「特別」だと周囲に区別される。けれどこうしてあどけない顔で星を見上げるその顔を見れば彼女らが魔女だろうが悪魔だろうが、そんなことは関係ないように思えるのだ。

「ねぇ、ディエス」
「なんだ、
「ぼくらを魔女に仕立て上げるのはその他大勢の意志じゃなくって、結局のところはぼくら自身の意地でしかないんじゃないかって、そう思うんだよね」

ぽつんと言ってが肩から飛び降りる、さっと腕を振って取り出したデッキブラシに腰かけるその姿が上空に浮かびドレークは目を細めた。







Fin





解説
さんはキキョウさんが羨ましい。仲間がいて、魔女の力を持っていて、守られる「家族」であるから羨ましい。でも同じように自分がキッド海賊団の「一員」になるのは怖い。かつて自分を特別だと大切だと思ってくれたボルサリーノを同じように大切だと思って魔女の悪意から守りたくてさんは詩人になったわけですが、キッドたちを「大切」に思ってしまうこと、大切だと思われてしまうことが怖い。
だから敵意と殺意を込めて攻撃して距離を保とうとしている、と。一応キッド視点で書くとキッドはそういう女性の「憶病さ」に敏感な所があってさんのそういうところを悟ってあえて「怒った」という姿勢を見せている、という茶番でもあったり。
魔女の身の少女たちは周囲がどんなに「普通」に戻そうとしても魔女になるに至った意地と覚悟をどうしても捨てられず選べず結局自分自身で自分を魔女に仕立て上げている、というそういう矛盾の話。