軽やかに脚を進める馬車馬はしっかりと訓練をされているだけあって車体へのダメージを最小限のものと心得ている。二頭立ての紳士馬車は扉に名門貴族の紋章が描かれ、全体の造りから内部の装飾のどれをとっても一級のものである。


クッションを敷き詰めた車内でそれらを鑑定しながらディオ・ブランドーは自嘲めいた笑みを浮かべた。つい数時間までは貧困街で靴に跳ねる泥に煩わせられていたガキがよくもまぁねんごろに扱われたものだ。迎えにきた御者は自分に対しちっとも見下した態度を見せなかったし粗末な鞄一つ分しかないディオの全財産をまるで高級品かのように恭しく受け取り馬車に運んだ。ディオが二、三言挨拶をした時も融通のきかぬ、命令を聞くしかできない無能な使用人のように畏まることはせず、主人からの言付けをまずは伝え、そして「これからお仕えする方であり、新しい家族である方へ」と親しみを感じさせる声音でディオを歓迎する言葉を述べた。


しっかりと教育され、主人への忠誠心が高く、また自身の仕事への誇りを持つ有能な使用人である。そういう使用人を得ているジョージ・ジョースター卿は、なるほど随分と「できた人間」であるのだろうと、僅かな時間ながらディオは認めた。

 

(だが、甘い男であることは間違いないだろうな)

 

フン、と鼻を鳴らしディオは懐から蝋印の押された開封済みの手紙を取り出す。貴族のみが有することを許された紋章がくっきりと焼きつけられた、一週間前に自分の元へ届いたものだ。内容は「身よりのなくなった恩人の息子であるディオを当家で引き取りたい」という旨が書かれている。

 

なぜ貧困街で暮らしていたディオが貴族からそんな申し出をされるか、といえば話は十年以上昔へ遡る。

 

簡単に言えば、十数年前にどこぞで馬車の墜落事故が起きた。どうもどうやら悲惨な事件であったようで崖から落ちた馬車は粉々になり、御者は即死。中にいた母親は赤ん坊を庇って死亡。

 

その赤ん坊の父親、というのがジョージ・ジョースターであり、馬車から投げ出された彼も当然ひん死だったそうだ。そこへ運よく(といふうにジョージ・ジョースターからの手紙には書かれていた)通りかかりジョージを介抱してくれたのがディオの父、先日「病死」したダリオ・ブランドーである。

 

(ジョースター卿はあの男を命の恩人だとして、その恩から俺を引き取ることにしたらしいが……あの屑…糞以下の最低の男が恩人?見当違いもいいところだ!どうせ事故現場から金目のものでも盗もうと卑しく近付いただけだろう!)

 

父の素行を知るディオは胸中で墓の下に埋めた男に毒づいた。あの男のことは、あの、ダリオ・ブランドーという自分の父親のことは思い出すだけで腸が煮えくりかえる。全く何をやっても駄目な人間で酒と女、ギャンブルにおぼれ借金ばかりして、ディオの母親に苦労をかけた。母はその所為で早死にしたのだとディオは信じている。まだディオが5つか6つになる前に、母は死んだ。

いつも殴られたアザのあとを隠すために厚化粧をしていて、死ぬ時にやっと安らいだ顔になった。

 

(その後、母のいなくなった自分の生活は…)

 

「……あれがジョースター邸か。敷地内に入って随分経つが、無駄にでかい屋敷だな」

 

思い出すのは止めよう。あのころのことは、とディオは自分の思考を切り上げた。貧困街のあの腐ったような場所を出る時に己はもう二度とこの場所には戻らないと誓った。全てはあそこへ置いて行く。これからはこれまでとは違う生活を送るのだ。

 

「十年以上前の恩を後生大事に、身よりのない子供を引き取るなんて甘い奴は、恵まれ過ぎて餓えたことなんか、ないんだろうな」

 

ディオには野心があった。父の死後、いや、それ以前からだってディオは一人で生きて行くことは容易かった。だが折角得たチャンスは生かすべきだ。

 

(そのジョースター家を踏み台にして必ずのし上がってやる。一番の金持ちになってやるんだ)

 

己は父のように負け犬にはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君はディオ・ブランドーだね?」

「そういう君はジョナサン・ジョースター」

 

馬車を降りるなり遭遇した少年を見つめ、ディオは口元に軽い笑みを浮かべた。自分と同じ年の、ジョースター家の一人息子。お貴族様で、何不自由なく育った、与えられることが当然であるという生き物だ。

 

恨みはないし、別段妬む気持ちがあるわけではない。あるとすれば、憐憫だった。父親がお人よしなばっかりに、これから今後一切合財、このマヌケヅラをした少年は自分に奪われて行くのだ。

 

せいぜい父親と、貴族に生まれてしまった自分を呪えばいいさ、などと胸中でからかい、ディオは周囲を見渡した。

 

古めかしい作りだが、ジョースター邸は広大な敷地に相応しく威厳があり、見事な作りだった。これまで自分が暮らしてきた家などこれからみれば粗末な馬小屋、いや、それ以下かも知れない。一瞬ディオは、この立派な屋敷を前に自分がしり込みするのではないかと恐れた。卑しい男の汚らわしい血を引く自分だ。あの小物極まりない男のよう、己の中にも矮小な、貴族に屈することを当然としているみっともない意識が、階級社会のこの国で育った己である、植えつけられているのではないかとそれを恐れた。

 

(あぁ、だが、そんなことはありえない)

 

すっ、とディオは背筋を伸ばす。

 

見るからに仕立てのいい服を着たジョナサンを、安っぽい布地の服を着て向かい合っても、威圧されるような貴族の屋敷を前にしても、ディオの心には欠片も気遅れや後ろめたさ、居心地の悪さが浮かんでこなかった。

 

ささやかではある。だが、とても重要な、一つの勝利をディオは感じた。

 

「わんっ!わんわん!!」

 

勝利の余韻に浸るディオの思考を、突如聞こえてきた犬の鳴き声が呼びもどす。不快感を覚え、顔を顰めるとディオはこちらに向かってくる犬の姿を確認した。

 

「あぁ、心配ないよ、!ダニーっていって僕の愛犬さ!けして人は噛まない!君も直ぐ仲良くなれるよ」

 

ぶちのある中型犬だ。ジョースター家で飼われている猟犬らしい。ジョナサンの帰宅を知り尻尾を振って駈けて来た、というところだろう。

 

「…ふん」

 

くるくると飛び回る犬をディオは汚らわしい物を見るかのように眺めた。

 

ディオは犬が嫌いだ。牙や爪を持っているくせに人間に媚を売ってへーこらとだらしなくよだれを垂らしている。その姿は、才能があるにも関わらず、所詮は自分より上の生き物がいると認め「仲良くしている」ふりをして結局見下されていることに気付かぬふりをする貧乏人のように見えた。

 

まずはこの犬を蹴り飛ばし、この貴族のボンボンを威嚇してやるか。自分がおどおどした人間ではないと知らしめるには良い機会でもある。

 

ディオはジョナサンにはわからぬよう、スッと身を構え自分に向かってくる馬鹿な居ぬを蹴り飛ばそうとした。

 

だがしかしッ!!

 

「わんっ!」

「…なっ!?」

 

蹴り飛ばそうと繰り出したディオの攻撃をスッと身を沈めて回避したダニー!!そして更に身を捻ってそのままガラ飽きになったディオのボディーへと鋭い牙をむき出しにして襲いかかってきた!!!

 

おいちょっと待て、犬の動きじゃねぇだろこれ。

 

幸い噛みつかれはしなかった!だが!強烈なボディーブローは食らい、ディオは予期せぬ攻撃に受け身も取れず胃液を吐いた。うん、まぁ…当然だ。

一体誰が、「けして人を噛んだりしないから!」と説明された犬が、しかも人に飼われ躾けられているはずの犬が、こんな動きをすると予想できるだろうか…。

 

けれど我らがディオ・ブランドー、これでも貧困街のならず者たちを相手に子供ながら生き残ってきた自負がある。一瞬よろめきはしたが「敵」が着地し次の攻撃を繰り出す前に渾身の力を込めた左足で犬を蹴り飛ばした。

 

ボギャァッ!と妙な効果音が響くほどに強烈な蹴りである。ディオが全ての力を込めて繰り出した蹴りだ!ダニーは顎から食らい、派手に吹き飛ぶとそのままピクピク、と小さく痙攣し起き上がってくることはなかった!!

 

犬相手に非道、などとはディオは思わない!ディオは知っていた!この攻撃でヤツをやらなければやられるのは自分であると!!!

 

「……はぁ…はぁ…はぁ…」

 

たった数秒の攻防であったが、ディオはどっと疲労を感じた。勝利の余韻などに浸ることもできない。肩で息をし、ダニーがもう起き上がってこないかと警戒していると、ぐいっとその肩を掴まれた。

 

「なっ、何をするだー!!!!絶対に許さん!!」

「いやおいちょっと待ておかしいだろそのセリフ」

 

なぜだか青筋おっ立ててこちらに怒鳴って来る飼い主、ジョナサン・ジョースターを、ディオは唖然と見つめた。

 

 

 

+++

 

 

「疲れただろう、ディオくん。ロンドンは遠いからね。君は今からわたしたちの家族だ。私の息子、ジョジョと同じように生活してくれたまえ」

 

大広間に通されたディオは、迎えたジョースター卿が集められた使用人たちに自分を紹介するのを聞きながら、目は窓の外にくぎ付けだった。

 

(あのバカ犬なんでもう回復しているんだッ!!?)

 

自分は渾身の一撃をお見舞いした!そしてあの犬だって泡を吹いて痙攣していたはずだ!!それがなぜ……今窓の外でワンワンと無邪気にはしゃいでいるのだろう。

 

「―――私は貿易の仕事をしており、時折家をあけることもある。私は妻を亡くしていてね、屋敷を取り仕切るのは私の姉に任せてあるんだ。後で紹介しよう」

「ジョースター卿、このたびはご厚意感謝いたします」

 

……とりあえずあの犬については後ほど考えることにして、ディオは表用の礼儀正しい青年の顔で丁寧に礼を述べた。

 

息子のジョナサンの方は脅し威圧していびるが、自分が成人するまで後見人になる、そして現ジョースター家の当主であるジョージ・ジョースターには「利口な子」の面を見せ自分を売りこんでおくつもりだった。

 

ディオの、年の割にはしっかりとした態度にジョースター卿は満足げに目を細め、傍らの息子の肩を抱いた。

 

「ダニーのことはもういいね?ジョジョ」

「…はい、僕も…いきなり知らない犬が襲ってきたらびっくりすると思います」

 

あぁそうだろうな。

 

さんざん触れ腐れた顔をしていたジョナサンは、父に促されて初めてぽつり、と口を開く。ディオはもうどこから突っ込んでいいのかわからないが、とりあえず今は抑えて黙っておいた。

 

「……本当は謝って欲しいけど。これから一緒に暮すんだから早く仲良くならなくちゃ!」

「おい漏れてるぞ心の声!!!しかも俺が何を謝ればいいんだ!!!?寧ろ謝れよ!!!?」

 

だが折角突っ込みをこらえたにに、続いて聞こえたジョナサンの「心の声」のつもりらしい言葉に、さすがにたまらず突っ込んだ。

 

え?何?自分がおかしいのか?あそこは自分が黙ってあの狂犬に噛みつかれていればよかったのか?おかしいだろそれ。

 

何これ貴族のジョークなのか?とディオが真剣に悩んでいると、そんな息子と恩人の息子の会話に違和感なんぞなにもないと思っているのか、微笑ましく眺めていたジョージ・ジョースターが、あぁ、と思い出したように口を開く。

 

「あぁ、そうだ。ジョナサン、ディオを部屋に案内する前に二人でおばさんのところへ行きなさい」

「……」

「お、おいどうした!!!?なんかいきなりガタガタ震えだしたぞ!!!?」

「だ、だだだ、だだだだダイジョウブさ!!!震えてる?何の事だい?」

 

ぶつぶつと犬のことで不平を漏らしていたジョナサンだったが、父がぽつり、と言った言葉が耳に届くなり、まるで積雪の中に埋められて数時間経過した人間のように、ガタガタと震え始めた。

 

突然どうした!?と向かい合っていたディオは顔を引きつらせる。だがジョナサンは「ダイジョウブダイジョウブ」と全くもって大丈夫ではない顔で機械的に繰り返すのみだ。

 

「私はディオの荷物を部屋に運ぶという大事な仕事があるからね…彼女に行けないことを謝っておいてくれ。くれぐれも丁寧にね」

「いや父さん!寧ろ荷物は僕が運びます!!だから彼への案内は父さんが…!!!」

「いやいやジョナサン、お前の手はダニーのよだれでベトベトじゃないか!そんな手ではディオに嫌がって手首を捻られてしまう」

「してませんがそんなこと」

 

いや、まぁ、確かに勝手に荷物に触られたら罵倒してそれくらいはしてやろうかなーとは思っていたが、まだやっていない。

 

というかこの親子、いきなりなんなんだ。

 

明らかに様子がおかしいが、ディオにはさっぱり原因がわからない。いや、ジョースター卿が「おばさんのところへ」と言ってからこの変貌っぷりであるから、二人がそのおばさん、とやらを心底恐れているのはわかるのだが…。

 

「……そ、それじゃ…あ、案内するよ…ディオ…」

「………なんなんだ一体」

 

諦めたのかなんなのか、死刑宣告を受けた受刑者のような面持ちでゆっくりとジョジョが頷いたのを見て、ディオは「え?何この屋敷?大丈夫か?」と早くも自分の将来に不安を感じ始めてしまった。

 

 

 

+++

 

 

「……い、今から会いに行く人は、僕の伯母で父さんの姉にあたるおばさんだよ」

「………「ただの親戚」に会いに行くのに随分と緊張しているんだな、君は」

 

長い廊下を歩きながら、少し前を行っていたジョナサンは暫く沈黙していたけれど、段々と目的地に近付くにつれ、明らかに速度が遅くなってきた。

 

自然いつのまにか隣り合って歩いている。目的地がどこなのかわからないディオはジョナサンに歩幅を会わせるしかなく、一歩がとてつもなく遅いジョナサンに嫌みの一つでも言ってしまったのは仕方ないだろう。

 

ディオの皮肉にジョナサンは軽く乾いた笑いを浮かべると、ぽりぽり、と頬をかいた。自分でも情けない、という自覚はあるらしい。だがどうしても足取りは重くなり、今は立ち止まっていないだけマシ、という程だ。

 

「…まぁ…おばさんは僕にとって母親代わりみたいなものだし……………………………………すまないんだけどお腹が痛いから君一人で行って貰ってもいいかい」

「おいしっかりしろ!!なんだか不安になってくるだろ!!?」

 

だからどんだけ嫌なんだ。というか一体どんな人物なのだろうか。

 

会う前からディオはもう嫌な予感しかない。というか、あの犬のことからしてこの家は妙じゃないのか。さすがあのクソ親父の知人だ。思えばあの屑の知り合いがまともな人間のわけがないと、ディオは自分が「貴族、お人よし、常識人」であると偏見を持っていたと、楽観視していたのだと己の浅はかさを戒める。

 

……というかそんなシリアスな考えでもしていないと、ビビって今にも飾られている壺の中に隠れ潜んでしまいそうなジョジョの態度にやってられなくなる。

 

「……厳しい人なのかい?」

「いや、厳しくはないよ。いつも笑顔で優しい人だ」

 

ならなんでそんなに怯えているんだ。まったく説得力がない。

ディオが納得していないのを感じたか、あるいは自分で言ってやっぱり違和感を覚えたのか、ジョジョは少し考え込むように沈黙した後、ついっとディオから視線を反らし、もう本当小さな、掠れるような声で呟いた。

 

「……ダニーをあんなふうにしたのがおばさんだって言ったらちょっとは理解して貰えるだろうか…」

「今!君の「恐怖」が言葉ではなく心で理解できたッ!!!」

 

 

 

++++

 

 

 

案内されたのはジョースター邸の東の棟である。屋敷の女主人(「貴族の家」を切り盛りする技量を備えた人物)は本来夫人の部屋があるが、現ジョースター卿の奥方は亡くなられており、その務めを担っているのは卿の姉君だという。

 

木綿沙羅の椅子に腰かけた、美しいブルネットの髪の人物はメイドに伴われて入室したディオとジョナサンをゆっくりと眺め、目を細めた。

 

一目でわかる、人を従わせることに慣れた生まれ持っての貴族だ。ディオは一瞬スッと自分の背筋が伸びるのを感じた。だが、違和感があった。

 

そうだ、この人物、自分と同じ年の息子がいるジョースター卿の「姉」だというのに、外見がまるで少女のようなのだ!

 

だがディオは欠片も、彼女がその「伯母」ではないとは思わなかった。明らかにおかしいはずなのに、彼女がこのジョースター邸の女主人で、弟や甥から敬意(と恐怖)を持たれている人物であるとすんなり受け入れられたのだ。

 

「こ、こここ、ここんにちは、おばさん…!ジョナサンです!!!」

 

紹介されるまで口を開いてはいけない。ディオが作法に則り沈黙していると、おもいっきり噛みながらジョナサンが体中の勇気を振り絞るかのような声音で挨拶をした。

 

甥の言葉を受け、はにこり、と柔らかく微笑むとぽんぽん、と白い指で自分の頬を軽くたたく仕草をする。びくり、とジョジョの身体が震えた。

 

「ジョナサン。お帰りなさい。―――その顔は、どうしたのかしら」

「は、はい!!こ、これはちょっと…その…転ん、」

「紳士たるもの嘘などついてはいけません。魂が穢れますよ」

「す、すいません!!!でもこれは喧嘩とかじゃなくて……!!!」

 

言いわけ、というよりも説明というか言い分を話そうとしたのだろう。言葉を探すジョジョを軽くてで制して黙らせると、は静かに目を伏せた。

 

「えぇ、わかっているわ。あなたは自分から悪意や力の誇示のために暴力を振るう子ではないことは。何か理由があって……そう、例えば人形を取られて泣かされている髪の長い女の子を二人の悪ガキから助ける為に割って入ったけどあっさり返り討ちにあってズタボロのボコボコにされたとか――――そんなところでしょう」

 

なんでそんなに例えが詳細なんだ…って図星かジョナサン!!?顔が真っ青だぞ!!?

 

すらすらと水を流すように「例え」が出てくる。絶対見てたんじゃねぇかという疑惑すら浮かんでくる。ディオは隣でガタガタ震えているジョナサンを励ましてやるべきか一瞬悩んだが、いや、まぁ自分はこの少年を精神的に追い詰めて甚振ってみじめにするために来たわけで……いや、もう現時点で十分精神的にやられている気はしなくもないのだが…。

 

「この半端者がっ!!!」

「うぅっ!!?」

「!!?」

 

どうしようこの展開、とディオが悩んでいると、突然真横に何かが飛んできた。

 

扇子だ。女性が夜会で使うだろうこしらえの良い、とても細やかな装飾のされている扇である。

それがスパァンッ、と鋭く投げ付けられディオの真横、つまりはジョナサンの耳を掠め壁に当たって反射し、投げた人物、の手の中に戻った。

 

何だそれ。

 

「やるんだったら徹底的に!その子供たちがもう二度と!その子に近付こうと頭で考える気も起きないくらいに!!徹底的に叩きのめさないでどうするのです!!ただ割って入るだけなど自己満足!しかも少女の目の前で暴行を受けるなど…!か弱い乙女の心を怯えさせてしまうでしょう!!!そのうえ自分の為に殴られてしまったと罪悪感を覚えたらどうするのです!!!」

 

え、何だ今の攻撃、とディオが驚く間もなく、先ほどまで深窓の令嬢のようなおしとやかな態度(言動はアレだったが)と淡い笑みを浮かべていた大人しいレディが突如拳を握り力説してくる。

 

「で、でもおばさん…!!」

「紳士とは!勝てないとわかっていても女性が泣かされているのなら挑んで助ける者ではありません!!どんな卑怯な手を使ってでも自分の印象が悪くなろうと勝利をおさめその少女から永久的にいじめっ子を退けて上げる者を言うのです!!」

「紳士かそれ!!?」

「あぁディオ!!!駄目だよ突っ込みなんて!!!」

 

もうどこから驚いたり、突っ込めばいいのかわからない。ダニーから始まりなんなんだこの屋敷はと、もう本当理解不能なのだが、さすがにそれは思わず声をあげてしまった。うかつだ!とディオが思うのだ。当然ジョナサンが真っ青になってディオの口に手を当てて来た。

 

「おいっ!!犬のよだれでベトベトな手で触るんじゃ、」

「……あら」

 

もごっと呼吸を乱したが、ディオはすぐに乱暴にジョナサンの手を振り払った。反射的に払い、掴まれた衣服を治していると、ぞくり、と身体が震えた。

 

「あなた、」

 

これまでジョジョしか見ていなかったの目が、今やっとディオの存在に気付いたかのようにまぁるく見開き、そしてしっかりとディオを認識するとその口元が柔らかな笑みを浮かべた。

 

何か来るか…!!?

 

咄嗟に身構え身体を強張らせるディオ。しかしそのディオの前に、庇うようにばっと腕を広げてジョナサンが立ちふさがった。

 

「……!!!?」

「す、すみませんおばさん!!彼は別に…けして!!おばさんに逆らおうとか意見しようとしたわけじゃなくて……!!!だからどうか前におばさんに意見して「あなたが泣くまで!いびるのを止めない!!」とか言われたメイドさんみたいなことをしないで……!!」

 

って、何したんだ!!?

 

ジョジョに庇われるという屈辱的な思いよりも、突っ込みの方が先に立った。

 

甥っこの恐怖なんぞ素知らぬ顔で、はゆっくりと頷き、ディオに焦点を合わせると親しみの籠った瞳と声音で口を開く。

 

「あなたがディオですね。わたしは=ジョセフ=ジョースターです」

 


fin