「あ、あの…えっと、その、マルコ…に、兄さん…その、これ、つ、作ったんですけど…ッ!!」

目の前には顔を真っ赤にして恥ずかしげに顔を逸らし、ふるふると体を震わせる。(揺れる色素の薄い髪は朝日の光を浴びてキラキラと輝いていてとてもきれいだ)片方しかない手でこちらに差し出されるものを一度眺め、そしての背後、甲板からこちらの様子をうかがっているサッチ、イゾウの姿にマルコは「あぁ、そういうことか」と頷いた。

これは自分の死亡フラグらしい。







愛しいあなたに真心を込めて!!!







デットオアライブ。

海賊稼業は長い。それであるからこの言葉とは随分と親しくしてきたし、常に生死と隣り合わせという半生、今更おっかない、などと思うものは少ないだろうと、宴会の席で笑い飛ばしたことがある。

あの時の俺は今日という日をまるで予期していなかった。していたらそんなことは言えまいと、軽い現実逃避じみたことを考えつつ、マルコは目の前の光景をどう対処するべきか、できれば考えたくないけれど、やっぱり考えなきゃならないんだろうなぁ、とは思っていた。

「そ、その…わ、わたしは…ッ、こういうの、初めてで…だから、その、不恰好かもしれないんですけど……!!」

沈黙するマルコをどう思ったのか、珍しく早口でが捲し立てる。普段青白すぎて心配になる肌も今は赤く血色がいい。目元を覆う布が今日は血の一滴もついていないからこの布は「おめかし用」なんだろうと、マルコは悟る。のだけれど、悟ったところで状況が変わるわけでもない。

「……いや、そんなことはねぇ、よい…」

何も言わぬのも、まぁ、よくない。

マルコはとりあえずいろいろ言いたいことやら何やらをすべて飲み込んでやっとそれだけ口にした。けれど差し出されるそれを受け取る勇気というのが、どうもできない。というか、無理じゃねぇかと誰かに相談したかった。

「ほ、本当!?」
「…あ、あぁ…」

だが生憎マルコが親しいサッチも、マルコも現在甲板の、物陰からじぃっとこちらに視線を送っているのだ。その視線、事の成り行きを暖かく見守る兄の視線、というより「テメェ受け取らなかったらどうなるかわかってんだろうな」とそういう、マルコに対する敵意である。

マルコの世辞にはあからさまに顔に喜びを浮かべ、珍しく唇を笑みの形にした。憎悪以外の感情表現の乏しい彼女。その稀有な反応に、マルコは兄として喜ばしいことであると思いたいのだけれど、だが、それでもやっぱり、目の前のものを、できれば見なかったことにしたいのだ。

今もが差し出し続けるそれ。

色は赤。いや、赤なのか?もともとは白かったものが、なんだか人工的に赤く染められたような、そういう、妙な赤い染みの付き、の髪と同色の糸が明らかに胡散臭い配置で編みこまれた、手編みのマフラーである。

「私…サッチ隊長からマルコ兄さんは寒がりだって聞いたので……こんなことしかできないけど…」
「あ…あぁ……ありがとよい……」
「本当は青かなって思ったんです。でも青い毛糸が作れなくって…」
「気にするなよい……」

しゅんとうなだれる。幼いころのようでとてもかわいらしいと思うのだが、しかし、言っている内容の意訳がマルコにはわかる。





++++






数日前のことだ。

例によって例のごとく、白髭海賊団モビーディック号にやってきたのは悪意の魔女こと。相変わらず飄々とした態度、幼く美しすぎる顔に邪気のない笑顔を浮かべ「やぁ」と軽く手を挙げ甲板に降り立った。

何の用だ。おやじの首を取りに来たのか。させねぇぞ。などと応戦する白髭海賊団。隊長らも素早く現れて危うい雰囲気と、そういう事態になりかけた。

そこへ「遅いぞ!魔女!!」と大声を上げながら飛び出してきたのは、だ。

基本的にの間柄。どう見ても険悪で、一方的なの憎悪の深さは誰もが知るところ。が空気を読まず白髭海賊団を訪れた時はいかにを魔女から引き離すかとそれが最優先事項になる、というのに、その日、なんとも珍しいことにを「呼んだ」のだという。

珍しいこともあるものだ。
が魔女を許したのか?
それならこれから安心だ。
彼女が傷つくことがなくなる。と、そう面々が安心したのは一瞬のこと。

ぶんっ、と鳴ったの鎌。素早く振り下ろされて、それをデッキブラシで回避した

「ふふ、いきなりなァに」
「決まりきっていることを聞くな!お前の首を切り落としてマルコへのクリスマスプレゼントにするまでだ!!」
「おや、まぁ。何を寝ぼけたことを言うんだかねぇ」

呼び出されてそのくらいは覚悟していたらしい悪意の魔女。その程度は「ふぅん」と軽く流し、振り回されるの鎌を避け続ける。伊達に長生きはしていないらしく、そこそこの腕を持つの鎌を楽に避ける姿は、どう見ても遊んでいる。

それを唖然と眺めながら、とりあえず突っ込みを入れたのはサッチだった。

「ちょ、!!お前何物騒なこと言って……!!?どこのサロメだお前は!!?」

の保護者、ではなかった、一応を「一度でいいからおれをお兄ちゃんと呼んで!」などと寝ぼけたことをのたまい続ける四番隊のサッチ、二人の間に割って入り、そしての蹴り、の回し蹴りを食らった。

と、そんなことはどうでもいい。

そういうわけで、一悶着あり、サッチの尊い犠牲により勢いをそがれてから、の首に鎌を当て、有言実行とばかりに見下ろす。

「首を贈るわけじゃない!下半身さえあれば使えるだろ!!」
「ちょ、!!頼むから嫁入り前の女の子がそんなこと言わないでくれ!!!」
「ふふふ、そこのフランスパンはちょっとお黙りよ」

騒ぐサッチなど双方まるで相手にしない。ぐいっとの鎌を素手でつかみ、その鋭さで手のひらが切れるのを構わずに目を細めた。

「きみからの呼び出しだからどうせロクなことはないと思って期待してなかったけど、なぁに、面白いこと考えてるじゃァないか。このぼくの首を落として慰み者にするって?」
「この世に禍をもたらすだけの害獣だ。時には役に立ったらどうだ」
「未だ処女のきみがそんなにいやらしい提案をするなんて海賊連中の性教育ってやっぱり乱暴なんじゃない?女の価値が下半身だけなんて、魔女にあるまじき発言だと思うけど。っていうか、ならいっそ君が慰めてあげれば?」

一言が罵倒すればそれ以上の鋭さでが切り返してくる。分が悪いというのは明らかで、の顔が屈辱に歪んだ。

これはまずい。とてもまずい。

サッチでなくとも周囲の誰もがそれを予期し、今すぐあの悪意の魔女を黙らせようと獲物を手に取った。が、そんな中、ふわりと、唐突に、が花のような微笑みをに向けた。

「ぼく、クリスマスにはディエスに手編みのマフラーを編もうと思うんだけど、くんも一緒にやるかい?」





+++





と、以上を思い出しマルコは「そこまではいい!そこまではよかったんだ!」と、(まぁ、いろいろ突っ込みたい箇所がなかったわけでもないが、魔女とのことと、その辺は蓋をする)頷き、再度の手編みのマフラーを凝視した。

そこまではよかったのだ。

憎悪のが、その発言に意表を突かれ「な、何をバカなことを…!誰がお前なんかと!」と、ツンデレのような反応をし、けれどがあまりにも「楽しいのにね」などと言うものだから、結局根負けして参加することになった。

そう、本当に、そこまではよかったのだ。

ちなみにマルコはその時その場にいなかった。生憎偵察中でにも会えなかった。

なのでこれは、後でこっそりとジョズから聞いた話。しかし、聞かなければよかったと、今更ながらに後悔はしている。

「……て、手作りなのかよい…」
「えぇ、そうなんです。は既成の毛糸で作っていたんですけど、わたしは…折角マルコ兄さんに贈るんだからって、糸から紡いでみました」

自分の血で染め上げて、ついでに髪の毛も編みこんでみた、とそこで正直に告白されたら、マルコはどう反応すればいいのかわからなかっただろう。だがはそういう苦行は強いないらしい。いや、ただ単に言わないでOK!と思っているのかもしれないが。

の手編みのマフラー。

兄として、正直嬉しくないわけがない。できれば、本当に、まぁ、ありえないのだが、その制作過程にが関わっていて一目分だけでもいいから編んでいてくれていたりするのなら、男としてかなり嬉しいと、そういう、前向きな考えもある。それほど嬉しい、手編みのマフラー。

だが、目の前のこれは、どうしたって、受け取りたくない。

ジョズ曰く。
に編み方を聞いたは「折角だから」と、なぜそんな発想をしたのか、自分の血で羊の白い毛を染め紡ぎ、「おまじないですから」と自分の髪の毛を編みこんだ。

もう一度言うが、マルコ、兄として、妹が自分のことを考えて編んでくれたマフラーは嬉しいし、欲しくないわけでもない。

だが、どこの世の中に、明らかに『つけた瞬間呪います』という産物を首に巻きたい者がいるのだろうか。

「明日からまた偵察ですよね…?これ、私だと思って巻いていってくださいね…?」

巻いたら絶対呪われる

(というか、絞殺される気がはてしなくする)
(いくら自分でも怪我は再生できるが、窒息死はどうなんだろうか)
(いや、でもこれかなり前向きに考えればが手伝っているので「が作った」と思い込むこともできる。それなら少しくらい呪いがあったって自分、我慢できるんじゃないか?!)
(……………………いや、無理だ!)

そう、真剣に検討するマルコなど素知らぬようで、は頬を染め、まるで思春期に校舎裏で憧れの先輩を呼び出しているような、そんな態度。

あぁ、なるほど、後ろに控えてさっきからこちらに敵意を送っているサッチとイゾウはの友人ポジションか。

なんかこう、「ガンバ!」「受け取ってくれるよ!」などという吹き出しが見えるようではないか。

他人事だと思って、とマルコはサッチを睨む。するとこちらに気付いたサッチがバッチーン☆と、気色の悪くなるようなウィンクを投げてきた。

そして吐き気を覚えるマルコに向けて、同時にサッチの唇が動く。

『呪われたっていいじゃない☆』

ふざけんじゃねぇよい、と、マルコは今すぐあのフランスパンを燃やしたくなった。





Fin



(2010/01/19 19:43)

オチもないですが、ショートショートってことで。