「ワタルさんは、ボクがあなたを好きじゃなくてもいいんですか」

 

 





ある男の告白

 

 



 

「諦めたわけじゃないさ」


辛辣な問いかけに気分を害した様子もなく、むしろ清々しいほど晴れやかな瞳で言い切られ質問をした自分が惨めに思えた。イエローはそうだと悟られぬように表面上はにっこりと、仲間たちが「無垢な」と証する笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。


「へぇ、でももうボクはワタルさんのこと好きにならないと言い切れますよ」

「ただ選ばれなかったというだけで、それでも俺が思い続けるのは自由だろう?」

「そういう意思が将来ストーカーにつながっていくんですね」

「…さっきから何なんだ。喧嘩をけしかけたいのか?」


さすがに耐えかねたのか、やっとワタルが不服そうな声音でイエローを見詰める。最初に向けられるべき言葉がやっと言われてイエローはようやく笑顔を消した。そうそう、これでいい、辛らつな言葉をワタルが返して、少し自分が傷つけられたような状況がいい。イエローはやや声音を落として、塩らしく俯いた。


「わかりません。っていうか、ヤツ辺りです。ワタルなんだから当たってもいいかなって。だから黙って傷口抉られてください」

「お前…自分でかなりムチャなこと言ってるって解ってるか」

「……煩いですよ。あぁ、もう嫌になりますね。折角ボクが暇そうなワタルを見つけて苛めてあげようっていうのに、貴方は全然、もう小指の爪の先ほども落ちこんでないんですから」

「なんだ。レッドにでもふられたのか」

「………これだから、無駄に長生きして悟い人は嫌なんです」


無駄に長いって…これでもダイゴと変わらないんだが…まぁいいだろう、とワタルは自分を納得させて不貞腐れたイエローの黄色い頭をぽんぽんと叩いた。


「子供扱いしないでください」

「今俺を年寄り扱いしたのはどこの誰だ」

「知りません」

「まぁ聞け。ふられたからって意地になって思い続けると損をするぞ」

「何が言いたいんです、っていうか、そっくりそのままワタルに返したいセリフなんですけど」

「レッドのことだ。ちゃんと解っていたんだろう。アイツは、恋愛感情と敬愛感情を間違えるほど子供じゃないってわけだ」

「……嫌ですね。ホント、なんでこう、ボクよりいっこしか変わらないのに。えぇ、確かに言われましたよ。『イエローが俺を好きなのって、憧れだと思うんだ。よく考えてみろよ。それって、本当に男として好きなのかってさ』ってね!」

「随分と手酷く言われたな」


っは、とワタルは目を細めてあの赤い少年を思い出す。関心した、と言うような声音だ。たしかに、レッドにそこまで言う甲斐性があるとは思われていなかったのだろうなとイエローも納得しかけ、いや、と沈みかけた苛立ちに自分で爪を引っ掛けて抉り、無理矢理苛立ちを保つ。だから、少し泣きそうになった。引っかいた痛みに、であって、それ以外の理由はきっとないのだと思いたい。


「えぇ!本当ですよ!だから大人は勝手なんです!自分がたどり着いた結論を決め付けて!確かにボクはレッドさんとは一度会っただけでした!それで、憧れから始まったけど、けど!その中に確かに「スキ」って気持ちだってあったのに!」


吼えたイエローはマサラタウンのある方向を睨み付けた。届け、届けという強い意味はない。けれどワタルのほうを向いては叫べなかった。それでもワタルの腕を強く掴んでいる自分を、ワタルはどう思っているんだろう。叫びながら、少しだけ考えた。でもきっと、ワタルは何にも思ってないに違いない。


「その「スキ」って気持ちもなかったことにするんですか!それは幻だって…それはレッドさんの都合のいい結論じゃないですか!素直に…素直に「カスミが好きなんだ」って、どうしてそう言わないんです!大人は勝手だ!!相手を傷つけないようにって、それは結局自分のためじゃないか!!」


掴まれた腕にイエローの爪が食い込んだ。ワタルは眉を寄せることはせず、空いた方の手を伸ばしてイエローの頭を撫でる。小さく震えた興奮状態のイエローは唇を噛み締めて、強く頭を振った。

レッドがどういうつもりでそう言ったのか、実際のところはワタルには正確に理解することはできない。しかし、レッドがカスミを好きなのも、イエローがレッドを敬愛して「スキ」なのも本当だとしよう。だが、それだけではないということをイエローはまだ気づいていない。それを気づかせてやるのはおせっかいだろうか。


ふとワタルは自分とイエローのことを考えて見る。一時はこのまま自分の思いがイエローに届くかと思った以前。しかしナナシマで起きた事件で遅れを取っている間に、自分の知らぬ間にさっさとイエローと親しくなり過ぎた男が現れた時にはさすがにグレそうになった。腹立ち紛れに悪人退治をしたのもいい思い出だ。


(まぁそれはいいとして)


イエローが結局は最初からワタルを自分と重ねていたのは明らかだった。一見イエローとワタルは何の類似点もないようで、結構似ていると二人は認めている。何しろ、ワタルもイエローも根本的な部分は一緒で、ポケモンが好き、ポケモンが傷つくのが嫌だ。それにさらに言えば、トキワの力を持った、持たぬほかの人間では感じられないシンパシー。けれど結局、それは自己愛だ。ワタルは自分自身の中にもそれがあることを否定はしない。ならあの男の存在はありがたいと言えるのではないだろうか。仮に、イエローと自分とが恋人関係になったとしても、それはまやかしでしかなかった、と今のイエローを見ているとワタルはそう思わずにはいられない。

結局、先ほどはイエローを諦めないうんぬんと語ったが、自分の中でイエローの存在がどういうものなのかということを、どうあるべきだということを自覚していて、なんだ、寂しくもなる。


「……人が泣いてるんですよ。何自分の世界に入ってるんです」

「あぁ、悪かった。俺だって落ち込んで悪いか」

「さっきはなんでもないみたいなこと言ってたくせに」

「建前だ」

「なんですか、それ。やっぱり大人はずるいですね」

「あぁ、そうだな。それで、考えてたんだが。お前、結局グリーンが好きなんじゃないのか」


天気が崩れてきた、とでも言うような気安さで告げるとイエローが目を見開いた。それが可笑しかったのか、ワタルは小さく笑って自分たちの頭上の空を覆い隠した赤い竜を見上げる。


「退散するとしよう。トキワの森で俺が暴れるわけにはいかないからな」


何やら真っ赤になって口をパクパクさせているイエローを放って、ワタルはモンスターボールからカイリューを解き放つとそのままリザードンと鉢合わせしないようにして去って行く。


残されたイエローは、バサバサと自分の前に下りてくる師の顔を見れずに隣においていた麦藁帽子で顔を隠した。



 

 

Fin

 

 

・私はイエローとワタルは兄妹みたいなもんだと思ってます。んで、むしろグリイエなんじゃないか、と。そういえば、疑問なんすけど、イエローはワタルのことを「ワタルさん」と呼んでいるのか「ワタル」と読んでるのか。普段は「ワタルさん」派なんすけど、今回は「ワタル」と呼び捨てで書いてみました。うっわぁ、違和感どころかなんかイエローが違うキャラになった気がするー。って、うちのイエロは前からこんなカンジか……。(07/2/13 21時6分)