朝になったら笑うんだ
夜中に目が覚めてしまって、それで、そっとベッドを抜け出した。隣で静かに眠る茶色い髪の少女に一瞬キスしようかと思ったのだけれど、聡い彼女はそんな些細な動作ひとつで目を覚ましてしまいかねない。昔から大自然を相手にフィールドワークに駆けずり回っていた成果、ハルカは妙に気配に敏感だった。その、愛しい彼女の安眠と、そして自分の孤独のためにダイゴは欲求、キスなんて、せず。リビングのソファに座って天井なんて仰いで見てみる。ジーザス。まさか、自分、こうして他人と共同生活をおくれているなんて、奇跡のよう。下手をすれば何の冗談かと笑い飛ばしそう。相手が、まぁハルカだとは言え、その、ダイゴの基本的な人間性を正確に理解して、一瞬も仮面性を発揮する必要のあに相手だとはいえ、とにかく、改めて考えてみれば、いったい何の冗談なのか、驚きは隠せない。それでいて、不快になったことなどないのだから面白い。冗談だから面白いのではなくて、それほどまでに、自分は彼女を愛しているのだろうかと考えてしまう。
(ダイゴは時計を見た。深夜三時。田舎のトクサネに深夜営業のバーなどはないけれど、コンビニなら当然やっている。ちょっと、出かけてこようか)
立ち上がって、久しぶりに一人になりたいのだと言い聞かせる。そうだ、自分は本来孤独な人間。そうそう、孤独な人間だった。そういう生き物であるのが、本来の、彼の立ち位置であるべきだった。
(冷蔵庫を開けて中身を確認した。ダイゴはあまり飲酒はしないのだけれど、口実にビールでも買いに行くとしよう)
家を出る。夜風が涼しかった。この地方は常夏のような気質であるから、涼しいのは夜や雨の日くらい。鼻歌を歌った。なんとなく、昼間にハルカが歌っていた意味不明な歌のメロディーだった。ジェット機のにんじんだかなんだかが、通りかかる、なんてどんな歌なのか。けれど嫌いじゃなくて、でも嫌いじゃないのはきっとハルカが歌っていたからだろうなと気付いて、ダイゴは目を伏せた。歩いてみる。波の音が聞こえた。ここは、そのくらいしか音がない。コンクリートを踏み鳴らし、ところどころ電球の切れかけた街頭の下を歩く。風がダイゴの髪の傍を通って、ハラハラ鳴る。
(涼しいなぁ。コンビニはすぐ歩けばつく。そこだけ妙に明るい場所が目立った。駐車場には普通ならバイクや車が止まっているのだけれど、時間が時間なだけに今は自転車が一台あるだけだ。おそらくはバイトの子が乗ってきたのだろう。ダイゴはコンビニに入った)
今はあまり暑くないので温度差がない店内は時折流れる宣伝の音以外は何もない。
静かな空間だ。ダイゴはなんとなしに雑誌コーナーへ行き、週刊誌を手に取る。グラビア雑誌に手を伸ばそうかとも思ったのだけれど、やっぱりここはやめておいた。
それほど溜まっているわけじゃないしね、と少々下品なことを思いながら。
週刊誌は別に目を惹かれるような内容は特になかった。なんというか、世間のネタ的にいまだに『アクア団元団員衝撃の証言!』などというのがあるのは苦笑せざる終えない。あとは、何だ。『アダンファンクラブVSミクリファンクラブ』…実際にありそうだなぁ。けれどあの二人、実際そうやって己らのファンを口論させるような趣味はない、と、知っていて、ではどう記者は脚色したのかと興味は出る。けれど、雑誌はあまり面白くなかった。設定に無理がある。アダンのファンは渋い好み、ミクリのファンは耽美主義。そもそもが違う生き物で、だからこそに、違いすぎるほかを批判するほど、執着心があるわけでもないのに。
ほかに何かあるか、と見渡して本当に何もなかったので一応の目的である酒類コーナーへ向かう。飲料水を見て、そういえば新商品が出たとかハルカが言っていたのを思い出す。日付の変わった今日が発売日だったらしい。まだ誰も手を付けていない、新商品らしいお茶がずらりと並んでいた。ダイゴはじぃっとそれを見詰め、手に取る。飲みたがっていた、気がする。確かではないのだけれど、彼女はこういうお茶系が好きだったから、買っていけば喜ぶだろう。
自分用に一本缶ビールを加え、ちょっと手間取りそうなのでカゴを取りに行って入れた。通りかかったお菓子コーナーでなんだか奇妙なものを発見する。
パイン梅…どんな組み合わせだろう。しかもポテチらしい。最近は本当に変なのが多いなぁ。ダイゴはそれもかごに入れた。彼は普段の生活が生活なので、こういうものが珍しいのだ。デザートコーナーでまた面白いものを発見した。苺大福。なんだか名前が可愛かった。それに、なんとなく家にいるハルカの顔が浮かんできたのでそれも買うことにする。
(あれ、当初の目的なんだっけ?あぁ、そうだ。一人になろうとしたんだっけ。だめじゃん)
自分に突っ込みを入れるが不思議といやな気分にはならない。あ、もうだめだな。生活の中に彼女が浸透しちゃってるんだ。だめじゃん。うれしそうに笑いながら、ダイゴはアイスコーナーへ寄った。ハーゲンダッツのバニラは自分用、抹茶はあの子の。
もうここまできたら自覚せざる終えない。自分は彼女が大好きなのだ。いや、知っていたがここまでだとは正直思わなかった。孤独が大好きだったのに、自由が大好きだったのに、それよりも、もっともっとハルカが大好きだ。
(レジで会計を済ませ、足早に家に向かった。早く彼女の寝顔が見たい。隣で寝て、明日の朝驚かせよう。冷蔵庫には彼女の好きなもの)
ポテチはきっと起こられるかもしれないけれど、珍しいものだからきっと面白がってくれるだろう。ダイゴは笑った。なんだか変だな。コンビニで買い物しただけなのに妙に幸せな気分だ。変なの。まぁいいか。そっと家に入って、音を立てないように慎重に冷蔵庫に飲料水やデザート、アイスを入れていく。準備万端。後は寝てしまおうか。寝室に戻って、ベッドで静かに眠る彼女の隣に潜り込んだ。
喉が渇いたので目を覚ました。一瞬自分がどこにいるのかわからなくて、隣で阿呆みたいに幸せそうな顔して眠ってるダイゴさんを見て思い出した。どうりで暑いわけだ。四季のはっきりしていたジョウトとは違い、ホウエンはいつだって蒸し暑い。で、それは別にいいとして、それになれているはずの自分が暑いと思うのはようするに、ダイゴさんが自分を抱きしめているからに他ならない。そういえば、ユウキがダイゴに負けて、ハルカがホウエンのポケモン図鑑を完成させて、それで、いつのまにかハルカはトクサネのダイゴの家に厄介になることになっていた。
ハルカはじっとダイゴの寝顔を見詰める。嫌味なくらいに整った顔だと見るたびに思う。柔らかい線を描くまつげは長くて、白い頬に影を落としている。意思の強そうな弓なりの眉。そっとその髪に触れてみたくなる、涼しいんじゃないだろうかなどと非現実的なことを思って何ロマンチスト思考してるんだと自分を罵った。大体、きっとダイゴは目を覚ます。職業柄なのか奇妙な生い立ちからなのかは知らないがダイゴは気配に敏感だった。そんなに敏感でそうするのだ、とも思うけれど、冷静に考えればポケモンリーグチャンピョンだか、御曹司だか、どちらをとっても、中々に多忙で、それで後半のものは、身代金目的で幼い頃しょっちゅう誘拐事件とかあったのかもしれない、想像。小さな子供のダイゴさんが、変な覆面を被った、全身黒いタイツの連中に突然か困れて、それで白いワゴンに運ばれる。あ、それ電○少年。だいたいダイゴさんがショッ○ーに負けるとも、思えない。彼は寧ろ、ダースベー○ーのテーマソング背後に背負ったプロデューサーのポジションだ。堂々考えて、やっぱり、ダイゴさんが誘拐されて泣いてる姿は想像できない。想像力が乏しいわけではなくて、普段の、あの、自分が一番凄いとか全国ネットのテレビカメラの前で真面目な顔で言ってしまえるあの人のまともな子供時代なんて想像できっこない!まぁ、誘拐されて泣いているのがまともな子供の人生かはおいておく。大体、ダイゴさんのことについては考えて、想像してしまう事が多すぎる。責任転嫁、有象無象。
どんなに考え事をしていても、喉は渇く、ので仕方なく、起こさないように細心の注意を払いながらベッドから抜け出した。小さくダイゴが呻いたけれど、どういうわけか、今夜に限ってはそのままハルカを引っ張ってベッドに戻す腕が伸びてこなかった。大丈夫だ。別に起きてしまっても問題はないのだけれど、なぜ自分は気を使っているのだろう。大体、どうしてダイゴさんと一緒に暮らしているのか、考えれば、やっぱりダイゴさんのことで考える事、本当は考えなければならないことは多い。
そのままリビングへ向かう。水を飲もうかと思ったが、飲料水が飲みたかった。そういえば新商品の発売日は今日だったっけ。時計を見たら朝の四時を過ぎていた。これなら新商品が陳列していてもおかしくはないだろう。喉が渇いたので、コンビニに行くことにした。ついでに朝ごはんの卵もなかったので買ってこよう。ダイゴさんは目玉焼きが好きらしいので、きっと喜ぶ。
バンダナを結ぼうかと考えたがすぐそこだし、別にいいかときやすく出かける。明け方のトクサネは涼しかった。空は薄っすらと白ずんでいるのに所々に星が見えて面白い。そういえば昔はよくユウキと一緒にホウエンを旅していた頃、野宿をしてこうして眠れずに空を見上げていたっけ、と思い出す。それを考えればどうも今の自分が信じられない。ユウキでも、ミツルでもなくの歳の離れた男の、両親が知らない男の人と一緒に暮らしているなんて。理解できない。どうしてこんなことになっているのだろうかと回想してみれば、なんとなくというノリで、と答えるのが一番自然だ。はて、それでは自分は彼のことをどう思っているのだろうか。
考え事をしながらコンビニに入る。眠そうな店員が新しく配達されたらしい新聞の束を詰めなおしていた。まず飲料水コーナーに立ち寄って目的の七色和茶をかごに入れる。やっぱりあった。ひょっとして自分が最初の飲料者?
一瞬、隣にある野菜ジュースに目がいった。別に基本的な好き嫌いはないダイゴさんだが、ほうっておけばあまり野菜を摂取しない。動くエネルギーに必然的に必要なのでたんぱく質や炭水化物はとるのだけれど。ハルカは野菜ジュースのペットボトルをかごに入れた。少し重かった。
四個入りの卵を買って、ついでにデザートコーナーで苺大福を買った。コンビににまで流失するとは、なかなかやる。この大福はハルカの好物のひとつだった。二年前まではジョウトにしかなかったのだけれど、さすがシルフがデボンと提携してからは各地方の物質が流通している。
そんなことを思いながらスナック菓子を見に行くと、パイン梅味などという摩訶不思議なポテトチップスを発見した。え、そのコンビネーションはいったいどこから思いつくんですか?突っ込みをいれそれを手に取る。基本的にこういう菓子は好きではないのだけれど、家で寝ているダイゴさんがこういうよくわからないものを好きだった。
今日も暑くなるんだろうな、と思ってアイスコーナーへいく。ハーゲンダッツの抹茶を自分用に、バニラを彼用にカゴに入れた。会計を済ませて、太陽がのぞき始めた海岸を歩く。コンクリートを踏み鳴らし、アイスが溶けないように足早に歩いた。
ダイゴさんが待っている。起きる前にベッドに戻って、彼がおきるまで寝ていよう。どういうわけか彼は自分を起こすのが好きなようだから。家に帰って、静かに冷蔵庫に向かった。物音を立てないように慎重に冷蔵庫を開けた。と、眠る前はなかったはずの飲料水やデザートが几帳面に段分けされて入っていた。
一瞬なんか奇跡でも起きた?などと考えるがそうではないとすぐに判断できる。なんだ、彼は一度自分と同じように目覚めてコンビニに行ったのか。しかしよりにもよって同じものを買ってくるなんて、いったいどういう冗談だ。しかもこの場合あとに買ってきた自分が遠慮するべきなんだろうか。
ちょっと考え込んで、いや、もういっそ笑い話にでもしてしまおうと覚悟を決める。おとなしく寝室に戻って、なにやら抱き枕をしている彼の背中にぴっとりと自分の背中を付けて目を閉じた。
・珍しくラブラブ(07/2/15 22時45分)
終幕
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