だけど大丈夫、バイバイ、さようなら

 


 

草むらを歩いていたら居眠りしていたナゾノクサの葉っぱを踏んでしまって、痺れ粉を思いっきりかけられた。え、どうするの、この状況。不覚、醜態、あほと言葉が浮かんできて、それを暇つぶしにしながらハルカは、効果が薄れるのをじっくりと待っていた。たまたまボールから出して一緒に歩いていたエネコが心配してか、カプリカプリとハルカの頭を噛んで来る。心配、してるわけではなくて、ひょっとしたらおながか好いているのかもしれない。それは有力候補だ。何しろハルカとそのポケモン、キモリとエネコは朝から何も食べてやしない。

 

いや、別に今週は断食週間だとか、貧乏でポケモンフードが買えませんでしたとか、そういう面白い理由じゃなくて、ただ単に。朝宿を出てフィールドワークに出たときに、宿に全部の荷物を置いたままにしていて、それで、財布も鞄も、何もありゃしない。それだけだ。それでもモンスターボールとフィールドワークに必要な採取セット及びレポート用紙だけはばっちりあるのだから、研究者としては上等、のはずだ。トレーナーとしては、ポケモンの食料を忘れるなんて何事かと、最近ジョウトから引っ越してきたお隣さんのお父さんあたりに怒鳴られそうだけれど。

 

エネコは暫くハルカの頭をかんでいたが、そのうちに諦めたのかじぃっと、今度は無言の訴えのように、ハルカの頭に回って見下ろしてきた。糸目のエネコに真っ直ぐ見下ろされているとなんだか居心地が悪くなる。けれど、痺れている以上口も利けないし、どうすることもできない。ポケモンとヒトは心が通い合えば言葉など必要ないとか誰かが言ってるけれど、それでも種族の差というのは大きいのだから、言葉はおろか身振り手振りも、ましてや表情の変化もできないこの状況では、やはり通じるものなどはないと思う。だいたい、このエネコは先日、つい一日前に捕まえたばかりだ。カントーのとても気合の入った、赤い帽子に青いジャケットの、ピカチュウ連れたトレーナーでもない限り、繊細で気まぐれなエネコさまに懐いていただけるわけがない。そういえば、最近デボンコーポレーションではポケモンがどのくらいトレーナーに懐いたのか調べる事のできる機械を開発中らしいと、最近よく目の前に現れる自称好青年が言っていたのを思い出す。

 

 ユウキがポケモンジム制覇のためにホウエン地方を回るというから、それに便乗してハルカも一緒にホウエンを旅することになった。と言っても、顔の割に心配性で気の弱い父オダマキが女子供の一人旅を許してくれるわけでもなくて、ユウキと一緒にいるということが条件で、ハルカはホウエン地方フィールドワークに出かけることができるようになったわけだ。正直、引っ越してきたばかりでたいして話しをしたこともない男の子と一緒に旅をさせることに抵抗はないのだろうかとか、ひょっとしなくても、ホウエンに不慣れなユウキの案内役を務めることになるのだろうかとか、そんなことを思わないでもなかったけれど。とにかく、そうやってハルカはユウキのジム戦が終わるまで一所に留まって十分満足するまで個所の調査をすることができるようになった。

 

 別段、ユウキはポケモンが弱くて次のジムに移動するまでに時間がかかるとか、そういうわけでもない。むしろジムリーダーを父に持つだけあってかユウキは随分とセンスと才能のある少年で、それに加えて本人、好戦的な性格をしているからポケモンバトルは向いているようだ。けれど、好戦的ではあるけれど、ユウキはけして熱血タイプではなくて、寧ろ静かに、冷静にバトル構想をねって戦う才に長けていた。だから、ゆっくりゆっくりと移動し、一箇所に留まることによってジムリーダーの情報や、自分のポケモンたちの修行を十分すぎるほどにして、ユウキは今のところ挑めば必ず勝利を収めてきた。

 残るバッチはあと四つ。ユウキの父センリ、トクサネの双子、キナギの鳥使い、それにルネの守護者が相手のジムだ。ここまで三ヶ月かかったから、後半分はそれ以上かかると思っていいだろう。何しろ残る四つのジムはホウエンにこのヒトありと名高いトレーナーたちだ。

 

「あれ、ハルカちゃん……?」

 

 ガサガサという音が聞こえたと思ったら、驚いたようなダイゴの声が掛かった。ハルカは目だけをかろうじて動かしてダイゴを見る。相変わらず、草むらの中だというのに上等なスーツを着ていて、重力に逆らったような髪型をしている。ダイゴは暫くハルカとエネコを見比べていたが、少しして「ひょっとして、ピンチ?」とかわいらしく小首を傾げて聞いてきた。

 

 ぴんちですよ、とハルカは目で答えて。それで、ナゾノクサの葉っぱを踏んでしまったこととか、エネコにご飯を上げてなくてキレられそうなこととか、ユウキはアスナを倒したとか、ここのフィールドには時々電気系のポケモンが出るとか、そういうことを言いたくて、とりあえず目だけで訴えてみた。

 

「え、いや、何を言いたいのかそれで察するのは難しいと思うけど」

 

 ダイゴは困ったように笑って、ポケットの中をごそごそと漁り、ハルカの傍らに膝を突いてしゃがんで、ぷすっと、何か針のようなものを刺した。

 

「なんでもなおしだよ。ポケモンの道具だけど、まぁ、ハルカちゃんなら大丈夫かな」
「何ですか、その嫌な信頼は」
「あ、ほら、治った」

 

 喋れたハルカを嬉しそうに、ダイゴは見て微笑む。ぱんぱん、とハルカは体中に付いた葉っぱやら土やらを払って、最近、やたら自分と、主にユウキの前に姿を現す職業も年齢も、そういえばファミリーネームも不明の男を見上げてみた。

 

「っていうか、ホント、なんでいるんですか?この前ユウキくんに『ぼくはキミみたいなトレーナーが好きだよ』なんて告白したのに、まだこの辺りうろついてたんですか」
「たまたま通りかかったんだよ」
「へぇ」
「信じてないねぇ」
「今私の中でダイゴさんというヒトの立ち位置候補が二つあるんですけど」
「是非聞かせてくれるかい」
「一つがユウキくんのストーカー」
「もう一つの方がマシかなぁ」
「一つはダイゴさんはスパイだってことです」
「んー、どっちも現実的じゃあないねぇ」
「別にそんなことはいいんですよ。どうせ私とダイゴさんは赤の他人なんですから、他人が他人をどう思おうと、面白いならいいじゃないですか」

 

ははっと、ダイゴは笑って、足元のエネコを抱き上げた。

 

「スパイって、何?ハルカちゃんの研究内容でもスパイしていいの?」
「実はダイゴさんはポケモン協会の隠密で、ホウエンで暗躍している秘密結社の何か壮大な計画を潰すため、各地でいろいろと調査とか、活動をしてるんです」

 

だから、ホウエン地方を旅して周ってるユウキくんと仕方なく遭遇してしまうんですよ、とハルカは自分でも中々出来たストーリーだと関心しながらツラツラ話す。ダイゴは暫く面白そうに聞いて、それで一言。

 

「じゃあそれでいいよ、ボクはキミの平和を守るヒーローになる」

 

カチャリと何か仮面でも被るような仕草をして、ダイゴがあまりに真面目にそう告げるものだから、ハルカはなんだか気味が悪くなって、それで。

 

「つまらない生き物なんですね、ダイゴさんって」

 

と言ってそのままそそくさと、さらにさらに茂みの奥へと進む事にした。餌を持っていないことくらいもうわかっているだろうに、それでもエネコは従順に、ハルカの後にテコテク付いて行く。かわいいな、とそのとき初めて、外見だけしかかわいらしさの発見できなかった生き物を、愛しいと思って、ハルカはエネコを抱き上げてやった。

 

ニー、と、エネコはまるで猫がそう鳴くように小さく鳴いて、ごごろごと咽を鳴らした。

 

追いかけてくればまだ面白い生き物だと思ったのに、やっぱりダイゴはおっかけてこなくて、結局のところ、ダイゴが興味あるのはポケモントレーナーのユウキだけであって、トレーナーでもない、可愛げのない自分は、興味以前の問題なのだろうと、別に、わかっていたのに改めて思って、ハルカは一人、勝手に落ち込んだり、した。

 

 

Fin

 

 

・うちのダイハルは、暴力的なハルカがこんにゃくみたいにくにゃくにゃ人を交わすダイゴさんにぶちキレてばかりなのがいい。(07/2/12 5時46分)