「アンタがゲンか」

 

赤いポケモンを両腕に抱え、タンポポみたいにふわふわと、金色の太陽に反射してキラキラ光る髪の子供が、ぶっきらぼうな、やる気のない声で見上げて問いかけた。問いかけられて暫く沈黙、男はふわりと柔らかく微笑んで一言。

 

「そう呼ばれている」

 

次の瞬間、泥弾を投げつけられた。

 

 

 

 

テンジとゲンさん、それとヒョウタ

 

 

 

 


生憎とゲンにはマゾッ気はなかったし、それになにより、最近、出会って一年記念だからだとか何とかと理由を頂いてお世話になっている一家が贈ってくれた濃紺色の上等なスーツを汚したくはないと思い、回避能力に拍車が掛かった。泥を投げつけた少年は、突然現れたときと同じように突然、ゲンに向かって喚き散らす。

 

「嫌いだ、お前、大嫌いだ」

 

喚く、というには声はどこまでも静かだった。少し上等な言い方をすれば怠惰的、簡単に言えば、やる気のない声。それを保つことがこの子供のスタンスのようで、ゲンは少しだけこの子供に興味が出た、それで。

 

「私は君のことを嫌いではないな」

 

と、今のところの正直な感想を告げてみる。また、泥が飛んできた。けれどやっぱりゲンは綺麗に避けてしまって、それがいっそう少年の気分を悪くさせるようだった。ゲンは肩を竦めて、嗜める。

 

「ポケモンの技をそういう風に使うのは感心しない」
「別に、いいだろ。当たってねぇし」

 

そういう問題じゃあないんだけど、ゲンは呟いて、オクタンを抱えるその少年を改めて観察してみた。クロガネの住民ではないだろう。ここの人間は、特に元気活発な少年らは石炭の発掘場やら洞窟にひっきりなしに篭って遊ぶものだから、常に服のどこかに煤やら泥やらが付いている。けれどこの少年にはそれが見受けられないし、なにより、こんなにキラキラと光る金色の髪をこの町で見た記憶は、少なくともゲンにはなかった。本当に綺麗な金髪だなぁと関心して、それで、ゲンはようやく「それで、君は誰だい」と今更聞いてみた。本当なら最初に問うべきだった。でも、ゲンはそういうことはスキじゃなかった。当たり前のことを当たり前にするよりは、自分がいいと思う順番でいろんなことをしたかった。

 

少年はやっと名前を聞かれたというのに、子供特有に自分を語れる嬉しさも見せず、暫く考えるように沈黙して、やっと口を開く。

 

「テンジだ」

 

そう、テンジくんか。ゲンは言って、テンジがやっとオクタンをモンスターボールにしまったのを確認してから、テンジに手を伸ばす。

 

「なに」

「岩場だから危ない。話があるなら下に降りてからしよう」

 

言われてテンジはここがクロガネシティから少し離れた場所であること、それにゴツゴツとした岩の上であることに気付いたようだ。ひょっとして、この子供はクロガネから自分の後を追ってきて、こうして声をかけたのだろうかとゲンは思いあたる。けれど、クロガネの子供に見えないこの子供が、どうしてクロガネから自分を追ってきたのだろうかと、自分が追われていることよりも、そっちの方に疑問が言った。

 

「テンジくんはクロガネの子じゃないな」
「だから何」
「どうしてクロガネにいるのかと思って」
「アンタは、ヒョウタをどっかにやっちまうだろ」

 

突然出された名前に、ゲンは首を傾げた。ヒョウタはゲンがお世話になっている一家の子供で、ゲンがクロガネに現れてからずっと一緒にいる少年だ。それで、テンジという子供はとにかく、ヒョウタの知り合いということか。けれど、なぜ突然、自分がヒョウタをどこかにやるとか、そうい問答をすることになるのだろう。

 

「そんなことはしないさ」

 

とにかくゲンは、今自分が答えられるそれだけ言って、テンジの反応を待った。確かに自分はヒョウタのおかげでここに居る事ができて、きっといつかいなくなってしまう日が来るのだろうとも思って、それを、別にどうと思うこともないけれど、そのときに、今眩しくて仕方ないこの金髪の子供が心配するように、ヒョウタと一緒に消えてしまおうとか、そういうことを考えたことはなかった。

 

ヒョウタくんを。ゲンは考えて首を振る。ヒョウタは可愛い。ヒョウタは、ゲンが存在するためには必要だ。けれど、だからと言って。

 

「するよ、オレ解るんだ」

 

そんなことはしないよ、と繰り返そうと息を吸ったゲンを遮って、テンジはキッパリといった。見詰め合う、少年の目はどこまでも怠惰的で(やる気がなくて)それでも、真っ青に綺麗な色をしていた。

 

「ヒョウタはダメだからな。アンタ、本当は誰でもいいんだろ、だったら、ヒョウタはやめてくれよ、アイツ、大事なんだ」

 

なぁ、とテンジはゲンの袖を掴んで引いた。その、執着心に何かを思い出しかけたゲンは、あぁそうか、自分が探している“誰か”にかつて、自分はこういう執着心を持てなくて、それで離れ離れになったのだろうと見当が付く。確かなことなどなくて、全ては予測でしかないこの状況、思い出しかけて、結局思考するしかない。歯痒いな、とテンジに対してか己に対してか思ってゲンは、テンジの頭をぽんぽんと叩く。

 

「ヒョウタくんは連れて行かない」
「やくそく、しろよ」
「でも、いなくなったら、ヒョウタくんは寂しがるよ」
「いいんだよ、それでも、オレは悲しくないし、寂しくねぇもん」

 

酷いな、言ってゲンは何故だか無償にヒョウタに会いたくなった。こういう気持ちが濃くなれば濃くなるほど、きっとテンジの言うとおりに自分はヒョウタを「どっかにやっちまう」ようになるんだろうと、そう、思った。

 

(出て行こう、すぐにでも。どこかに、行かないと)

 

 

 

 


Fin

 

 

・私はオクタンを持ってないんですが、オクタンほうって泥球発射でいいんですかね?あれ、っていうか、そもそもオタクン?というか、ゲンさんの一人称は「私」でしたけど……俺のほうがいいなぁとか思ってたりなんかして。テンジはヒョウタのことが大事で仕方ないといいよ。(07/2/16 23時10分)