あの寒々しい数々の愛の囁きだとか、そういうふざけたものの類は一体なんだったのかと心底、怒鳴り散らしたくて仕方がない。ハルカ、は、繋がらないポケナビのツーツーツーとか、「電波が〜」とかいい加減聞き飽きて。けれど、飽きたから、飽きてしまったからこそ、絶対に、絶対、違う音を聞きたくて何度も。何度も、リコール・リコール・リコール。ツーツーツーと、投げ捨てることもできやしないポケナビ、バカの一つ覚えはハルカか、機械かいい機会だどちらかはっきりさせてやろうかとハルカ。これが最後だと、これで何も変化なかったらもう二度と、金輪際あのひとなんか思い出してもやりはしないと誓って、それで、今度はちゃんと、リコール・ではなくてちゃんと、番号を押した。何番か、なんてそんなのとっくの昔に覚えている。
『お客様のご都合により、お繋ぎすることができません』
ハルカ、普通にブチ切れた。
ひゅうるりひゅるり
「平たく言えば、やり逃げ?」
「いやらしい言い方をしないでください」
ハルカはホカゲのあからさまな表現に不愉快そうに顔を顰めて、それに反応したハルカの足元のジュプトルが、ホカゲに向かってリーフブレード。けれどさすが、テロリスト。さぁっと避けてしかも、引き際にモンスターボールから真っ赤なでんでんむし出して、炎で威嚇。
「バトルすっか?」
「わたしがトレーナーじゃないって知ってて誘ってるなら、今度からテロリストじゃなくてサディストって呼びますよ」
吐き捨てて、ハルカは考えてみた。結局、あの人は、何がしたかったのか。考えて、考えてけれどハルカ、は、その思案・回答をするだけの情報を持ち合わせていなくて、だから、だからダイゴさんは自分に何の言葉もなく、消えてしまったんじゃないかとそう、思いついた。
(ダイゴさんが消えた)
「ホカゲさんなら、何か知ってるかもしれないと思って。だって、裏のこととか、詳しそうだから」
「あんなおっかないヤツに関わるわけねぇだろ」
「知らないですか」
「知らねぇ」
でも、とホカゲは首をかしげる。
「アイツ、デボンの御曹司なんだろ?なら、デボン本社に行ってみりゃ早いだろーが。お前、あそこの社長と面識なかったか、確か」
あるにはあるが、正確にはユウキが、である。
「行きましたよ」
「知らなかったのか?親だろ」
「知りません」
「どっちだよ。父親が知らなかったのか?それとも、聞いてねぇの?」
知りません、とハルカは繰り返して、ぐいっと、ホカゲの腕を引っ張って、崖に連れて行った。
「お、おい、ハルカ」
信じられないほど強い力でずるずるとホカゲ、引きずられていく。これでこのまま、崖から一緒に落ちたらどうなるのか、まぁ、どうなっても、どのみちに、ホカゲにはオオスバメ、ハルカにはクロバットがいるので、どうなるものでもない。なのに、どうなるのだろうかと、考えるのはどうなのだろう。
「考えました」
「何、をだ」
「わたしはダイゴさんのこと、好きです」
「へ、へぇ」
よかったな、とホカゲは腕を離して欲しくて、あいている方の手でハルカの頭をぽん、と撫でた。宥める、それで、とにかく、離してくれと、必死に思う。けれど、ハルカはホカゲ以上に必死な顔で、続けた、必死に。ひっしりと、掴む。
「でも、気付きました」
「何、を、だ」
「ダイゴさんは、わたしを好きな理由が、ないんです」
(どこにこんな力があるのか、つかまれたホカゲの腕は血が止まって、白くなりかけている。離してくれ、話して、放してくれ)なんて、思うホカゲの心中などハルカの知ることではないし、むしろ彼女は今、ぐるぐるぐるぐるぐると廻る自身の迷宮回路、思考回路に戸惑って、必死に誰かの腕でもつかんでがけっぷちに立っていなければそのまま、流されて迷い込んでしまうと焦っていた。
ハルカは元来、頭の良い子供だったと、自分で思うほどには、優れている。勉学うんぬんではなくて、人がどう、何を腹にためていたり、するのかを悟ることがうまかった。だからこそに、初対面からあの人、ダイゴのそらさむい、吐き気しか感じさせない好青年っぷりに正直に、演技を認めることができたし、それに、この自分に腕をつかまされても振り払う根性のない、ヘボテロリストがこっそりと自分に、親しみのある感情を抱いていることを見抜いて、こうして、自身の整理につき合わせることができているのだ。
けれど、けれどハルカは所詮、経験の少ない浅はかな少女であったと、つい先日に思い知らされた。
「わたしは最初に見たときから、ダイゴさんのことを好きだったんです。それをわたしが気付かないで、ダイゴさんの本質、あやふやなその、本質が知っていた。だからダイゴさんは、だから、だからわたしを好きなふりをしてた!!!!」
がしっ、と、ハルカはホカゲを崖から突き飛ばした。落ちるホカゲ、が、かろうじて、崖に手を引っ掛けてこらえた。
「おい、ハル、」
ホカゲは悲鳴に近い、声を上げる。けれど彼はオオスバメを呼び出す気配がない。その悲鳴は、自分の危機のために発したのではなくて、ただ、自分を突き飛ばした、ハルカがしゃがみこんで、それで、小さく、本当に小さく震えているからだ。
(気付いてしまった。いろんなこと、そういえば、考えればあの人に、誰かを好きになれる理由なんかない。そういう、気持ちの悪い生き物だって、知っていたのにどうしてかわたしは。盲目的に、あのひとがわたしを好きだっていうその言葉だけは、紛れもない真実だって、なぜか、なんでか、信じていた)
ハルカはしゃがみこんで、ひゅうるりひゅるりと流れる風が自分の髪とバンダナと、それに、不安定になっているホカゲの体を揺らしているのを、耳で聞いて、それで。もう、どうしようもないんだと、そういう、こと。いろいろ、気付いた。
振り返って考えてみれば、結局のところ今の状況、ダイゴにしてもハルカにしても、別に。お互いが、お互いでなければならない理由なんかない。ハルカがダイゴを好きだって気付いた瞬間だって、あの、一ヶ月だか二ヶ月前に、ホカゲと一緒にいるところをダイゴと目撃されてそれで、いろいろ気付いた瞬間だって別に。ハルカはダイゴのどこがどう好きだとか、はっきりとした概念があったわけではなかった。
それが、ダイゴの場合はきっと違うのだろう。ダイゴは、理由がない状況を演じることをしない。誰かが、自分に何故だか「誰」という役柄を求めていれば彼の本質が悟ってそれを上手に演じて、見事な仮面の完成。けれど、けれど、もしかしてダイゴが今回消えてしまったのは。
「……」
ハルカは、ついに片手を離してしまったホカゲを見下ろして、「ホカゲさん」と声をかける。ホカゲは、なぜか、ほっとした顔をした。ハルカの声を聞いて、この状況。手を踏まれるかもしれないという焦燥ではなくて、安堵、してくれた。ハルカは、モンスターボールからクロバットを呼んで、ホカゲの背中に引っ付かせて、救出。
「ホカゲさん」
ハルカは、頭のいい子だ。だから、だから、逃げた、のだ、と気付いた。あのひとは、逃げたんだと、そう、気付けた。
「なんだ?」
ホカゲは数分ぶりに地面に足をつけて、へたり、と座り込む。そろりそろりと腕を伸ばして、ハルカを引っ張って、座らせる。仕返し、ではない。これが、これが少女と自分の位置関係だと、彼の礼儀儀礼のつもりらしかった。
ハルカはホカゲを見上げて、ひゅうるりひゅるり、鳴る風の音なんて聞きながら、ぽつりと、心底、気持ち悪そうに呟いた。
「ダイゴさんはバカですね」
そりゃ、今更だとホカゲが言えばハルカ「シンオウへ行ってきます」と、突然行って立ち上がって、出しっぱなしのクロバットを背中に貼り付けて、一度身支度なんか、整えるらしい、実家のある方向へと飛んでいく。
その後姿眺めてホカゲ。きっともう、あの子に自分が会うことはないんじゃないかとそういう、どっちの意味でも縁起の悪いったらありゃしないことを考えてしまって、それで。自分もオオスバメを出して乗って飛んで、それで。
ひゅうるりひゅるりと風なんて切りながらきりきり舞い。きっと、もう、あの子は迷宮回路・思考回路に迷うことなんかないんだろうなぁと気づいて少し、少しだけ。いろいろ寂しくなったり、した。
Fin
・ホカゲさんは当て馬だっていう自分をちゃんと理解してるひとです。きっとこのサイトで一番の大人は彼だと思う今日この頃。シンオウは寒い。ホウエンは暑い。ついでに部屋が惨劇でどうしよう。とか困ってる今日この頃、いかがお過ごしですか。
(2007/04/24 21:43)
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