輝き


 

 

「どうしたの?ヒカリちゃん」

 

庭に出した子供用のプールに足を沈めてくつろいでいたヒカリは、ナタネが台所で作ってきたかき氷を盆に乗せて盛った来たころには不機嫌な顔になっていた。水が抜けたのかと思うがそれもない。相変わらずプールの中ではヒカリが浮かべた赤い金魚のおもちゃがふよふよと揺れている。

 

はて、とナタネは首を傾げて縁側に盆を置き座る。一度声を掛けてヒカリが振り返らなければ、それは話をしたくないということだ。子供の扱い、ナタネは慣れている。

 

みんみんと皆鳴く蝉。照り付ける日は暑く空に雲一つない。影を作るのは屋根と、厚かろうとナタネが気を利かせてヒカリに持たせた日傘だけだ。

 

盛ってきたかき氷はヒカリの「嫌いではない」いちご味と、ナタネの好きなブルーハワイ。日差しをよけたが気温は避けられぬ。がりがりと台所で氷を削るのは容易くはなかった。水にしてしまうのはもったいないとナタネは椀を一つ取って、膝に置く。銀のスプーンですくって口元に運べば夏だと思った。風鈴でもぶら下げて夜半涼みを楽しむのも良いかもしれない。確か今宵は誰ぞ来る。

 

「行ってしまうんだ」

 

夕食の素麺には天ぷらを添えようと、では材料はどこぞで勝手に買ってこしらえてと、あれこれ思考を巡らしていたナタネは、ヒカリの低い、ぐずった声に顔を上げる。相変わらずナタネに背を向けた、黒髪にワンピースの少女。

 

「そんなの、知るか。勝手だ。なんで置いていくんだ」
「どうしたの?」

 

断片的過ぎる言葉では想像出来ることも少ない。とにかく、ヒカリにとって大切な(あのヒカリがぐずるほどである。己の暑さ不快さを放っておいて、放心するほどである)ひとがどこかへ言ってしまうらしい。そしてそれが、ヒカリにはたまらないのだそうだ。それを、言葉に出すことにナタネは驚く。

 

独り言のつもりなのかもしれない。いや、常に全身の神経を周囲に集中させて気配を悟るヒカリにその失態はない。空気を読まぬ自己中心的な性格だと周囲に証されている少女は、誰よりも周囲を伺っているのだ。それをナタネはよくよく承知している。

 

「さびしいの?」

 

しゃくり、と、スプーンにすくったかき氷を食べて口元をぬぐい、丁寧に椀の隣に置いてから、ナタネはヒカリの背に問う。

 

「そう言えば、いてくれるか」
「世の中そんなに甘くないわ」

 

ナタネが言えば、ヒカリも「そうか」と頷く。これが別の人間(ハルカを除く)であったなら、ヒカリの華麗な回し蹴りでも食らっただろうがナタネにそれはない。どういうわけか、ヒカリはナタネになついた。子犬のようだとナタネが思うほどである。

 

ばしゃりと水音がしたと思うと、ヒカリが縁側に近づいてきて腰を下ろした。当然のようにかき氷を受取、食べる。きん、としたか一瞬眉を寄せた。

 

「いやなんだ。ずっと、当たり前みたいに、会いに行けばいるものだと思ってたんだ。それが、当たり前みたいに、いなくなった」

「旅に出たの?」
「違う。似たようなものだけど」

 

ふぅん相づちを打って、どこかで聞いたような話だと思った。けれどその時と違うのは、泣き寝入り・トラウマ持った、ではないこと。それはとても大きな違いだ。

 

「失踪するの?」
「手紙は出せる、と思う」
「じゃあ、いいじゃない。平気だと思うな。そのひとは、ヒカリのこと嫌いになっていなくなったわけじゃないんでしょう?」
「・・・・わからない」

 

初めてヒカリの顔が曇った。おや、これはよほどヒカリにとって大切なひとなのかと関心し、思わず微笑む。コウキやハルカ以外にそういう対象を見いだせなかったヒカリには、良いことだ。

 

「いなくなったのは、どうして?」
「がんばるためだって、言ってた」
「ヒカリはがんばってほしいと思う?」
「どうして今のままじゃだめなんだ」

 

常々の、ヒカリの疑問である。そうだ、ヒカリは「変わらぬ」ために生きているのだ。ナタネは思い出して、ゆっくりと、目を伏せた。まだ、分からぬだろう。そして、ヒカリは一生わからぬ生き物なのかもしれない。それが彼女であるというのなら、分かってしまったとき、彼女は彼女ではなくなってしまうのだ。かつてナタネは、無理矢理に己を変えさせさせられた。強制的に、医者が注射をいやがる子供を押さえつけるように、理不尽に思えて、道理と片づけられてしまうような、所業にあった。だが、その変化は今の己には、もう、なじんでしまい、ヒカリのような思いはない。

 

しかし、そのヒカリの「たいせつなひと」とやらが強制的でも何でもなく、己自身でその道を選んだというのなら、それは、きっと「良い」ことだ。

 

「答えは人によりけるもの。ヒカリちゃん、その人はヒカリちゃんがきっと好きよ。嫌ってなんてないから、だから、その人が喜ぶようなことをしてあげて。ね?」

 

何が正しい行動なのか、若いナタネにも分かることではない。だからそう答えると、ヒカリは一瞬神妙な顔をして、つぶやいた。

 

「・・・喜ぶこと?」
「えぇ、そう」
「・・・・・・・・ゲンを蹴ってくる」

 

なんで!?とナタネがつっこむ暇もない。当然のように当然と、ひゅっとボールを投げてクロバットを呼び出し、その翼でもってヒューっと、去っていってしまったヒカリ。

 

「え、え、え?」

 

何がなんだかわからぬが、それでも、まぁ、かき氷は無事ヒカリの喉を通っていったと、ナタネは安心して、そして自分も再びかき氷を口にする。

 

膝の上に置いて若干とけてしまったが、それでも十分に食べられる。終えたら次は自分も足だけでもプールを楽しもうかと、そういう事を考えた。


スイカを持ったデンジがひょこひょこと遊びに来て、ナタネにスイカだけ強奪されて門前払いをされたのは、ヒカリがダイゴとかなり真剣なバトルをしていたゲンを後ろから蹴り飛ばした後だった。

 

 

 

 

Fin

 


・ものすごく好きなサイトさんが閉鎖してしまったショックです。柚木さぁああん!!なぜなんだぁ!!