コウキとヒカリ

 

 

「何、お前またやったわけ」

飽きれた以上の感慨もないただの呟きで、コウキは双子の妹の足元を見た。学校から帰ってくるなりこの妹ヒカリは、コウキが育てていた朝顔の植木鉢をひっくり返してさらに、夏休み二人でハクタイの森に入って捕まえたカブトムシを足で踏み潰していた。大切にしていなかったわけではないけれど、コウキはさして怒る気力があるわけではなかった。怒ってどうする、兄の威厳とかそういうものではなくてただ、コウキには、ヒカリのこの行動はつまり「いつものこと」でしかなかった。

「わるいか」

少女の割にはやや擦り切れた濁声でヒカリは兄をにらみつけた。真っ赤な目だ。別段、泣いていたわけではないが、コウキは目を細めて、妹に手を伸ばした。

「ん、いいよ、別に」

別にいいよ、繰り返してヒカリを抱きしめれば、ヒカリはひっしとコウキにしがみ付いて押し黙る。双子ではあったけれど、コウキにはいったいヒカリが何を考えて、何を不安がっているのか、正直見当が付かない。けれど、やはり兄妹で双子だったから、なんとなしに、わかれることもいくつか、あってそれをコウキは失ってはいけないと思った。

「あたしは、コウキだけがいればいい」

「ん」

「コウキも、あたしだけがいればいいんだ」

二人はナナカマド研究所の職員の子供だ。両親はいつも何か研究やらで忙しく、むしろ雇い主のナナカマドの方が自分たちに接してくれる時間が多い気がする。二人は今年で十一歳になる。ポケモンを貰って旅をすることの出来る人間になる。けれど、二人は双子だ。だから、双子だから、旅には出ないかもしれない。一人で旅に出れば、ヒカリはきっと壊れてしまうかもしれない。ヒカリがあまり喋らないので親も扱いに困っている。自覚している。近所でも評判はあまりよくない。特に妹は誤解をされやすくて、友達ができない。自分は一応、社交辞令は心得ているし、ヒカリと比べれば、ということで比較的に受け入れられている、そういう自覚もある。

コウキは博士の助手として研究を手伝っているが、ヒカリは何もしないで研究所の庭で本を読んでいる。だからなおさら友達が出来ない。なろうと近づいた子供の髪をひっぱったこともあるし、噛み付いた事もあった。本当にヒカリは扱いにくい子だと、ナナカマド以外の大人は皆口を揃えていう。

けれど最近、コウキは思った。自分もけして扱いやすい性格ではないはずだ。それが、あまり目立たずに他人に受け入れられているのは、それは、ヒカリが極端な「扱いにくい子」を貫いてくれているからではないのか。だとしたら、妹は。

「ヒカリ、また今度ハクタイの森に行こうか」

「ん」

「今度はさ、虫じゃなくて、花じゃなくて、水とかの収集にしようよ」

「ん」

「そしたら飲んで終わり。行こうね、ヒカリ」

ん、とヒカリは頷いて、そのままパタパタといつもの定位置、コウキがナナカマド博士の手伝いをしているのがよく見えて、他人が自分に近づくのを警戒できる見晴らしの良い庭に向かって掛けて行った。

 

(いつか、妹に誰か大切なひとが出来れば良い)

 

ホウエン地方から、オダマキ博士の娘がやってくるのは、半年後の話である。

 

Fin

 

・   ヒカリとハルカのコンビはきっと姉妹のようになればいいよ。コウキはお兄ちゃんだ。でも、守ってるのはヒカリの方だったり。生き難いのは仕方ない。