こつんこつんコツコツと低い音が響いて暫く、ぼうっとした眼でほんのり宙を眺めていたゲンはその足音だか物音にようやく意識を呼び戻して、岩の上に軽く腰掛けた自分に気付く。その、足音だか物音がこちら側に近づいてきているらしいので、ゲンはポケットの中からハンカチと、それにカードを取り出して、とりあえず落としてみた。 「拾うの手伝いましょうか?」 「大丈夫だよ」 現れた、スーツ姿の青年はひやりひやりと冷たい色の瞳でゲンの足元に散らばったいろんなものを見下ろして、それで、一言。 「波動使いの、アーロンさんによく似ている」 と、言った。
こうやって、段々と
どうやら自分たちはよく似たもの同士らしかった。どの辺りが似ているのかといわれれば、その在り方とやらが似ているのだと、思う。ゲンはコツコツと石を叩いて何やら調べ物をしているダイゴの前髪を見つめて、一瞬、自分が探している「誰か」の声を聞いたような錯覚を覚えた。それで、振り払うか、またはそれを鮮明にするためか、ゲンは声を出してみた。 「確か、ツワブキさんと言ったか」 「ダイゴでいいですよ、ゲンさん」 それじゃあ、ダイゴ、とゲンが言い直すと、ダイゴは石から顔を上げた。ぼんやりとダイゴの持ってきた、今は床においてあって、ゲンとダイゴの間においてあるランプがぼんやりと、ダイゴの輪郭を照らしている。 「なんですか」 「君は私がアーロンに似ていると言ったな」 「言いましたよ」 「自分はアーロンに似ていると思うのか?」 ダイゴとゲンは、お互いが似ていると思う。だから、ダイゴとアーロンも似ていなければならないのだ、とゲンは言いたいのだけれど、ダイゴ、は。 「冗談でしょう」 と、へらりと笑った。 ゲンはダイゴのその笑いを見るたびに、頭の中で自分が探して、探している「誰か」を思い出しかけるのだけれど、それは、ダイゴではないはずだ。だというのに、ゲンは、自分が一瞬でも「誰か」を焦がれ探す想いを重いと思い、患えば、この目の前にいる銀の光と匂いのする青年が、その「誰か」なのだとはっきりとした証拠を見つけられるような予感さえ、した。 けれど、それは本来の答えでは、けしてなく。その答えを享受した瞬間にゲンは自分の存在定義が全て崩れ落ちるのだということを、彼は盲目的な欲求の一つの心理としてちゃんと知っている、それこそ「大人」であったので、流れ込まれそうになる奇妙な舞台のセリフを自分が言わないように、抗うために、ちっとも思っていないことをいう。 「君は変わっている」 変わっている、と心の中で繰り返して、ゲンはダイゴという生き物に檻を作る事に成功した。いや、本当のところは、ダイゴと対峙している己を檻にくくっただけなのかもしれないが、どちらにしても大差はない。 言ってしまった言葉はすんなりと、ダイゴの耳に届いたようで、言ってしまった責任上に、ゲンは何か言葉をつむがなければならなくなる。 「アーロンを勇者と呼ばない上に、シンオウの人間でもないのに鋼鉄島なんていう、地元民しか知らない場所に入ってきている」 「僕には勇者の定義はわかりませんし、シンオウの人間でなくても「そらをとぶ」さえ使えれば上空から目ぼしい場所を見つけてそこに入ることはできるはずですが」 二つの話題を同時に答える、違和感。差異。ゲンはゆらゆら揺れるランプの明かりに目線を落とした。勇者、アーロン。あーろん。あーろ……一瞬、自分の影はしっかりと床に寝ているのだろうかと不安に思い、しかし、別に自分に影があろうとなかろうと、きっと、ダイゴは気にしないだろうとなんとなく、そう思って変わりに、ダイゴの影を探そうとした。と、明かりが消える。 「あ、オイルが切れた」 すいませんねぇ、と、ダイゴは笑い、暗闇の中でなにやらカチカチといろいろ動かしている。ゲンはさして動揺しない自分に動揺した。ダイゴの影を発見できなくて、いや、ダイゴの影がないことを、気付かずにいられる自分に安心しているのだ、と思った。別に、ダイゴに影がないわけでもないだろうに。 ゲンは明かりがつくまで、勇者の定義について自分なりに考えてみる。ダイゴが勇者アーロンを勇者と呼ばなかった事に、なぜだかゲンはほっとしていて、それで、自分でもやっぱりあの、御伽噺のあの男は勇者ではないんじゃないかと思っていた。 ダイゴの言葉は、ゲンの求めた答えそのものであるのだ、とはまだ気付かない。たとえば、この鋼鉄島にダイゴがやってきたのは偶然なのだとゲンが思い込みたいことのように、真実だという確証のない言葉を、自然に聞き出せば、ゲンはそれが事実であると信じ込むことができた。 (それにしても、暗い) 真っ暗闇、の中はゲンにとっては奇妙な空間に感じられる。自分の手足、耳、口、鼻など全てが、今はきちんと揃ってそれが、どんな形なのかを明確に思い出せるのに、暗闇の中にあると全てがあやふやな、まだあの少年に出会うまえの不確かな自分に戻ってしまうようだ。 (この暗闇に長時間この身を置いたら、私はどうなるのだろう。どうなって、しまえるのだろう) 「ダイゴ」 「今、つけますよ」 「君はこんなところにまで石を掘りに来るくらいだから、鉱物や化石の類が好きか」 「珍しい石があれば、滝でも登りますよ」 にっこりと、暗闇の中でダイゴが笑った気配がした。ゲンは、肯定も否定もしないダイゴと、それの自然さと、その言葉の「似合い」さにゲラゲラと笑い出したくなる。けれど、それは自分の笑いには似合わなさそうなので、しょうがなくクツクツと声を低くして笑うだけにした。 そしてひとしきり笑って、それでもまだダイゴのランプがまだ明かりを取り戻す気配がないことを確信して、ゲンは帽子を脱いだ。 「シンオウのジムリーダーに知り合いは?」 「まぁ、いますよ」 「クロガネのヒョウタくんを知っているか」 「化石の類が好きな彼、ですか」 ゲンの先ほどの物言いをマネてダイゴが答える。 「知っていますよ」 ランプの明かりがついた。ダイゴの白い顔には、彼の睫毛が影を落としている。だというのに、ゲンはダイゴの体の影を見つけられないんだろうと、なんとなくそんな予感がして、眼を閉じた。 「アーロンは勇者か?」 「御伽噺の中ではね」 問答、同様。 ダイゴはカツカツと壁に釘のような、妙なものを打ち込んでゲンに背を向けた。壁にダイゴん影が伸びるかと思いきや、ゲンは自分の影しか発見できなかった。その、自分の影は思ったよりも、きちんと生き物の形をしてくれていることに、笑いたくなる。 「ダイゴは、」 「消えた思いの行方なんか、僕の知るところじゃありませんよ、ゲンさん」 どうして石を探しているのかと問いかけようとしたゲンは、ダイゴの答えに面食らって、けれど自分が聞きたかった最終的なところはそれだったのだと気付く。 カーンカン、と打ち付ける槌の音。響いて、そのままうっそりと洞窟野中に解けてしまうような不信感が暫く当たりに漂うのだけれど、それをゲンはダイゴの影の行方以上には不信に思えなかったらしい。 「ダイゴ」 「なんですか」 「私が探していた「誰か」が何者なのか、今やっと思い出したよ」 ゲンはモンスターボールを腰から取り出して、中から一匹の小さなポケモンを呼び出した。
Fin
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