色とりどりの華やかさ、その、ままにその花の賑わい。ナタネは満足そうに口の端に笑みなんて浮かべてみせて、ぐるり、ぐるりぐるぐる、と己の統括するジム、屋内庭園と化した広々とした空間を眺めた。高い塀やら何やらで視界が一見、定まらないように見えるが本当は、ナタネの場所からは全部、いろんなものが見えたり、する。それで、だから、こうしてジムの一番隅っこ、入り口から入って右の、突き当たりの、木々に覆われた小さなスペースで蹲っている赤い頭だって、本当に丸見えだ。
「ヒョウタくん、」
とん、とん、とんと、歩いて近付いて、花壇をはさんだところまで来て、声をかけてみた。花壇に植えられた背の高い草のお陰で双方、姿は見えない。とくに蹲ったヒョウタの全貌は見えない。それでも、ナタネが声をかければ僅かに「びくり」と怯えたようにヒョウタの体が震えた。
まだまだ、僕は
(いつまでも、一緒にいたかった)
じぃっと、眺めるヒョウタの眼の先には、優雅な手つきで真っ白い陶器に鮮やかな緑の色で葉の絵の描かれたティーポットからソロソロ流れる、琥珀色に少しだけ紅を差したような色の、お茶。なにやらハーブティだとか、いろいろ、効能を楽しげにナタネが語って聞かせてくれたけれど、実際聞いてもらおうと話してはいないからか、ヒョウタはそのナタネの白い指が軽くつまむ角砂糖とその白さの違いのことを考えていた。
「ヒョウタくん、砂糖はいくつ?」
ナタネの指を角砂糖と同じ大きさにしたら、違いはわからなくなるかもしれないと思って、少しだけぞっとしてきて、ヒョウタはナタネの言葉に笑顔で答えて、桃色の花の描かれたティーカップを口元に運んだ。味の良さ加減はよくわからないけれど、ナタネが満足そうに目を細めて自身も飲んでいるのだからおいしい、のだろう。
「ナタネはさ、いいよね」
カップの中を少しだけ飲んで、ソーサーに戻して、ヒョウタはカチカチなるチュリムの形をした壁掛け時計を眺めながら、ぼんやり呟いた。それで、その言葉が相手に波動も、誤解を与えそうだと即座に思い当たって、「羨ましい、んじゃなくて、そう、うん、感じが良い、好ましい、ってこと」と、付け足した。短い言葉で語って相手に誤解をさせたり、自分が不利な立場になることがヒョウタは嫌だから、そういう、能力に長けている。つまり、自分の言葉がどういう人には、どういう影響で伝わるのか、ということを冷静に考えられるのだ。
ナタネは一度小首を傾げてから、室内でも外さないヒョウタのヘルメットに、付いたランプのほうに視線をやって、それで、また、首をかしげる。
「わたしがジムリーダーだから?ヒョウタくんは、ずっと、傍にいてくれるから、好きなんでしょう」
ナタネはヒョウタより、二つほど年上だ。デンジは一つ上で、オーバより一つ下だ。だから、ヒョウタより少しだけ大人でいるつもりで、それに、ナタネは少しだけ、ヒョウタより世界を知っているつもりだ。だから、わかることもある。
「化石は、足がないものね。いなくなったり、しないわよね」
ぼんやりと、知っている。昔、本当に、昔、少しの間だけ、ヒョウタの傍にいてくれたヒトのこと。町が近いところだから、その青年の噂は少しだけ、聞いたこともあった。だから、解るのだ。近くもないし、遠くもない、ナタネであるから、わかる、のだろう。
「ゲンがさ、もうすぐ消えてしまうような気がするんだ」
ぽつり、ぽつりと、呟く声と一緒に落ちるのは、小さな涙だ。ヒョウタの顔は笑っているのに、どうしても、痛ましい。ナタネは眉を寄せて、ポケットから白いレェスのハンカチを取り出すと、そのままヒョウタの頬、目じりを拭った。
「どうして?」
ぎゅっと、唇を噛んで、ヒョウタが俯いた。
「追いかければよかった。ずっと、追いかけて、傍にい続けて、いれば、こんな、こ、んなに、僕は、」
一緒にいた時間を、長くすればこんなに苦しくなることもなかったのに、後悔することもなかったのに、と、ヒョウタは呟く。けれど、会っていれば、傍にいていれば、なお更思いが募って、辛くなるのだということも、きっとこの賢明な少年はちゃんと解っている、けれど、今そう、吐かずにはいられないのだと、ナタネは気付いて、ぎゅっと、ヒョウタに掴まれた自分の右手を引っ込める勇気がなくなった。
ヒョウタは、ゲンというヒトがクロガネからいなくなってから一度も、その行方を捜そうとしたことがなかった。それは、置いていかれたと思いたくないから、また、ゲンから自分に会いに来てくれさえすれば、置いていかれた、ことにはならないからだ。
そういう、心持があって、今の今まで耐えてきたものが、ゲンが、段々と消えてしまうということで、あふれ出してきて、しまっているのだろう。
(今度こそ、置いていかれる)
「ゲンが消えてしまったら、僕はきっと、デンジのこと、一生許さないよ」
ぽつり、と、悲しそうに呟かれた言葉なのにその、酷い、濃い、憎悪の篭る低い声に一瞬ナタネは身震いをして反射的にヒョウタから自分の手を奪い返すように、強く、手を引いたら、顔を上げたヒョウタの顔はもう、笑みが浮かんでいる。
「だから、ナタネはいいんだよね」
そう、いう、その、少年の目の中の色は細められていて、どれだけナタネが眼を凝らしてみても、伺いようがない。
Fin
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