真っ赤

 

 


はい、と、当然のように自分に差し出された真っ赤な薔薇の花を、ヒカリはまるで親の仇か何かのように、憎憎しげににらみつけている。差し出した張本人であるゲンは苦笑して、行き場がなければこの花はこのまま地面に落ちて、誰かに踏み潰されてやっと、大地に帰れるのだろうかと、そんなことを考えた。

 

「わたしは女だ」

 

少しして、一向に下げる様子のないゲンに呪詛でも吐くように、ヒカリは低い声できっぱりと、言い切る。ヒカリの言葉はもっともなものだと、ゲンも思わないわけではないのだが、それでも、ゲンにはゲンの、立派な理由があった。

 

「知っている」

「じゃあなんで、」

「女の人は、花が似合うと思ったんだ」

「今日はバレンタインだぞ。普通、女が男に物をやる日だろ」

 

いつも以上にヒカリの言葉はつっけんとして、険しい。なんぞ、バレンタインに嫌な記憶でもあるのだろうかとゲンは推測してみるが、まぁ、十中八九、ゲンはまだあったことがない、ヒカリの「大切なひと」と、宝石のように名を呟く双子の兄が、毎年この日には大量にチョコレートを貰ってくるのが気に入らなかったのだろうと思う。

まだまだゲンは、ヒカリのことを知らないけれど、でも、それくらいはわかるほどには、知れている。

 

薔薇をナタネから態々貰って来たのだから、折角だし、受け取ってもらいたいと思った。今日この日に贈ったのがまずかったのだろうとは思うが、この日を意識して渡した以上、こうなることも、なんとなく、ゲンにはわかっていた。

 

ゲンはヒカリの左耳に手を伸ばし、びくり、と、震えるヒカリに笑いかける。ヒカリは、人に触れられることに慣れていない。近付いただけで殺気を放ってくるのに、暴力的な言葉を吐いてくるのに、こうして僅かに触れただけで、どうしようもないほど、うろたえるのだ。

それが、ゲンには愛しくて、ヒカリがかわいそうだと思った。

 

「ほら、似合う」

 

真っ赤な薔薇が、ヒカリの左側に飾られた、左耳の少し上に、ただ差し込まれただけ。当然、棘もちゃんとナタネが丁寧に抜いてくれた。(花を扱うナタネの指は、そういえば、彼女の項の白さが嘘のように、変色して、傷ついているとゲンはその作業を眺めながら気付いたのを覚えている)多彩にある色の花の中から、選んだ甲斐があった。ヒカリの深海のような色の髪には、真紅がよく合う。

 

「ヒカリにあげたいって思ったんだ」

 

笑って、手を離すとヒカリが俯いた。耳は真っ赤に染まっていて、肩はカタカタと震えている。それで、ゲンがさすがに心配になって「ヒカリ?」と、名を呼べば、次の瞬間、ゲンの脇腹にヒカリの綺麗な回し蹴りが決まった。

 

「はずかしいこと、するな」

 

動いた拍子に、ぽとっと花が落ちてしまったが、ヒカリは一応それを拾い上げて、蹲るゲンの帽子に指した。

 

 

 

Fin

 

 

・   ヒカリがツンデレに……!!