小川を眺めるオフィーリア
「へぇ、センリさんのとこの子供」
父親の友人で、トウカでジムリーダーをしているセンリさんの家族が一週間後にジョウトからホウエンにやってくるらしい。ジョウト、ジョウトってどこだって?カントーはいろいろ面白いし、いろいろ有名だったから位置もはっきり覚えてる。でも、ジョウトってドコ?考え込んでいると、キッチンからポテトサラダの入ったボールを持って母が現れ、眉を顰めている娘を見、悟ったか声を出す。
「ジョウト地方って、カントーのお隣でしょう?ウズキ博士がいらっしゃったわよね、確か」
「あ、そっか」
「ハルカ、少しは地理も覚えんとな」
父に笑われて、ハルカもへらっと笑って、テーブルの上に三人分の食器を並べた。普段フィールドワークに出かけて忙しい父オダマキ博士と、その手伝いというか、最近では自分の研究テーマみたいなものを見つけて、やはり調査に忙しいハルカ、家にいても何かと家事に忙しい母の三人はこうして夕食で顔を合わせてしかゆっくり話せない、というか、寧ろ夕食では必ずゆっくり話す時間を作るのが日課になっていて、それが、逆に多忙ではあるけれど必ず家族のつながりを持続させているような気がする、逆説。
「一週間後に十二歳になるらしい。ハルカの方が二ヶ月ちょっとお姉さんだな」
「つい先日誕生日会をしたと思ったのに、もう二ヶ月も経ったのねぇ」
ほのぼの、と話す両親を見ながら、センリさんの子供って、どんな子なんだろう。とか、ハルカは時間が空けば考えてみたりした。
お隣に一人で住んでたトウカのジムリーダーセンリさんのことは何度か見たことがある。普段がジム勤務のヒトだから、会うのは朝と夜だけだし、それにしたって見かけるだけだ。母は夕食のおかずを作ってあげたりとか、簡単に家事をしにいったりとかしていて、それなりに話しもしているらしいけれど、ハルカがセンリと言葉を交わしたのは「おはようございます」「こんばんは」「お父さんなら研究所ですよ」とかそういうもの。お互い個性が解るような会話はしていない。
「ねぇ、お父さん。センリさんの子供ってどんな子?」
だから想像してみるとかそういうのも、できない、というより面倒になって、ハルカは父に聞いてみる事にした。
「んー?そうだなぁ。センリに凄くよく似ているぞ」
だから、そのセンリさんがよく解らないんだってば。ハルカは言いたかったが、なるほど、ではこれからきっとセンリさんの子供とは親しくなるだろうから(年齢近いし)
そのセンリさんの子供を見て、その子供が似ているセンリさんを知れるか、とか、そういうことを考えてハルカは一人納得した。
いつの間にか夕飯の支度も話しながら揃い合っていたらしく、では、と誰が言うわけでもなくハルカと父、母はテーブルについて、楽しい夕食を開始する。母の作ったゴルゴンゾーラのペンネを三椏のホークでつまみながらハルカは、今はまだ、センリさんは一人でご飯を食べているんだろうかとか、そういうことを想像してみた。ハルカもお昼は一人で外で食べている。
けれど、ひっそりと静まり返った部屋で一人で食べているご飯はきっと冷たいに違いないとか、センリさんは家族が来るまで独り言が増えてそうだよなぁとか、そういう、検討外れなことばかり思いついた。でも、普通に考えればジムで食事をすればジムのトレーナーもいるし、センリさんはポケモントレーナーなんだから、ポケモンたちと楽しく過ごしているんだとか、そういうことが解るんだけれど、ハルカはなんとなく、寂しいセンリさん像が気に入ったので、脳内でちゃぶ台前にひっそりと冷や飯カッ食らってるトウカのM額のセンリさんとか想像してみた。
「ハルカ、食事中に意識を向こうに飛ばすんじゃない。お行儀が悪いぞ」
と、前に座った、食事中なのに土とか薬品とかついた白衣を着ている父親に注意された。
それで、一週間後。別に、センリさんの子供だというユウキとの出逢いは、何か変わったものでもなくて、ただ珍しいこと、とか上げるなら、女の子の部屋に勝手にノックもせずにユウキが入ってきたとか、ユウキはセンリさんに似てると言われるのが大嫌いだって、最初に自己申告してきたとか、そういうくらいだった。
ハルカはユウキと、何となく仲良くなって、それで、一日目で何となく、友達になった。ユウキを父親に紹介すると、オダマキは大げさに喜んだ。
そういえば、父に友達、と紹介するのは初めてだった気がして、ハルカは何となくユウキのことを大切に思わなくてはとか、そういう義務感にかられたり、した。
「ユウキくんは十二歳になるんだったね。なら、初めてのポケモンを選ぶんだろう?」
「そうですね、オヤジ…じゃなかった、父が「ポケモンを持つのは十二からだ」って今まで持たせてくれなかったので」
その辺りはハルカと一緒なのか、ハルカはへぇ、と二人の会話に相槌を打って、そういえば父がユウキの来る日に合わせて三匹のポケモンを用意していたことを思い出す。
「それじゃあ、ユウキくん。最初のポケモンを是非ボクのところで選んでくれ」
「え、いいんですか?」
「あぁ。センリにはもうちゃんと断ってあるよ」
やったぁ、と、ユウキの顔が輝いた。本人が否定していても、父親譲りのバトル好き、ポケモン好きで、きっとユウキも良いトレーナーになるんだろうな、とか、他人事(だし)思っていると、父が突然ハルカを振り返って言う。
「ハルカも選ぶんだぞ?」
「私も、いいの?」
貰って、と言うのはなんだか抵抗がある言葉だったのでハルカは一瞬言葉を詰め、不自然ではないように間をおいてから、父に問いかけた。
「あぁ。お前もそろそろポケモンを持てる年頃だからな」
別に十二歳にならなくてもポケモンを持つことは犯罪ではないし、寧ろ最近では一定年齢→指定研究所から代表三匹を頂く→旅に出る、という習慣がなくなってきている。十数年前までは旅を終えた十三歳からとされていた義務教育も最近は幼いうちから勉強に励ませるという習慣になって、それで、フリースクールだったものがどんどん公用化されて、それで、最近ではポケモンのバトルを学ぶ学校も出来ているのだという。けれど父は、自分がポケモン研究者だからなのか、それとも、一定年齢で初めてポケモンを持つことの必要性を何か感じているのか、これまでハルカに「手持ち」となるポケモンを与え、というか、選ばせ、いや、これも言葉に悪い。とにかく、ハルカが「おや」となるポケモンを持たせなかった。
「ユウキくんは、もう選んだの?」
「うん、オレはミズゴロー。コイツすっげぇ可愛いだろ」
「じゃあ私、キモリにしようかな」
ひょいっ、とハルカは草マークの書かれている赤いモンスターボールを掴んで腰のホルダーにセットしてみた。二ヶ月前の誕生日に母親から「ハルカもポケモンを持つようになるかもしれないから」と買ってもらったホルダーは今日この時までベルト代わりか、試験管挿しになっていたのだけれど、二ヶ月、やっと本来の用途。
「なんでキモリ?」
ユウキはミズゴローをテーブルの上に出してやって、馴染ませるためか自分の匂いを嗅がせながら聞いてきた。ハルカは一瞬、自分もやったほうがいいのかと思い手を動かしかけたが、カタカタと揺れたボールに、止めておいた。
「私、結構草むらとかに入るし、池とか川とか平気で突っ切ってるから」
「ふぅん、いろいろ考えてんだな。オレはコイツと目が合った瞬間これだ!!って来て選らんだだけだけど」
「ユウキくんはトレーナーになるんだから、そういう方がいいんだよ、ね、お父さん」
「ん?あぁ、そうだな」
なにやらレポートをまとめていたオダマキ博士は娘の問いかけに生返事を返した。これでも、幼い子供が感動的に始めてのポケモンを貰う場面だというのに、どうも緊張感とか、別に求めているわけではないけれど、そういうの、ない気がする。ハルカはポシェットからごそごそと空のモンスターボールを五つほど取り出して、ユウキに渡してみた。
「これあげるよ、ユウキくん」
「え、いいの?ハルカ、だって使うだろ?」
「私はあと五個あるし。元々、お母さんがホルダーと一緒に十個くれたの。一度に連れて行けるポケモンは六匹ってことだしで、お互い五個ずつ持とうよ」
本当はハルカ、まだ一個白いプレミアボールを持っているのだけれど、このボールは使う使わないは置いておいて、色が気に入っていたから、ハルカ、ここは黙っておいたし、別にユウキもそのうち自分でボールを買うようになるのだから、きっといいだろうと。
「サンキュー。じゃあ一発でキメて最初の手持ち六匹は全部ハルカのボールで捕まえるな!」
うん、頑張って。と、にっこり笑って応援。
暫くユウキはミズゴローとじゃれていて、ハルカは早速フィールドワークに出るための準備をして、それで、三十分ぐらいして二人で研究所を出た。
そのままユウキはミズゴローと簡単なポケモンバトルをするとか意気込んで、傷薬を三つほど所持して、どこかに消えていった。
ハルカは一人になって、家から離れた、草むらを少し外れた、池の前で初めてモンスターボールを開放してみる。ものっそ、目つきの悪い緑色のポケモンと、目、が合った、りした。
「……」
「……」
ハルカはじぃっとキモリを見つめ、キモリはちらり、と横目で興味なさそうにハルカを眺め見、それで、ハルカが「こんにちはモリー」とか言ったらばしっ、とぷにぷにした肉球だか吸盤だか付いた手でビンタされ、そうになったので、ハルカは上半身を後ろに引いて避けてみた。
「冗談だよ、キモリ、えっと、くん?ちゃん?」
シュパっと飛ぶ、今度は葉っぱカッター。頬がちょっと切れた事よりも、気に入りのバンダナが切れた音にハルカはついカッとなって、危うくキモリを足蹴りしてそのまま池に沈めて浮かび上がってきたら石とか投げてやろうか、とか、そういうことをやりそうになった。
けれどハルカはポケモントレーナーになりたいわけではなかったけれど、父のようにポケモンの生態やらなにやらを研究する人間になりたかったから、ここは、ポケモン虐待をさっそくしないようになんとか堪えて、それで、ギヂギヂと音を立てながら、キモリと両手を掴んで押し合う。さすがポケモン小さくとも人間より力がある。おもいっきり足を踏ん張って、ハルカはギジギジと音を立てた笑顔を浮かべた。
「私はハルカ!よろしくね!!」
「……」
何が気に入らないのか知らないが、ハルカは最初っからこんな調子で本当にこれからやっていけるのかとか、そういうことを一応考えてみた。オダマキ研究所で見たユウキとミズゴローは一瞬で仲良くなって、研究所を出るときにはすっかり、「お前ら生き別れの双子かなんかすか」とか思いたくなるくらいマブになってたのに。自分とキモリってどうなんだろう。逆に「親の仇すか」状態だ。仇、で、ハルカはそういえば天井に張り付いていた蜘蛛を思い出す。ユウキくんのいたジョウトにはイトマルとか、アリアドスとか、そういう名前の蜘蛛っぽいポケモンがいる。
それで、蜘蛛は朝は仇だけど夜は親になる、とか?あれ。
「まぁいいや」
ぱっと、ハルカは両手を引いてみる。キモリの力を押さえ込むハルカの力がなくなって、キモリは思いっきり前につんのめる。転ぶかと思ったが、そこはさすが、尻尾で見事にバランスを取って持ちなおした。
キモリは不機嫌そうな泣き声を一つ出し、ハルカを睨みつける。
「とりあえず、私はもうアナタの「おや」なんだし、お互いいろいろ思うこともあるだろうけど、頑張ろうよ」
(何を頑張るんだ)
と、一瞬キモリの目が言った。うん、早くも意思の疎通は成功だ、とハルカはなるべくポジティブに考えてみる。
一週間ほどして、ユウキはもうミズゴローのレベルをそこそこまで上げてしまったらしく、さすがジムリーダーの子供だと周囲に関心されて少々不機嫌になりながら、ハルカをコトキタウンまで一緒に出かけてみようと誘ってきた。
「ハルカもキモリ育てたんだろ?一回バトルしようぜ」
「私、まだ一回もバトルしたことないの」
「じゃあなおさら、コトキまで行かないとな。途中でトレーナーとかとバトルしてハルカも頑張ってキモリ育てないとさ!」
そっか、とハルカはユウキに「頑張る」定義を一つ提示されて、ホルダーのキモリをガタガタ揺らしてみた。よし、頑張ろうよ、と指先で伝えるように転がすと、ボールがぶるっと震えた。きっとあの不機嫌そうな鳴き声でもしたんだろう。
でも結局、一日中ハルカはユウキのバトルを傍らで見ているだけになった。
つまらないのでキモリの肉球だか吸盤だかをプニプニして遊ぼうとボールから出したら、やっぱり飛び出し一発葉っぱカッター。ユウキのポケモンがアチャモだったらバトルさせて燃やせるのに、とかそういう、物騒なことを考えながらハルカは、ギジギジとやっぱり、キモリと取っ組み合いをした。
「あー、すっかり日ぃ暮れたな」
パタパタと駆けるユウキはなんでそんなに泥だらけ?と疑問を感じるほどに洋服が汚れていた。マッドショットやら水鉄砲やらで面白いほど汚れて、これは引越し早々、ユウキくんのお母さん、センリさんの奥さんは大変そうだとかハルカは他人事に思って結局バトルできずにハルカとある意味バトルったキモリがカタカタ揺れてるボールを片手でガタガタ降りながらユウキの少し後ろを走る。
「早く帰らないと、お父さん煩いんだ」
「オレもママが心配する」
急がないと、と二人で言いながら駆け足でミシロに向かう。そういえばハルカ、同じ歳の子供の友達はいなくて、というか、物心ついてからずっとオダマキ博士の助手とか、そういう、大人たちに囲まれてきて、こうして二人で、友達と、家まで一緒に帰る事とかなかったなぁとか思い出してみる。
「ユウキくん」
「うん?」
「私、ユウキくんが来てくれて嬉しいよ」
ずべっと、シューズに泥でも付いていたのかユウキが転びかけた。
「大丈夫」
ハルカはユウキを追い越して、後ろに声をかける。
「うん。ハルカ」
ユウキはすぐに体制を取り戻して、走り出す。
「何」
「照れること言うなよ」
「照れる事かな」
「照れることって、絶対」
ふぅん、ハルカは頷いて、突然立ち止まった。
「ハル、」
「止まって」
ざわざわと、辺りがざわめいている、ようだ。ハルカはユウキの腕を引っ張って動きを止めると、ユウキが何か言う前に「しっ」とその口を掌で押さえた。ハルカはこれまで、ポケモンを持たずにフィールドワークを数年間一人でこなしてきたから、危ない場所には近づかないでいられる能力が強くある。
(誰か、何かいるらしいよ)
目で伝えて、じぃっと息を潜めてみる事にした。ユウキの足元をちょこまかついて来ていたミズゴローも立ち止まり、頭のヒレで何か様子を探るようにしている。そういえば、ミズゴローの頭のヒレは敏感なレーダーになっているのだと思い出し、ハルカはミズゴローの反応を待った。
ぴくり、とミズゴローの表情がこわばる。
「ユウキくん、ミズゴロー、どうしたの?」
「わかんねぇけど……なんか、怖がってるんだと思う」
真昼のように、辺りが一瞬明るくなった。ポケモンの破壊光線だ、ハルカはぼんやり考えて何か強いポケモン同士が戦っているんだろうと見当つけた。終わって何もなくなるまで、もう少しくらい。待って、待っていようと腰を据えて決めかけたが、突然頭上から明るい声が掛かった。
「あれ、キミ達……そんなところで何をしているんだい?」
反射的に顔を上げれば、先ほどの破壊光線の明かりの余韻でか、キラキラと綺麗に光っている、青銅色の髪が見えた。
「嫌な予感がしたので、隠れていたんです」
眩しいな、と一瞬目を細めて、けれどハルカは、人間の髪が発光するわけないと思い直して、すくっと立ち上がる。一目で上等と解る仕立てのよいスーツを着た青年は、ハルカの言葉にくすり、と笑った。何か怯えて隠れた言い訳とでも思ったのか。
「はは、そう。でも何だろうね?嫌な予感って」
「何でしょうね」
何だろうね、と、青年ももう一度繰り返して首をかしげる。このまま二人で見つめあい、でもスタートしそうな雰囲気だったが、KY、なんてハルカがギャル語を思い出したのはユウキが興味深々に青年を丸い、赤い目で見上げたからだ。
「アンタ、何してたんだ?」
キョトンと音が背後に着きそうなユウキの丸い目を受けて、青年はふわりふわりと柔らかな笑みを浮かべて「手ごわいポケモンが出てきてね、バトルをしていたんだよ」と答えてくれた。
「ってことは、アンタ」
ポケモントレーナー?とユウキが目で続けて問うと、青年はカチャリと手に持っていた手錠のような鉄の輪を腕に二の腕に嵌めながら頷いた。
「僕はダイゴ。ポケモントレーナーだよ」
見れば解ります、とは言わずにハルカはにっこりと笑った青年に、にっこりと笑顔を返してみた。ユウキは胡散臭そうにダイゴを見ている。
「なんでポケモントレーナーが変なスーツ着て茂みの中にいるわけ?」
「それは僕のポリシーだから、としか言いようがないけど……」
困ったなぁ、とダイゴは笑う。胡散臭いヒト、とはハルカも思うけれどユウキが思いっきり態度に出してくれているし、別に自分も同じことをする必要はないだろうと判断して、ホルダーのモンスターボールに手を伸ばした。
「ダイゴさん」
「うん?」
「私はハルカ。勝負をお願いします」
言ってキモリを出してみる。ダイゴはやっぱり困ったように笑って、それで、今度はぽりぽりと頬など掻いた。
「えーっと、どうしよう?」
「勝負、してください」
「でも、えっと、ハルカちゃん?キミ、トレーナーじゃないだろ?」
「だよな!?あー、え、ちょ、ハルカ?どーしたんだよ」
ハルカの突然の申し出に戸惑っていたユウキがやっと我に返ってハルカに詰め寄る。しかしハルカは自分の足をバシバシと肉球だか吸盤だかで叩いているキモリと同じようにユウキを無視して、じぃっとダイゴを見つめてみた。
「冗談ですよ」
「だろうね。ほっとしたよ」
ダイゴは笑って、一歩ハルカに近づいて、くしゃりと頭を撫でる。何故だか嫌な予感がしたハルカは足元のキモリをちょっとつま先でつついて、怒ったキモリがハルカの顔、をめがけたのだが、「不運」にも中間にあったダイゴの腕にハッパカッターを食らわす。ぴりっ、とダイゴのスーツの袖が切れた。
「あ、大変。怪我しなかったですか。私のキモリ、プライドが高いから」
「あぁ、うん。大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。そっか、ごめんね、キミのハルカちゃんに不用意に近づいたから怒ったのかな?」
膝をかがめてダイゴは、シャッシャとリーフブレードでも出しそうな様子のキモリに笑いかけながら、謝る。ハルカもキモリに「ごめんね」と謝って、笑いかける。
「あれ……なんでだろ、ミズゴロー…なんか、寒くねぇ?」
二人に蚊帳の外にされながら、ユウキはぶるっと身を震わせたが、ここは常夏のホウエン地方。寒いわけがない。
「あ、あの、ダイゴさん。じゃあオレとバトルしませんか?」
そして居た堪れなくなったのかユウキが二人の間を割って入るように提案すれば、今度はダイゴは心底すまなさそうな顔、眉を寄せて謝ってくる。
「ごめんね、僕のポケモンたちは皆疲れているから、今は休ませたいんだ」
「あー、そうっすよね。すいません」
そういえばダイゴは今までバトルをしていたのだ、ハルカとユウキは改めて思う。それで、なにやらダイゴとユウキがポケモンバトルについて熱く(まぁ、一方的にユウキが先輩トレーナーらしいダイゴに質問攻めだが)語っていて、それで、ダイゴが日が暮れているから、という理由で二人をミシロタウンの入り口まで送ってくれることになって、ハルカはダイゴとユウキの少し後ろを付いていきながら、ユウキのユラユラ揺れる白い帽子を眺めながら歩いていた。
なんでこのヒトは自分がトレーナーじゃないことを見破ったんだとか、っていうか、破壊光線出すほどのポケモンとなんで戦ってたのかとか、そういう、もっともな疑問が脳裏をチラチラ横切って仕方がなかったのだけれど、別にダイゴのスーツを引っ張って「で、どうなんですか」と問い詰めるほどの執着心が沸いてこなくて、ハルカは黙っていた。
それで、野生のポケモンにもなぜだか遭遇しないで済んで、ミシロの入り口まであっという間についてしまって、ここでいいです、とそこで初めてハルカが口を開けば、ダイゴはふわりと笑って「そう、それじゃあね」と自分の腰からHマークの入ったボールを出して、鉄のような鳥ポケモンを呼び出す。
「またね、ユウキくん。キミが強くなって、たくさんのポケモンやトレーナーとであったらきっと、また会えるよ」
「はい、頑張ります。オレ」
にっこりと、トレーナー同士の言葉を交わしてから、ダイゴはエアームドに飛び乗る。
「それじゃあ、ハルカちゃんも。またね」
言って、颯爽と白馬にまたがる王子様のフレーズがよく似合う好青年のように、ダイゴは去っていった。飛び去る寸前、エアームドの尻尾でも掴んで止めてやろうかとか、一瞬思い、ハルカは、唇を感でじっと耐えた。
「ダイゴさん、」
ハルカはその背中を見て、二週間前に自室の天井で見た蜘蛛を思い出した。天井にへばりついた蜘蛛が自分の口の中に落ちてきて、それで、勝手に出て行ったら気分が悪い。蜘蛛を自分で掴んで、自分で取ればすっきして、何も残らない。のに。なかったことに出来る。のに。蜘蛛が勝手に入って、勝手に出られたら、困る。勝手に自分の前に現れて、勝手に帰っていく。相手のペースで物事が運ぶ。別に、それはいい。そういうのが流れだと、わかっているのに。どうも、ダイゴにそういうことをされると嫌な気持ちになって仕方がない。
飛んでいく鋼の大きな鳥を眺めながらハルカ、なんだかふつふつと怒りのような泥のようなものが沸いてきて、ごぽり、と煮えくり返って、不愉快になる。
「何か、へんな人だったな。あの人。ヘラヘラ笑ってばっかで、強いのか、弱いのか。いや、良い人っぽけど、なんだろ、なぁ?」
同じようにエアームドを見送って空を仰いでいたユウキが同意を求めるように聞いてくる。ハルカは小首を傾げて、肩を竦めて、それからシュッシュとリーフブレードの練習をしているキモリを抱き上げて呟く。
「気持ち悪い」
呟いて、ぎゅっとキモリを抱きしめるとキモリがいつものように不機嫌そうに鳴いた。
Fin
・リクを頂いた勢いで書きました。ちゃんと添削したつもりなんですけどネ。勢いで書くのは止めよう止めようと思っていたんですが……人間、嬉しさのパワーってすごいね、ほんと。ちなみにこれ続きますよ、たぶん。リクは「ハルカとダイゴの出逢いが見たい」だったので、出逢いをちゃんと最後まで書いてこそ目標達成!!
でも…どうしても、どうしてもダイゴさんが好青年になれない!ハルカちゃんがツンツンしてる!!まだまだ改良の余地がありそうですね…ほんと。
ちなみに、ハルカちゃんに沸いた「泥」をどう解釈されても自由っすよ。一目ぼれしたんだ、とでも、あまりの不審者っぷりに警察の必要性を感じたとでも、寧ろ生理的に受け付けない人種だっていう反応だとでもOKです☆泥の発想は黒澤清監督の「LOFT」の泥吐き女を見て思いつきました。オチはアレですが、いい映画です。
(2007/02/20
00:20)