蝉

 

 


「昨日、奇妙な夢を見たんですよ、わたし」

とハルカぱくりぱくりと出されたアップルケーキに器用にホークを立てて割って、丁寧な仕草で口元に運び込む。その様、をミクリは「優雅ですねぇ」と満足そうに(それは叔父が姪でも見守るような目に似ている)目を細めて見ている。

「奇妙な、夢」
「えぇ、ヘンな夢なんですよ」

奇妙と変の違いは一体なんだろうかなどと脳裏で考えながら、ハルカは頭の中で物事を整理する作業を億劫に思って、その大事な過程をすっとばす。

「ダイゴさんがいっそ、死んでしまえばいいとか、思いました」
「結果は重要ですが、やはり私は途中報告も頂きたいですね、ハルカ」
「バスを待っているんですよ、ダイゴさんが」
「それは奇妙ですね」
「でしょう?ダイゴさんなら、エアームドですぐに飛んでどっか行くじゃないですか。あの人が歩くのって、洞窟の中くらいでしょう?」
「それは、何ともいえないですけど、ダイゴだってコンビニで買い物くらいはしてますよ、きっと。似合いませんけど」
「ミクリさんなんてもっと似合わないですよ、絶対」
「それで、ダイゴがどうしました」
「木の背もたれと、鉄の補強材で出来た、三人くらいは座れるベンチの右端に座って、背を持たれて、目を閉じて、バスを待っているんです。なんでか、バス停だったんですよ。ミクリさん、ダイゴさんがバスのつり革を握ってる姿なんて、想像できますか?」
「バスは来たのですか?」
「来ないんです。でもダイゴさん、ずぅっと、顔を空に向けたまま、目を閉じているんです。空、すごく青いんですよ、ねぇ、ミクリさん。私、夢の中なのに、あんなに真っ青な空、今まで見たことないのに、夢って、そういうものでした?」
「ハルカくん、ハルカくん。支離滅裂になっている。そうですね、夢というのは、依然見た記憶を脳内が編集して、と、私も詳しくはないのですが、そういう仕組みになっていると、聞いた事があります」
「真っ青な空の下で、バスの来ないバス停のベンチで、ダイゴさんが一人で座っているんです。わたし、やっぱりダイゴさんは、死んでしまえばいいとか、思いました」
「どうしてです?一緒に、バスを待ってあげてくださいよ、でないとダイゴは目的地に辿り着けなさそうですよ」
「だってダイゴさん、何も持ってないんですよ。なのに、全然平気そう。あの人、そうなんですよ、いつも。結局、何もなくても、かまわない。あれば、大切にしてくれるけど、でも、なくても、平気なんですよ、だって、ダイゴさん。バスが来たらそのまま、乗って、しまう」
「アナタを置いて、と?」
「そうじゃないです、わたし、ダイゴさんに連れていってもらおうとか、そういうことはこれっぽっちも考えません。ねぇ、ミクリさん、どうしてでしょう?ダイゴさんは、どうして、何も持っていないのでしょう?わたしは、どうしてそれを、無意識に夢に見るくらいには、自覚しているのにどうして、わたし、ダイゴさんの「必要なもの」になるのでしょうか。不思議で、奇妙なんですよ」
「ダイゴは昔から、何ももつことができない、そういう生き物でしたよ。ハルカくん。だからこそ、私はアナタのことが心配だ。ダイゴはハルカくんを「必要」とはしているのに、なのに、絶対に、自分のものにはできない。それは、ただ、アナタを」
「不幸にするだけのものだと?もうなっています、ミクリさん」
「でも、空は青かった」
「はい。とても、青かったんです。ホウエンの、真夏の空よりも、真っ青」
「つまりは、アナタはダイゴにとって、その、空になっていると、そう、きっと、夢ではそう、なっていたのかもしれませんよ」
「ミクリさんは本当にそうやって、ステキなことを言ってくれるんですね」
「不幸を解って、それでもダイゴを愛しているハルカくんの言葉も、素敵ですよ」
「しあわせがどういうものなのかは、解らないのに、不幸はちゃんとわかるって、それって、でも、どうなんでしょうね」

と、ハルカはふわりふわりと笑って、ミクリは、その笑顔がとても幸福そうに見えたのでなんだか、ぞくりと、背筋が凍ってしまったのだけれど。それでも、彼女の見た夢のように、ダイゴが真っ青な空の下、ベンチに座って空に顔を向けてバスを待っているのを想像した。

(ダイゴは両目をずっと閉じている。それはつまり、空を見ていないということだ)


目の前にいる赤いバンダナの少女は、不幸を解っている。

 

 

Fin

 

 


・Zakkiに入れるべきか迷ったんですが、一応。ダイゴさん名前しか出てこないけど。友人に「お前の書く文章はセリフが少なすぎる」と言われて練習中。セリフばっか。そういえば、ミスフルサイトで優曇華というところがあって、自分高校生のときにすごく、いろんな感銘を受けたのを思い出します。描写がすごくうまいのに、セリフだけで小説を完璧に書くこともできて、今はどうされているのか……。
(2007/3/26 23:16)