新年が明けましたよおめでとう

 


 

 

 

「いやぁ、女性陣は華やかだね」

 

にこやかなダイゴの言葉に、心底いやそうな顔をしたのは、ヒカリだった。扉を開けて出迎えたダイゴを挑むように睨んで、その小さな背でしっかりと後ろの、ハルカを庇っている。

 

新年アケオメ、とやらを迎えることになったシンオウ地方。それぞれが一応実家はあるのだけれど、それぞれ、事情持ちだったため、今回、シロナの家でちょっとした新年会を行うことになった、らしい。

 

呼ばれたのはまずナタネ、それで、ナタネがくればヒョウタも来る。ヒョウタがくれば、デンジも来ることになって、デンジがくれば、オーバも来るのが道理のよう。ハルカはシロナのところに居候している身であるし、ハルカが来たので慕うヒカリもやってきて、おまけのようにゲンまでしっかり付いてきた。

 

余計なのが多いとヒカリは鬱陶しく思っていたのだけれど、それでもこの、にこやかに微笑んでいるエセ好青年が来るとは、知らなかった。

 

「なんでお前がここにいる」

 

機嫌の悪い声を出して、じっと、ヒカリはダイゴを睨んだ。

 

「呼ばれたからだよ」

「誰だ、こんなの呼んだのは」

 

仮にも年長者を、しかもホウエン地方のチャンピョンを「こんなの」呼ばわりする彼女は、後は四天王戦を待つばかりの注目株トレーナーである。一週間ほど前、ハンマー片手にナギサのジムに「お前の所為で製作途中だったメールのデータが消えた!」と殴りこんだヒカリ、ついでとばかりにその足でバッチを取得したのだ。

その話を聞いているダイゴであるから、ヒカリのその、ポケモントレーナーとしての素質をとても買っている。本人が望む望まずに関わらず、天才的なセンスと資質を持ったトレーナー、だというから、ダイゴはヒカリのその傍若無人なまでの不器用さが、生意気というよりは、可愛らしくて仕方がなかった。

 

「ゲンさんだよ」

 

だから、何か自分からとげとげしい言葉を吐くことはもちろんなくて、けれどダイゴ、別にマゾではなかったから、ヒカリの怒りを正面から延々と受け止めていたいとは思わず、その矛先を、「まぁゲンさんだしいいか」という気安さで、向けてみた。

 

「ゲンがか」

 

すぅっと、ヒカリの目の中で軽い殺気のようなものが浮かんだ。ダイゴは脳内でぼんやりと、これからゲンの悲鳴が上がるだろうなぁとは予想しながら、それでも何もいわなかった。

 

そんなことより、随分と嫌われたものだとダイゴは苦笑して、その、藍色の髪に挿した菊の簪がちらちら揺れるのを眺める。ヒカリは淡香色の控えめな着物姿。色合いは若い娘には少々押さえ込んだもののように思えるが、ヒカリは華やかな色合いよりも、こちらのほうが、らしい、と見える。

 

「あけましておめでとう、ヒカリちゃん。今年もよろしくね」

「よろしくなんて誰がするか」

 

ダイゴがにこやかに手を差し出すと、ぴしゃり、と言葉で叩き落とされる。

 

「ヒカリ、前に進んでくれないと中に入れないわ」

 

一番後ろにいたシロナが溜息のような息を吐いて言って、ヒカリは一瞬だけ顔を顰めるが、何か行動を起こす前にハルカが「外は寒いよ」と助け舟。ダイゴはヒカリに殴られることはなかったし、シロナの家が破壊されることもなかった。

 

ヒカリはハルカに話しかけられて、はにかんで、ハルカの着ている桜の花の着物の裾を引っ張って奥へと急いだ。

 

「あけましておめでとう、ハルカちゃん」

「ダイゴさん、あけましておめでとうございます」

 

すれ違いざまに、ダイゴはハルカに微笑んで、ハルカもにぃっこりと、ダイゴに向かって微笑んだ。

 

「かわいい格好をしているね」

 

ハルカは春が一足先に訪れた、というような空気をまとう着物姿である。女性陣を一箇所にまとめたナタネの伯母が「折角だから」と四人を和装させてくれた。だから、シロナの家のパーティの準備は男性陣で行い(と言っても、先についていたゲンとダイゴ、オーバの三人だけだが)こうして花の到着を待っていたのである。

 

「新年から、ハルカちゃんのかわいらしい姿を見れて、なんだか縁起がいいな」

にっこりと、微笑んで話しかけると、ハルカ、一度ダイゴを見つめ目を細めた。

 

「そうですか、」

 

にっこりと、にっこり、ハルカが笑っている。へらり、と、ダイゴも笑って、完全に油断したみぞおちにハルカの華麗なボディブローが一撃。けれどそれがそれほどの、力を込められているわけでもなかったのでダイゴは一度咽て、それでも、平然とした。

 

「あぁ、やっぱりハルカちゃんだねぇ」

「殴られて確認ってどんだけMですか。っていうか、何堂々とその面見せてるんです。逃げ回るって、言っていませんでした?」

「新年は何でもOKなんだよ。無条件の免罪符発動、良い日だよねぇ」

 

なんてのん気にダイゴは呟いて、ヒカリにぐいぐいと引っ張られていくハルカを見送った。背中の揺れる金魚のように真っ赤な帯が、ゆらゆら、手を伸ばして掴んだらどうなるのかと、ぼんやり思えば楽しくもある。

 

「連れていかれてしまったけれど、いいの?」

 

パタン、と扉の閉まる音。振り返れば、ハルカの後ろにいたナタネと、その後ろのシロナがやっと室内に入れて、外と中が扉一枚に隔てられた。

 

ナタネはやはりというか、緑をメインとした色合わせ。普段バンダナで覆われているだけの無造作な髪型も、今はヘアピンで丁寧に上げられて額を出している。

 

「新年、おめでとう。ナタネ、ヒョウタくんたちはもう来ているよ」

「あけましておめでとうございます、ダイゴさん」

 

ダイゴはまずナタネに挨拶をして、それで、二人ともそれほど親しい間柄ではなかったし、思えばまだ二、三度しか会っていないので、さしさわりのない言葉を吐いて、ナタネはさっさとリビングへと向かってしまった。

 

「やぁ、シロナ。あけましておめでとう。今年もいろいろとお世話になるよ」

「毎年そういわれて、君に迷惑をかけられたことは一度もないわね」

 

ダイゴはシロナのコートを受け取って、入り口のコート掛けに掛けると、当たり前の仕草でシロナをエスコートする。これだけ見ていれば、まるで中むつまじい、上流階級の恋人同士に見えなくもない。

 

ふと、ダイゴはこの光景をハルカが見てくれていたら、何か思うことがあってはくれないだろうかと、そんなことを考えてみるが、ハルカ、は自分の性格も、シロナの性格も、正確によくよく理解してしまっているので、そんな、愉快な展開はないだろう、と、思えば少々残念だった。

 

「いいんだよ。挨拶は出来たし、あとでゆっくり、じっくり話すこともあるしね」

「含み笑いをしながら言わないでちょうだい。ダイゴ、犯罪臭いわ」

 

 

 

 

「ヒカリ」

 

こっちこっち、と、暖路の前で手を振る長身を認めてヒカリは一瞬動きを止めた。暖炉の前で飲み物片手に立っているのはゲンだ。室内だというのに、やっぱりいつもの帽子を脱がない。ハルカが寒いといけないので、暖炉の傍に行きたかった。けれど、そこには先客がいて、だから、ヒカリは一瞬躊躇ってしまう。

ヒカリはじぃっと、ハルカの掌を振り返って、問いかけることにする。

 

「ヒカリちゃん?」

「ハルカは、ゲンがキライか?」

 

きょとんと、ハルカは目を丸くする。ゲンさん。ゲンさんを、キライかどうか。ヒカリは変な聞き方をする。好きか、と、これまでハルカが聞かれたことはない。いつも、キライか、どうか、と聞いてくる。

それで、ゲンさんのことをヒカリは考えてみた。鋼鉄島で少しだけ会って話しただけの間柄、少しだけ、ダイゴさんに似ている人だとは思っていた。けれど、デンジさんにも、似ているところがあると、思っていたあの人を、自分は嫌いか、どうか。

 

「嫌いじゃないよ」

 

はたして、キライ、という感情を自分が持てたことがあるのかと、質問の真意ではないことを改めて、ハルカは考え込んでしまった。そういえば、自分は誰かを心底嫌悪する、といいうことが、これまで、たったの一度しかない。

 

(その、たった一人の相手は現在、何か見せ付けるようにシロナさんと穏やかな談笑、なんてしやがって)

 

一瞬思考回路が仄暗くなりかけてしまい、ハルカは首を振ってヒカリを見下ろした。

 

「ゲンさんのこと、嫌いじゃないよ」

「そうか。じゃあ、行く」

 

答えるがいなや、ヒカリはハルカの手を繋いだままスタスタと、暖炉へと歩いていって、その前にあるすわり心地のよさそうなソファにどっかりと座り込んだ。ヒカリは着物を着ているからといって普段よりも大人しくなるということはなく、ナタネもそれをちゃんと理解して、ヒカリの着付けはハルカよりも少々変えているらしい。ハルカは丁寧に帯、袖、足元を気にしながらソファに座った。

 

「こんばんは、ヒカリ。ハルカ。今年もよろしく」

 

ゲンは暖炉の角に肘を預けた姿勢を正して、丁寧にヒカリとハルカに頭を下げた。こういう仕草を見ると、まるで御伽噺の王子さまのようだと、ぼんやり、と、ハルカは思えてしまう。

 

「あ、はい。よろしくお願いします。ゲンさん」

「ゲン、一人なのか?」

 

丁寧に頭を下げてお辞儀をしたハルカの言葉が終わると同時に、ヒカリはゲンに問いかける。今日はヒョウタもデンジも来ているはずだ。だから、ゲンが一人でここにいるのはおかしい。そう思って問いかけると、ゲンは少しだけ笑って、首を傾けた。

 

「三竦みってやつかな」

「?」

「ゲンはヘビだな」

 

ハルカは何を話しているかさっぱり検討がつかなかったが、珍しくヒカリが面白そうに目を細めて、笑った。

 

 

 

 

デンジは広間の、窓の近くにしゃがみこんで、ふてくされていた。傍らではライチュウが長い尻尾を器用に揺らして、ゆらゆら、デンジの服をつついてくる。言いたいことはわかるが、それでもデンジは窓の外を無意味に眺めたまま、動かなかった。

 

折角の新年、あけおめ、めでたい気分にはちっともなれないデンジだが、気に食わないことが今現在多すぎる。

 

「ヒョウタんとこに行かなくていいのか?久しぶりだろ、会うの」

 

完全に気分が沈んでいたデンジに、わかっているだろうに、オーバが無遠慮に声をかけて、地雷をばっちり踏んでくれた。

デンジはぎろり、とオーバを睨んで「あっちいけ」と目で訴えてみたが、幼馴染で親友、そんなことを察しても、実行はしてくれない。にこにこと、人のよさそうな笑顔を浮かべてゲンの向かいに座り込んだ。

それでずるずると、小さなサイドテーブルを二人のところに引っ張ってきて、持っていたらしいスルメやら菓子やらを置いて行く。

 

どうやらオーバ、新年もハナッから、おせっかい気質を貫くらしい。てこでも動かぬ、ほどの意志の強さではないのだけれど、デンジ、ここで自分が意地を張るのが、なんだかバカらしく思えてきて、ぼそっと、一言。

 

「ナタネがいる。殴り飛ばされるのがオチだ」

「ヘタレてんなぁ。今年こそはガツン、とナタネに言ってやれよ」

 

にべもなく、切り替えされた。

けれど、そんなことが出来るのならとっくに、それこそ八年まえからしていると、デンジは怒鳴りたくなる。ナタネ、ナタネ、恐怖の大王にルビをふってそう読むんだと、もうデンジは信じて疑っていない。そりゃあ、小さい頃はあれこれ抵抗を試みてみたが、最近では、もうとっくに諦めてしまっている。

 

大体、自分は何もしていないのに、ナタネのヤツ、デンジがヒョウタに近付くたびに、どうしようもない理不尽な暴力を加えてくる。暴力、と、言葉にすればとても印象が悪いものなのに、なぜだかデンジも、その暴力をナタネがするのは当然だと、そう、思えてしまっているから、タチが悪い。

 

しかも、今回はヒョウタとセットになっているのだ。ナタネとヒョウタにいろいろと、精神的にキツイことを言われたら、デンジ、今年もジムに引き篭もってしまうと自分で自覚があっての、つまり、これは防衛本能なんだ、と、弁解したい。

 

「大体なんでお前がここにいんだよ」

 

けれど、言ってどうなることでもない。オーバはどうしてだか、ナタネの怖さをちっとも解ってくれなくて、それがもどかしくて、不機嫌になったデンジは、目の前の真っ赤なアフロをもしゃもしゃと掴んで、些か乱暴な手つきでテーブルに沈めた。そんな理不尽な暴力を今更何と思うことなどないらしい、デンジの心友、ハッハッハ、と明るく笑ってアフロに引っかかったスルメを引っこ抜く。

 

「シロナさんがいるんなら誰か四天王の一人はついてないとダメだろ、やっぱ」

 

あの人は酒が入ると大変だから、と笑うオーバの声に掛かる、シロナのやけにハイになっている笑い声。デンジの記憶にぼんやり浮かんできたのは、一週間前のシンオウジムリーダー+四天王+チャンピョンで行われた忘年会、ヒョウタの黒い笑顔とともに吐き出された「年増」発言で暴れだした我等が地方の誇るチャンピョンの姿。

(いや、あれはだって、シロナがヒョウタの目の前でゲンの悪口を言うからいけない)

 

「ホウエンチャンピョンがいるからへーきなんじゃねぇの?」

 

メンバーだけ見れば、そういえば今日はとても豪華なメンツじゃないだろうかと、改めてデンジは気付いてぼそり、と呟いた。

そうそう、なぜだか、当たり前のようにホウエンのチャンプがシンオウにいやがって。(あれ?元、だったか。まぁいい)

ダイゴはシロナよりクセがあって、一見は互いに対等そうに見えるが、デンジはシロナがダイゴをどこかで怯えているだろうと、検討が付いていた。ダイゴは、ゲンに似ているところがあるのだ。だから、自分だってもし、ダイゴに近しい人間にさせられてしまったら、シロナのその、怯えを責めることはできそうにない。

 

「あの人アテにしちゃダメだろ」

 

なぁ、と指差す先には、ホウエンから来た、着物姿の少女をニコニコと眺めて、心底機嫌のよさそうな、けれどその顔にはばっちりと「下心」と書かれているホウエンのチャンピョン。(あ、元だったか)

 

「チャンピョンは、皆自分中心だ」

 

あっけらかんと笑うオーバの言葉に、今度こそデンジは吐く言葉がなかった。

 

 

 

 

さて、体も暖まったことだし、そろそろダイゴさんを殴り飛ばしてこようと、ハルカ、ヒカリに悟られぬようゲンに目配せをして協力してもらって、そっと席を立った。ヒカリはゲンが渡した知恵の輪を必死に解いてる真っ最中。(新年早々何してんの)ハルカはダイゴの姿を探した。

 

つい先日、ステキなお茶会で再会しても、結局、何も変われなかったダイゴとハルカ、結局、ダイゴは逃げ続ける気らしいことだけはハッキリしていて、ハルカも、まだもう少しは追いかけてやろうという気になっていたその矢先。

 

「何、普通にしてるんです。ダイゴさん」

「やぁ、ハルカちゃん」

 

ハルカは広間のソファに寛いですわり、シンオウTVを一人で見ているダイゴの頭にミカンを乗せた。

シロナさんはいつのまにかどこかへ姿を消している。

 

「シロナのところにはコタツがないんだよ。残念だね」

「寒くはないですよ」

「床暖房が入っているらしいからね。でも、コタツでミカンじゃないと、なんだかおちつかなくない?」

 

ホウエン大企業の御曹司が何庶民みたいなことを言っているのかと、ハルカは思いかけて、ぐっと、腹に力を込めた。

 

「新年早々、相変わらずですね」

 

がちゃりと、仮面を被られてはたまらない、ハルカはそれだけ言って、もう一つ持っていたミカンの皮を向いて行く。

 

「そういえばミクリからメールが来ていたな。ユウキくん、四天王のところまで来たって言っていたよ。ポケモンリーグは年末年始関係ないからねぇ」

「今現在、シンオウの四天王とチャンピョンがここにいるんですけど、」

 

しかも、オーバはトップバッターではなかっただろうかと、ハルカはシロナから聞いた情報を思い出してみる。あ、違った。確か一番最初は、虫使いのリョウくんだ。ヒカリ、まだ会ったことこそないけれど、蟲使いが四天王、という事実に驚いて、それだけはハッキリ記憶していた。けれど、といって、チャンピョンと四天王が当たり前のようにここにいることは、いいのだろうかと、不安に思っているハルカに、ダイゴがそっと慰めるように言葉を掛ける。

 

「大丈夫だよ、ハルカちゃん。デンジくんがここにいる限り、バッチを八個集められるトレーナーはいないから」

「全然問題の解決になっていません。何優しく言葉をかけるような体勢で、無責任なこと言ってるんですか」

 

ダメじゃん。全然ダメじゃん。ハルカはぐったりと疲れてきて、剥いたミカンを一つ、口に運んだ。

 

「冬だねぇ。シンオウは寒い。ハルカちゃん、体調には気をつけてね」

「ダイゴさんこそ、いっつもうすら寒い笑顔ばっかりで体温低くして寝込まないでくださいね」

 

ぱくり、ぱくりと、ハルカがあんまりにも無造作に、けれど美味そうにミカンを食べるものだから、ダイゴも頭の上に乗ったままの(器用なことだ)ミカンを取って剥き始めた。その仕草が、あまり慣れていない。

 

「不器用ですね」

「力加減が難しいね。これ」

 

ダイゴさんはミカンも向けないのかと、ハルカは呆れて、そうしたら、少し、ダイゴの耳が赤くなった。

 

「なに照れてるんですか」

「え、あ、いやぁ……なんだか、恥ずかしいなって」

 

ダイゴさんは、変なところを気にするとハルカはミカンを口に入れながら思った。他にもっと、気にしなければならないところがあるだろうに、この人は時々、ハルカにはどうしてだかわからないことで、まるで乙女のように恥らう。(乙女、と思ってハルカ、あまりに気持ち悪さにいやそうな顔をした)

 

「こっち、あげます。それください」

 

ハルカはこみ上げてくる吐き気をなんとか抑えて、ダイゴの手に自分が剥いたミカンを押し付けて、ダイゴが何か言う前にまだ皮が半分以上ついているミカンを奪い取った。

 

 

 

 

「気になるのなら、行けばいいのに」

「うん、そうかもしれない。でも、どうしても、無理なんだ。ナタネ、どうしてだろうね」

 

ヒョウタはテーブルの上に置いてあったミカンを一つ手にとって、足元のズガイドスに渡してみる。手の短いポケモンは器用に受け取って暫く眺めていたが、思いついた結果が、ミカンを尻尾で蹴って遠くに飛ばす、という遊びであった。

 

「あはは、ズガイドス。ミカンはボールじゃなくて食べ物なんだよ」

 

どうするのか反応が見てみたかった、という本音のある分、「こらこら」とは言わないでヒョウタ、ズガイドスがミカンを持ってくるのを待った。

ナタネはテーブルに両肘を着いてヒョウタとズガイドスを交互に見つめながら、先ほどまでヒョウタがじぃっと見ていた暖炉の方の気配をうかがう。

 

「話したくないの?」

 

暖炉の前には気配が三つ。一つはソファに座って、ルー○ックキ○ーブを解いているヒカリの姿。先ほどから、なぜだか新年早々、そんな手慰みに嵌っている、のはどうなのだろう。そのヒカリの手元を覗き込んであれこれと助けてやっている、シンオウのチャンピョン。それに、向かいに立ったまま暖炉に体重を預けている長身の、青い帽子の青年。

 

(あなたたち家族か何か?)

 

ナタネはぼんやり呆れたように溜息を吐いて、その光景を眺め見た。ヒカリとゲンの関係に、シロナが加わればまるで仲の良い親子の図に見えてしまう。けれど、ゲンとシロナだけで考えればけしてそんな、夫婦には見えず、ヒカリとシロナだけ見れば、母子には見えない。ゲンとヒカリだって、父子にはとうてい見えないのに、どうしてだか、三人が集まればそう見えた。

 

そこでふと、ナタネはあそこにヒョウタが加わればどうなるのだろうかと、そんなことを考えた。けれど、中々想像が上手くいかなくて、そうこうしているうちに、ヒョウタが口を開く。

 

「どうしてだろ。僕にもわからないんだ。今だって、溢れるほどに焦がれているのに、僕は立ち上がろうとしていないんだよ」

 

ヒョウタはミカンを持ってきたズガイドスの頭を撫でながら、暖炉のほうへと再び視線を向けた。

その横顔が何を思っているのか、さっぱりナタネには伺うことは出来ないのだけれど、もし、自分がヒョウタの立場だったらどう思うのか考えてみた。今度は、その想像は上手く行く。

 

(自分の大切な人が、当たり前のように、自分じゃない、大切な人を作ってしまっている)

 

ちりり、と、焦げ付くのは心臓だ。ナタネなら、ヒカリに対して何か、黒い感情を持ってしまうだろう。けれど、それはあくまで、ナタネであれば、だということも、解っている。

 

ヒョウタはヒカリのことを認めているフシがあった。ジム戦で負けたから、というだけではなくて、何か、ヒカリに「求め」ているものがある。

ジム戦で負けたのはナタネとて同じであるのだけれど、ナタネには、ヒカリの何が、良いものなのか、わからない。そういう、ものだ。だから、ナタネはじっとゲンとヒョウタ、ヒカリを伺うしかない。

 

「それに、新年、さっそくナタネやゲンに会えたから、良しとしておきたいんだ」

 

嬉しいことを言ってくれるヒョウタに、ぼんやり、あのたんぽぽみたいな色の髪をしている電気ヤロウはいいのかと疑問は浮かんだが、ナタネ、それを口に出してやることは、当然なかった。

 

ということで、こんな、パーティではなくてただ、同じ屋根の下に集うというだけの、それだけの簡素なカンジの、新年会。時刻は先ほど鐘が鳴ったばかり、だというのに、ちっとも煩悩の払えぬ連中盛りだくさん、シンオウの、深い夜はまだまだこれから、という次第でありました。

 

 

 

Fin