そうして、盲

 

 

(地殻変動でも起きてそのまままっさかさままさかそうしてふたりっきりきりきりいたんだいたみなんてないて、酸素も止めて求めて黙り叱って押しつぶされてしまえ)


薄暗くランプほんのり仄かぼんやりと浮かぶひゅうるりひゅるり、ドクケイルでも小さくしてもっと蟲っぽくしたらそうなるんじゃないか、という生物舞っている。その傍らで待っている、ハルカ。
つとめて明るい華やかな声でもだして声高く某人に物を告げればまだこの洞内、多少は精彩もできるというものの、その切り口がいっこうにわからずにハルカは暫く巡回している始末。

どうせ口を開いても、自分がろくなことを言わないという自覚はさすがに、最近やっとできてきた。別に、折角ダイゴの採掘とやらに同行しているのに、この、今ただでさえどんよりとした空気の密度を自分から、上げようとは思わない。

だから、いっそ地殻変動でもおきてそのまま悲劇の恋人同士よろしく最期の酸素を分け合うようにささやきあうような機会でも起きないかとか、そういうかなり、命がけの願いまで思いつくように、なっていたらしい。

「ダイゴさんが洞窟を好きな理由って、酷いですね」

けれど、やっぱり沈黙というよりは、この、状況が嫌になって仕方がなくて、ハルカは結局、そう、嫌なことを言ってしまった。

「ハルカちゃんはそうやって、突拍子のないことを当然のように言うね」
「性分ですから」
「性分なんだね」

へらり、とダイゴが笑ったのに腹がたって、ハルカは笑いながらも振り返らないダイゴの背中に向かって小石を投げつけた。けれど別にダイゴはわざとらしく「痛いなぁ」というだけで、やっぱりへらり、とか笑う。

嫌だ、気持ちが悪いと今更後悔したところで、ハルカは今から一人で出口まで走って帰る気力も、その道順の記憶もない。ついてくるんじゃなかった、何度も何度も思って、それでも、ダイゴの背中を見続ける始末。

そして開いた口も中々閉じてはくれないで、一体どうしろっていうのか。

「ダイゴさんは誰か他人がいれば何かを演じるじゃないですか。そうやって生きてきて、そうやって、自分に本質がないのを誤魔化してきたじゃないですか。だから、洞窟の中は落ち着くんでしょう。一人っきりになれば、何もそこに生きてるものが存在しなければ、自分は何も演じないですむ、それに、自分の本質なんてなくても、洞窟の中では別段に困ることもない」

なのに、どうして今自分がいることを許したのかと、追求は弾圧に変わりそう。ハルカ、はギリギリと歯を食いしばった。それでも、漏れる音。

「結局、ダイゴさんってどんな生き物なんですか」
「今、ハルカちゃんの見ている、ハルカちゃんの思ってる生き物で構わないよ」

と、ハルカが心底吐きそうな顔をしているのに、このひとは平気で仮面を被る。

「わたし、邪魔ですか」
「そんなことないよ」

それは、本当だろうと思う。けれど、それはダイゴ、ハルカの目の前にいる、普段から「ハルカちゃんらーぶ!!ふぉーえば!!」とか叫んでいる、ダイゴの価値観理念であって、それが、普段洞窟のなかでひっそり息をしている生き物のものと同じであるということはない。

(このひとは、一体なにがあったんだろう)

どうすれば、こういう生き物になるのか。ハルカは今更になってやっと、ダイゴのその、本質のない本性というものの構成過程を仮定しなかった自分に気付く。その推測、必要ではないと脳裏で切り捨てられるもので、結局、そう気付いても別にハルカは、その推測を浮かび上がらせて彼に、ダイゴに突きつけてみようとは、どういうわけか思い浮かばなかった。

「ダイゴさん」

とはいうものの、ハルカは無性に、この生き物が、とても気の毒な存在であるように思えて仕方がなくなっていた。自我の確立云々などという難しいことのわからぬハルカであっても、他人の前にあっても貫いてすごすだけの「私」という生き物がある。だというのに、この、触れ合えば触れ合うほどに、「自分」という本質の生彩を欠いていくツワブキ・ダイゴという生き物は、どうしてこんなにも。

「なに?ハルカちゃん」
「私はいつでも、いつだって、ダイゴさんが死んでしまえばいいとか、そういうことを考えているですよ」
「毎朝毎晩?」
「そうですよ、必ず、思います」

へらり、とダイゴが微笑んだ。

「僕はハルカちゃんに愛されてるんだね」

へらり、へらりと、ダイゴが笑う。その足元に転がっている道具をひとつ拾い上げてそのまま、その、ド頭を後ろから殴り飛ばしたとしても、きっとカランと音を立てて仮面が落ちることはないんだと思って、ハルカは憂鬱になった。

 

 

 

はぁっと、息を吐けば改装終了。ろうそくの明かりでも吹き消した方が情緒があったかもしれない。それは何かの童話にあった話のパロティだ、なんて思いながらハルカ、ぼんやりと目の前にある、ディジャヴでも起きそうな背中を眺めた。その背中、は一見あの、どうして洞窟内で着る必要があるのか結局最期までさっぱりわからなかったあのひとの、背中とは全然似ても似つかない、はずなのに、どういうわけか、どうしてか、似ていると一瞬、ぼんやりと思ってしまった。

「洞窟に篭って採掘してってなんの嫌がらせですかコノヤロー」

(この地方、ふざけてんじゃねぇのか。なんだよ探検セットって、鋼タイプが伝説ポケモンってどんなサプライズだよ、どんだけ、どんだけ思い出させるんだ、忘れる暇もない)

ふぅうと吐息。零れる歯音。噛んでギジギジと軋んで、結局意味のない仕草。呆れてハルカ、己の所業などなかったことにして、それで、目の前の、化石だかなんだかを必死に採掘している若き、ジムリーダーの背中に小石を投げつけてみた。

「え、ゴメン。聞いてなかった。何?」

と、優しく聞いてくるこの青年。一遍の好青年さでいえばダイゴと被るところが、なくもないけれど、ダイゴのそれはただの仮面の一面に過ぎないその一遍。つまるところにヒョウタのは素で、それが本質というものであればそのままに、ヒョウタの好青年さもそのまま素直にハルカ、は、好感を持って受けられる。(自分の話に耳を傾けられなかった怒りより、素顔のある人間の対応への感情が強いというのは、ダイゴさんの所為だ)

「ダイゴさんって、どうしてあーゆーヒトになったんでしょうか、って」
「永遠の謎だね」

ふふふ、と笑う声。そうですね、とハルカは頷くけれど、きっと、ヒョウタさんはそのエイエンのナゾとか結構、簡単に解いてしまっているんだろうと想像が付いた。けれど、そのナゾのコタエがハルカがそのうちに、出すかもしれない答えと一緒だという確証も、根拠もなくてもう一度、ヒョウタに小石を投げつけた。

「痛いよ、ハルカ」
「黙って当たってください」
「しょうがないなぁ」

いいながら、ヒョウタはボールからズガイドス、なんて呼び出して「ハルカを頼むよ」と優しく頭を撫でた。小さな恐竜、のような生き物やけに神妙に頷いて一声。トテトテ歩いてハルカの傍ら。

「ズガ」

とか、言う。

そのまま結局、目当ての化石が見つからなくて三時間くらい粘ったヒョウタも、明日のジムの準備だとかいろいろあることを、結局捨てられなくてすごすご戻る準備をするまで、ハルカはズカイドスに相手をしてもらって、放置。

それで、最期に、「見つかるよ、きっと」と、出口付近で突然頭を叩いてくれたヒョウタに、ハルカ、不覚にも何か突然と、こみ上げてくるものがあってそれで、ぱぁあっと眩しくなる視界に驚くようにそのまま、そっと、眼を閉じて、擦った。

 

 

 

 

・うちのヒョウタはデンジには酷い人だけど、ダイハルにおいては良い人。この頃きっと、ゲンとダイゴが一緒にいてデンジでも苛めてる。