面倒くさいことこの上ないけれど、ジムリーダーには三ヶ月に一度、ジム戦の結果報告うんぬんとか、まぁ、いろいろの連絡事項のために、集会、みたいなものがある。

それで、新しいクロガネのジムリーダーが決まったとかで、その集会に、新しいじむりーダーが、現れた。

ツンツンはねたうなじに、この公式の場だっていうのに、作業着だかなんだかわからない服装の青年。

デンジは、何度も何度も瞬きをして、思わずガタン、と席を立った。

「おい、ヒョウ……」

声をかければ、あの、子供のころと全く変わらない、あの、ツンツンはねたうなじの生き物、すぅっと綺麗に、綺麗に笑って、頭だけ一度「ぺこり」なんて下げて。それで、「終わり」にされた。

 

 

 

 

 

それから、段々と

 

 

 

 

大人になって、ヒョウタは一見子供だけど、もうデンジのことを「デンジくん」とは呼ばなくなって、それで、時々酷い目をするようになった。

(どちらがまだ幼い頃のままかと、ひとはよくヒョウタを挿すけれどそんなことはない。まだまだ、デンジのほうが、あの頃の自分を引きずっている)

ジムリーダー召集会のようなものが、三ヶ月に一度ある。デンジは、それが心底嫌いだ。格式ばった会はもとよりも、どうして自分が態々、あんな。

「おい、デンジ」

思考にふけっていると、上からいつもの、真っ赤な声が掛かった。

「ん」

顔も上げずにデンジは腐れ縁オーバに「しっし」と手を振る。

「おまえ、いい加減にしろよ」

「うっさいぞ、オーパ」

「わざとか?え、わざとか?オーバだっつってんだろ」

「うっさい」

あー、あー、聞こえない。耳に手をやってそんな、子供じみたことをしていると、無理矢理オーバが手をどかせてきた。背中に足をかけて、後ろから手を引っ張られる。こんなプロレス技なんていったっけか。

「おまえ、ヒョウタがジムリーダーになった最初の集会行こう、来てねぇだろ」

「……忙しい」

「この前また停電させやがったな」

暇じゃん、とオーバがそのセリフを言い終わらないうちに、とりあえず、デンジはオーバに右ストレートを食らわせた。殴り合いのケンカ。なんて青春!

 

 

(会いに行けばいいじゃねぇか)

思うが、それを口に出したところで絶対に、ヒョウタは言うのだ。「僕が近づくと、きっと、あの人は消えてしまうよ」とか、そういう、わけの解れないことを言う。一体、ヒョウタにとってゲンとかいうヒトがどういう立ち位置にいて、それで、ゲンにとってヒョタがどういう存在であれ、デンジは、知ったことではない。(はずなのに、子供の頃の自分、ゲンに向かってあんなことを言ったのは、なんでだ)

 

 

 

殴り合いの喧嘩、なんてしてみて二人、暫くして、どちらも天井あおいで仰向け。はぁはぁ息を切らせたオーバが、やや憮然として呟く。

「爆発するタイミングが間違ってると思わねぇか」

「あ?」

まだ続ける気か?とデンジが睨みつけると、オーバは「そうじゃない」と首を振って、息を吐く。

「キレるなら、ヒョウタのことで、キレろよ」

ひゅぅっと、喉が鳴った。デンジの蹴りがオーバのアフロを直撃する。あわてて、オーバが立ち上がった。

「とにかく!おまえ、ちゃんとチャンピョンに挨拶にだけは行けよ!!」

「……めんどうく、」

「面倒でもなんでも、だ!」

「なんで、めんどい」

「いいか!?お前はそれでいいかもしれないがな!今回チャンピョンになったシロナさんは、それじゃもう、おっそろし……じゃなかった、素晴らしいヒトなんだ!お前みたいな性格ひん曲がって芸術的な輪を描いてるヤツは一回あーゆーヒトに会いにいってこい!!」

この、アフロ…シンユウだか、腐れ縁だかの生き物が、自分と、ヒョウタのことを心底心配してくれていることはよく解っている。けれど、デンジはジムリーダーで、オーバは四天王だ。彼らの立ち位置がそこになった瞬間に、デンジは、オーバともなんだか奇妙な差異をかんじる事になってきていて、それで、そういえば、こうして殴りあうなんて何年ぶりだったかを思い出す。

(一瞬の魔法のような)

今、この瞬間の僅かな時だけ、オーバとデンジは昔の関係に戻れているだけで、きっと、この殴り合いの喧嘩をした翌日は、普通に、昔なじみではあるけれど、今は道を分かれてしまった二人、とかいうそういう、名前の別々の生き物になるのだろうと、デンジも、それにオーバも解っていた。

 

 

 

新しいチャンピョン、シロナの家はカンナギシティにあるらしい。古い街だとデンジはこれまで一度も行った事がなかったし、行ってみてもやはり、田舎でひとが殆どいなかった。

(ここなら電気大量に使っても怒られねぇかな)

などと、老人から明かりを奪うような思考をしていると、オーバに教えられたシロナの家を発見した。古い、家だ。

ノックをしても、いっこうに返事がないので扉を開けようとしたら、なんかをはさんだ。

「ぎゃッ」

見れば、可愛らしいの部類に入る女の子だったのに、もうすこし、こう「きゃぁ」とかそういう、可愛らしい悲鳴を上げられないのだろうか。デンジは、その、扉とナカヨクなってる女の子を見て、とりあえず謝罪をしてみる。

「…あー…悪ぃ」

「ヒトを扉とフレンドリーにさせたヒトはもう少し申し訳なさそうに謝罪してくださると、真意が伝わると思いますよ」

「平気そうじゃん」

「気のせいです」

しれっと、行って、女の子はぶつけたらしい鼻筋を大げさに撫でた。じろじろとデンジは無遠慮に女の子を眺めて見る。真っ赤なバンダナ、スパッツ、どこの健康少女だ、と思える軽装。トレーナーの服装に見えなくもないし、腰にはモンスターボールをつけてるけれど、彼女がトレーナーではないことは、トレーナーの目には解る。

「おまえがチャンピョン、なわけねーか」

「まぁ、違いますね。シロナさーん、お客さんみたいですよ」

パタパタとスリッパと床が仲良くしてる音を立てながら、女の子が去って行く。まさか、それまでこの寒い玄関先で待たされるのかと思っていると、奥からさっきの女の子が「あ、こっち来て下さい」と叫んでくれた。

 

 

 

かちゃかちゃと、お茶の用意をしてくれる女の子が、奥の台所へひっこんだのを確認して、デンジは目の前の真っ黒い格好をした金髪のねーちゃんに聞いてみる。

 

「妹?」

「あんなに可愛らしい子が私の妹だったら、毎朝毎晩嘗め回すように粘着質にストーカーだか観察日記だかつけてチャンピョンになる暇ないわよ」

「……」

「ホウエンのポケモン研究者、オダマキ博士の娘さんよ」

「へぇ」


と、頷いたもののデンジにそれほどポケモン研究者の名前に詳しいわけではない。せいぜい、シンオウのナナカマドとか、有名なオーキド博士、くらいだ。けれどこの、目の前の新しいチャンピョンさまは違うらしい。そういえば、オーバが彼女のことを「有名な考古学者でもある」とか言っていたのを思い出す。デンジはポケモン研究と考古学の関連性なんてちっともわからないが。


「自然研究に関心を持っている子なの。私の研究の、古代の地殻変動や古代気象が何かの役に立つらしくて、暫く預かる事になったのよ」

「へぇ」

「それで、あなたどちらさま?」


そういえば、名乗っていなかった。


「ナギサのデンジだ」

「あぁ、あの」


あの、か。いったいどの「あの」なのか解らないが、まぁ、こころあたりはいくつもあって、さらに、チャンピョンの同僚のような四天王の、自分の腐れ縁のあのアフロが何か言ったのだろうとも思い、別に、「あの」を追求する気はなかった。

シロナはにっこりと微笑んで、優雅にアンティークカップをテーブルに戻し、ひとこと。


「こんにちは」


それでは礼儀に足りないとふと気付いためをして、一応付け足す。


「ごきげんよう」

「……」

「ハルカ、お客様のお帰りよ」

「あ、はい」


ぴしゃり、パタン、と、シロナサマが奥の部屋に帰っていく。ハルカは慌てた様子もなく反射的に頷いて、カタカタと、出された紅茶の片付けなんてはじめたり、した。


「俺、なんかしたか」

「何もしてないからだと思います」

「ふぅん」

「せめて手土産持参、は当然じゃないですか」

「そういうもんか」

「知りませんけどね」


ハルカは答えて、「お帰りはこちらですよ」とか、容赦なく言った。

 

 

 

「シンオウのチャンピョンは変わってますよ」

「おまえ、ホウエンから来たんだっけか」

「えぇ」

「そっちのチャンピョンはまだマトモか?」

「言い換えます。チャンピョンは、変わってますよ」

「あ、そう」


何かよくわからないが、「せっかくなので」ハルカが途中まで送ってくれることになった。その、途中、がどこまでなのかもよくわからないが。


デンジはゆっくりゆっくり歩くのが好きだ。けれど、ハルカは少し歩くのが早い。けれど、デンジのゆっくりが、ちょうどハルカの早い、のと合うので、どちらも別に、普段のペースを崩さずにすんだ。


草むらを避けて歩いて、それで、暫く、じぃいっと、ハルカがデンジのふわふわしてる髪の毛を眺めながら呟いた。


「でも、デンジさんってなんだか少し、この前洞窟であった変なひとに似てますね」

「洞窟」

「青い帽子被ったヘンなヒトだったんですけどね。なんていうんだろ、生きてる匂いがしないんですよ」


生きてる匂いって、どんな匂いなんだか。呆れ、しかし、思い浮かんだ、青い帽子の姿にごぽり、と、心臓あたりが嫌な音を立てて動いた。それでも、デンジはなんとか、つとめて冷静、平静装って、いつもの調子。


「………俺、まだ死ンでねぇし」

「そうそう。少しだけ、迷子みたいなところも似てます。まるで、公園で置き去りにされた、子供みたい」

「頼むから、」

「はい?」

「喋んな」

「っ」


デンジはハルカの口を掌で押さえて、必死に、目をつぶった。チカチカ閃光。なんだこれ。電気ショックなんて、食らってない。のに。

もごもごと、ハルカが苦しそうにもがいているが、鼻はふさいでないんだから、ガンバレるだろ。とか、取り合わない。


「喋んなよ、頼むから。お前、なんだって、そんな。お前の、声。ダメだ」


たまらなくなって、両手で自分の顔を覆う。そのままずるずると体が沈みこんで、デンジ、蹲った。


直接的なことなど、ハルカは何も言ってやしない。暴く、ことだって何もないはずだ。だというのに、この子供の声はダメだ。彼女の声を聞くと、これまで自分が気付かないふりをしてなんとか蓋をしてきたふつふつと沸くものが嬉しそうに、酸素を得て湧き上がってくる。


(なんで、今更)


あの男、あの、デンジがクロガネから追い出したあの男。今も、昔もずぅっと、何も変わらないで生きてるらしい、あの生き物のことを、忘れたくて仕方がないのに、忘れれば、ヒョウタは自分を忘れるふりをするし、覚えていれば、ヒョウタに憎まれている自分を同時に認識して、それで、なんでこんなに。


「……なんだってんだ…」


(探しに行けばいいだろ!探しに行って、それで……!!会わせてやりゃいい!!アイツが探せないなら、オレが……!!)


何なんだ、このガキ。この、ホウエンから来たとかいう、この子供。少女。生き物。どうしてこんなに、暴く。嫌な泥ばかりがごぽりごぽりと沸いてくる!


「あの、デンジさん」

「しゃべ、ん」

「突然ヒトの口ふさいだ挙句、突然しゃがみこまれると、なんだか、私が何かしたみたいで、ものすごく、居た堪れないので止めて下さい、そういうの」


容赦ない言葉に顔を上げれば、それでも、「ハイ」と、白いハンカチをハルカが渡してくれた。その、気遣いに、あぁそうかとデンジは、フラッシュバック。


「おい、お前」

「ハルカです。なんですか、デンジさん」

「お前、ゲンに会ったのか」


数年ぶりに口にした名前はすんなりと舌の先に転がって、それで、跡形もなく消える。ハルカは一度目をパチリ、と鳴らして応える。


「会いましたよ。鋼鉄島とかそういう、名前のところで」

「ふぅん」

「誰かを探してるって言うから、迷子みたいだって、思ったんです」

「それさ、今度」

「はい?」

「クロガネのヒョウタに教えてやれよ」

「クロガネの、ジムリーダーさん、でしたっけ。確か」

「知り合い?」

「知り合いだったひとの、知り合いなんです」

「へぇ」


世界は狭いものだ、なんて二人同時に考えて、ハルカが突然デンジの背中を蹴った。


「あの、デンジさん」

「……ンだよ」

「よく解らないんですけど、会いに行けばいいと思いますよ。居場所がわかってるなら、ちゃんと、会いに行くべきだと思います」


蹴る必要はあったのか。しかし、その目があまりにも、真剣に言うものだから、デンジは思わず「うん」と、素直に頷いてしまった。それで、ハルカが心底、満足そうな目をする。


「じゃあ、このまま、行ったほうがいいですよ。クロガネ」


そっちかよ、と突っ込みかけて、デンジは、けれど、確かに、会いに行くなら、実際、ゲンのほうよりも、自分は、ヒョウタに会いに行くべきだと気付く。会って、みなければ。今まで、散々、あの頃、から避けてきた。けれど、本当は。


気遣いをしてくれたハルカに感謝だかなんだかを告げようとしたのだが、ハルカはにぃっこりと、嫌な笑みを浮かべている。


「伝言板なんて、まっぴらです」


ハルカ、そのまま容赦なくモンスターボールの中から黒いコウモリなんて呼び出して、そまま「クロバット、お願い」と、のたまった。


(え、オレ、このままクロガネまで宙吊り?)

 


数分後、ジムの屋根に落とされて屋根、突き破って乱入したデンジは、お茶しに来ていたらしいナタネとオーバに呆れたように。


「やっぱオマエ、熱血キャラに鞍替えしたら?」


とか、そういうことを言われた。

 

 

 

Fin


 

・「そうやって、段々と」の続きみたいなものです。デンジは、罪悪感まみれなキャラになってしまいましたね。わぁぉ。ハルカが口をふさがれてる場面、ダイゴさんを登場させたくて仕方がありませんでした。「僕のハルカちゃんに何してるんだこの変態」とか、そういうの。でも、ダイゴ行方不明路線を浮上させたいので我慢しました。

ちなみに、タイトル「段々と」の次に来る言葉は「大人になっていく」です。ハルカちゃんの不思議なところは、出会うヒトを大人にしてくれるところです。そうやって、永遠少女のハルカちゃんは他人の幼さ奪い取って永遠少女を続行。なんてな。

・最近、スランプというか書けないです。(2007/04/06 16:50)