新しい、面白いものができたから久しぶりにクロガネに遊びに行った。必ずデンジは、必ず最初に、ヒョウタに見せる。単三の電池を使ったちっぽけな発明品でもヒョウタは手放しで喜んで、くれるからデンジは必ず、わざわざ遠いクロガネまでやってくる。

けれど、知り合いの「そらをとぶ」に便乗してやってきたクロガネの、ヒョウタの家が騒がしかった。それで、デンジは子供特有の「無神経さ」とか、「無邪気さ」を発揮してみて、大人たちに近づいてみると、彼ら、は別段デンジの存在を認識した上での行動をすることもなく、話を続けている。

「どうして、あんな」
「あんなにいい子だったのに」
「だったら、どうしてあんな」

大人の言葉は言葉遊びのように、相手の言葉尻を連鎖しているなぁ、とぼんやりデンジは感心して、それで、その内容を噛み締めてみる。つまり、ヒョウタが大人たちの大切な「なにか」を持って行方不明になってしまったそうだ。

それは困る、とデンジは踵を返して、タカタカと駆け出した。


(ヒョウタがいないと、困る)

 




 

そうやって、段々と

 




 


「ヒョウタ」

クロガネ鉱山の、子供しか入り込めない小さな洞窟を覗き込んだら、体育座り、何てしてじぃっと岩壁を見ているヒョウタの背中があった。いつもの赤い帽子と、変なフレームの眼鏡。帽子から見えた髪も相変わらずピョンピョン跳ねてる。デンジはほっとして、けれどそれを表面上、どう表す事もせずに、スタスタと、彼のスタンスである無関心のままに近づいた。

「ヒョウタ」

もう一度、今度はゆっくりと名前を呼べば一瞬、小さな少年の背中が震えた。ヒョウタはデンジと同い年なのに、デンジより一回り小さい。だからデンジはいつもオーバと一緒になって、ヒョウタを守らないといけないような気になってきた。ヒョウタ、ヒョウタ、なぁ、ヒョウタ、と何度も繰り返すのは彼の性分に会わないから、振り返らない背中に向かってじぃっと、目で訴える。

どうすれば、何を言えばその背中を振り返らせることができるのか、デンジは一瞬考えたけれど、でも、ヒョウタは意地になったら、どんなことをしても無理だし、それに、デンジとヒョウタはあまりに違いすぎる生き物だから、デンジがどうすればいいのかと考えた事を実行したからといって、それが正しくなるわけもない。

「みんな、探してんぞ」

だから、デンジは一番、これはしないほうがいいだろうということをする事にした。

「いいのかよ」
「いいよ」

振り返らないけれど、声が返ってきた。デンジは内心喜んだけれど、それでも、まだ、やらない方がいいことを続ける。

「返した方がいいんじゃねぇの、やっぱ」
「デンジも、そう思うの?」
「……世間一般論」
「……似合わないよ、デンジ」
「やっぱ?」

うん、とヒョウタの声。それで、やっと、振り返る。(やっと、ヒョウタが笑った)赤く擦り切れた顔をくしゃくしゃにして、笑う。デンジはヒョウタの隣に座って、じぃっと、ヒョウタが化石博物館から持ち出した化石を見る。大人たちが騒いでいた「たいせつなもの」らしいものは、デンジにはどうしたってヒョウタが大人に責められるほど価値のあるものとは思えなかった。けれどヒョウタにとってはデンジと同じ価値観ではないのだろうということは、今、この状態になっていることですでによく解っていることで、だから、デンジは自分が本当に言いたい事をやっと言うことにした。

「いいんじゃねぇの?やっぱ」
「返さないで?」
「ん」
「変なの、デンジ、さっきと逆だよ」

ふわふわとヒョウタがまた笑った。真っ暗な穴の中が春でも来たように明るくなるようだとデンジはぼんやり思う。二人で体育座りをして、壁を見る。

真っ暗な場所は、デンジは嫌いではなかった。でも、ヒョウタはあまり好きではない。それは、最初に会った時に聞いたことだったから、よく覚えてる。

「ねぇ、デンジ。覚えてる?」
「ん?」
「ぼくらが会ったの」

ん、とデンジは頷いて、ごそごそとポケットの中から二時間前に完成したばかりの「新しい、面白いもの」を出した。

「『暗いの怖いのかよ、お前』」
「『きみは平気なの?』」
「『別に』」

ヒョウタがふわりふわりと笑って、興味深そうにデンジの手元を見てる。デンジは手に持ったものをカチャカチャ動かしてみる。丸いモンスターボールよりも半分くらい小さな球体が、ガチャ、と小さな音を立てて発光しだす。

「わぁ」
「今日、作った」
「すごいね、やっぱり、デンジはかっこいいよ」

キラキラ明かりに照らされて、ヒョウタが笑うから、デンジは自分の髪がキラキラ光って眩しいということも知らずに目を細めて、俯く。フラッシュバック。青い帽子の、青いスーツ。

「どうしたの?」
「……いや、別に」

カチカチと球体が光って浮かぶ。どういう風に作ったのか、ヒョウタが知りたがるから、デンジはゆっくりゆっくりヒョウタに解りやすいように色々砕けて説明した。こういうものを作るのは面白い。何もないところから、何かの形になるのは面白い。デンジはポケモンバトルも、歳相応には好きだけれど、あれは自分が戦うわけではないから、どうもしっくり来ないことがあって、まだ完全に面白い、の部類にはなっていなかった。

「どうして、デンジはこういうの作るの?」
「別に、面白いから」
「ふぅん」

ヒョウタは真っ直ぐな目を向けて、なんとなしに頷いてくれるけれど、きっと、この目は理由をわかっているのかもしれない。結局、デンジの発明にしても、ヒョウタの化石発掘にしても、根っこは同じだから、きっと、それは、

「この子を、復元するのはいいんだ。ぼくも、あいたいと思う」

思考に沈みかけていたデンジの脳を、ヒョウタの声が呼び戻した。

「ん」

一瞬、戸惑ったけれど反射的にいつもの短い返答をして、それで、ヒョウタの出方を待つと、デンジから目を逸らして、手元の化石をじぃっと見つめたヒョウタが、言う。

「見世物にするのは……どうなのかなぁ」

大人たちの言葉遊びのような会話の内容を、もう一度デンジは思い出してみる。ヒョウタのこととは関係ないと思ったから、頭の片隅に追いやっていた内容。確か、クロガネに化石を復元して再生したポケモンの動物園を作る、とかいう。そうそう、それで、確か、ヒョウタが今持っている化石は、ヒョウタが発掘した化石ではあるけれど、とても珍しいものらしくて、発掘されたその日にクロガネの市長がたくさんの発掘資金と引き換えに引き取ったものだ。全て、ヒョウタの知らない間に、知らない世界のことのように行われてきたことだったのに、それを突然、今日、デンジが発明品を持ってヒョウタのところに行こうとしている間に、知ってしまったらしい。

「ねぇ、デンジ。どう思う?」

真っ直ぐなヒョウタの目が、デンジを見てる。どう、思う。どう、思うんだろうかと、デンジは考える。

「僕、動物園は好きだよ。サファリパークだって、前にお父さんに連れて行ってもらって、面白かった。でもね、デンジ」
「ん?」
「わからないんだ。どうしてか、嫌なんだ」

ぽつり、と言って、はらりと何かが地面に落ちた。

「……」

デンジにとって、ヒョウタは「必要な生き物」だった。それは国には王様が必要で、水槽には金魚が必要なことと似ている。デンジは自分の発明品を手放しで喜んでくれるヒョウタが大切で、いつも自分に笑いかけてくれるヒョウタがいることを感じ取れれさえすれば、それで、世界で自分が一番幸せだと、ぼんやり思える。

(その、ヒョウタが悲しんでる)

また、フラッシュバックだ。青い帽子が見えなくなっても、ヒョウタは泣かなかったのに。いや、きっと、今、泣いている理由はきっと、たくさんの理由が入り混じっているもので、きっと、その中に、青い帽子も入っているのかもしれない。

「ぼくは、いろんなものを見つける。いろんなものに、会う。あえてうれしかった。すごく、すごく。でもね、デンジ。ぼくは、わからなくなってしまったんだよ。この世界に、ぼくらの時代に、来て、来ることが、本当に、正しいことだったんだろうか?」

「……いいんじゃねぇの?」
「この世界に呼んで、終わってしまった命を元に戻して、それで、新しいものを見せるわけじゃなくて、ただ、ぼくらの、ヒトの楽しさのために、作るのは、」

ヒョウタに言われると、デンジは「そうなのか」と思ってしまう。デンジは割りと頑固な性格だと思っているのに、元々自分の深い考えがない事柄を、ヒョウタの声で聞くと自分の意識がないからか、綺麗にすっぽりとヒョウタの考えが嵌められてしまう。それを危ないなぁと思いつつ、別にデンジは、だからどうだとすることもない。

だから、今回も、化石を発掘するのはいいけれど、化石を復元するのもいいけれど、見世物にするのは、ヒョウタがとても悲しむ嫌なことなんだと思いそうになって。

「違う、そうじゃない。そうじゃ、ない、ぼくは……」

突然、ヒョウタが立ち上がった。カタン、と化石が落ちて転がる。デンジは目を見開いてヒョウタを見上げ、そして、次の瞬間、ヒョウタの目に浮かんだ仄暗い小さな色に気付いて言葉を失う。

今から、ヒョウタが言うことを、自分は聞いてはいけない、そう思った。なのに、耳をふさぐ暇がなくて、聞いてしまう。

「ぼくは、見つけたものたちに、おいていかれるのが、怖いんだ」

ヒョウタの声で、自分が今まで考えた事もないことを聞くと、それが、「そうなのか」と思ってしまう。

(青い帽子に、酷い事を言った。それを、ヒョウタは、怖い事だと、)

「ねぇ、デンジ、もう帰ろうか」

ヒョウタが笑った。さっき見たふわりふわりとした笑顔と似ているのに、デンジは何故だかここが洞窟の、暗い中であることを今更に思い出して。それで、あまり長い時間ここにいてはいけないと思って、デンジは化石を拾って、それで、ヒョウタの手を引いた。



 

Fin



ゲンさんがいなくなって、ヒョウタはいろいろ変わっていけばいいよ。デンジは、それにいろいろ負い目とか感じて現実逃避に足を突っ込む事になればいいよ。
ジュラシックパーク見た後に「あー、ヒョウタだ」と思いました。いえ、この前TVでやってたんです。(2007/3/30 23:56)