The open Door
日照りとか、大雨がやっといろいろ終わって、いろいろ落ち着いて、(いろいろ、と、いろいろばかりで申し訳ない、ハルカ、一々思い出すのがおっくうだった。何しろ本当に、イロイロあって)ハルカはユウキとのホウエン巡りを終了し、“そらをとぶ”を覚えたクロバットと、相変わらず隙があればはっぱかったーなんて繰り出してくるキモリは、ミナモシティに入る前に、ジュプトルに進化しました。
炎の抜け道でホカゲさんとまた会った。海底洞窟で会ったっきりだったので近づいて、「先日は変な組織同士の抗争に巻き込んでくれてありがとうございました」とお礼を言ったら、バトルすることになってしまって、しょうがないから一目散に逃げ出そうとして、それで、ホカゲさんが手を伸ばしてきた。 「なんですか」 「おい、お前。俺と来いよ」 水よりは炎の方が好きだから、別についていくのも悪くないかなぁとか、一瞬思った。でも、ここで自分がテロリストになったらお父さんはいいとして、お母さんが心底悲しむんだろうなぁと思って、断ろうと決める。でも、ただ断ったんじゃ納得してくれないようなホカゲさんで、何よりこちらはバトルを挑まれて逃げてるヘボトレーナー(トレーナーじゃないのに)で、ヘボテロリストとはいえ、ホカゲ、逃がしてくれそうにない。だから、ハルカは少し考えるような仕草をして。 「どこに連れて行ってくれるんですか?」 と、まるで「付き合ってください」と言う真面目な言葉に、「いいよ、で、何所まで行くの?」と出かけの準備をする、鈍い生き物のような回答をした。 ホカゲは一瞬眉を寄せて、でも、めげない。のか、この男。 「ケーキ屋」 とか、そう、大真面目な顔で答えてくれた。 (このヘボテロリスト) ホカゲさんと最初に会ったのはりゅうせいの滝で、ハルカの父親のオダマキ博士が何かと連絡を取っているソライシ博士が誘拐されたから、ユウキと一緒に探す事になって、そしたら、アクア団とか、マグマ団と遭遇して、そのときに、ホカゲさんとユウキくんが戦った。ハルカは、ユウキのポケモンがラグラージになる瞬間をしっかり目撃できたのは、ホカゲがハルカを安全な場所に、高見の見物役にしてくれたからだと思っている。 「ホカゲさんて、指名手配されてるんじゃないんですか」 美味いと評判があるわけではないけれど、そこそこに品数があって、そこそこにこの時間、お昼過ぎ。夕方未満。空いているケーキ屋は可愛らしいウェイトレスと他に客が数人いるだけだった。 「俺が捕まるわけねーだろ」 ハルカとホカゲはそれぞれケーキを大量にと、コーラを頼んでとりあえず、世間話(間違ってはいない)をしてみる。 指名手配された男はあの赤い装束を着ていない、TシャツとGパンという、何所にでもいそうな格好の所為か、成果、怪しまれる目もない。ハルカはポケモン協会が発信したアクア団及びマグマ団の幹部指名手配リストに書かれた報奨金を思い出す。 「お父さん、新しい研究机が欲しいって言ってたんですよ」 言いながらモンスターボールを出す仕草をすると、ホカゲさんは少しニヤリと嫌そうな顔をして、「お前トレーナーじゃねぇだろ」とおでこを小突いてきた。 「いたいです」 「痛くしたんだ」 サドですか、とハルカは返して、チョコレートパフェを完食。今までホカゲの前にあったシナモンロールと空のグラスを交換、スプーンをホークに持ち替えた。
(あれ、ダイゴさん) 窓の外に、いつものスーツ姿のダイゴさんがいた。歩いている。そういえば、あの人にもあの人の世界とか、生活とか、目線とか、そういうものがあるんだと気付く。それで、今ダイゴさんの世界と生活と目線に自分はいなくて、こうして、窓ガラス越しにダイゴさんの世界を、生活を、目線を覗き見しているのだと知る。 交差点で普通に信号待ちをしているダイゴは、スーツさえ着ていなければ一般人そのままだ。いや、別に、ダイゴは芸能人ではないけれど、ミクリさんよりは、一般人という言葉が似合うけれど、けれど、ダイゴが一般人であるという認識は、薄かった。 横断歩道を渡って、ダイゴがハルカのいるケーキ屋の前を通り過ぎようとする。ハルカは、なんだか寂しくなって、コツン、と指先で窓ガラスを押してみる。 聞こえた、らしい。 「!!」 本当に驚いているらしい、ダイゴさんの顔を見るのは、そういえば初めてだったとハルカは思い出して、それで、少し自分の今のポジションが面白くなってきた。 ハルカちゃん? 嬉しそうな顔が、演技だとハルカはいつも思っているので、一瞬でそういう仮面を被ったダイゴをつまらないと心底思い、もう一回、さっきの、本当に驚いてくれている顔をしてくれないかと、どうすればいいのか、考える。 けれど、ハルカが何かする前に、ダイゴは面白い反応をしてくれた。 ハルカの隣に座って、ハルカの様子を眺めてニヤニヤしていたホカゲに気付いたらしく、不愉快そうに眉根を下げて、ツカツカと、店の入り口に回りこむ。 予想外だ。ハルカはじぃっと、カランカランとベルが鳴って、ウェイトレスのおねぇさんに「いらっしゃいませ」と、やけに上乗せされた親切さと笑顔で応対され、そのまま「先に連れが来ているはずなんだ。あぁ、いた」とか、完璧な演技をしているのを眺めた。 そのまま、ダイゴが乗り込んできたのは予想外だった。何か、偶然であったような文句をはいてくれれば、いつもの面白味のないダイゴだったのに、どういうわけか、挨拶もなく、いきなりハルカとホカゲを見渡せるように、四角いテーブルの左右に腰掛けている二人に対して、底辺、の椅子に座った。 「何してるんだい」 「ハルカ、何、ソイツお前の知り合いか?」 ホカゲは突然の乱入者に眉を寄せる。 「ホカゲさんとお茶してるんです。これからどこかに連れて行ってくれるそうで。ホカゲさん、このヒト、一応知り合いです」 二人の問いに同時に答えながらハルカ、そろそろこの事態に飽きてきた。早い。 「彼のことは知ってるよ。マグマ団の三頭火。幻影の火影」 「俺もアンタのことは知ってるぜ。ホウエンのチャンピョンで御曹司のダイゴだろ」 そういわれると、ダイゴさんはすぐに、そう呼ばれるに相応しい生き物になるのをハルカはよく知っていたから、今日もそういう、気持ちの悪い展開になるんだと腹に力を込めて覚悟したら、ダイゴ、笑顔で「気安く呼ぶな」とか、言う。 ぴきり、とホカゲのこめかみが引きつった。立ち上がって、ハルカの腕を引く。 「行くぞ」 「あ、はい」 頷いて、ハルカも立ち上がろうとした、その途端。 「ハルカッ!!」 ダイゴに、大声で、怒鳴られた。店内の視線が集まるが、ホカゲがじろりと睨んだおかげでそそくさと、視線が離れる気配がした。条件反射でびくりとハルカの身体が震える。けして、恐怖心からじゃあなかった、そんなことは、ないと、怯えながらも、頭の片隅で弁解してハルカ、つとめて平然を装いながら「なんですか」と答える。眦が僅かに上がってしまったのは仕方ない。十三の子供に、そこまで求められても困る。 一回問いかけて、それで、ダイゴが冷静になればいいと思ったのに、ダイゴは怒鳴ったときのままの顔で、また「ハルカは、勝手すぎる」と言った。何が勝手なのか、ハルカには見当がつかない。けれど、ダイゴのことだ、何か、自分の中で当たり前だったことを、ハルカが乱したのだろう。その当たり前、が、何なのか全く解らないが。とにかく。 このヒトに呼び捨てにされると、どうしてもハルカは腹が立って仕方がない。気安く呼ぶな、というわけではないのだけれど、一番、それに近いかもしれない。ダイゴさんは、ハルカちゃんと呼んでくれないと、嫌になる。何が嫌になるのかハルカもよくわからなかったが。 「わたしが勝手だとか、まさかダイゴさんに指摘されるとは思わなかったんですけど」 いつものペースに戻らないと、息が詰まりそうだ。ハルカはなんとか平然として、わざと憎まれ口を叩くのに、ダイゴは取り合ってくれない。 「今は君と仲良く談笑する気はないよ」 ぴしゃり、と切断。 「オタク、なんなワケ?コイツの保護者?恋人?近所のにーちゃん?ストーカー?」 ホカゲも負けてはいない。ギロリと普段から悪い目つきをいっそう悪くさせて、ダイゴを睨んでみたり、する。けれど、育ちの良さそうな生き物が酷く怖い顔や気配をするとその方が上層効果が大きいらしい。ビリビリと空気が振動、する、のを初めてハルカは体験した。こんな気迫は、チャンピョン防衛線にでも使えばいいのに、と、思う。 「ボクはハルカの恋人だ」 言い切ったその男、ほんの少しの動揺も、赤面も、見られなかったのに、ハルカは気付いて、動揺。ダイゴのその、指先が震えてる。 (まるでこどもがないてるみたい) ハルカはなぜか、たまらなくなってしまって、どうして、そんな気になったのかはわからないけれど、とにかく、テーブルを蹴り飛ばすように立ち上がって、それで、食べかけのショートケーキが綺麗に弧を描いて落下していくのと同時に、ダイゴのカタカタ揺れる指を自分の白い人差し指と親指で掴んで引いて、そのまま、店から飛び出してしまった。
公園で子供たちが走っている。 「泣きそうですよ、ダイゴさん」 「なんか色々出そうだよ」 「色々出さないでくださいね」 鼻水とか、ほんと、いいですから。ハルカはハンカチをダイゴに差し出して、ベンチに座ってみる。チョコレートパフェとモンブランと、チーズケーキとガトーショコラは食べたのに、最後のショートケーキの苺を食べ損なった所為で、食べた気にならなかった。 「ホカゲさんって、そんなに悪人でしたっけ」 「さぁ」 「さぁってなんですか」 私のこと、心配して怒ってくれたんじゃないんですか、とハルカが聞いてみると、ダイゴはさらりと「ハルカちゃんは頭がいいから、危ない橋は渡らないよ」とかえる。それを信頼と取っていいのか、勝手に決め付けられている妄信と取ればいいのか、ハルカが判断に苦しんでいると、ダイゴはぽつり、としおらしく呟く。 「すごく、悔しくてさ」 その言葉の吐き方、態度が、先ほど震えていた指を思い出させて、ハルカは言葉に詰まってしまって、そっと、ダイゴが自分の手に手を重ねてくるのに気付いても、何の反応も出来なくて、そのまま、耳を傾ける。 「君の世界にいるのはボクだけでいいのにね」 いいのにね、って何ですか、それ。同感だって、反応待ってるような言葉遣い。に、一瞬ほだされて頷きそうになってしまったけれど、ハルカ、やっぱり「危ない橋を渡るような子じゃない」ので、しかも、ここで同調してしまったら、何か、色々なものを取られてしまいそうで(本当に最近は色々多い)踏みとどまった。 それで、ハルカ。 「ダイゴさんの世界にいるのがわたしだけだったら、それ、いいと思いますよ」 と返してみた。 物凄く嬉しそうな顔でダイゴが笑った。 「あぁ、それは無理だね。それじゃあ、一生、無理だよね」 だって、ダイゴさんはたくさんのヒトがいて、そのヒトたちが自分を「どう」思っているかをそのまま知って、演じることでやっと、生きていられる生き物だから、それは、無理だろう。ハルカも解っていたから、別に、何か思うことはなかった。けれどもし、ダイゴが別の回答をしてくれたら少しは、思うこともあっただろうなぁ、とは思う。けれど、それもない。 その、何か思うかもしれなかったことを、もしかしたら自分は思いたかったんだろうと思い当たって、知恵熱が出かける前にハルカは蓋をしてしまって、ダイゴに向かって、キモリのモンスターボールを出してみる。 「え」 「キモリ。リーフブレード」
このくらいは、許されてもいいと、思う。
Fin
・ホカゲーは当て馬ー。ダイゴさんが一生懸命なところが書きたかった、だけといえば、だけなんです。 嫉妬したらしいダイゴさんと、期待を裏切られた感のハルカちゃん。この二人はお互いのスタンスが違いすぎて両思いなのにすれ違ってばかりでいればいいよ。胃が痛いです。ぽんかん?食べ過ぎました。自業自得。 (07/3/9 0時54分)
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