真っ暗闇に落ちてみたいと言い出せばヒカリの容赦ない平手打ちがものの見事にゲンの右頬に炸裂して(ヒカリは左利きだ)とどかせるために態々ルカリオと肩車までするその周到さに少しだけ、ゲンの眦に涙のようなものが浮かんだ。
(いたい、な)
殴られた個所はジン、と熱を持ってじわじわと存在を主張してくれる。そんな当然のことに戸惑いながら、ゲンはヒカリを見下ろした。
「怒ったのか?」
ましろい帽子の左右に黄色い髪飾りを付け、並ぶ、幼いながらも意思の強さを主張するような柳眉、寄せてヒカリは小さく首を振る。
「おまえがバカなことしようと知ったことか」
「じゃあなんで今私はヒカリに叩かれたんだ?」
「辛気臭いことを言うからだ」
怒ったんじゃない、と繰り返してヒカリはスタスタを前を行く。怒っていないのなら、なんと言う感情なのだろうか。ゲンは腕を引いて問うてみたかったが、ゲンの手持ちだというのに、ゲンよりもヒカリに従順なルカリオがヒカリの後姿について歩いているため、手を伸ばしても腕をつかめそうにない。
「ねぇ、ヒカリ」
太陽さんさんふりそそいで始終、明るく今日も元気に行きましょうとわくわくするような陽気の中、濃い色のスーツに、光を帽子で遮ったゲンは、黒髪を靡かせて歩く少女のあとをゆっくり歩く。
「光のない場所で二十四時間じっとしていたって、私はもう消えてしまえないよ」
・短い話
ゲン←ヒョウタ
蹲って膝を抱えている姿は卵の中の雛によく似ていると、以前誰かが教えてくれた。その誰か、が誰なのか、しっかり、はっきりと覚えているのに、どうしても、特定してしまうことに躊躇われる。雛、雛、雛、に、似た金色のふわふわした髪の色、羨ましいなんて、自分の地味な色合いの髪を比べて思ったことも、ある。どうしてだか、自分は世界にたった一人きりだなんて、そんな、「恐れ」をいだいてしまった。ヒョウタ。
(普段であれば、そんなことは、ないのに)
洞窟の中は嫌いだ。暗くて、じめじめとしていて、さびしい。こんな場所、嫌いだ。なんて、心にも思っていないことを、平然と、当然のように思えてしまう、そんな己が「恐れ」となって、ヒョウタは膝を抱える。ぎゅっと、食い込む爪が肉を抉りそうなほど。普段であれば傍らにいてくれて、何事か声を掛けてくれる、パートナーのズガイドスも、今はバトルの後の疲れを癒すためにポケモンセンターに預けている。ダメだ、ダメ。思考がどんどん暗くなっていってしまって、それで、そのうち、この洞窟の闇に溶けてしまいそうだ。とけたら、どうなるのだろう。そんなことを、想う。期待、にも似た感情が僅かでもない、とは言い切れない。そうだ、消えて、しまえればいいのに。ふと思えば、それはこの上ない、良い提案のように思えてきてしまう。消えたい、溶けて、溶けてしまって、何もかも、なくなってしまえばいいのだ。自分という、ヒョウタ、という、存在が消えてしまえばいい、のに。
(きつく閉じた瞳の奥で眼球をぎろぎろと動かし、何かを見ようとする。ごそり、と、そのまま眼球が落ちてしまいそうだ)
彼は、どういう心持であったのだろう。ふと、思う。彼、あの、人。先ほどヒョウタにバトルを挑んだあの、少女の傍らに、当然のようにいた、彼。ヒョウタの前から音もなく消えたあの時のまま、の、彼は、暗い洞窟の中で、どういう、心がしたのだろう。
リハビリ作品。