若草色のスカートの裾をぎゅっと握りしめ、薄菫の瞳は不安げに揺れる。桃色の豊かな髪を頭上から高く結いあげた少女は、不安と期待の入り混じった瞳を表の看板に向けた。グランドラインのとある小さな島にある、小さな店。たたずまいこそどこか古めかしく、見すぼらしい。しかしは今日この場所に、この店に来るまで随分と苦労をした。

最初は双子岬。何本もある航路の中ではたしてこの島にたどりつけるのはどれだろうかと、船長らがクジラに気を向けている間に灯台守からそっと情報を聞き出し、途中の航海でログが別ルートを指示さぬよう、あるいは、指示しても無事にこの島にたどりつけるようにと、あれこれ苦心した。

その苦労を思い出し、はそっと眼尻に浮かんだ涙を拭う。長かった。本当に、本当に長かった。
ぐいっと、意を決して店の扉を開き、(その小さな体には少々重い)ゆっくりと店内に入る。店の中は薄暗かった。だがやっていない、わけではない。小さな窓から日中の日差しが漏れているし、申し訳程度のランプも燃え、店内を照らしている。カウンターには野暮ったいフードを被った老婆が一人、こくり、こくり、と転寝をしていた。もちろんはこの老婆の目を盗んで万引きなどというケチなことをするつもりはない。

きちんとお金も持ってきた。今日この日のために、せっせと「船長のお手伝い」と言う名のよくわからない、おもちゃがわりにされて稼いだ2500ベリーである。少ないかもしれない、という不安はあった。だが今のにとっては全財産である。もしも足りなければ、その時は船に戻ってペンギンさんに相談すればなんとかなるかもしれない。船長と違ってあの人なら、がどうしてそれが必要なのか笑わずに聞いてくれるだろう。だがそれはあくまで、最後の手段である。

思い出しては顔を曇らせた。島についてしばらく、は誰にも言わずにここに来てしまった。きっと今頃皆心配している。いや、しかし島についてすぐは皆あれこれと忙しいはずだから、自分一人、小さな女の子一人がいなくなっても、少しの間なら気付かないだろう。そういう打算もあった。
は薄暗い店内を見渡して、目当てのものを探した。ここにあることはわかっている。だが焦る気持ちが、中々それを見つけ出せない。辛抱強く棚を探っていると、の心臓が高鳴った。

(あった!!)

の顔が輝く。少し高い棚の上に、それはもう、なんでもないように放置されていた。随分とさびれた店にしては、そこだけ妙に真新しい。それもそのはずだ。はまだ残っていたことに喜んで、手を伸ばす。届きにくいが、精一杯背のびをすれば、なんとか届く。

「んー……!!」
「も、もうちょっと……!」

指先をうん、と伸ばして、とがふんばっていると、同じようにふんばる声が真横から聞こえた。

「え?」
「うん?」

びっくりして、は手を引っ込める。ガタン、と、棚に肘が当たって、目的のものが大きく揺れた。

「え、わ、わっ!!」

危ない、とが悲鳴を上げるより先に、の隣で同じように背のびをしていた少女が、落下してきた「目的のもの」をうまい具合にキャッチした。

「おや?」
「あ……!!それ…!」

は目を見開いて自分が買うつもりだったそれを見、そしてそれを腕に留めている、自分とかわらぬくらい小さな少女を眺めた。

室内でもわかる、色鮮やかな暖色の髪をした少女、青い目を丸くしてと、目的のものを交互に眺めてから、きょとん、と首を傾げた。

「ぼく、これが欲しいんだけど」

にこり、と笑って提案はしてくるが、自分の言動が人にはじかれることなどないと思いこんでいる、どこか貴族的な傲慢さがあった。はただ唖然と、これまでの自分の努力やさまざまなことを頭に巡らせ、ただ、必死に叫んだ。

「わ、わたしだって欲しいのよ!!」




 

 

悩んでいるんです★共演編


 

 


きゃいきゃいと騒がしい音に老婆がぱちり、と重たい瞼を上げると、いつもなら滅多なことでは人のこなくなった店内が騒がしい。
おやおや?と不思議に思って店内の、とある一角に顔を向けると、そこには小さな子供が二人、中央に牛乳瓶を置いて何やら言い争っているようだった。

「だから…!わたしはこれを買うためにグランドラインに来たって言っても過言じゃないのです!それを…!それを…!!」
「ぼくだって今日ここに来るにあたってどんな怖いことを覚悟したと思ってるの!?勝手に出てきたなんてバレたら……!!」
「わたしだってそれは同じよ!」
「じゃあぼくの危機の度合を察しなよ!」
「何その理不尽さ!?それならわたしのことだって顧みてよ!!」

見れば、桃色の美しい絹のような長い髪を怒りにふるわせている、それは見事な愛らしい桃の花を思わせる少女と、燃える赤毛を肩口で揺らした、傲慢そうな青い目の少女が何やら互いにどちらもどちらのようなことを言っている。

はてさて、と老婆は思案した。二人の目的はわかったが、しかし望みを叶えてやれるのは一方のみだろう。客商売、老婆はどちらを庇うべきかを打算した。
どちらも身なりは良い。それぞれ系統は違うものの、一目で擁護者の溺愛っぷりがわかる上等な布であつらえた、上等の服を着ている。どちらも肌には汚れ一つないし、この界隈にいる泥ヒバリ(浮浪児)らのような言葉遣いでもない。

どちらでも得はあるように老婆には思えた。ではさて、と、腰を上げる。

「やれやれ、お嬢ちゃんたち。店の中で騒がないでおくれよ」
「あ、ごめんなさい」
「おや、起こしてしまったね」

よっこらせ、と重い体を引きずって少女二人に近づくと、桃色の髪の少女は素直に謝罪の言葉を口にした。だがもう一人の赤毛の方は詫びれた様子もなく肩を竦める。生まれ持っての傲慢さが老婆の目には見てとれた。ということはどこぞの貴族の子供なのだろうか、と判じる。それに引き換え桃色の髪の素直なこと。ぺこり、と小さな頭を下げる様子の愛らしい。にこり、と老婆はほほ笑んで、桃色の髪の少女の頭を撫でた。

「この婆の店にある牛乳はいまのところそれだけだよ。どちらが買うか決まったのかい?」
「それがまだなの」
「ねぇ、在庫はないの?」
「ないねぇ。これが何なのか、知っているのならこれが最後の一つだってことくらいわかるだろう?」

おや、と赤毛の少女が笑った。老婆の言葉に聊か棘が含まれていることに気づいたらしい。自分の態度を改めるように片足を引く。

「騒いで申し訳なかった。ご店主」
「よろしい」

子供らしい謝罪とは言えなかったが、老婆の目にこの赤毛が、桃色の髪の子のような純真さがあるという過大評価はなかった。同じように赤毛の子の頭も撫でると、少しだけくすぐったそうに笑う。

「それで、ぼくらは困っているんだよ。ぼくも彼女も目的はこれだ」
「でも一つしかなくて、半分にわけようにもこれ、一本で一回分でしょう?」
「そうだねぇ」

困った顔をする二人と同じように困って見せて、老婆はさてどうしたものかと考える。どちらかといえば桃色の髪の子供を応援してやりたいが、赤毛の子供とて悪い子ではないのだろう。それを思えば、どちらかを贔屓するのはよくない。

半分に、して意味のあるものではないのだが、しかし、ほかに手段もないだろう。

「半分でいいだろうね。おじょうちゃんたちはとても小さいから、半分で十分だよ」

ひくり、と少女二人の眉が揺れた。半分にすることに対して、ではない。

「…い…さ…」
「……うな…」

ぶつぶつ、と呟く小さな少女の声。老婆は「うん?」と首を傾げて二人に近づく、その前に、きっ、と顔を上げた少女が二人、打ち合わせでもしたかのように同時に叫んだ。

「「小さいって言うなー!!!!!」」










「つ、つい逃げてきちゃったけど…大丈夫かなぁ?」
「ちょっと、なんで君までついてくるの!?」

二人の怒りが同時に爆発した所為で半壊した店を振り返り、不安そうにつぶやく。その前を走る少女は不満げに声を上げた。

「わたし一人が残ったらわたしの所為になるじゃない」
「間違いなく、半分はキミの所為だよ」
「全部じゃないもの」

ぎゅっと正当な権利を主張するの腕には件の牛乳瓶が大事そうに握られている。もちろんネコバナしたわけではない。はきちんと全財産2500ベリーを店の前に置いてきた。いや、確かに、店が半壊した以上、あきらかにそれでは割に合わないかもしれないが。同じように赤毛の少女も店の前にお金を置いていたので、これは一応、二人のものになっている。

「まぁ、あのお店はそういう運命だったってことで諦めてもらうとして」
「……いいの?それで」
「細かいことを気にしていると長生きできないよ」

そういうものだろうか。しかし、やけにきっぱりと言う少女には頷いてしまい、そこで二人とも走るのをやめてゆっくりと歩き出す。

「走るのなんて久しぶり。いっつも船長が荷物みたいに抱えるから」
「ぼくだって久しぶりだよ」

そこで改めては赤毛の少女を見た。自分と同じくらいの背。それならこれを必要としているのだって解る。真赤な髪に、まっ白い服。絵本で呼んだお姫さまみたいだと素直に思っていると、赤毛の少女が首を傾げた。

「なぁに?」
「うん、ぼく、君の顔をどっかで見たような……?」
「わたしはあなたに覚えはないよ?」

船長の船に乗ってから、同じ年頃の子供に会ったことなどない。会っていれば珍しさから覚えているだろうと、そういう確信もある。いぶかしむ赤毛の少女と同じように首を傾げ、はまだ彼女の名前も聞いていなかったことを思い出す。

「あ、そうそう。わたしは。あなたは?」
「最近はって呼ばれることが多いよ」
「本名じゃないってこと?」
「細かいことを気にしていると、」
「長生きできない?」

先ほどのの言葉を引き取って言うと、がにこり、と笑った。それで、「頭のいい子は好きさ」と上目線で満足そうに言う。同じくらいの年だろうに、とはきょとん、と顔を幼くさせる。その様子がおかしいのか、は目を細め、首を傾げた。

「それはそうと、それ、わけないとね。念のために訊いておくけど、きみ、それが何なのかわかってる?」
「うん、もちろん。本で読んだもの。グランドラインにある、金色の牛から取れた“クレタの乳”出荷数は100本のみで、取り扱ってたのはさっきのお店だけ。今年の出荷はもう終わったはずだから、これが最後の一本」

栄養価が高いだけではなくて、飲んだ本人の願う場所の成長を促進してくれるという奇跡の牛乳。そんなものがあるというのは眉唾物だったが、しかし、藁にもすがる思いではそれを求めていたのである。

「生まれて16年…!!成長期はとっくに過ぎたはずなのに…!それなのに今だに12の時と変わらない身長って何!?神様、わたし何かした!!?船長にはおもちゃみたいにされるし、船員の皆は「は小さくてかわいいなぁ」って、それ一人前のレディに言うセリフ!!?」

思い出してぶちっと、の中で何かがキレた。屈折ウン年、小さいから得をしたことなどこれまで一度だってあっただろうか?買い物に行けば「えらいわねぇ、一人でお使い?」とやたら子供扱いをされ、小さいからと誘拐もされやすい、その上「ちょどいいサイズ」と船長の抱き枕にされる日々…!!
ちょっとでも大人っぽく見せようとそれっぽい服を着ようとしたら、次の日には返品されてあきらかに船長の趣味だろう子供服に変わっている…!!

「だから決めたの…!わたし、何がなんでも大きくなって、ハイヒールとかミニスカートが似合う素敵な大人のレディになろうって……!!」
くん…!!!」

何かあさっての方向にイっちゃっているだろうの手を、ドン引きすることなくが突如握り占めてきた。その表情はの熱弁に共感し、感極まっている。先ほどまでの傲慢で、どこか尊大なの顔ではない。

ぐっと、力強くの手を取って、がうんうん、と頷く。

「わかる…!!わかるよ!その気持ち…!!そうだよね!ぼく、トリプルAは嫌だって何度も言ってるのに全然人の話聞いてくれないし!!肩ひものない服着ていると前落ちるんだよ!!?べ、別に大きくして喜んでほしいわけじゃないけど…!!でも、やっぱり男の人は胸は大きい方がいいかなぁって…!!ぼくなりにいろいろ考えてるのに…!!!全然わかってくれないんだよ!!」
「そうなのよ!わかってくれないの!!…ちゃん!!」
くん…!!」

ぐいっと、お互い手を取り合って、よくわからん友情が芽生えた。

少女二人、はたから見れば微笑ましい光景なのだが、言っていることは阿呆の極みである。あいにくと突っ込み役がこの場にはいないので通行人たちは皆「あら、仲がいいわねぇ」なんて微笑むのみ。

は互いの手を取り、がしっと、決意を新たにした。

「これで背を!」
「これで胸を!」

「「大きくしようね!!!」」






とりあえずは牛乳を半分にするために何か容器を探そうと、は通りを歩いていた。二人とも期待と不安にその大きな目を揺らしている。

このことに関してには一つ、不安要素があった。だが今はそれを考えないでおこう。

魔女の知恵、クレタの乳がこの時代にもあるというのはには当初信じられなかった。あれはもうずっと前に滅んだ知識である。がそれを知った本というのは、おそらく随分とふるいものなのだろう。

それはさておき、は周囲の様子を探った。先ほどから海兵たちが走り回っている。一瞬自分を探しに来たのか、とも思ったが、この島に、来ているとバレる可能性は低いだろう。…いや、サカズキが本気でを探したのなら、この身に刻まれた薔薇がどこにいるのかあっさりばらす。

(…うーん…今すぐ帰った方がいいかも)

もしもまだ出て行ったことが、幸運にもバレていないのなら帰るべきだ。そこでを振り返り、その手を握る。

くん、悪いんだけど、ぼくと一緒について来てくれる?夕暮れまでにはちゃんとここに戻ってくるからさ」
「?ちゃんの家?」

家、ではないのだが、まぁ、住んでいる場所に変わりはないから、まぁ、そうなるだろうか。は頷いて、手頃な扉に、ごそごそと取りだした金の鍵を差し込んだ。

魔女の鍵。どんな扉でも、差し込めば“の部屋”につながるのである。ガチャリ、と開けば、が目を瞬かせた。

ちゃん、魔法使い?」

驚くの背を押して、はきょろきょろとあたりを見渡すと、そのまま扉を閉めた。ガッシャン、と何かがズレる音がし、が一度閉めた扉をもう一度開くと、そこは海軍本部の廊下である。

を振り返った。空間移動をしたことにすぐには気づかぬかと思えば、のみ込みの早い子なのだろうか?窓に近づき、見える景色に「ここ、別のところ?」と賢い目をぐるぐると回していた。

「別のところだよ。ここは海軍本部の“奥”大将とかの部屋がある棟のさらに奥になるんだけど」

ひょいっと、はクローゼットに近づいて、手頃な服をあさった。

の服装は目立つ。いや、ただでさえ海軍本部に子供などいたら注意を向けられるのだが、そこでの服である。

は黒いワンピースと真っ赤な靴を出して、に寄越した。

「あいにく海兵さんの服は持ってないけど、これ着てればたぶん平気だと思うから、これに着替えてね」
「?どうして?」
「見知らずの子供が海軍本部に紛れ込んでたら、面倒だと思う」
「…確かに。わたし、海賊だものね」

え、との顔が引き攣った。

そう言えば、先ほどから「船長」とかなんとか言っていたような。まさか海賊とは思わずに、そう考えてはなんだか嫌な予感がした。

「……くん、ひょっとして、君ってもしかして…」
「?なぁに」
「……うぅん、なんでもない」

何か、そう言えばちょっと前に、思い当たりたくない男が船長やっている船に、こんな子供がいて珍しいとか、そんなことを考えたような。は浮かんだ、全く持って思い当たりたくない男の顔をかき消した。気のせいだよ、きっと。うん、とマインドコントロール。

「ま、まぁ、とにかくこれに着替えてね」
ちゃんの服?」

かわいいね、と言われては素直に顔を赤くした。の服はすべてサカズキが用意している。サカズキがに似合うものを、とあれこれ揃えてくれているのだが、こうして他人から称賛されると、なぜか嬉しい。

こほん、とは咳ばらいをして、自分はソファに座り込む。

と同じような格好をしていれば、たとえ小さな子供だってこの海軍本部にいても不審、とは取られないだろう。この付近にいるのは皆がどんな生き物なのか知っている。と似た服装のを見ても、サカズキがの遊び相手でも用意したのだろうと勝手に思うはずだ。

がいそいそと着替えている間に自分も着替えてしまおうと、は変装用に来ていた白いワンピースを脱ぎ、いつもの黒い服に着替えようとクローゼットに手を伸ばした。

がちゃり、と扉が開いたのはその時だった。

「……お?」
「うん?」
「え?」

音のした方向をが反射的に振り向き、ちょうどスカートに手をかけていたも顔を向け、そして訪問者と眼が合った。

「……フ、フッフフフ、ここはいつから児童所になったんだ?フッフフフッフフフ」

焦る様子など見せず、ばっちり部屋の中を見渡したドンキホーテ・ドフラミンゴに、は問答無用で靴を投げつけた。







「寄るな触るな近づくなこのバカ鳥ハデ鳥アホウ鳥ッ!!!!!」

心の底からの罵声を叫び、はドフラミンゴの上に跨りその首を絞めた。慌ててに近づき「ちゃん!!それたぶん逆効果!!」とストップをかける。それでははっとして、自分が下着だけだということに気づき、何か嬉しそうなドフラミンゴの頭をデッキブラシで殴った。

それでいいのか海の王者、とかそういう突っ込みはない。

はドキドキと心臓を押えて、着替えをすませ、あらためてぐるりと部屋の中を眺める。海軍本部に、どういうわけか自分は来てしまったようである。そしてなぜか七武海。本部にいるというのは少し珍しいような気はするのだが、そのあたり、きっと何か事情があるのだろうと深く考えないでおいた。

見ればも着替えをすませ、何やら満足そうにを眺めているドフラミンゴを睨んでいた。

「なぁに、バカ鳥」
「フッフッフフフ、つれねぇなぁ。オイ、そっちのガキには紹介してくれねぇのか?」
「身の程をわきまえろよ、このぼくがどうしてキミなんか」

ふん、とは鼻を鳴らした。その傲慢な様子にはハラハラする。とて知っている。目の前の男の人は、七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴだ。の船長と少し似たマークを掲げているとかで、一度は「どういう関係なの?」と聞いたことがある。船長はもちろん、答えてはくれなかった。船長はをかわいがりはするものの、ただを甘やかしているだけだ。海賊としての行いや、それに伴うことを教えてくれたことはない。

それはさておき、その七武海にそんなに偉そうな態度を取って、は大丈夫なのだろうか?

「あ、えっと、あの、わたしは…っていうの。ちゃんとはさっき知りあって」

自分のことでがドフラミンゴの機嫌を損ねて何か危ない目に会うのは嫌だと、は勇気を振り絞って自分から名乗りを上げる。ドフラミンゴは先ほどと同じ妙な笑いを浮かべたまま、に手を伸ばした。

びくり、とは体を強張らせる。海賊団以外の人に触られるのは、怖い。しかも相手は七武海だ。おっかなびっくりとドフラミンゴを見上げると、サングラスの奥は見えなかったが、だが、怖い感じはしなかった。その大きな手がの頬に触れ、確認するように耳、項、頬、瞼、唇を撫でる。くすぐったいような、そんな手つきには息を漏らした。すると、ドフラミンゴが手を放し、頭を撫でてくる。

「フッフフフフ、いい女になりそうだな。今のうちに手に入れて置きたいところだが」
「え?え?」
「まだそういう展開にゃ、早いか」

小声で何かドフラミンゴが独り言を言い、さっとから離れた。その直後、が悲鳴を上げるまで、は自分の頬にドフラミンゴが唇を寄せたことに気付かなかった。

顔を真っ赤にして、はその場に座り込む。へたん、と腰をつけ、目を見開く。

呆然と顔を上げれば、ドフラミンゴにデッキブラシを向けて敵意をあらわにしていると、それを受けて堂々と「嫉妬か?」と白々しく言うドフラミンゴ。はあまりの展開にわけがわからなくなったが、とりあえず今自分がするべきことはわかっていた。

ちゃん!!」
くん!!平気!?間違ってハデ鳥フラグとか立ってない!?」
「今すぐ熱湯消毒しないと!!!」

おい、と、ドフラミンゴが突っ込みを入れたが、そんなことは構わない二人。は「賢い子は好きだよ!!」と満足そうに笑い、の手を取って走りだした。







目の前には熱湯。いや、流石に本当にこれで消毒したらのやわ肌は爛れる。いくらおおざっぱなでもそれはない。蒸したタオルをの頬に当てて、念いりに拭っているの目、やけに真剣である。

はあとは自分でできると、引き取って自分でタオルをあてながら、ぐるりと、周囲を見渡した。ここは海軍本部の食堂のようだった。は食道のおばちゃんとは顔見知りだったのか、熱湯とタオルなどをもらい、二人してテーブルの隅で「鳥菌消毒」を行っている。

「本来の目的から随分遠ざかってるような気がするけど…でもまぁ、ひとまず落ち着きたいよね」
「うん、そうだね」

ふぅ、とため息を吐いたに賛同して、は自分がいま体験していることを振り返る。あの島から、急にここ海軍本部にまできてしまって、それでと同じような服を着て、それでドフラミンゴに会って、そして今は本部の食堂で午後を過ごしている。

「なんか、いっぱいあり過ぎてわかんない」
「何が?」
「だってそうでしょ?わたし、牛乳を買いに来ただけなのに、こんなことになって」
「ちゃんと夕方までには帰れるよ」
「もっと早く帰らないと、船長が心配してると思うの」

そういうのはあまりよくないとは思った。時々「…変態?」と思うことはあるけれど、は船長が好きだ。船長と同じくらい船員の皆も大好きだ。そんな彼らに心配をかけるのはよくない。

真剣な声で言えば、も頷いた。

「まぁ、とにかく今はこれをわけないとね」

ひょいっと腕を振れば、部屋に置いてきてしまったはずの牛乳瓶がテールの上に現れた。は伏せてあったグラスを二つひっくり返して、牛乳を注いでいく。

まっ白い液体がきれいに半分になってグラスに分けられていくのをはドキドキと見守った。これで、念願の長身が手に入るのだ。長かった、本当に、長かった。

を見れば、少し浮かぬ顔をしている。どうしたのか、と問おうと口を開く前にはにこり、とに笑顔を向けグラスを差し出した。

「効果がすぐには現れないらしいから、君の成長した姿は見られないけど」

そう前置きをして、はグラスを持ち上げる。もそれに倣ってグラスに手を着け、カチン、と二人でグラスを鳴らした。

ゆっくりと傾けて、は牛乳をごくごくと飲み干す。は牛乳が嫌いだった。しかしこれまで身長を伸ばすために、と毎朝毎晩きちんと飲んでいた。だが嫌いなことに変わりはなく、そのため息を止めて飲む、という手段を編み出している。そのため匂いや味はわからない。

ごくごく、と最後まで飲み切ってグラスをテーブルに置くと、同じく飲み終えたがじぃっとの顔を見ていた。

「なぁに?」
「う、うん、あのね、味、どうだったかなぁって」
「ごめん、ちゃん。わたし息止めてたから…味、おかしかった?」

きょとん、と首を傾げればがぼそり、と「ぼくは味覚ないしねぇ」と呟いたのだがの耳には届かなかった。それで、お互い丁寧に口元をぬぐい、立ち上がろうとして、ぐらり、との視界が揺らいだ。がたん、と体に衝撃が走り、は自分が倒れたのだとわかったが、その前に、吐き気がこみ上げてきた。を呼ぼうとすれば、視界に、同じように倒れているが見え、どっぷりと汗をかいている。

、ちゃ……」
「…やっぱりこういうオチだよねぇ…」

カタカタと震える声では呆然と呟き、慌てて近づいてきた海兵の一人にぼそっと「食中毒」と告げているのがにははっきりと聞こえた。


クレタの牛乳は軽く100年前のものらしい。特殊なつくりのため発酵して固まったりすることはないそうだが、それでも「腐っているものは腐っている」とのこと。
魔女の知識でそれをは思い至っていたそうだが、しかし「藁にもすがる思いってやつ?」と、気づいたベッドの上でけろりとに語ってくれた。

そういうわけで、は魔女の部屋にて三日間安静を言いつけられることになるのだが、その間、ハートの海賊団にはドフラミンゴから直々に「お前のところのガキは預かった」と、妙な連絡が入って入らぬ騒動が起きかけたそうだ。

三日間軟禁状態にあいながら、は見舞に来る組長にしか見えない男に脅えたり、ちょっと懐いたり、にちょっとした魔法を教えてもらったりとそれなりに楽しい時間を過ごしたが、それはまぁ、別の話である。




終わっとけ


アトガキ
いやぁー、あっはっはっはっは。すいません、趣味です。しかも5千字くらいの予定だったのですが、気づけば倍ってどゆことですかね?楽しかったです。嬢可愛い。この番外みたいなものを書きたいとかほざいていいですか。
本当、ありがとうございました!!!


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