ガたんっ、と隣で大きな音が聞こえてリノハは反射的に顔を上げた。何か物が落下する音と、それとそのあとには乱暴に扉が開かれてバタバタと誰ぞが走っていくようなそんな音である。読んでいたシェイク・S・ピアの代表作を膝の上に置いたままきょとん、とリノハは首を傾げた。隣の部屋で何ぞあったらしいとは思うのだけれど、はてさてそれをどうしようかとそういう心、ではない。

珍しいこともあるものだという興味本位。それでこの部屋の主の赤犬のほうへ一度視線を向けてから、こんなことで一々サカズキを煩わせることもなかろうと仕事中ゆえ音を立てぬように意識して部屋の扉を開けた。

海軍本部“奥”の大将らの執務室の並ぶ棟が先日リノハとボルサリーノのちょっとした諍いによって半壊したため、現在三大将の仮執務室は普段とは違う場所にあった。本来であればけして隣り合うことなどないのだけれど、今はサカズキの執務室の隣はクザンの執務室となっている。ひょいっと扉から廊下へ顔を出せば、長い回廊ゆえに先ほど隣の部屋から飛び出したらしい人物の頭がぼんやり見えた。それを確認してからリノハはおや、とわずかに目を細め、その青い頭の少女を見送ってから開きっぱなしになったクザンの部屋を覗く。

大きな机に腰掛けた、だらしなくシャツの前を肌蹴させた男がさしたる様子もなく寛いでいた。
普段クザンはきっちりと首元を、それこそ本人の普段の様子とは対照的にきっちりと絞めているのだけれど、今のそのだらしなさ。リノハは部屋に足を踏み入れずに呆れたように息を吐く。

「君って、ホントはとても酷いひとだね」
「そう?」

魔女の証言などさしたることもない。クザンはひょいっと眉をはねさせただけで、普段のようにリノハに甘い顔もせず、常識人的な態度も見せない。ただぽりぽりと自分の頬を掻いて笑う。

「無理強いしたわけじゃねぇさ」
「トラウマを抱えている子に言い寄るなんてどう考えても外道か鬼畜の所業だって、そう思わない?」
「パン子ちゃん、おれのことマトモだと思ってくれてたんだ?うれしいねぇ」

おや、とリノハは一歩扉から遠のいた。普段、クザンはひょうひょうとはしているものの、三大将の中ではまともな性格、だとそう評価を得ている。それでも今はどこか歪んだような気配。これは己が近づくのはよくないとそういう防衛本能が働く。リノハはサカズキやボルサリーノ、それにクザンを誤解したことなど一度もない。他の海兵らがどう言おうと、本当は大将らの中でクザンこそが最も「ひどい」のだとそう知っていた。

頭の中に、先ほどクザンの部屋から飛び出して行った少女を思い浮かべる。

「好きな子ほどいぢめたいって、子供かい?きみは」

 






心から腐っていく




 


「おれってさ、一言でいえば、ヨキを泣かせたいんだよねぇ。サカズキ、わかる?」

同意を求められてサカズキは帽子の影になった眉をぴくん、と神経質そうに動かした。今すぐ部屋から出て行けと言いたいが、珍しくリノハが「クザンくんを足止めしていてくれるとうれしい」と頼んできた。あれを甘やかす気はないが、しかしたまの願いくらい叶えてやるのも悪くはないとそういう判断。あとでそれをネタにどんなことをさせようかと考えれば、面倒なクザンの相手も気分よくしてやりたくなる。

思わずべきっと折ってしまった羽ペンをゴミ箱へ捨て、このバカの会話に付き合ってやろうと、ぎしり、と椅子を軋ませ背を凭れた。

「わしは貴様が犯罪者になったら指をさして笑っちゃるけぇの」
「趣味趣向だって。おれさ、ヨキが顔をぐちゃぐちゃにして、おれのこと必死になって拒絶して泣いてるのが見たいんだよ」
「そういうのを犯罪者の思考っちゅうんじゃ」

同意を求められてもサカズキはドン引きするか鼻で一蹴にする他対応はない。ヨキ、とクザンの退廃的な唇から雪の結晶のような繊細さで呟かれた名、ヨキ、ヨキ、ロルディア、ヨキ、とそれはサカズキも知っている少女のことである。確か中々に面倒な経歴の持ち主であった。サカズキは己の管轄下ではないが、あの少女の動向には目を光らせている。実力そのものはまだ世の脅威ではない。しかし、今現在(彼女はCP9に配属されている)に至るまでの経過が、とうてい見過ごせるものではなかった。

それを考えればクザンのように蝶よ花よと愛でる気になどなれぬ。わずかに厳しい気配になったからか、クザンがふと真顔になってサカズキを見つめる。

「なんじゃァ」
「ヨキを泣かせていいのはおれだけだからね?」
「貴様の性癖など知ったことか」

ふん、と切り捨てればクザンが喉を震わせて笑った。「お前には言われたくない」ときっぱりした声は普段通りだが、しかしどこか歪んだ気配。これが先ほどリノハを怯えさせたものかとしみじみ思い、サカズキは目を細めて同僚、腐れ縁を眺める。この男、三大将の中ではわりと「まとも」だとそう言われている。別段そんな評判をどうこう言うつもりはないが、しかしサカズキは、仮にも大将にまで上り詰めた男が、まともなわけはないだろうと思っていた。その極みが、こうした時折の、ということである。あのリノハさえ、サカズキよりも、時折クザンの方が容赦ないとそう言うのだ。

「あんな少女を殴って楽しいか」
「あのね、おれはサカズキみたいに殴ってないよ」
「精神的に痛めつける。わしはあれにはそんなマネはせんぞ」

ヨキ、とそういうあの少女。リノハよりは外見は幼くないけれど、しかし、それでもただの少女だ。なぜクザンが構うのか、わかるようでわからない。その経緯が驚異であることは間違いないが、しかし、本人そのものは何の変哲もない、どこにでもいるような子供ではないか。

「サカズキはさ、パン子ちゃんの笑った顔ってスキ?」

クザンは執務室の真赤なソファに座り込み、くつろいで足を組み替える。普段リノハが収まっていることが多いため、大きな、という印象を受ける家具も長身のクザンが座れば、窮屈そうに見えた。問われた言葉に、サカズキは眉をしかめる。

「貴様、」
「おれはさ、ヨキの笑顔とか見ても別に?って感じなんだ。だってさ、誰でも見れるだろ?誰にでも向ける」
「…そうしたのは貴様じゃろう」

リノハと自分のことに口を出すな、と言おうとした言葉を飲み込んだ。クザンは今、そのことを話ているのではない。そう気付く。うっとりと眼を細めながら、クザンは分厚い唇をぺろり、と舐めた。

「ぐちゃぐちゃにしてやりたいんだ。声が掠れるくらい泣かせたい。普通はさ、ここまでしちまったらダメだって思っちまうんだけど、ヨキはいいんだ。ヨキは、おれが何かするたびに、表では信じられねぇくらいキレイに笑ってる。わかる?みんなが見てるヨキの笑顔ってさ、そういうことなんだよね」
「言っておくが、貴様がインペルダウンにぶち込まれてもわしは助けんぞ」
「おれを起訴できるヤツなんていんの?」

そう返されてサカズキは黙る。大将、最高戦力、は、元帥の他に地位のあるもののいない海兵である。しかし、それでも組織であれば上を訴えることも可能、というのが普通だ。しかし、最高戦力。欠ければ世界の均等が崩れる。世界と、と、天秤にかけられるのなら、大将のどのような行いも、目を瞑られるのが道理である。政府がうかつに四皇に手を出せぬのと同じようなものだ。

サカズキはため息を吐いて、ヨキを追いかけて行ったリノハのことを考える。

(巻き込まれる前に帰って来い)

こんなくだらない、了承のないSMになんぞ首を突っ込むものではないと、サカズキはただ只管呆れた。
これが普段のノリであれば、クザンあたりに「お前にだけは言われたくねぇ」と突っ込みを入れたのだけれど、今回のこの話、クザンにはそういうオプションはない。





 

 






ふぅっと、息を吹き込めば開いたストローの先からシャボン玉がいくつも流れ出す。きらきらと光る太陽の下、シャボンディの美しさには負けるけれど、と思いながらリノハは空を眺め、そして自分の後ろ、まっ白いベンチに膝を抱えて座り込んでいる少女を振り返った。

「みっともないから、いつまでもいじけているんじゃあないよ。女々しい子はキライだよ」
「リノハちゃんが、本当に酷いことしかできないなら、私は今ここにいないよ」

辛辣な言葉を投げても、返されてしまう言葉・笑顔にリノハは眉を寄せる。時々いる、というのは知っている。この自分の悪意がまるで聞かない。そういうときは関わらないか、あるいはそれ以上の傲慢さをもってすればそれで問題なかったのだけれど、しかし、この少女ヨキに対してはそうはできぬ自分がいる。困惑に近いものを覚えるのはどれくらいぶりだろうかとリノハは考えて止めた。

「トカゲが言ってたけど、ヨキくんって小さいのにいろいろ抱えすぎだよね」

ため息一つ、今はどこぞの海へ遠征中の隻眼の海兵の名前を出した。トカゲ、トカゲ、地平線を越えたもう一人の己が、この子供のことをやけに気にかけていた。リノハにはそれがわからない。どう考えても、ある一遍の興味以上には他人に対しておおよそ情を持ち合わせておらぬのがトカゲだ。それなのに、ヨキには随分と、トカゲは気を掛けている。確か、トカゲはヨキのことを「幼いのにややこしい」とそう言っていた。

リノハはヨキのことをそれほど知っているわけではない。CP9、ということくらいだ。白ひげや、フーシャ村とも何か関係があるらしい。その血が何か、とてつもない大それたことだとも聞く。血やら交友関係やら、出生やらややこしい問題盛りだくさん。どうせ死ぬのが人間なのだから面倒くさいのは1つか2つにしておきなよと、それは魔女の心である。

「辛いことが未来に待っている。それでも私は微笑むのって、そういう子、ぼくはキライ」
「私は自分が悲劇のお姫さまだなんて思ったこと、ないよ」

嫌味に嫌味を返された、というわけではない。この子は天然だ。これを言ったのが別の人間なら地獄に突き落とすのだけれど、と上目線で思いながらリノハはひょいっと腕を振ってデッキブラシを取り出した。それでそのまま飛ぶのかと思いきや、ヨキの隣、ベンチの上に腰掛けて、デッキブラシは立て掛ける。それでお互い顔を見ぬ位置になって、リノハは青空を見上げた。

「クザンくんはきみが好きなの?」
「リノハちゃん」
「ぼくに遠慮なんてあると思うのならそれは勘違いだね」

人の傷口を平気で抉る。しかし別段興味があるわけではない。ただ聞く。それが魔女の悪意である。ヨキは賢い子であった。だからリノハがどういう意図で聞いているのか、それを瞬時に判じる。一瞬揺らぐ気配がきっちりとした形を作り、そして瞬きを一つした後に、ゆっくりと、唇がふるえぬように意識しながら、言葉が吐かれた。

「リノハちゃんは、ひとを好きにならないんだね」
「君と同じ意味ではないね」
「だから、知りたい?」

そうかもね、とリノハは返す。子供同士の会話、ではないけれど、二人の口調は子供そのもの。それが面白いと言えば、これほど愉快なこともない。それにしてもリノハには、このヨキという少女のスタンスが理解できなかった。誰かに依存しなければ生きていけぬ、息すら吸うことができぬのではないかとさえ思われるほどの、病。宿り木は誰でもよいのだと、そう目が言う。今は、確かCP9のあの四角い子供だったかと思う反面、しかし、たとえばそこにあの子供がいなければ、別のCPメンバーになっただろうと容易く決められる。

(それでも、ヨキくんは“彼”をあいしているんだよ)

うわべを愛情のような妙な甘いクリームで塗りたくった、かわいらしいケーキ。女の子は砂糖菓子でできている、とうたったのはどこのアヒルだったか。その身の内がどれほどただれているかなど表面ではわからぬもの。痛みだけ消えないで、ずぶずぶと心が腐っていく。

ころころと喉を震わせて、リノハはヨキの長く延びた横髪を引っ張った。ぐいっと少々乱暴にすれば、ヨキが顔を顰める。

「言ったところでリノハちゃんに、わかる?」
「おや、キミはこのぼくがわからないものがあると理解できているのかい?」

人の心に触れることもできぬくせに、というのはどちらの言葉かわからぬ。暴けば、言葉で人を傷つけることを平然とする。そういえば、そういうところがヨキにはあるのなら、この少女も魔女の素養があるのだろうかと、そんな気がした。しかしこれ以上この少女が、トカゲいわくの「いろいろ面倒なもの」を付随させるのはいかがなものか。

「怖いって、リノハちゃんは何か思えたことあるの?一人きりにさせられて、優しく撫でていた手が自分を打ちのめす。そんな悲しさ、リノハちゃんに、わかるの?」

一瞬ヨキの目に仄暗い何かが光る。薄気味悪いとさえいえる。リノハはヨキの髪をさらに強く引っ張った。

「痛いよ」
「痛いようにしているからね」

言われた言葉に腹を立てた、ということはないが、リノハはなんだか苛立った。リノハはクザンのことを考える。普段、ひょうひょうとしているのに、ヨキに対しては外道・鬼畜そのもののクザン。クザンが何をどう考えてそんなスタンスを取っているのかリノハには興味ない。自分とサカズキのことを人に口出しされたくないように、クザンとヨキのことにあれこれ言う気も、本当はあまりなかった。それでもこの子供を見ているといわずにはいられなくなる。言ったところでどうなのかと、それはリノハには関係ないことだ。

「ねぇ、クザンくんは大将だよ。途中で逃げることもできた、20年前、そうするべきだっていうこともあった。それでも、クザンくんは大将になったんだ。ガープくんや、他の海兵は、中将まで登り詰めても、それでもなれなかった。大将、なんだよ」
「わかってるよ。痛い、リノハちゃん、放して」
「それでも、クザンくんは君を泣かせる」

ヨキの言葉を無視して、リノハは微笑んだ。吐息が触れ合うほど顔を近づけて、震えるヨキの瞼に唇をつける。クザンの名を出せば、この子供は面白いほどに動揺する。はっきりとヨキが目を見開いた。ぱちりとまっ白い眼球を見つめ、リノハは目を細める。

「ねぇ、ヨキくん。好きとか、嫌いとか、そういうの、どうでもよくならない?」
「……それは、リノハちゃんのことだわ」

くいっと、リノハの視界が回った。ヨキに押し倒されたのだと気づくのに少しかかる。まっ白いベンチの上、自分の上にヨキが跨っている。ヨキの髪がリノハの頬にかかった。

「リノハちゃん、私に何が言いたいの?あの人を庇うの?それとも憎ませたいの?」
「ふ、ふふ、ふ、このぼくを押し倒せた女の子は君が初めてだよ」

カタンとデッキブラシが落ちる音がする。割れずに済んだシャボン玉がリノハの目の端に映った。ヨキの足がリノハの足の間に入る、頭の横に腕を立てられ、リノハはサカズキ以外の下にいるのは随分と久し振りだとぼんやり思った。そしてリノハは上に手を伸ばし、ヨキの白い頬に触れる。

「自分を守るために、他の人を傷つける。君のようなエゴの塊がぼくはスキさ」
「リノハちゃんは自分が好きなんだね」

ぐいっと、リノハはヨキの首をつかんで自分に引き寄せた。一瞬油断したヨキの体を押してベンチから落とす。とっさにヨキがリノハの肩をつかんだため二人で落下した。がつん、と下のコンクリートに当たるかと思えば、ふわり、とリノハとヨキの体が抱き上げられる。

「さすが、王子さま候補だねぇ。カクくん」
「何をしとるんじゃ。ヨキはお前さんの悪意には関係ないじゃろうに」
「カク、それにルッチも。どうしたの?二人はガレーラに、」
「大将赤犬より呼び出された」


ころころと笑うリノハに、顔をしかめるカク、突然の二人の登場に驚くヨキ、そして相変わらず何を考えているのかわかりにくい表情のルッチ。リノハはルッチにしっかり抱きとめられ、それを当然という顔をしておろしてもらい、カクに抱きあげられているヨキを見上げた。

「そうやって、大人しく王子さまの腕の中に収まっていればいいものを、いまどき剣を振るう勇ましいお姫さまなんてありきたりで流行らないよ」
「パンドラ」

そっと、ルッチがリノハとヨキの間に立ちはだかった。いつもどおりただ従順な、という態度ではない。おや、とリノハは目を細める。本当に、ヨキくんは罪作りだと内心思い、首を傾げる。
 
「ぼくはなにも悪くないよね?」
「……ヨキにあなたの悪意を向けるのは、止めて頂きたい」

大事なんだね、とリノハが言えばルッチは何も答えず、ただ眼を伏せただけだった。珍しいね、とそれだけ言ってリノハはデッキブラシを拾い上げると、そのまますたすたとその場を去る。




 

 





リノハが去った後に残され、ヨキはにこり、とカクに微笑みかけた。

「助けてくれてありがとう」
「助けた、ことになるんかのぅ。わしはただ呼び出されただけなんじゃが」
「カクがいなかったら、私リノハちゃんと掴み合いのケンカしたかもしれないよ」

それは嘘だが、しかしあのリノハの様子だと軽いののしりあいくらいには発展したかもしれない、とそうヨキは思う。ヨキ本人にそのつもりがなくとも、リノハは自分の悪意に人を引きずり込むのがうまい。それが魔女の悪意なのだろうかと最近思うが、しかしあまりリノハとかかわることがないのなら、詳細は気にしなくてもかまわないだろう。

ヨキはトン、とカクの腕から下りて、何やら落ち込んでいるらしいルッチの背を叩く。

「ルッチもありがとう。リノハちゃんに逆らうのって結構……うん、ショック受けてるんだね」

ルッチの顔を覗き込んでヨキは苦笑いを浮かべる。ズーン、と背後に何か暗いものを背負いながら、今にも自殺しそうな勢いでルッチが落ち込んでいる。ぶつぶつと「パンドラに意見してしまった」とかなんとか呟いているのは無視することにした。そんなにつらかったなら言わなければいいのにとあきれる反面、それでも己を庇ってくれたことがうれしくもある。

ヨキはリノハの帰って行った場所を眺め、目を伏せる。

「しかしヨキ、なぜわしらがおらん間に大将のところへ行ったんじゃ」

リノハの今いる場所は、かつてヨキもいた場所。大将の傍ら。けれどもう自分は戻らない、戻りたくもない。暗い思考に陥りかけたところに、カクの声がかかる。はっとして顔を上げ、ヨキは太陽の光が目に入って目を細めた。まっ白い帽子をかぶったカクが心配そうにこちらを見下ろしている。

「長官のお使いだったの」

まぶしさに慣れぬ目に影を作ろうと手をかざせば、ぽすり、とカクの帽子が被せられた。狭くはなるが見えやすい影ができてヨキはほっとする。それで、自分がここに来た経緯を話した。

スパンダム長官。水の都への潜入捜査は今年で五年目だ。そろそろ何か決定的な手段を投じねばならぬとそう長官があれこれ策を講じているらしい。そこへ、スパンダムの耳に入ってきたオハラの悪魔、ニコ・ロビンの情報。それらを巧く使い、スパンダムが青キジと何をしようとしているのか、ヨキは何も聞かされていないが、しかし、その特使にと派遣された。スパンダムは、ヨキがクザンと何かしらの縁があることを知っている。何があったかは知らぬが、しかし表面的には「青キジの気に入り」とされているヨキを使いに出せば物事が運びやすいと、そんな打算ゆえだった。

『ヨキが一晩付き合ってくれんなら、パンダの長官に騙されてやってもいいよ?』

スパンダムが長い時間をかけて作った「協力要請」の書類を一瞥しただけであっさり床に放り投げたクザンが、次の瞬間ヨキの手を掴んでそう囁いた。その時のことを思い出し、ぞっと、ヨキは身を震わせる。

「どうしたんじゃ?ヨキ」
「なんでもないよ」

にこりと反射的に微笑めばカクの眉間に皺が寄った。

「そういう笑顔を向けられるのは嫌じゃというたろうに」
「なんでもないの」

体に変化を出さぬように意識を集中させた。カクに気取られるなど絶対にあってはならぬとそういう心。これは意地なのかそれとも維持なのかわからぬ。ヨキが微笑めばカクが唐突に、ヨキの体を抱きしめた。

「なんでもない?震えとるのにか」
「そんなことないよ」
「わしにはそう見える。違うというなら、ちゃんと笑ってくれ」

ぎゅっと、普段のカクらしからぬ、力強い力である。何かこらえきれぬ感情が湧きあがっているのか、カクの力が強すぎてヨキの骨が軋んだ。このまま内臓までぐちゃぐちゃにしてくれればいいのに、とヨキは思う。カクが抱きしめてくれるそのままに、息の根さえとめてくれれば、自分は眩暈と窒息を吐き違えながら幸福感に包まれて目を閉じられる。

しかしカクは、それ以上は力を込めず、労わるようにヨキの頬をなでた。その、今にも泣き出しそうなカクの笑顔にヨキは唇を噛み締めて、目を伏せる。

(まぶしくて、目を開けていられないよ)

 



 

ごめんなさいと謝って許されるなら一生それしか話さない


(だけどそんなの無理でしょう?)








あとがき

…あれ?これってリノハさん夢か煤@と書き上げてから気づいた阿呆は一葉さんですよー。

ヨキ嬢のお宅サイト様でのクザンのスタンスが本当に好きです。でも二人だけだとこれ「暗いよ!!頽廃的だよ!!」とアレなカンジになってしまったのでリノハさんを登場させたら、何この性格悪い子、と我が子ながドン引き(笑)

上条さま、本当にすいませんでした。それと遅くなって申し訳ありません。書いててノリノリだったんですが・・・こ、これでいいのかとかなりの不安。個人的には、ヨキ嬢のスタンスはリノハさんには理解できないところが多いんだろうな、と思ってあれこれ書きたかったのに・・・

あ、あれー?と、文章力のなさが悔やまれます。本当、書かせてくださってありがとうございました!!!

 

 

 

*今回名前変換がないのは、本家様への考慮です。