遭えるものならば他に何も望まない
色素の薄い髪をゆっくりさらさら梳かしていると庭先にやってきた黒い猫がニャァと鳴いた。その、声になんだか奇妙な予感がして、さらりと髪を流しながら振り返るとそこに、は、先日大乱闘の末に決別宣言、したはずの高杉晋助が立っていた。
「あら、まぁ。まぁ。高杉さん」
あいも変わらず風流な装いの男である、とぼんやり思った。女物のような派手な色の着物、実際女物、ではないだろう、高杉は銀時や桂に比べれば小柄だが、それでも男の体格をしている。
今日は別段寒くもないから、羽織もなく、笠もなく、片手に煙管、なんて持ちながらこちらを見つめて「よぅ」と声をかけてきた。
「こんばんは」
「お前、無用心じゃねぇか。殺人鬼でも入ってきたらどーすんだァ」
「今日は万斉さんや岡田さんは一緒じゃないんですね、なら、安心ですよ」
上がりますか、といえば高杉「茶はいらねぇ」と言って寝室に上がりこむ。怪我でもしているのかと目を細めたが、別段血のにおいがするわけでもない。どうして怪我、なんて思ったのか。高杉がここにやってくるには何か、特別な事情がなければならないと、思っているからだろう自分に、俯きたくなる。
「京に戻る」
「そうですか」
「土産は何がいい」
また江戸には来るつもりらしい。その時は銀時と戦うのだろうか、それは、嫌だなぁとは思い、茶のかわりにと簡単な酒と魚を高杉の前に置く。
「お前酒なんて飲めたか」
「いえ、もらい物なんですけど」
煙草屋のご老人に、と言えば「そうかァ」と高杉。「てっきり、あのミントン野郎に買い置きしてたのかと思ったな」と言われては眉を顰めた。
「山崎さんのこと、嫌いですか」
「いや、気に入ってる」
へぇ、と信用しない目でが頷いたので高杉は心外そうに眉を上げた。
「マジだぜ?」
「どのあたりが」
「アイツはお前の良い盾になるだろ」
「銀兄さんは?」
「銀時は駄目だな。アイツはいざって時に、肝心なものを守れねぇような運をしてやがる」
ころころと心底おかしそうに高杉が笑うので、はついっと視線を庭先に向けた。この、地面繋がりの場所に、銀時もいるのだろう。笑われている、と知らずに今、彼は何をしているのだろうかと考え込めば、髪を引っ張られた。
「おい、」
「なんですか、高杉さん」
「で、土産は何がいい」
もう一度聞かれて、は笑った。高杉が同じことを二度も言うのは、本当にそれが本題なのだろう。思って、「そうですねぇ」と考え込み、何か、面白いことがいえないだろうかといろいろ想像するのだが、良いものが浮かばない。
「そうですね、そうだ。それじゃあ、花火をお願いします」
「花火」
「えぇ、そうです。線香花火。高杉さんが来たときに、一緒にやりましょう」
「贈りがいがねェなァ、おい」
花火は俺も好きだが、線香花火か、と高杉は彼にしては渋い顔。
「お前に求めるだけ無駄だが、簪なり着物なり、言えねェのか」
「簪はあまり使いませんし、服も足りてますから」
「俺がわざわざやるって言ってんだぞ」
レアだぞ、貴重だぞ、金かけてやるぞ、と高杉が畳み掛けるのだが、は「いりません」とぴしゃり、と言う。まぁ、妙なところでにも何か思うことがあるのだろうと高杉が諦めた。
「花火だな」
「はい、花火でお願いします」
頷いてはにっこりと笑った。全く、花火なら江戸のほうが品の良いものは出来ているだろうに、本気で、は花火を高杉が持ってくることを望んでいるのだ。
遠慮とか、そういうものではないだろう。遠慮するきもちが多少なりともあるのなら、素直に簪、と言ったほうが面倒がなくていい。それに、忘れていないか、今は冬だ。花火などどこで手に入れろというのか。
「なぁ、おい、」
「はい?」
ぽん、と高杉はの頭を自分のほうへ引き寄せて、その長い髪を一房つかみ、口付けた。
「メシちゃんと食えよ、ちゃんと寝ろ、風邪引くな、戸締りはしっかりしろ、銀時とヅラが着たら追い返せ、万斉は江戸に残してある、何かあればヤツを頼れ」
いろいろ言って、そのたびにが素直に頷くものだから、高杉はこれが別段今生のわかれでもあるまいし、と自分を笑い、それで、まだ次が普通にあるのだと思える自分が、なんだか、滑稽で、それで、を離した。
(一緒に来るか、と言わなくてもいつか、は当たり前のように自分に付いてくるようになるのだろうと、なんとなくそれが解って、まだ、その予感があるうちが良いのだろう高杉は思い、いっそこのまま、今日はここに泊まろうかと思ったが、朝になればには、の世界があって、まだそれを、自分が壊すのは時期ではないのだということを、高杉はよくわかっていた)
Fin
・高杉さんは難しい。(07/6/25 1時48分)
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