本気でわからない数学の式から、黒板から目を逸らして綱吉、グラウンドを眺めてみて、と目が合った。

(あ)

ストロベリィブロンドに真っ青な空のような目をしたは、綱吉が何かする前に笑顔全開でこちらに手を振ってくる。ここは四階であるというのに、その小さな体のどこにそんな力があるのかと首を傾げたくなる大声で「綱吉さま!」と、叫んでくれた。

「ちょ、」

慌てて綱吉はに黙ってくれるようにとジェスチャーをするのだが、イタリアからやってきたこの少女、最近綱吉の周りによくいるイタリア産の彼らと同じように、ヒトの話を綺麗にスルーするところがある。

「つーなーよーしーさまっ!」

丁度百メートル走のタイムを測定するところ、らしいのに、はそんなことを全く、これっぽっちも構うことなく手を振り続けている。ピーっと笛の鳴る音、スタートラインにしっかり立っているくせに、走り出そうともしない。一緒に並んでいた女子生徒はスタコラサッサと、フィールド上を駆けてゆく。

「こ、こっちはいいから、ちゃんと授業受けてよ!」

こそっと、声を出さずに唇だけ動かして必死に訴えてみる。リボーンなら唇を読んでくれるだろうが、はさすがに無理だろう。けれど、雰囲気で察してくれないかなぁと、かなり確立の高いことを考えた。

の奇行によってグラウンドの視線がこちらに向いてきてしまう。それでも、はこれっぽっちも気にしないのだ。

 

 



綱吉と

 

 





は、記憶者という名前を持つ、ボンゴレの一員らしい。正式には、ケルビム・リーゼと言うらしいのだけれど、最初綱吉が聞いたときに首をかしげたので、解りやすい言葉に直してくれた。

記憶者というのは、随分と昔から世界の記憶を残している一族だそうだ。なんでも、世界の意志を解き明かすために、そういうことをしているらしい。なんだかマンガの中の話のようだと、聞いた当初綱吉は笑った。けれど、考えればダメツナがマフィアのボスになる、だなんていうことだって、十分マンガのような展開だと思って、を笑えなくなってしまう。

それで、リボーンの話によれば、から数えて十代前の記憶者が、どうも、どうやらボンゴレの初代ととある“約束”をしたらしく、記憶者は、代々ボンゴレファミリーの一員となって、その知識と、記録能力を提供すること、となったそうだ。

だから、ボンゴレ十代目候補の綱吉の「少年時代」の事象を記録するために、はイタリアからやってきた。




「だから!おれはマフィアのボスなんかじゃないし、いい加減、おれのことを「綱吉さま」って呼ぶの止めてくれよ!」

休み時間、体育教師にしっかり叱られているを目撃してしまった綱吉は、その日の放課後、山本の部活が終わるまで待つ傍ら、に一生懸命言い聞かせてみた。

だって日本では普通の女の子になって、普通の生活を送ればいいじゃないか。おれのことは放っておいてくれよ!」

には「説得」をしようと思えるのは、獄寺やリボーンと違い、はか弱い女の子であるし、何より、ツナよりも一つ年下だから、年上としての言葉、という強みがある。(リボーンの年齢は考えない方向で)

しかし、、綱吉の訴えなど何所吹く風で、キョトン、と目を丸くして小首を傾げる。

「何を夜迷いごとをおっしゃっているんですか、綱吉さま。綱吉さまはボンゴレ十世になる方です、は十代目の記憶者となるのですから、本当ならいつもお傍にいなければならないんですよ?」

それを、綱吉の頼みだから、学業に励んでいてこうして学校が終わらなければ極力接触しないようにしているのだ、と、にしてみれば、寝耳に水である。

「おれはマフィアのボスにはならないよ!」
「なります、なれます。・コッツェが保障します」
「そんな保障いらないよ!おれは普通に暮らしたいんだ!」
「十四年間普通を堪能なさったでしょう、そろそろ飽きてくるころかと」

にこにこと、、日本語に不自由はないはずなのに、ちっとも話しが通じやしない。

獄寺くんとハルに似ていると、綱吉は頭を抱えながら溜息を吐いた。あの二人も、こう、信じたら一直線、いのししのようなところがあるが、のこれは、なまじ、記憶者という立場がある分、輪をかけているように思える。

「とにかく!おれのことは放っておいてよ!」

がん、と言い切って綱吉、真剣にの目を覗き込んだ。四月の入学式以降、があまりにも「綱吉さま」「綱吉さま」と慕って引っ付いてくるものだから、最初の頃は周囲に散々からかわれた。
それでかなり恥ずかしい思いをしたあげく、京子ちゃんにまで誤解をされたらと思うと、綱吉はなんだかとても、やりきれない。

大体、が綱吉を慕っているのは「十代目」になるからで、それならば、まだ多少は綱吉の人柄を(ある程度の妄想、妄信は入っているが)知って態度を改めてくれた獄寺くんの方がましだ。

正直なところ、綱吉はに「綱吉さま」と呼ばれるたびに、別に、獄寺くんのように「十代目」と呼ばれているわけではないのに、マフィアのボスにならなければならないような、そんな、嫌な暗示を受けてしまうのだ。

「本気で嫌なんだよ、おれ、マフィアになんてなりたくない。が、普通の女の子だったら友達になるよ。でも、おれのことを十代目としか見ないんだったら、おれ、」

なんと、言えばいいのだろう。綱吉は言葉に詰まった。
拒絶?絶好?いや、そういう間柄ではないはずだ。なんと、言えばいいのだろうと、純粋に疑問に思って、戸惑った。

が、不思議そうな顔をして、綱吉を見上げる。

「だから、その、おれが言いたいのは」
「十代目は綱吉さまじゃなくて、綱吉さまは十代目なんです。トマゾのアホ垂れじゃあるまいし、嘆かないでくださいよ」

当たり前のように、あっさりが言った言葉が、綱吉はさっぱり理解できなくて、かろうじて、そういえば、はロンシャンが大嫌いだったっけ、と、一時期起きた大騒動を思い出した。現実逃避である。

「え、えっと、あの、
「綱吉さま」

なんとか話しをこちらが解るように砕いてしまわなければ、と、必死に綱吉が次の言葉を探していると、、慌てるツナの左手を恭しく取って、掌にそっと唇を落とす。

「ッ…」
「貴方が泣こうと嘆こうと喚こうと、どんなことがあろうと、貴方さまがボンゴレ十世、この身に流れる九世代に渡る智天使の血が教えてくれる。我が君、どうぞ、」

真っ直ぐに、の青い目が綱吉に向けられた。逸らせずに、いてしまった綱吉の耳に、はっきりと聞こえる、の声。

「どうぞ、観念なさってください」



Fin