コンビニ天使の不在時に三匹目が出た



 

 

 

 

 

 

 

「わたしは運がいいのかもしれないわね」

そう彼女に微笑まれて、アダモ・フォースは一瞬なんと答えてよいものか迷った。深夜のコンビニ。ここから少し離れた場所にある学生街で「この顔を知らないか」といつものように聞きまわったところ、このコンビニで深夜そんな顔を見かけたことがあるとそう証言があった。

それで期待に胸を膨らませ(実際アダモには胸があるわけで)日没前からこのコンビニを張っていたのだけれど、現れたのは自分と同じ顔の悪魔ではなく、一度天界で見かけた覚えのある女子高生だった。

「私は今、自分の運のなさを嘆いていたよ」
「わたしに会えたのに「運がない」なんてひどいひと」
「私で出会うアダモが三人目、しかも前二人は君が一瞬気を逸らした後に気配から何からすっかり消えてしまっているというのだから、これで「喜べ」と言われても…すまないが無理だ」

アダモは別のアダモと意識の共有やら情報交換をしているわけではないが、ここで再会したから「前にもアダモに会った」「気付いたら消えてしまっていた」「灰があった」など物騒な情報、さらには「あの時はミカエルも一緒だったのだけれど」とオチ以外のなんでもない言葉を聞き、自分の前にと出会っただろうアダモがどういう末路を辿ったのか予想できてしまっている。

「二人目のアダモさんはどうか知りませんけど、たぶん一人目のアダモさんは無事ですよ」
「確証はないだろう」
「えぇ、まぁ。ところでどうしてどこか行こうとするんです?背を向けるんです?」

このコンビニで目撃された「同じ顔」というのがフォースではなくあの金髪の大天使であるのならアダモはここに長居したくはない。遭遇したら確実に自分の死亡フラグが立つ。いや、別に魂がないので死亡というのはおかしいかもしれないが、まだアダモは消えたくない。他のアダモはどうだったか知らないが、自分は他のアダモたちがどれほど長いときを過ごして疲れようが、自分の存在に疑問を抱こうがそんなことは関係なく、与えられた使命を果たし、自分がアダモたちの中で唯一の「勝者」になると、そのように考えていた。

だからアダモからすれば「死亡フラグのフラグ」であるに構ってなどいられない。にこにことする女子高校生を放置してさっさとこの場から離れようとすると、くいっと、アダモの厚手のコート、端を握って「お待ちなさいな」とそれを引き止めた。

「……私は忙しいんだが?」
「奇遇ですね、わたしも明日テストだから勉強に忙しい予定なんです。いやですよね、学生服をきちんと着るためにわたし学校に通っているんですよ。カトリック系の女子校なんですよ」

お互い大変ですね、と言いながらその手はけして放さない。彼女を脅すのは本意ではないが、アダモは背後に控える大天使召還フラグを成立させないため手段を選んでなどいられない。意識して声を低くし、じろり、と自分の胸までもない小柄な少女を睨みつける。

自慢ではないが目つきの悪さには自信があった。(結局自慢なんじゃねぇか、とは突っ込んではいけない)かれこれウン百年以上も効率悪く「この顔の男女を知らないか」などと探し回っていて、それなりに面倒な目にあうことがある。かつて「天界一の美しさ」と言われた大天使の綺麗な顔に妙な要求をしてくる愚か者相手でもひと睨みすれば大抵は解決した。それでその実績を持ってを睨んだのだけれど、彼女は青い目でふわふわと微笑むばかりで、アダモが期待したような反応はなかった。

怒鳴る、というのが一番効果があることはわかっている。アダモは別にこの顔の元になった大天使の記憶を知るわけではないが、この黒髪のエセ女子高生は大声が苦手らしかった。だから一言、先ほどの睨みを含めて怒鳴ってやればこの拘束状態は解決する。

だが、怒鳴れば彼女は泣くかもしれない。別にが泣こうがわめこうがアダモの知ったことではないが、彼女が泣けば金髪の方の大天使が光臨する気がするため憚られた。

どうする私、と必死に考え込んでいるところころと鈴を転がすような笑い声がかかった。相変わらずこちらのコートの裾を引っつかんだままのである。

「何がおかしい。私が困っている姿が滑稽なのか?」
「えぇ、それもあるけど、あなた、振りほどけばいいのにしないのね」
「……」

途端アダモは鳩が豆鉄砲でもくらったような、そんな間の抜けた顔を自分がしたと自覚した。

「わたし、あなたが気に入りました。わたしとデートしましょう」

そうして何も言えずただ唖然としているアダモに、は死亡フラグが完全に立ったセリフを吐いた。






+++




それから五時間ほどたっぷりと、アダモはに拘束された。自分は彼女の手を振り払えない。それがよくよくわかっているため「ある程度付き合ったら飽きるだろう」と高をくくったのがまずかった。

「感動したわ…まさかあそこでラッコが…!!」

まず喫茶店から始まり買い物、公園の散歩、ゲームセンター、そして最後に映画、と一日で楽しむには十分すぎる内容を送りやっと満足したらしいがパンフレットを片手で胸に抱き、先ほど観た映画について絶賛している。

もういい加減開放してくれと訴え続け無視されてきたアダモは文句を言う気力もなく、相変わらずにコートの端を掴まれたままその隣を歩いていた。

「……あの映画は感動物なのか?」

感動しきっているにアダモはいろいろ突っ込みたかったが、とりあえず先ほど観た映画は感動ものじゃないと言い切る。

しかし涙さえ流したは「どうして?!」と聊か大げさに憤慨し、ぐいっとアダモのコートを引っ張った。確実に皺になって伸びるだろうことはもう諦めている。

「感動するじゃない!008シリーズ最新作!シャコ貝の報酬……ラッコが機転を利かせて海草の下に008を匿うところなんて…見つからないかって観ていてとても緊張したわ!大天使様と一緒に神のゲームデータを初期化したときだってあそこまで緊張しなかったのに!」
「だからそこに感動する意味がよくわからない…というか…君は天界で何をしているんだ……?」

そういえば自分が作られて少しして地上を(大洪水ほどではないけれど)大雨が襲ったが、あれはそのセーブデータ初期化うんぬんが原因だったのだろうか。などと知りたくもない天界の裏側を強制的に覗かされたアダモはさらに疲労感が増した。

コートを掴んでいない手でパンフレットを抱きしめているはそんなアダモの様子にころころと喉を振るわせる。笑うと彼女は花のようである。よく笑っているイメージはあるが、その時に思い浮かべられる笑みはどうしたって性根の捻くれていそうな、裏のあるもの。しかしこうして(見かけの)歳相応に「映画が楽しかった」と笑う彼女はとてもヒトらしくて美しい。

「随分長くヒトの観察をして君たちに溶け込めるようにしているが、それでもやはり、ヒトは変なところで笑ったり、変なことを気にしたりすると思うよ」
「笑いのつぼが皆一緒だったらつまらないわ。あ、でもあの映画は絶対に感動物です。あのラッコ、聖人に召し上げられればいいのに」
「聖「人」と言っていいのかどうか判断に苦しむが、天界には海がないからラッコは生き辛いんじゃないかな」
「あの映画のDVDが出たらまた一緒に観ましょうね」

なぜか一方的に約束を取り付けられた。

アダモとしてはの様子を自分が「美しい」と思ったり、次にまた会おう、などという約束も何もかも自分の死亡フラグにしか思えず、もう本当に開放して欲しかった。

妙な映画を観させられたり、味のわからぬものを食べさせられたり、あちこち連れ回されたりと彼女は何がしたいのだ。

(あいつの代用品…いや、彼女に限ってそんなことはしないか)

一瞬ちらり、と浮かぶのは彼女がかつて旅をしたという大天使のこと。同じ顔、アダモもできる限りオリジナルに近づこうとしているので立ち振る舞いも似ている。そういう自分とあれこれ時を過ごす。それは一種の慰めにでもなっているのかとそんなことを思うが、しかし、アダモの知る限り、がそんなことをするわけがない。愚かしい行為だとかそういうことではなく、これが彼女の言う「デート」であるなら、間違ってもはあの大天使と「デート」をしようとは思わないはずだ。

「わたし、ルシフェルと映画館デートをするくらいなら舌を噛みます」
「思念を読めるのか…?」
「いいえ、まさか。わたし、プライバシーは尊重するタイプです。でもあなた、そういう顔をしているから、そうかなって」

あれこれ考えていると絶妙なタイミングでの言葉。彼女も天使たちのように思念が読めるのかとそう問えば、は嫌そうに首を振った。

アダモはが一体どういう「生き物」なのかいまひとつわからない。解るものがいるのかとさえ思うが、理解を司る天使たる大天使ミカエルは知っていそうだ。

「まぁいい。とにかくそろそろ開放してくれ。私はこの顔をした男女を探し出さねばならないんでね」

神の創り出した人形である自分には寿命などないが、アダモは「自分こそがフォースを見つけ出すアダモになる」とそう決めていた。こうしている間にも無数のアダモたちがフォースを探し続けている。これ以上彼女に構ってはいられない。

気は済んだだろうと、アダモはふっと裾を払う。そこで初めて、やっと、の手がコートから離れた。

(振りほどけない、わけじゃない)

見下ろした彼女はその青い目を見開いている。その青い目に自分が写り、アダモは舌打ちした。の瑠璃の目に写る、黒髪にオッドアイの男は酷い顔をしている。「とてもひどいことをしてしまった」と今にも泣き出しそうな、そんな顔だ。が驚いているのはそんな自分の反応ゆえだろうと、そう解りきってしまい、アダモは一歩後ろに下がる・

ザザッ、とコンクリートを踏みしめ、アダモは片手で顔覆い、息苦しくなる胸を押さえた。

「私は「敗者」にはならない。私は木偶の棒でも泥人形でもないし、かといってフォースそのものになりたいわけでもない。私は、ただ一人勝者となって、神に、あの自分勝手な男に私の存在を認めさせる」

そのために生まれてきた、そのためにあの男を捜している。そうはっきりと宣言し、を睨みつける。

(そうだ。かつて、彼女はフォースの共犯者だった)

神への反逆時の、ではない。それよりも前、ずっと前、アダモが作り出されるより以前に、フォース、ルシフェルと名乗っていた大天使があるヒトと旅をした折に、は彼の共犯者になった。

だから、フォースに近づこうとアダモが真似すれば真似するほど、アダモはを邪険に扱えなくなる。そこにアダモの感情はない。アダモがに好意を持っているとか、そんなことはありえない。しかし、アダモがフォースの真似事をして、フォースに近づけば近づくほど、アダモは「を裏切らない」フォースの思考が重なってくる。

(あぁ、そうだ。だから、彼女のこんな顔を見ると、私は胸が抉れるように苦しい)

納得し、自分の体がフォースに近づいていると喜ぶべきなのかどうかわからないが、アダモは額を流れる汗をぐいっと袖口で拭った。

「これ以上私に関わるな。君といると私は消滅の危機がある。私は消えたくない。私は、他のアダモとは違う。私は消滅して楽になろうなどとは思わない。この苦しみも何もかも、いずれ勝者となるためならいくらだって受け続けてやる」

作られてから約三千年が経っていた。動き続けて動き続け、ただフォースを探す。どのくらいの確立のものなのか、果たして「先」があるのか、アダモはそんなことには興味ない。ただ、己はけして諦めない。

まっすぐにを睨んだ。彼女は自分にとって「良いもの」ではない。彼女といれば自分は黄金の大天使の怒りを買う。ぼんやりとそんな予感があった。だから、大天使光臨に鉢合わせる前に彼女から遠ざかる。それが、自分が勝者になるために今必要なことだ。

黙ったままのにアダモはそのまま背を向けた。ここまで言えば追いかけてはこないだろう。早くこの場から立ち去って、それで、またいつものようにフォースを探し回ろう。

そう思い、そう、考え、アダモが歩き出す。と、その背にトン、と軽い衝撃がかかった。

「っ、」
「えぇ、えぇ。わかっていてよ。わかっているわ。あなた、他のアダモとは一寸違うから、もしも誰かが「成功」するなら、神のメッセージをルシフェルに伝える者がいるとしたら、それはきっと、ねぇ、きっと、それって「あなた」なんじゃないかって、そう思うの」

アダモの腰にの細腕が回された。後ろからぎゅっと抱きつかれ、アダモは硬直する。

背後の少女は囁くようにそっと小さな声で話す。その甘やかさ、さらに「成功する」とそう、に認められたことがほんの一瞬、アダモの思考を奪った。

「だから、邪魔をしているのよ」

そして、低い低い、体の芯から凍りつくような声が同じ場所から放たれ、そしてアダモの体はビクン、と二、三度痙攣した。

泥人形には核がある。神が込めた想いの中心その、ヒトで言えば心臓と言えるその部分を背後から背を突き破りが掴む。人形に血は流れていない。その代わり、アダモは口からげほりげほりと泥を吐いた。

苦しげに呻き、何とか抵抗しようと腕を振り上げる。だが、可能な限り首を動かし背後を振り返って、彼は一切の抵抗を止めた。

諦めるつもりはないと、どれほど孤独と虚しさと苦悩にあってすらフォースを探すことを諦めず自身の存在理由を疑わなかったアダモは、しかし、泥を吐きながら振り返った先、己の背にぎゅっと頭を押し付ける黒髪の少女、その顔は見えない。だが、しかし、だがしかし、その彼女の肩、ほっそりとした薄い肩が震えているのを見止めてしまって、そうして、抵抗できなくなった。

「ルシフェルに神の想いなんて伝えさせない。和解なんて、絶対にさせない」

殺されていくのは己なのに、アダモは「私は彼女にひどいことをした」とそう、感じる。それがアダモとしての己の感情からなのか、あるいは、やはり、それはフォースの罪悪感なのか判断がつかず、そのまま視界が暗くなった。

ただ最後にぼんやりと「あぁ、やはりに出会うということはアダモにとって消滅フラグ以外のなにものでもないんだな」と思った。




Fin




短い話。
ちなみに「008〜シャコ貝の報酬〜」は聖☆おにいさんから。超観たい。
この話、オチは正反対だったんですけど書いてるうちにヤンデレ夢主のターンになった。

(2011/09/15 PM15:33)