一緒に屋上に昇ってくれますか

 

 

 

 


具合がやっぱり悪くなって、それで、はやっぱり保健室の、もうほんと、布団とか持ち込んでもいいんじゃなかろうかと思えるくらい、己の常用となったベッドにごろりと、寝転がっていた。小さく、小さく確認するように息を吐く。酸素を吸って、肺に送り込んで、一度、ためて、それで、吐き出すと、その取り込んだものは違うものになって、先ほどはいた、場所へ戻れずに、どこへ行くのだろうか。(どうでも、いいことだ)

生まれたときから、は体がめっぽう弱い、どれくらい弱いのかと言うと、朝起きたときには風邪を引き、夜寝る前には肺炎にかかる、それくらい、だ。なのにどうして、今はごくごく平凡に(保健室常連にはなるけれど)学園生活など、遅れているのかと言えば、まぁ、それには、やっぱり、いろんな理由とか、いろんな、事情があったり、する。事情、と、理由の違いはなんだろうかとは考えて、面倒になったので、止めた。考えることなら、他にいくらでもある。

(たとえば、そう、時々保健室にやってくる、やけに、目つきの悪い、クラスメイトのことだとか)

ふぅと、再び息を吐き出してぼんやり、は、時々、一緒、同じ時間同じ天井を見上げることのあった、同級生、クラスメイトを思い出す。名前、名前、名前は、そうだ、確か高杉晋助、とかいう、ひと。歴史上の高杉晋作とは縁もゆかりもない、らしい、らしい、というのは似たような名前の、桂小太郎から聞いた。二人は、何でも、腐れ縁、らしい。(その、らしいを教えてくれたのは誰だったか)

それで、その、高杉晋助、がどうしたかと言えば、別にたいしたことではない。今現在、の上に跨っている、それだけだ。

「随分余裕じゃねェか」
「いえ、別に」
「慣れてんのか、どうでもいいのか、声もでねぇのか」

どうとでも、取ればいいといえば高杉は面白くなさそうに目を細めるのに、そのうちに、クツクツと笑い出した。それで、なぜだか、噛み付いてくる。
いたい、と漏らせば軽く、首を絞められた。

「死ねばいいのになァ、いっそ」

たぶん、今日始めて言葉を交わす人間に、そういうことを言われる覚えはなくて、それでも、なんだか、確かに、何度かそう、思ったことのある言葉だったのでは妙に「そうだ」と思ってしまった。そうしたら、高杉がまたクツクツと笑った。青少年、らしくない。腹の底に深く疼くものがあって、それが唸るような笑い声だ。

この、青年、本当にあの、高杉晋作と縁も所縁もないのだろうかと、はぼんやり疑ってみる。小学校のころ、兄が病弱な自分に読んでくれた、勝気で剛毅で、それでいて、奇妙な性格の持ち主の、あの、歴史上の英雄に、彼のにおいが似ている、様な気がした。

「死ねば、いいですか」
「あぁ、そう思わねェか」
「思った、思っている、としてもそれが。あなたの定義とわたしの定義ではきっと、違うのでしょうから、肯定否定の理由はないでしょう」

また高杉がクツクツ笑ってそれで、ぎゅっと、首を軽く絞めていた手を離した。ひゅうっと、の喉がなる。自分で意識するよりも自然に、肺には酸素が入ってくれて、それで、まだ、この肺とか臓器とか、いろんなものは、まだ、まだ、いろんなことを諦めてはいないのだと、思い知らされた。

「苦しいかァ」
「苦しい、です」
「そうか、で、どうすんだ?」
「わたし、休んでいるんです。休んで、いたんです」
「そうかァ」

ガツン、と、両手首が枕の脇に押し付けられる。手錠とか、されるんだろうかと、思った。そういう、ことをされたことは何度か、あった。違う人に、だが。だから、そういうことも、あるんだと思っていたから別段、である。
けれど、が思っている以上に、きっと、そして、高杉は言葉以上に酷いこと(その、酷いことがどの程度の範囲かはさておき)はしないのだろうと、は、たかだか、手が手錠を嵌められなかったくらいで、信用した。そういう、安直なところが、きっとにはある。

だから、あの人は毎朝毎晩心配してしまうのだろうと、閉じた目蓋、その上に何か生暖かい、あまり気持ちのよくないものの感触を感じながら、思った。

「どーすんだァ」
「どう、するんでしょうか」

高杉がどいてくれるなら、このまま、それに越したことはないのだけれど、という意味の目を高杉に向けるが、本人はニヤニヤ笑ったまま、で流す。ニヤニヤ笑っているのに、その、口元が全く愉快そうに、その、瞳の中が全く好奇そうに、見えないのはいったいどういうことなのだろうか。

(わからない、ことばっかりだ)

けれど、なぜだか、には、一つの妄信できることが、出来ていた。それは高杉が酷くはない人なのだと、自分勝手に思い込めたほどに、酷い、自分の妄想ではあるのだけれど。

きっと、このひとなら、いつかわたしが屋上に昇りたいと焦がれたときに、きっと、迷わずに一緒に昇ってくれてそれで、柵の向こうにいるわたしの背中を、なんの躊躇もなく蹴り飛ばしてくれるのだろうと、そう、思い、は眩暈を起こした。

そして、噛まれたり引っかかれたり座れたり、抉られたり、いろいろされているうちに、目の裏がチカチカ線香花火でも飛ばしたように光って瞬いて、きた。

(明日の朝はきっと、風邪じゃなくて、違う病気になるのだろう。立てなくなって、しまって、それで、銀兄さんが心配して、学校には行かせてもらえない。そうしたら、このひとはきっと、わたしのことを忘れてしまうのだろうか)

ぎゅっと、は全く乱れていない高杉のシャツを掴んで、その肩口に噛み付いた。

 


Fin


なにこの、セリフの少なさ。
何が書きたかったのか=保健室はパラダイスだ。ということくらいです。
(07/7/1 0時29分)