01
「ノリコって変わっている」
学校からの帰り道、井原は真面目な顔で唐突に言い出した。半年前に転入してきた彼女は典子とクラスも同じで家も近い。見知らぬ土地では不便だろうと自然一緒に帰るようになって、いつのまにか典子のグループに入った。
そして、今日も今日とて典子たちと揃って帰宅途中、友人らが「昨日の××観た?」とそういう話をしているのに、そういう会話にはあんまり参加せず軒下を通る猫を目で追いかけていたかと思うと、そんなことを口にする。
「へ?あたし?」
友人らより一歩前を歩いていた典子は唐突に己の話題を出され一瞬目を見開く。そして言葉をじっくりと考えて、首を傾げる。
「そうかな?あたし普通だよね?」
「少し抜けてるけどね」
「まぁ、とぼけてるところはあるかな?」
「それも典子の個性だとは思うけど」
あれこれと典子は自分のことを思い返してみて「普通」と称してみるが、しかし友人らは容赦ない。といって悪意はなく親愛が感じられる言い回しではあるのだけれど、典子としては喜んでいいのか判断が難しいところだ。
微妙な顔をしていると、やはり真面目そうな顔をしたは「変わっているよ?」と続ける。
疑問系というよりは確認事項のような言い回し、これで嫌味に感じられないのだと典子と友人らは思って顔を見合わせた。
むしろ井原という少女の方が少々変わったところがあると典子たちは一様に思っている。半年ほど前にドイツより移住してきた四分の一ドイツの血が入るという彼女はわりと小柄で、肌の白さは日本人とは系統が違う。そういうは少々人と感覚がズレているのか、時折突拍子もないことを真面目な顔で言って周囲を困惑させた。
同級生ではあるが、典子たちはを妹か何かのように感じてしまい、時折言う突拍子も無い言葉にも妙に微笑ましく思えてくるものである。
「変わっているっていえばも変わってるって」
友人の一人がぽん、との頭をたたいた。こういう風にことも扱いするとは眉を寄せるのだけれど、あまりにも友人たちがそうするので最近は文句を言うことはない。しかしむっと妙に幼い顔をして、唇を尖らせる。そういう仕草が可愛らしくて仕方ないのだと典子たちは思う。
「あ、、リボンほどけかけてるよ」
の髪は黒い。はっきりとした黒さで、本人は「染めたい」といつも言っている。典子の髪は薄い色なのでいつも羨ましがられたが、典子はどちらかといえばのような黒髪に憧れている。そのはいつも髪に真っ白いリボンを付けている。転校してきて早速迷子になったを見つけ、二人で入った雑貨屋で典子が「お友達記念」とお揃いで買ったリボンである。お揃いのため典子も持っているけれど典子の髪は柔らかすぎてリボンだけではシュルリとすぐに解けてしまう。
典子は手を伸ばしての髪に結んであるほどけかけたリボンを取り、結びなおしてやった。
「ありがとう、ノリコ」
「いいえ。どういたしまして」
にこりと典子が笑うとも笑った。が笑うとひまわりを思い出す。顔を綻ばせていると友人らがからかうようにはやし立てた。
「典子ってば本当、に甘いよね。お姉さんみたい」
「ほんと、普段おっちょこちょいなのにの前だとちゃんとして見えるもの」
楽しんでもらえるのはいいのだが、自分は一体普段からどういう風に思われているんだと典子は突っ込みたくなった。を見れば二人に同意なのか雰囲気が面白いのか、眼を細めて口元を柔らかく上げている。
なんとなく典子は文句を言えなくなって、にこりと同じように柔らかく笑い、の手を取った。半年前に始めて一緒に帰った時、は日本の道が不慣れで目が迷い、あちこち行って大変だった。だから典子は手を繋ぐことにして、それで、そういう癖がついていた。
の手はほっそりとしている。掴めば少し冷たいが、典子はその冷たさが好きだった。
手を引いて歩き、いつもと同じように笑いながら皆で帰る下校途中の道を歩いていく。
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インターネットというのは考え物だと伊原は夜の街を走りながら改めて思った。便利は便利、情報は多くあるのだけれど、しかし、危険な情報があっさりと手に入るのは将来的に見てこの国によいことなのだろうか。
(とかいいつつ、今現在物凄くそれを悪用している自分が心配することじゃァ、ないね)
腕に抱えた紙袋の中にはインターネットで作り方を見て作ってみた「プラスチック爆弾」が入っている。どちらかといえばは文系だが、いやぁ、人間やればなかなかできるもの。詳しい作り方は省いておくが(よい子の皆、マネしないでね!)結構あっさりできた。
材料といえば、まぁ、一般的にコンビニでは売っていない。しかしの父は薬品関係を扱う会社に勤めているのでそういうものを仕入れるのは人より楽だったこともある。そういうわけで作り出した、持っていたらヤバイ代物を腕に抱えはある一箇所を目指していた。
(ノリコが死んだとか、ないし)
思い出すのは一週間前。
ごく普通の平日だった。学校からの帰り道、はいつものように典子たちと歩いていて、それでいつものように話をした。は会話に率先して入るタイプではないけれど、典子たちの話を聞いているのは楽しかった。特に典子の声が好きだ。落ち着いていて、優しくて柔らかい。うっとりと眠れてしまいそうなほど綺麗な声がは大好きだ。
それは突然のことだった。
ノリコのところにボールが転がってきて、そしてそれを返してやろうと、ノリコは優しいから思って、それでころころ転がっていくボール。
追いかけて、電柱の方まで行った途端に電柱の前に放置されていた紙袋が爆発した。
「……死んだわけ、ない」
ぎゅっと、あのときのことを思い出しては唇を噛む。
自分は気付いていたのだ。ボールが転がる、電柱、前に何か置いてあると、そう気付いた。紙袋だ、とそう思った。ノリコはボールを追いかけるのに必死で気付いていなかったかもしれない。けれどは気付いていた。
あれがまさか最近多発していた無差別爆弾だとは思わなかった。
けれど自分は、紙袋があると気付いていたのだ!
服でも腕でも足でもなんでも引っ張ればよかった。けれどあのときに自分がしたことは、ただボールをおいかけるノリコを眺めていただけで、そして、紙袋が爆発して、目を閉じた。
そうしたら、ノリコはいなかった。
その後警察が来て、野次馬が来て、あれこれ話しを聞かれたけれど、そのあたりはにはどうでもいい。死体はなかった。こなごなに吹き飛んだにしても欠片くらい落ちていると怖いことを友人の一人が言っていたのを覚えている。けれど、ノリコの肉の欠片だってなかった。
皆で夢でも見ていたんじゃないかと、そういう話になった。
(でも、ノリコはいなくなった)
は目を閉じて立ち止まる。
夢ならよかった。爆発は現実で、でも、ノリコがいたのは夢ならよかった。だけど、あの日からノリコはを朝迎えに来ることはなくなって「おはよう、」と言ってくれなくなった。手を繋いでくれることも、髪のリボンを直してくれることもなくなった。
行方不明なのだと、ノリコの家族が言っていた。家出なんてするような子じゃない。何か事件に巻き込まれたんじゃないかと、そういう話になった。
(違う、違う。ノリコは、あそこにいた。あそこから、いなくなった)
妙な確信がにはあった。
ノリコはあの事件現場にいて、そしてあの爆発で「消えた」のだ。
どこへ消えたのか、それはにはわからない。けれど、誘拐されたのでも家出したのでも、または死んだのでも、ない。ノリコは今も生きていて、どこかにいる。
そのどこか。それをは探りたかった。
「……同じこと、すればいい」
走ったが立ち止まった場所。そこは例の事故現場である。犠牲者も出なかったため特に黄色いテープが巻かれているわけではないし、献花があるわけでもない。花があったとしてもは認めず踏み潰しただろう。ノリコは死んだわけじゃない!と、そう叫んだに違いない。
ぐっとは目を擦り、真っ直ぐに電柱を睨みつける。
あの時と同じ規模の爆発を、ここで起こせばいい。
何も起こらないかもしれない。
けれど、あのとき爆発があって、そしてノリコが消えた。それは本当だ。確実だ。事実だ。現実だ。だからは、何かをする。
何もしなければ世界は何も変わらないと、半年前には理解していた。
爆発の用意をしながら、頭の隅で何か起きるわけがない。これはノリコの死を受け入れられない自分の自殺だ、現実逃避だ、誇大妄想だ、住民への安眠妨害だ、と冷静な突っ込みが入らないわけではなかったが、それらは無視をする。
正直な話をしよう。
別にはノリコと将来的な約束をしている間柄でも多額の借金をされている身でもない。付き合いは半年、ノリコがいなくとも井原の今後の人生は、多分あんまり影響はない。これまでどおりはとしていき続けるし、世界は何も変わらない。明日になれば太陽が昇る。この一週間、そうだった。ノリコがいなくなって、嘆く人やあんずる人、日常が少し変化した人もいるだろうけれど、それは一時的なものだ。
だから、だってノリコがいなくたって生きていける。
「でも、わたしは嫌だ」
ノリコは変わってる。
とても、変わっている。
(わたしの頭を撫でてくれて、名前を呼んでくれる。ノリコが友達になってくれて、わたしには友達ができるようになった)
ノリコは平凡な女の子だ。けれど、変わっている。優しさ、気遣いの心など、そういうことではなくて、彼女は「きっかけ」になるのがとても上手い。彼女自身には特別変わったところはない。けれど、彼女がいると、何か、何か、よいように物事が運ぶ気がにはするのだ。
まるでキラキラとした星屑のような、そんな女の子だ。
はノリコがいなくとも生きていける。けれど、ノリコはとてもきらきらしていて、それを見ているとは何だか心が温かくなる。
「だから、ノリコを探す」
はうん、と一人で頷き、そして爆発のスイッチを押した。
これで爆発して普通に死んだとしても、たぶん私は後悔しない。そうは溢れる光を瞼に焼き付けながら真っ直ぐ、真っ直ぐに思った。
(自殺じゃない。楽しく生きるために、今はこうするのが一番だと思ったの)
Next
・はい、一話終了。
「彼方から」長編夢。ノリコ大好き夢主は、果たしてラチェフさん落とせるのかとかそういう疑問もありますが、とにかく進んで見ましょう、予定は未定。さんはこれよむ限りちょっとぶっきらぼうな性格ですが、次回から夢っぽく心理描写メインになるのでもうちょっと砕けます。
では次回「とりあえず、名前くらいは覚えましょう」です。←
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