皆さんこんにちは、できれば人生はガッツガツせず適度に煌めきたい、です。

色々あって何やらノリコ失踪の手がかりがありそうな世界にお手軽トリップしました。トリップというか、ひょっとして私が知らないだけでここは地球なのかもしれませんが、そんなことはどうでもよろしい。

とりあえず目の前にあるもの、それがなんなのかが今の私には重要なのですよ。






++++++




「すいません、噛み付かれそうなんですが」

チーチーと目の前で鳴き続ける物体Xを視線から外したく、はここまで自分を連れてきてくれた老人、ゴーリヤを振り返った。ゆったりとしたローブをまとっているというのに布擦れの音をさせることなくするするとゴーリヤは建物の中を移動し、そして階段を下がり下がり扉を開けて、やっとここが「目的地」と告げてきた。

が「落ちた」らしいこの場所。建物の作りはラチェフの部屋と同様異国情緒溢れ、気候が安定しているのか吹き抜けが多い。アラビアンナイトの世界に迷い込んだようだ、とはここへ来る途中にきょろきょろあたりを見渡して関心したものである。

そうして連れてこられたこの場所。てっきり部屋の中はどこも同じでラチェフの部屋とそう大差ない場所だと思っていたのに、これは詐欺じゃないかとは言いたかった。

劣悪な環境、とまでは言わない。しかし湿った地下室。証明は薄暗いランプがあるのみで、隅には埃がたまり、なにやらチチッとネズミのような声も聞こえるではないか、とそう、回れ右して先ほどの部屋に帰りたくなっただが、心が繋がったままのゴーリヤ、先手を打って「先ほどの部屋はラチェフ様の私室。二度と入室はできんぞ」と告げてきた。

頼み込んでも入れてくれはしないだろうなぁ、とはラチェフのすっきりと整った顔を思い浮かべながら頷く。ゴーリヤはが諦めたことを感じ取り、「それではチモの世話を任せる」とそう言って、手に持った明かりで部屋を照らした。

まばゆい、とは言わぬがうっすらとした明かりで明らかになる部屋全体に、は「うわ」と、悲鳴というには可愛げのない声を上げ、そして先ほどのセリフを吐いたというわけである。

『噛み付きはせんだろう。これで大人しい生き物だ』
「どの辺が?」

の目の前、というか、部屋中にあるのはハムスターでも飼えそうなゲージの山だゲージ、と言ってもの世界にあるような着色され一般家庭愛玩動物用に用いられている物とは違う。冷たい鉄製、頑丈な小さな檻と言う方が相応しいだろうその物体の中には、チーチーと鳴く小さな生き物が一つの檻に似引きずつ入れられていた。

これが先ほどから聞こえたネズミのような声の正体か。
大きさはモルモット程度。長い尻尾はリスのようだが、それよりもふわふわとしていて柔らかさはありそうだ。まぁるい頭に丸い胴体。

リスとチンチラ、さらにはハリネズミを掛け合わせて毛並を良くしたらこんな感じだろうか?

一見して小動物。かわいらしいとカテゴリーに入れられるのかもしれないが、しかし、いかせんこいつらは目つきが悪かった。

つんと吊り上った目は金色。虹彩色があるわけでもない。金一色が目という、奇妙な作り。それらが細長い三角の形でこちらを睨んでいるようにしか見えないのだ。

外見だけならとてもかわいらしいのに、残念な目つきだ。

チモ、と先ほどから言われていたものはこれなのだろうか。世話を、とそう言っていたので自分はここの、晴れて飼育員に任命されたようだが、はっきり言って、動物との相性はすこぶる悪い。

「私…生まれたときは近所デブ猫が家に入ってきて当時小さかった私を押しつぶしかけ、幼少期に猫のしっぽを踏んで引っかかれ追いかけまわれて迷子になり、10歳の誕生日には犬に吠えられ驚いて車に引かれ、とにかく、私、動物が関わるとろくなことないんですけど」
『お前さんの過去なぞどうでもいい。言葉も満足に話せないお前さんができることと言えば今はこのくらいじゃろう』

無理です。と最初っから言ってみればそんなことまるで気にせぬゴーリヤ老。

「いや、確かに…私は喋れないんだけど…」

こうしてゴーリヤ老とは語れる(?)がラチェフができなかったところから見てこの世界の一般的な能力というわけでもなさそうだ。

一応ここである程度の面倒は見てくれる、というのは疑っていない。

どういう意図があるのか、それは分からないがの勘では「ノリコに関わることに繋がる」とそう感じられる。ラチェフはノリコを知っている。そして己がノリコの友人、関係者であると知り、はっきりとした利用方法を今は思いつかぬにしても「とりあえず捕まえておくか」というような、そんな気安さで今現在、をここに置くと決めたのではないか。

ラチェフ、意外にずぼらなのだろうか。

きっちなんでも計算立てていそうな顔だったが、と思いつつ、はチモをじぃっと見つめてみた。

ここに置いてもらえる。しかし、ただご厄介になれるなんて都合のいい展開はないだろう。世の中持ちつ持たれつ、ただ「お客」として扱える価値がにあるのかわからぬから、今は「働き手」の一人とそう扱われる。それはいい、それは正しいことだ。

しかしは言葉がつかえぬので、それでできる仕事、といえば言葉の通じる必要のない動物の飼育、とそう判断されたのだろう。

「ゴーリヤおじいさん、それでこの子たちがチモって言うのはわかるんだけど、この子たちの名前はどこに書いてあるの?」

相性が悪いから嫌だ、と駄々をこねられる状況ではない。は素直に納得することにして、とりあえず動物の世話=信頼関係を気づこうと、苦手なわりにはまっとうな手段を承知の上でゴーリヤ老に問えば、壁際に立ったまま、老人は眉を寄せた。

『名前…?個別の呼称でのことか?そのようなものがあるわけがなかろう』
「え、なに。この子たち実験動物?」

檻に入れられているあたり、まぁ愛玩用には見えないが、しかし動物園だってちゃんとペンギン一匹一匹に名前がついている。生き物に個別の名前が付けられない状況、というのは生憎には野生か、あるいは研究室の実験モルモットくらいしか浮かばない。この目つきの悪い生き物は、それでは何か医薬品の治験体なのか。どういう目的でこの「チモ」という生き物がここにいるのかと、そう聞いてみる。

『お前さんが知るべきことは、チモの世話の仕方だけだ。余計な好奇心は持たんで貰おうか』

にべもない。

ラチェフのキッパリ切り捨て具合に比べればマシだが、しかし「何を言っても答えない」というのがわかる態度で言われ、はむっとした。いや、まぁ、ご厄介になるのだから言うとおりにする義務はある。しかし、これうっかりチモというのが何かこの世界で禁じられている生き物でそれの繁殖を自分がお手伝い=悪事の片棒、なんてことだったら。

「それはそれで面白いんですけどね?」
『……わしに聞こえているとわかっていてやっておるのか?』
「いえいえ、そんなそんな」

パタパタとは手を振る。

「私の国っていうか世界っていうか元いたところには芥子の花っていうのがありまして、まぁ人の人生をいい具合に破滅に導く麻薬になるんですよ。で、それを育てるのもとても悪いことなんです。でも芥子の花が育てられている現地では貧しい子供とかが何も知らずその栽培を手伝い衣食住を確保している、なんてことがありまして」

それと同じパターンなら胸糞が悪い、とそうは告げる。

「知らず知らず悪事に加担、なんて不甲斐ないハメに陥るのは私の性分じゃないんです。はっきりと「これは悪事です」って知ってやっている方がいい仕事しますよ」
『むちゃくちゃなこと言うとる自覚はあるか』
「少しくらいは」

言いきればゴーリヤ老、ものすごく嫌そうな顔をした。しかしとしてはウソ偽りない本心であり、そして当然の主張だ、とも思っている。

「私、動物って苦手なんですけど、これが何か意味があることだって教えてくださるんならちゃんとやりますし、その目的のために粉骨砕身しますって」

親指を立ててる、というポーズは万国共通、ではないだろうがニュアンスは感じ取ったようで、ゴーリヤ老は「正直どう扱えばいいんだこの娘」という表情を浮かべる。

『……それでは、悪事を働くことに抵抗がないと?』
「え、やっぱり悪事なんですかこれ!?だからチモって何!?」
『違う。だが、お前さんはそういう考えの人間なのかと、そう聞いているんだ』
「なんか私がとんでもなく外道に聞こえますが気のせいですか」
『わしはお前さんが言った通りを聞いてそう聞き返しているだけだ。そう聞こえるのならそれはお前さんがそうだということだ』
「そういう問答はいいです。そうですね、私、正直ノリコに再開できるのならこの世界を温暖化させたって戦争の引き金にするためその辺に毒撒いてきたっていいですよ」

あぁノリコ、とは脳裏に彼女の姿を思い浮かべる。自分は運よくなんか顔の整ったラチェフと意思の疎通ができるゴーリヤ老に出会えたが、もし彼女がこの世界にいるとして、はたして今どんな扱いを受けているのか。

寂しい思いをしていないか、ひもじい思いをしていないか、寒い思いをしていないか、それが気になり、そしてきちんと安全を確保できてるのかと案じる。

だが案じたところでどうなるわけでもない。にできることはいち早くこの場の状況に慣れて、そしてノリコのことを知っているらしいラチェフから何が何でも情報を聞き出すことだ。

「私はこの世界と縁もゆかりもありませんから、目的のために手段は別に、選ばないんですよ」

この外道!と聞こえてきそうなものだが、しかしゴーリヤはそういう非難の声は挙げなかった。

…やっぱり彼ら悪代官的な方々なんだろうか。

なんだか良い暮らしをしているようだし、ラチェフが一言声をかけただけで兵士たちは下がっていった。有力者、この大きな建物の主、あるいは主の関係者であると思われる。そういう彼ら、悪人なんだろうか…。

『面白い娘だ。ゴーリヤを戸惑わせているようだな』
『ラチェフ様、かようなところへ来てはなりません』
「うん?」

あれこれと、当人らに知られたらとんでもないことを考えていると、頭の中にこれまで聞いていたゴーリヤの声とは違う、低く笑いを押し殺したような、しかしそれは愉快というより侮蔑を含む笑み、というそういう音が響く。

振り返れば出口へと続く階段の上に、ぼんやりとした明かりを持ち立つ長身の男性。黒髪が淡く輝く、美丈夫。

「ラチェフ、あれ?今喋ったのわかったけど…」
『私は様々なことができるのだよ』

名を呼べばゴーリヤが窘めるようにこちらを見た。やはり敬称を付けるべきなのかと思うが、の日常生活に相手を「様付」するというものはない。それなら「ラチェフさん」だろうか。いや、なんだかイメージ的に…それはない。

『何とでも好きに呼ぶと良い。ゴーリヤ、この娘のこと、一々咎めずともよい』
『……かしこまりました』

おや、とは眉を寄せる。

「ひょっとして、ゴーリヤおじいさんと同じで今現在私の思考回路筒抜け?」
『ゴーリヤの言った通りだな。これほど、心と表の言葉が一致するというのも珍しい』
「すっごい恥ずかしいんですけどこれ私の所為?!見えないようにできないの!?」

ということはあれか、正直ラチェフの顔きれいだなーとか、でも男のロンゲはない、とかそういう風に思っているのも全部バレバレということか。

『………君の故郷ではどうか知らないが、この世界では男の長髪というのは珍しいものではない』

あ、やっぱり聞こえているらしい。
は気まずげにラチェフから顔を逸らし、そしてチーチと鳴くチモの檻を覗き込んだ。

こうして慣れてくるとかわいらしく思えてくる。
目つきの悪さも愛嬌とそう前向きに検討できるようだ。ちょっとだけ撫でてみたいが、やっぱり噛み付かれそうなので檻に手を伸ばすというチャレンジは断念する。

「で、結局、って、あ、どうせ思ってることバレバレなんだから口に出すけど、このチモの世話をするんだよね?それはいいとして、で、このチモ育ててどうするの?じゃなかった、どうするんですか?」
『突然言葉づかいを改めたな。咎めぬ、とゴーリヤに言い含めたのを聞いていなかったのか?』
「あ、やっぱり私にわかるように頭で言ったんだ。いや、一応お世話に?というか雇用主になるんだし、けじめは大事だと思う。でもラチェフさんっていうのは言いにくいから『社長』でいいですか」
『…………確かにその肩書きは、そう遠くもないが……』

すごく嫌そうな間である。

やはりいやなのか。何と呼んでも良い、みたいな言い回しだったが。

しかしこれ、頭で思ったままが相手の中に伝わっているのならはたして「店長」というのはあちらの言葉、あるいはポジションではどう訳されたのだろう。

『……あとは任せるぞ、ゴーリヤ』
『かしこまりました』

何しに来たんだあの人。

沈黙ののちに、ラチェフはくるりと背を向けて扉を開け出て行った。残されは再度ゴーリヤ老と二人っきりになるのだが、問題はまるで解決していないではないか。

「だからチモって何ですか」




+++




とりあえず何も具体的なことがわからぬまま、はゴーリヤ老に「チモの世話の仕方」というものの説明を受けた。

本来このチモの飼育部屋にはドロスという飼育係がいたそうな。しかし三日前から「チモの乳の出が良くなる実があるだ」と言ってフラっと出かけて行ったらしい。何してんだお前、と残された方はてんやわんや。ドロスの書置きによれば二週間後には戻るらしい。しかしこれまでドロス一人でやってきたチモの世話。方法手順は同じように書置きされていたけれど、上手く扱える者が今のところおらず、困っていた、という。

だからチモって何で飼ってるんだ、とは何度目かになるかわからぬ疑問を呟き、そしてやっぱりスルーされつつ、ゴーリヤに言われた手順を紙に書いてみる。

『不思議な模様だ。それが文字なのか?』
「私からみればそっちの文字の方が何書いてるのかわかりません」

とりあえず餌は一日四回。水分は草と水から採るので新鮮なものを与える。ストレスを感じさせないよう適度に檻から出して遊ばせる。

……この量をか?

ちょっと一瞬「そのドロスとかいう人マジでこれやってんのか」と、会ったこともないがそれだけで尊敬したくなる。

チモ、チモ、だから何の利用価値があるのかわからない小動物。毛皮利用でもするのかと思ったが、ゴーリヤは「そんなわけはなかろう」と一蹴にしてる。その「だからなんで飼ってるんだ。ラチェフの趣味?あの顔で小物系好きなのか?」とそういう疑問付きまとう始終、それでもチーチと鳴き、相当の数がいるものを、ドロスという人物(ところで女性?男性?)はこなしているのか。

「ところでゴーリヤ老、ちょっとお願いがあるんですけど」

ひとしきり説明を映し終え、はゴーリヤ老を見上げる。

『なんだ?』
「チモのお世話をする片手間にこっちの言葉の勉強もしたいので、とりあず「わたしはです」「こんにちは」「はじめまして」「ありがとうございます」「ごめんなさい」「死ねこの豚野郎!!!」の発音をメモりたいので教えてください」
『……最後の一つのものはなぜ必要なんじゃ…?』
「乙女のたしなみです」

それ以上は男にはわからないとは心底真面目に締め切った。





++++



さて、そういうことで、今後の言葉を『』でご紹介、そして「」をこちらの世界の言葉でご案内いたします。




++++




チチチとチモが鳴く。午後のえさやりを終えてはチモ達の檻の前に設置した自分の椅子に腰かけるともう何度も開いたページを開き、そしてびしっと地面を指さしながら叫んだ。

「死ネコノブタヤオウ!!!」

惜しい!とは自分で指を鳴らす。、耳はいい。それでゴーリヤに教わった通りの音を文字に書き、そして複勝続けること2時間。何となく形にはなってきているようだが、相手に伝わるかどうか、というのはまた別問題。

文法は十進法というのはわかった。そして日本語もドイツ語も十進法、これにはは救われた。できればあれこれヒアリングして一々覚えたいのだが、生憎ここで音を出せるのはチモという、一応しゃべらないよね?と思われる生き物のみだ。

それにしても、とは部屋の中を見渡す。

チモの飼育のためにこんな地下室のような場所を確保しているのだろうか。こう、もっと光が当たるところの方が飼育によさそうなものだが、ドロスという飼育員は「こういう場所がいいんだ」とそう言ったらしい。

そういえばハムスターは夜行性だったけれど、チモも夜行性なのだろうか。

『それにしても、暇だ……』

数時間いると、チモもが敵ではないと理解し始めてきたのか、そう警戒心剥き出しには鳴かぬ。犬や猫にさんざんトラウマを作られてきただが、何となく「いける…チモはいける!」とそう自分に言い聞かせていくうちにそう苦手意識もなくなってくる。

そういうわけで適度に二匹ずつ檻から出して部屋中を遊ばせているのだが、そのローテーションも3週してしまい、現在適度に疲れたチモたちはお昼寝の準備に入っていた。

できればも寝たい。

あれこれあって精神的な疲労があることをやっと思い出してきた。思い出すと人間がくっと体に負担がかかるもの。ついうとうとと眠くなってしまうが、ここはのよく知る場所、ではない。一応ラチェフとゴーリヤ老はここで己を「保護する」とそう言ってくれたけれど、そもそもここがどういう場所なのか、それさえにはわからぬのだ。

居眠りこいていい状況という保証はない。

しかし眠い。

そしてはノリコに会うために爆弾作成に当たって、寝不足だったという、今更ながらな事実もある。思えばここは昼間だったけれど、は夜の時間から来た。

どうりで眠いわけである。

椅子に腰かけ、自分のカバンを抱き枕よろしく抱きしめていると、うっつらうっつらと瞼が重くなってくる。

いや、寝たらだめだ。
チモの餌やりだって、あと4時間後にもう一度上げなければならない。任されたのだから手は抜けない。そう思うのだが、眠いものは眠い。

まずい、と、そうが頭の隅で思い、しかし、もう限界だ、と瞼が落ちかけた次の瞬間。

「×××!!ドロス!××!!」

扉がまるで蹴り飛ばされたかのように開き、そしてチモが驚いて一斉に鳴き始めた。

とりあえずは反射的に飛び起きて、そして部屋の出口を見上げる。

「……?××、××、ドロス?」

階段の上に立ち、こちらを見下ろしているのは一人の女性。けぶるような金髪にはっきりとした美貌。ドイツ暮らしの長かったはドイツ美女を良く見てきたし、映画などでハリウッドスターと呼ばれるセレブ女性を知っているが、しかしこの現れた女性はの知る女性らとは別世界の美しさを持っている。

『え、えーっと…じゃなかった』

こほん、とはこちらを見下ろし何やら呟いている女性を見上げ先ほどから練習していた言葉を使ってみた。

「ハジメまして、コンニチハ」

上手く言えただろうか。伝わったか、不安がある。女性はを一瞥し、そしてが片言の言葉を使用したことで何か「××」と言い捨てると、そのまま階段を下りて一番近いチモの檻に近づいた。

『……ちょっと!?』

チモの檻は別に鍵はかかっていない。チモの力では開けられぬ重さになっているため必要ないのだ。そのため女性が手をかければあっさりと檻は開き、そして女性はそのままチモを一匹無造作に掴み上げる。

チチチ、とチモが鳴く。

『エリザベス一世!!!』

女性、扱いに慣れているのかその声は痛がっているようには聞こえぬが、しかし突然の訪問者、そして掴まれたことにチモが驚き混乱しているのがわかった。

は勝手につけた名前を叫び、女性に駆け寄る。

『放して!その子をどうするの!?』

美貌の女性。この湿った暗い場所には似合わぬ光り輝く女性であるが、しかし、美人が何しても許されるのは対男性相手だけであって、チモ、小動物相手への無体が許されるわけがない。

は女性の袖を掴み、言葉は通じずとも身振り手振りで何とか意志を伝えようとした。が、女性は煩わしそうに手を振り払い、はそのまま地面に倒れ込む。

『!エリザベス!』

倒れ椅子にぶつかったが痛みに怯んでいると、そのまま女性はすたすたと再び階段を上がり、出て行ってしまう。

チーチーとチモ達が鳴く。突然来た女性に驚いただけではない。この暫くが見ていて感じたことは、彼らは彼らの一定の「仲間意識」のようなものがあるらしく、連れて行かれた、という事実に鳴いているのだ。

そして見れば女性が開けた檻に残されたもう一匹は先ほどまで一緒になって丸まっていたはずのパートナーがおらずくるくると檻の中を回っている。

……どうするべきなのだろう。

女性は、ここの関係者、あるいはラチェフの家族なんだろうか?

だからチモの飼い主なら、どう扱っても、それはがどうこう言える問題ではない。そうなのだが、しかし、そうなのだが、は、檻に残されたチモに手を伸ばした。

「私、ここを任されたんだよね。だから、とりあえずあの人を「知らない」んだし、誘拐されたってことで追いかけよう」

の言葉がわかるわけではないだろうに、チモが返事をするようにチチチと鳴いた。





Fin



(2011/01/27 18:10)