この青空の果てにあるのは


青白い肌をいっそう白く思えるのは回りに白いものしかないからだと、高杉はぼんやり思い込んでなんとか冷静になろうとしたけれど、それでもやっぱり、目の前の女の肌は普段よりも、危うい儚さ。

「生きてんのか」
「……しつれいな」

恐る恐る問いかければすぐに、そんな答えが返ってきてそれで、ほっと、息を吐く。なんで、こんなにこいつは体が弱いのだろうと心底思い悩みたくなる別段、この女が自分の母親だとか姉だとか、長年連れ添ってしまった妻だとかそういう、特別な関係の生き物、ではないのに晋助、きっと、この女が息を引き取ってしまえば一緒に、自分の息も引き取ってもらわなければ恐ろしく寂しいのだろう。
この女、久坂は、ただの、ほんとうに、ただの同級生、数多い高校をどんな理由だから選んで、その中の、数百人の中の、一人、というだけなのに。一緒に学校内で過ごした時間はそれは、三年という、それなりに誇れる時間があるが、それで「一緒にお互いがいると、自覚して過ごした時間は」と、変換すればそれは、修学旅行へ向かうバスの中での時間の方が長そうだ。
そうだ、修学旅行だと、晋助、今にも泣き出しそうになる自分の脳みそをなんとか話題を変えて誤魔化した。
銀魂高校ではどういうわけか、三年生のときに修学旅行があって、それで、今年は3Zの生徒に行きたいところを募って、それでもやっぱり、京都という定番になった。

「なぁおい、。お前、外出たことあっか」
「…高杉さんはわたしのこと、なんだとおもっているんです」
「そうじゃねぇよ、そうじゃなくて。旅行だァ、京都はいいぜ、祇園に寺院に花火たぁ、面白そうだろ」

ひゅうひゅうと、確認するようには息を吸う。彼女の肺に取り込まれて一瞬、の命を延ばしてくれるその酸素に、なれれば少しはこの不安もなくなるのではないかと晋助は思った。

「修学旅行、ですか」

思い至ったはぼんやり目を開いて、天井と、次に晋助を見てふわり、と、笑った。修学旅行、なんて、いけるわけがないのは、お互いわかっている。は銀八から念を押して「無理だ、本当にムリだから!」と言われていたし、高杉も、毎日の登下校だけで熱を出すようなが新幹線に長時間乗って真夏の暑い盆地、炎天下の街を歩けるとは絶対に思わなかった。

それでも、もし、が一言「たのしそう」だとか「いきたい」とか行ってくれれば、晋助、なんとかして、本当に、なんとかしてやれる勇気やら根性やらが、出てきてくれると思った。実際はどうかはさておき、そういう、動機が今の自分には必要で、それはきっと、青い白い、何もかもを冷静に受け止めてぼんやり、ビー玉のような目でいろんなことを眺めているが一瞬でも自分を「頼って」くれている、という欲しいのだ安心感。

「高杉さんは、行くんですか」
「俺ァどうだっていい」
「行くんですか、行かないんですか」
「行かねェ」

どうして、とが目で問いかければ晋助「暑いだろうが」と、思ってもいない事を答えようとして、その、のぼんやりとした目が綺麗だったから思わず、正直に「お前、修学旅行行かない間もガッコ来んだろ」と、言ってしまった。

「えぇ、それは、まぁ」

修学旅行を参加しない生徒は、三泊四日お休み、なのではなくて、学校に行って図書室でぐだぐだ作文だかプリントだかをやらなければならない。の体の弱さを考えれば免除になってもおかしくなさそうだが、は頑固に保健室で作文を書くだろう。

「なぁ、おい、」

高杉はベッドの上のの、長い髪を引っ張って、向いた顔を、ぺしぺし叩いた。ぼんやり、ゆっくり、の目がそのまま閉じないように。眠そうには何度か目を細めて、それでも晋助を見る。

「なんですか」
「俺ァ、もうじき十八だ」
「高校三年生ですからね」
「免許、取れる。っつか、取った」

車の、と言って晋助、ごそごそポケットの中から、目つきの悪い少年の顔写真が乗っている、運転免許証を取り出して、の目に突きつける。が「まぁ」と、本当に、正直に驚いてくれた。

「まだ車は買えねぇが、お前、バイクじゃ熱だすけど、車なら、なんとか行けるだろ」

いくら貧弱でも、自分が歩いている時間が短ければ、車の中が快適なら、三時間くらいなら、なんとかなるはずだと、が請け負う。高杉、ベッドに横たわったから視線を逸らすように、自分も半身、ベッドに、机にうつぶせになるようにして、伏せて、続ける。

を海とか、どっかに連れてく。約束する。銀八にもちゃんと言ったからな」

銀八は、あのいけ好かない、やる気のない国語教師は、の保護者だ。心底の心配性だ。けれど最近、高杉がに近付いても、最初のころのように威圧してきたり、大人気なく「は俺の」的な目をすることもなくなってきた。
修学旅行、がいけないことを銀八は安心して、それでも、かわいそうだと思っていたらしい。

前々から、高杉に「と出かけたかったら、後部座席がクッション塗れのベッド的な車を用意しなさい」と嫌味だかなんだかを言っていて、二年生の冬頃から教習所に通い始めた高杉で、やっと今月免許が取れて、「これでどうだ」と、自慢すると、珍しく、晋助の頭にぽん、と手を置いて、叩いた。

「銀兄さん、が」
「車乗るようになって一年経って、隣にお前がいようが出産間じかの鹿が乗っていようが、安全快適運転が出来るようになったら、いいとさ」

その時、まではダメだけれど、一年、はそう長くない。だから、その時はいろんなところに、は疲れてしまうから、ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて。待った一年以上の時間をかけて、いろんなところに行こうと。連れて、行けると。ぎゅっと、白いシーツを握り締めて銀八との約束を口に出すと、が、小さく、本当に小さく震えたのがわかった。

「いやか」
「そうじゃ、ありません」

なら、いいと、高杉はベッドに上半身を伏せさせたまま、ゆっくりゆっくり目を閉じて、一年待て、と言った時の銀八の、自分で言った言葉の自信のなさに顔が青くなっていたのを、ぼんやり思い出した。

(一年後、こいつが無事に生きてるなんて保障はどこにもない)


三年生が修学旅行中は、と一緒に保健室でぐだぐだ作文を書いていてその、高杉の携帯電話に、何度も何度も、銀八から「今新幹線」「今旅館」「温泉」なんて写メールが送られてきて、それで、に見せると面白そうに、くすくす笑って、普段とは違う、保健室が、やっぱり、修学旅行は特別なんだと、思わせた。

 

 

 

 

Fin 


修羅シリーズより、3Zのヒロインは郡を抜いて病弱ですね。病気、というわけではなくて、ただ単に、ものすごく体が弱いんです。免疫とか、抗体とかが生まれつき、物凄く弱いんです。修羅ヒロインは天人によって新しく発生した新種の結核ですが。
(07/7/22 15時21分)