※捏造妄想にもほどがある。毎度本当すいません。
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コンビニ天使がちょっと昔のことを思い出す話
話をしよう、とそう聞きなれた声がかかったのでミカエルは執務机から顔をあげ、自分と同じ顔、しかし色の違う瞳がじぃっとこちらを見下ろしていることに気付いた。「兄さん」目が合い反射的にミカエルは相手を呼ぶ。ルシフェル、と普段第三者がいる場合はこの大天使をそう呼ぶよう心がけているけれど、ここはミカエルしかいない。ミカエルが呼べば、天界においてはその構築するほとんどが純白であるというのに正反対に黒を好み身に纏う、大天使ルシフェルがニッと口元を歪めた。
「話をしよう、ミカエル」
再度言い、パチン、とルシフェルが指を鳴らせばミカエルの執務机は取り払われ、二人は向かい合い肘掛け椅子に腰掛けていた。ミカエルは仕事中であったけれど、気まぐれな兄のすること一々咎めていればいくら天界に「時間」という概念がないとはいえ、余分な時を過ごすことになる。こういうときは黙って兄の好きにさせるほうがいいのだと天地創造以前からの付き合いであるミカエルは承知していて、ため息一つと共にゆっくりと椅子に背を預けた。長い髪を背につけては邪魔になるので肩に流す。白い衣にさらさらとミカエルの金髪が落ちて、それを見てルシフェルが「イーノックの髪も美しいが、やはり「黄金の髪」というのはお前が一番ふさわしいと思うよ」と至極当然のことを言うように呟いた。
「イーノックの話ならこの前散々聞かせて貰ったと思うが、また何か、彼が兄さんを楽しませるようなことでも言ったのか?」
天上界に召し上げられた生身のヒトはもっぱら兄の興味の対象だった。当初は面倒くさいと世話をおざなりにしてその度にガブリエルに小言を言われていたのに、ヒトの感覚で数年前から急に、妙にイーノックに対して執着しているそぶりがあった。
(この兄はいつから来た兄さんなのか)
兄の態度が急変した、というのは、おそらく正確には「急変」というわけではないのだろう。ミカエルが今いる時よりもずっと後から、何かあって戻ってきた兄が、まるで「今この場所にいるのが当然、初めて、何も知らない」ような顔で存在する。神よりヒトの時を自由に操作することを許された兄である。そういうこともあるだろう。ミカエルはルシフェルと双子であったが、兄がそうして時間を操作し過去に戻り、それを「今」と流し続けて来た分、生まれてから流れた時間に差が出てくる。
それであるからミカエルや周囲からすれば「なぜ急にイーノックを気にかけだしたのか」とその変貌に疑問を抱くことも、ルシフェルには「いろいろあってこうなった」というきちんと筋道があるのだ。
その「いろいろ」をミカエルは知ることはできない。そのことに奇妙な、何か、妙な心持がすることが時折あるが(それをヒトで言うところの「寂しさ」であると天使であるミカエルが実感できるわけもなく)気にするほどのものではなかった。それであるからミカエルは常々「兄さんがどんな突拍子もないことを言っても、私は話を聞いて、理解に勤めよう」とそう心がけることに決めていた。
さて今日は何だと、あれか、また「イーノックがマジ天使過ぎてお兄ちゃんやばいんだけど」とかそういう、ちょっと理解しにくいことだろうか。
いろいろ覚悟を決めて兄が話を切り出すのを待っていると、ルシフェルはミカエルと向かい合い、同じ造りの椅子に腰掛けギシリと軋ませながら足組み替える。アストラル体である兄にそんな音が出るはずもない。しかし妙にヒトらしい行動を好んでいる兄であるから故意に音を鳴らしたのだろうと気に留めなかった。
「たとえばの話だ。お前は生真面目なやつだから、こういうたとえ話は嫌がるかもしれないが、まぁ、聞いてくれ」
「?」
ルシフェルは深く椅子に腰掛け、ゆるりと寛ぐように肘掛に肘をついて手の甲に頬を乗せる。傾いた顔のままミカエルをじぃっとその赤い目で見つめてくるその様子、普段の「ちょ…ミカエル…!!!!イーノックが…どこの馬の骨ともわからんアルマロスと一緒にバトミントンしてんだけどおぉおおおおお!!?」などと意味のわからないことを言って来る時とはまるで違う。最近見ていなかった、「物事を知り尽くして何もかもを揶揄せずにはいられない」大天使ルシフェルの皮肉めいた顔である。
「兄さん?」
「お前は目の前でイーノックとが悪魔や堕天使に襲われていたらどちらを助ける?」
こういう顔をする兄はろくなことを言わない。過去何度も兄のそういう、暗いというより、己とは違う、神に創生、誕生した光と闇の二つのうちの「闇の御子」と定められたゆえの性分、そのどこか退廃的な目を思い出しミカエルは兄を呼んだ。だがルシフェルは弟の訝る声などそしらぬ顔で、炎の瞳を仄暗く細めて「話」を始める。
「場所は、そうだな。どうしようもない断崖絶壁とか、あるいは冥界でもいい。二人はそれぞれ離れた場所にいて、お前はそのどちらかしか助けることができないんだ。さぁミカエル、私のただ一人の双子の弟、お前はどちらを選択するんだ?」
イーノックと。二人を思い浮かべ、ミカエルは眉を寄せる。これは、兄がいつかその未来を見てきて私を試しているのだろうか、そのようにも取れる。イーノックはいずれ地上界に降り、堕天したセムヤザたちを捕縛するという使命を帯びる。昨今ミカエルもそのための「ミカエルの手」という、イーノックを地上に降ろすための道具の製作に取り掛かっていた。
そのイーノックの使命にが同行する、という、そういう話は聞いていない。
というのはいつからか急に天界に現れたヒトである。兄ルシフェルと同じくどこか飄々と自由に生きている。書記官という役目を持つイーノックと違い何か神より役目を与えられた様子はない。ミカエルは一度神に「彼女」のことを問うたことがあったが、神は「気にしなくていいよ。彼女はなにもしやしないんだ」とそう捨て置くように答えたのみであった。
それであるからミカエルはというヒトがどういった目的でこの天界に召し上げられたのか知らない。兄は知っているのだろう。イーノックと同じように今後堕天使たちの捕縛をするのだろうか。疑問はあったが、知るべきことは神が己に必要なときに告げるだろう。
「私が彼らのどちらかしか手助けすることができないのならを手伝おう」
「イーノックは見捨てるのか?」
「私がせずとも、イーノックのサポートは兄さんがするだろう?」
その状況がいずれ来る「イーノックの旅」でのことなら、アークエンジェルの己がイーノックを加護するのは当然であるけれど、しかしそれよりも大天使ルシフェルのサポートがイーノックにはある。
「兄さんがいるのだから私がイーノックを手助けしなくとも、彼は大丈夫だろう。それなら私はを助けるべきじゃないのか?」
「なるほど消去法か。だが私がイーノックをサポートしなかったらどうするんだ?」
不思議なことを言うと、ミカエルは思った。
「大天使ルシフェルが「サポートできない」状況などあるわけがない。兄さんは神よりイーノックのことを任されているのだから、」
「珍しいな、私の話を聞いていなかったのか?それとも気付かないふりか?私は「サポートをしなかったら」とそう言ったんだ」
兄の赤い眼がにっこりと笑いこちらを眺める。伺うような試すような、しかし答えなど最初からわかりきっているという失望もあり、ミカエルはややむっとして眉間に皺を寄せる。
「私が神の意思に逆らい、イーノックをサポートしない。その可能性にお前が気付いたら、その時は、お前はとイーノックのどちらを選ぶんだ?」
なぜ兄はこんなことを聞くのか。ミカエルは生真面目をさらに険しくさせルシフェルを睨んだ。
「そんなことがあるわけがない」
「怒るなよ。たとえばの話だ。私はお前の答えに興味があるんでね」
「兄さん、私を試しているのか?」
「いいや。まさか。答えは決まってる。わかってるさ」
わかっているよ、ミカエル。とそうルシフェルが繰り返す。わかっているならなぜ聞くのか。しかし兄が答えを聞きたい、というのだからミカエルは思念ではなく言葉に出してはっきりと、己の答えを告げた。
「私は、兄さんがイーノックをサポートしない、などとは思わない。兄さんは神に愛され信頼されている大天使だ」
大天使ルシフェルが神の意思に逆らい、守るよう命じられているヒトを見捨てることなどありえるわけがない。それは絶対的なことである。そして天使である己はそれを疑うことなどなく、常にルシフェルがイーノックを守る、ということを念頭に行動すればいい。だからルシフェルのいう「イーノックかか」というそこに注目する必要などないのだ。
はっきりと言えばルシフェルが肩をすくめた。「それは私の問いに対しての答えじゃない」とそう言い、ため息を吐く。ミカエルは少しむきになった。兄はどうしても「ルシフェルがイーノックのサポートをしない状況になればどうするのか」ということを聞きたいのか。だがそれはミカエルにとって「ルシフェルが神を裏切る」という前提で考えなければならないことで、それをミカエルは拒絶した。
「兄さんが神に逆らうわけがない」
「そこに拘るなよ。そこは大した問題じゃないんだ。私が聞きたいのは、いや、言わせたいのは、お前が「」と「イーノック」そのどちらかしか選べないその状況のその時に、お前は、選ぶのではなくて「イーノックのことを神より任されている」という理由があるから、イーノックに手を貸す。そういう答えさ」
辛抱強くお前がそう答えるのを待っていたかったよ、とそういう兄にミカエルは沈黙する。結果的に「ミカエルはイーノックを救う」というものが出来上がる。それは否定しない。だが兄の言葉には悪意がないだろうか。そんなことを思う。「を見捨てる」という結果を突きつけて、一体どうしたいのか。
思案し、ミカエルは兄の意図に気付く。顔を上げ、ルシフェルの赤の目の中に己が写っていることを確認した。
「そう、天使は「選択」をしない。それはヒトだけに許された特権だ。選択し、進化する。だからお前は「選択すべき状況」に陥ることはけしてない。お前はいつも「理由」に従う。まぁ、神のしもべというのが天使なんだから当然だがね」
それが天使のありようだ。ルシフェルが皮肉めいて言うことではない。しかしミカエルはルシフェルがその「天使のありかた」に疑念を抱いている、そういうように受け取れた。だが、なぜだ。天使というのはそういうものだ。ヒトではない。天使は神のために存在し、それぞれに役割を持っている。役目を果たすために判断することはあっても、ヒトの選択とは違う。そういうものだ。
「ちょっと確認したかっただけなんだ。やはり、天使は何も選ぶことができないのか。まぁ、わかっていたけどね」
兄の真意がわからない。だが弟の私は理解しなければならないという使命を感じ思案し続けるがやはり答えにはたどり着けない。そうして黙っていると、ルシフェルが苦笑し、ポン、とミカエルの頭に手を置いた。
「なるほどな、ミカエル。お前は絶対に大丈夫なんだろう」
ゆっくりと兄の手が頭の上で動く。その腕、向かい合う兄の柔らかな表情を見つめてミカエルは一度目を伏せた。
「兄さん、教えて欲しいことがある」
「うん?」
兄の声は優しい。ミカエルは昔、何かわからないことがあるたびに兄に質問をしていた。光の御子であるとされる己はさまざまなことを知っていたが、世界というのは光よりも闇の方が多くを知っていて、それが自分たち双子にもいえることのようで、ミカエルは遠慮なく兄に質問をした。その時と変わらぬ様子で兄が返事を返す。それであるからミカエルは目を伏せたまま、ゆっくりと口を開いた。
「兄さんは……「いつ」から来た?」
すっと、頭の上にあった感覚が消える。ミカエルは目を開き、目の前の兄の、赤々とした燃えるような瞳を見つめ返す。
「お前は私の質問には答えなかった。だから私も答えないよ、ミカエル」
目の前の兄には影があり、静かに答える言葉と同時にその腕がゆっくりと持ち上げられ、そうしてパチン、と音がする。
++++
目を開くと、そこには瑠璃と翡翠のオッドアイがありこちらをじぃっと覗き込んでいる。信じられないことに泥人形に膝枕をされ顔を眺められている状況なんだ、とそうミカエルは自覚すると同時にぱちん、と指を鳴らした。
「お前の顔を見るから嫌なことを思い出してしまったじゃないか」
「天使も八つ当たりをするんだな、よくわかった」
時間が戻った途端にげしっと背中を踏まれつたアダモは冷静に突っ込みを入れると、そのままコンクリートの地面と親しくする気はなく、ミカエルの足を退かし立ち上がる。パンパンと衣服についた汚れを払っていると、ミカエルの黄金の瞳がじぃっとこちらの胸の部分を注視していることに気付いて眉を寄せた。
「すまないな、フォースじゃなくて」
「泥人形に同情されるとは意外だったよ。悪いと思う心なんてものがお前たちにあるのか不思議なんだが、まぁ、あるなら早く兄さんを見つけてきたらどうだ?私はお前たちに期待していないが、神はお前たちに想いを託しているということを忘れるな」
「私に八つ当たりしたってどうしようもないだろう」
一体どうして何を間違えたらアダモに膝枕などされる状況になるのか必死にミカエルは思い出そうとしつつ、アダモへの罵声を忘れない。しかし慣れている泥人形は気にした様子もなくだらりとした立ち姿のまま首を傾けた。けだるげなその様子、ミカエルの記憶にあるルシフェルによく似ていて、それがいっそうミカエルの気に障る。
アダモが自分に反論してきたこともあり、何か言おうと口を開くがその喉から更なる罵倒が繰り出される前に、とんとん、と、ミカエルの背中を叩く小さな感触があった。
「ミカエル様、アダモさんをいじめてはいけませんよ。靴が汚れますよ」
泥だけに、と彼女もなかなか辛らつなことを言いながら微笑む、その手には紙袋。先日より地上に降りたはミカエルと違いきちんとマンションを借りヒトのように生活をしている。あれこれと必要なものを買い揃えたいという彼女に付き合っているミカエルはその紙袋を認め目的が達成されたのだと理解したが一応確認をしておいた。
「。目当てのものは買えたのかい?」
「えぇ。ありがとうございます。やっぱり一人暮らしには炊飯器が必須だと思うんです。お米、美味しいですよね」
どう見てもその紙袋に炊飯器という電化製品が収まるわけがないのだがそういう疑問を抱くだけ無駄であるとミカエルもアダモも同時に判断した。
それで、そのままが歩き出したのでミカエルも歩き出す。アダモは一瞬自分はこの場からさっさと離れたかったが、勝手に立ち去るとこの大天使が何か言うだろうとわかっていたので黙って付いていくことを選んだ。
「ここまで連れて来てくれてありがとう、ミカエル様」
「私としても行動範囲を広げることは兄を探すために必要だからね。まぁ、そんな時にこいつに遭遇するとは思わなかったが」
海の近いこの場所は少し歩けば浜辺に出る。は少し段になった道の隅を器用に歩き、その隣をミカエルが同じ速度で歩く。アダモはそこから後ろ少し離れたところをゆっくりゆっくりと付いていった。はいつものセーラー服で、ひょいひょいと歩くたびにスカートが揺れる。足取りが少々危なっかしい。しかしぐらりと体がバランスを崩せば即座にミカエルが対応するだろうとアダモにはわかっていて、それほどの背に意識を向けはしない。あと、たぶんあんまり見ていると燃やされるという確信もあった。
そうして暫く大天使・女子高生・泥人形の三人が揃って無言で海沿いを歩くという奇妙な光景。黙っていることを苦痛に感じる者はいなかったが、少し歩いて、が急にくるり、と反転しアダモに顔を向けた。
「あなたがいるってことは、この辺りにルシフェルはいなかったのね」
が「ルシフェル」とそう告げた途端、まだ日の落ちきっていない夕暮れの空、彼女の背後で輝く星が警告するようにその色を増した。だがは気にした様子もなく、ただミカエルが顔を顰めただけで終わる。
アダモは赤の星と青の星のどちらもが己に関係のあることではないとわかっているためミカエルのような反応をすることもなく、の言葉に頷く。
「あちこち聞いて回っているが、この辺りでこの顔の男女に見覚えのある者はいなかった」
「ミカエルがこうしてここに来ても何にもわからないし、本当にいないのでしょうね」
そう、と短く言って納得する素振りを見せるにアダモは奇妙な違和感を覚える。まるで見つからなかったことを安堵するような響きがその声にはあった。だがそんなはずはないだろうと納得させ、振り返りバランスを崩したを支えようと反射的に手を伸ばす。
「泥人形がに触れる、そういうケースは認めないと言っただろう。あぁ、それは別のアダモか」
ぱちんと指を鳴らすこともせず、当然のようにすっとアダモとの間に割って入ったミカエルはふわりと羽が落ちるように柔らかな仕草での手を取り、崩れかけた体勢を支えた。
「ありがとう、ミカエル様」
「君が怪我をしないですんで私も嬉しいよ。しかし、君の平衡感覚を考えるとこれ以上続けるのは無謀だから大人しく私の隣を歩いてくれないだろうか」
「少し高いところがあるとそこを歩きたくなるのが女心なんですよ?」
意味のわからないことを言いつつもはミカエルの頼みを断るほど強い意思ではないらしく、素直にすとん、と道路に両足をつける。そして何か思い出したのか「そうそう、さっきお店でおまけを3つ頂いたんです。飴なんですけど、どれがいいですか?」とごそごそとポケットをあさり、色紙に包まれた菓子を手のひらの上に乗せてミカエルに差し出す。「ありがとう」と丁寧に礼を言って一つを選ぶミカエルを眺めながらアダモは首を傾げた。
++++++
太陽の沈んでいく地平線は地上で見える最高の風景であるといえよう。何百年も動き続けてきたアダモは、それこそ何百回もその光景を見てきたけれどそれでも飽きたことは一度もない。一日が終わる。今日もフォースを発見することはできなかった。その苦痛はある。しかし太陽が、魂のない己にも何の差別なく「さようなら」と一日の終わりを告げてくれるような、そんなセンチメンタルなことを考える瞬間だ。
そうしてじっと夕日を眺め、アダモは隣に立っている大天使を意識した。先ほど奇妙な違和感を覚え、そうしてなんだかんだとこうしてまだ一緒にいる。は裸足になって浜辺に出ている。打ち寄せる波に声を弾ませながら、時折こちらに向かって手を振っていた。きらきらと輝く水平線にの黒髪、笑顔、夕日を背にしたその光景。
アダモは「美しい」と素直に口に出してしまい「その両目を抉り出してやるから顔を出せ」とこちらに顔を向けもしないミカエルに脅された。
先ほどの違和感が再びアダモの中に湧き上がる。やはり気のせい、勘違い、ということではなさそうだ。それでミカエルに両目を抉られてはフォースが探し出せず自らのアイデンティティを失うと思い、と夕日から視線を外すと夕日の輝きを受けて煌く黄金の天使を見つめる。
「一つ、聞いていいか」
「なんだ、泥人形」
この天使は一々私を罵らないと会話ができないのか…いや、聞きたいのはそういうことじゃなくて、とアダモは自分を落ち着かせた。先ほどから感じる違和感をこのままにしておいたほうが良いような気もするが、気になるものは仕方ない。基本的に魂のない己らに感情らしいものはないとされているけれど長く生きて(あえてアダモはこの単語を使う)いればそれなりに何かを感じることがあり、この芽生えた感情をアダモは大切にしていた。まだ自分と同じ「アダモ」に遭遇したことはないが、きっと同じように思っているのだろう。
質問しても良いと許可を貰ったわけではないが、聞く姿勢は見せているミカエルにアダモは問いかけた。今日この地でミカエルとの二人といて、疑問で仕方なかったことがある。
「なぜ堕天していない?」
ザザッ、と波の音がする。太陽は沈みきり、辺りは暗くなった。今日は新月のようで、星の明るさしかない。都心部から離れているこの場所は申し訳程度の外灯があるのみだった。
アダモの言葉にミカエルは黙っている。暗くなった視界ではミカエルの表情はわからないが、気配から「何を言っている?」と怪訝そうにしているのはわかった。
気付いていないのか?あるいは、気付いていてとぼけているのか。後者の可能性は低いと思ったのでアダモはなぜ自分がそう感じたのか、ということを説明する。
「私の気のせいだと思ったんだが、どうやら違うらしい。先ほどから君は『選択』することができているし、それに、私が作られた、最初に見たときより随分と「変わって」いるようだ。それなら君は、」
奇妙なことだった。アダモは400年近く前にこの黄金の天使がイズメロンという特別な魂を持った女性の願いを叶えあれこれとしていたことを知っている。ある一定の義務と役目を持ちそれを果たすために行動をしながらも「彼女が望むことだから」と願いをかなえた。それが危険を孕むものであっても「サポートするから大丈夫だろう」と彼女の好きにさせていたはずだ。
だが目の前にいる黄金の天使、同じ天使のはずだ。天使にすればたった400年しか経っていないはずなのに、アダモは「随分と違う」とそのように思えてならない。
(先ほどが高所を歩きたいというのを「止め」た。ヒトの選択肢に天使が干渉し、結果を変えた。そんなことは天使はけしてしない)
アダモは天使でもヒトでもない。だがヒトを観察し彼らに馴染もうとしているためにヒトを知り、そして天使との違いを知っている。そのアダモの経験によれば、今目の前にいるこの大天使は「天使ではない」ということになる。
だがミカエルは堕天使ではない。それもわかる。それであるから奇妙なのだ。
「それなら君は一体、」
その疑問を口に出し、そして言葉を続けようとして、アダモは視界が完全に闇に包まれた。
++++
手のひらに灰が残ることはない。実体のないアストラル体。確認しじっとその手を眺めていると、シャクシャクと砂を踏む音が近づいてきた。
「ミカエル?どうしたの?何かありましたか?」
足を海水でぬらし砂をつけたが不思議そうにこちらを見上げてくる。ミカエルははっとして、一瞬、自分がいる場所を認識すると、目の前のに視線を合わせた。
「」
「あら?アダモさんは?」
の青い目がきょとん、と幼い色を浮かべる。彼女の瞳に自分の姿が映っていることにミカエルはなぜだか心が落ち着き、きょろきょろと辺りを見渡すの肩に自分のジャケットをかけた。
「あいつなら兄さんを探しに行ったよ。まぁそれがあいつらの役目だからね。そんなことよりそろそろ風が冷たくなってきている。ヒトの身の君には毒だというから、そろそろ戻ろう」
「そうですか。やっぱりアダモさんとお茶というのは無理なのねぇ」
残念そうに言うだがミカエルはどれほどが望んでも彼女とアダモのお茶会を認める気はない。「まぁ、いつか機会はあるさ」とだけ答え、の足についている砂をどうするべきか考える。するとが「靴だけはいて歩きます。そのうち乾きますから、そうしたら砂も落ちますよ」となかなかにたくましいことを言った。
「すぐに風呂場へ連れて行くこともできるんだが…」
「ダメですよミカエル、折角海で遊んだんですよ。靴の中に入り込む砂に悪戦苦闘する、という醍醐味を省略なんていけません」
神妙な顔でが言うが、ミカエルは納得がいかない。それでパチンと指を鳴らして小さなハンドタオルを取り出すと、ひょいっとを防波堤の上に腰掛けさせてその足にタオルを当てた。
「君のそういう大雑把なところは嫌いじゃないが、濡れたままでいるのはやはりよくない」
「わたしはミカエル様のそういう真面目で厳しいところが嫌いじゃないです」
でも足を大天使様に拭いてもらうのは恐れ多いので自分でやります、とそう言ってミカエルの手からはタオルを引き取った。の性格を考えると自分が拭いた方が無駄がないと思うが、ミカエルはが自分の提案を受け入れたことでここは妥協するべきだと判断する。
そしてがせっせと足を拭く、その様を見下ろし先ほどのアダモの言葉を考えた。
(なぜ堕天していない)
泥人形に言われるにはあまりにも無礼な言葉だ。神のしもべである大天使ミカエル。それが己であるという確信がミカエルにはあった。何も揺らがない。神に絶対の忠誠を誓っている。兄ルシフェル、フォースを探してはいるが、ルシフェルをただ一人の兄と未だに思っているが、それでも神の意思に沿わぬことをするつもりはない。
「」
「なんです?」
「君の目から見て、私はどこかおかしいところはないだろうか」
だが、だが、こうしている今もミカエルは自分が「天使である」「ミカエルである」という自覚がありながら、それでも、確かに、それでも確かに、あぁ、それでも確かに「天使ではありえない」自分がいることに気付いた。
得体の知れぬ、妙な違和感がふつふつと湧き上がる。ぼやっとした、妙なものだ。それを無視し続けることは容易い。だがミカエルの手のひらに灰がなくともその存在を主張したアダモのように、その「違和感」はゆっくりとその顔をこちらに向けてくる。
この違和感は何だ。それをどうにかしたくて、そうしなければ何か、己はどうしようもないような気がして、それで、ミカエルはに問いかける。
タオルでごしごしと足を拭いていたは一度顔をあげ、何か妙なものを見たような、そんな色をその青の瞳に浮かべる。だがそれは一瞬で、すぐに顔を伏せ、手を動かす。そうして気安く、ミカエルの問いに答えた。
「?そうですね、ここが新宿歌舞伎町なら白スーツでも違和感はないんですけど、夕暮れの浜辺に高そうな革靴履いてるってどんだけ非効率?とは思います。わたしが砂に苦しめられたているのにミカエル様だけ無事っていうのはおかしいわ」
「」
そういうことじゃないとミカエルがやや厳しい声で言えば、がため息をはき、作業を止めて顔を上げてくる。先ほどとは違い、いや、普段とは違い真剣なその表情。「本当に知りたいの?」とそう問いかけてくる眼にミカエルは頷き、そしてがもう一度ため息を吐く。
はタオルで足の指の間を丁寧に拭くと、そのままするすると紺色のソックスを履いた。水気をしっかり取ったようで履く分に抵抗はなく、すっかり普段どおりの足元。それで、ひょいっと、立ち上がり、上から下までじっくりとミカエルを眺める。
「何も変わっていません」
「しかし、」
「あのね、ミカエル様。あなたがどれだけヒトに興味を持っても、好意を抱いても、ヒトのように振舞っても、いろんなことを学んでも、どんなことを選択しても、それでも「あなた」は大丈夫なのよ」
あなたの瞳と髪は美しい黄金、翼はどこまでも穢れない純白。あなたの清浄さはどんなことがあってもけして、一点の染みすらつかない。そう歌うようにが告げる。彼女からの賞賛、とそう受け取れる類のものだ。いや、彼女からだけではない。神がそのように作り出した、その確定。ミカエルはそれを自負するべきであったし、そこから先を考えるべきではなかった。いや、考えられるわけもなかった。
だというのに今の己にはその先を考えられる思考がある。
それなのに己の羽には何の違和感もない。そのことをミカエルは突きつけられ、そしてその「答え」にたどり着いたと同時に、がはっきりと宣言した。
「だってあなたは「大天使ミカエル」だもの。絶対に堕天しないわ」
だから大丈夫よ、とそういって穏やかに微笑むはそのまま「帰りましょう」とくるりと背を向ける。
歩き出し、彼女の背でセーラー服の襟がひらりと揺れてターコイズブルーのスカーフが覗いた。
その緑がかった青を視界に入れ、ミカエルは何か得体の知れない、これまで気付きもしなかった何か、ぞっとするようなものが背後から忍び寄ってくるようで、しかしばっと振り返った先には砂浜が広がるのみで、それで、何も変わらぬ、そのままの己の存在と前を進むの背、それだけが存在を主張していて、それでミカエルは創造以来始めて、初めて自分が兄の苦悩をこれっぽっちも理解できていなかったことを知った。
Fin
(2011/09/08 21:12)
シャダイに限らずどんな二次創作でも聖書ネタのパロディでも大天使ミカエルが堕天するってありえませんよね。
それが絶対的に神に保証されてるとか、一種の呪いというかそんな感じだったらこんなノリとかそういうイメージで。本当すいません。
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