悪いのはぼくじゃない。今回は、本当。あのクルルとケンカをするなんて!ケロロくんは驚いて、それで、少しだけ優しい眼で頭を撫でてくれた。緑色のカエルは、ボケているわけじゃないから、分かるときは分かってしまうらしい。少しだけ気恥ずかしくて、紛らわすように不機嫌な顔をしてしまった。
「それじゃあどの。我輩とデパートに行くであります!」
ゲロゲロ、とケロロくんが笑った。ぼくもサラサラと笑って、ポケットの中に入っているお財布を確認する。夏休みに入って、ずっと引きこもっていたからあまりお金を使っていなくて、そこそこは入っていた。ガンプラは買わないけれど、ケロロくんと買い物に行くのもいいね。言って、二人で手をつないで玄関まで歩いて行ったら、通りかかったナツミくんに不思議そうな顔をされた。
「デートなの」
ね、と二人で仲良さそうに顔を見合わせてナツミくんを通り過ぎて、玄関から外に出る。久しぶりに外に出たら、眩しくて少しだけ目を開けているのがつらかった。頭にのっけていたゴーグルをかけようかと思ったけど、視界が狭くなるのはあんまり好きじゃなかったから止めた。ケロロくんが手を引いて、くれた。
「ゲロゲロ、夏見殿が驚いていたでありますな」
口に出してみて白々しいと鳥肌が立って笑った。シンユウ、シンユウ。言葉に出すと胡散臭くて仕方ない。
「でも、そういえばぼく友達ってケロロくんしかいなかったかも」
思い出したことをそのまま言うと、なんだか情けなくなった。
「うん。友達はきみだけだ」
真面目くさって言うと、ケロロくんも真面目そうに「考えてみれば、そうでありますな」と返す。そのまま二人で真面目なふりをしていようかと思ったけれど、似合わないから止めた。やっぱり、ゲロゲロサラサラと笑った。
ガンプラが売ってるらしいデパートは七階建てで、人が多いのかと思ったらそうでもなかった。夏休みだといっても平日なことに変わりはないかららしい。それでも一階と二階は人が多くて、エレベーターまで抜ける短い道だったのに気分が悪くなった。
「大丈夫でありますか、どの」
エレベーターで屋上まで行って、そこにあったベンチに座る。そのデパートは、屋上が遊戯場になっているのではなくて、プラネタリウムがあった。入ろうか、とケロロくんが提案してきたけど、断る。
本当は買い物を早く終わらせたかっただけで、プラネタリウムには少し興味があったけれど。
ガンプラ売り場について、ケロロくんは暫く同じ箱をじっと見て固まっていた。買い物っていうのは、欲しいものが決まっている前提でそれを買いに行くからすぐに済むものだと思っていたけれど、違うらしい。微動だにしないその背中を暫く眺めていたけど、飽きた。
売り子のおじさんは言って、小さな機械のスイッチを入れてくれた。単純なつくりの機械は電気を受けてモーターが回転を始める。黒い壁紙を張った箱の中で小さな星が光った。
「これ、高いんですか」
値札を見せられて、頷いた。所持金で買える。
「他にもいろんなタイプがあるけど」
いいんです、これがいいんです。いろいろ見せてくれようとするおじさんを断って、小さな機械の入った箱を貰った。レジに行って、お財布から樋口一葉を取り出す。おつりを貰って、ケロロくんがいた場所に戻った。
「あー、どの!はぐれたかと思って、我輩迷子センターに行こうか真剣に迷ってたであります!!」
「ガンプラ?」
「ザックであります!」
ごめん、わかんないや。
「どのは何を買ったでありますか」
引きこもりに磨きがかかりそうでありますな。ゲロ、と呟かれた言葉は聞こえないふりをした。
ケロロくんの部屋に行って、早速プラネタリウムを付けてみた。すぐにガンプラを組み立てるかと思ったけど、ケロロくんは一緒にプラネタリウム鑑賞をしてくれた。確かに、暗い中で作るのは危ない。
うん。
「我輩たち、本物は見飽きてるのに」
不思議だね。笑って、寝転がった。このほうがよく見えるというと、ケロロくんも隣に寝転がった。
「クルルに会っていかないでありますか」
「ケンカしてるんだってば」
「ゲロ、もう忘れたかと」
ぼくは意外にしつこいんだよ、と笑って、ケロロくんと手を繋いだ。ケロン人の手は、少し湿っぽい。
「そういえば、昔はこうやって二人で星を眺めに行ったでありますな」
「うん」
「心中するみたいだったでありますよ」
「ぼくはケロロくんとなら心中してもいいと思ってたよ」
物騒なことを言うとドタドタと外が騒がしくなった。足音からしてタママくんだろうなとぼんやり思ってると、勢いよく扉が開いて、黒い塊が突っ込んできた。
「僕の軍曹さんとナニやってんだこるぁあああああ!!」
ぐしゃっ。
「あ」
突撃兵が突撃して、あたりが真っ暗になる。
「壊れた」
パチ、と電気をつけて、明るくなった部屋の真ん中に倒れているプラネタリウムの残骸を拾い上げた。一応使用は一回したから、まだましだと思い込んでみる。
「タママ二等兵!部屋に入るときはノックしてっ!もー、どの!すまなんだであります!!すぐ、新しいのを買って…」
それに弁償ならぼくのより、ドロロくんのオルゴール早く返しなってば。笑うと、なぜかケロロくんが引きつった笑い声を返してきた。タママくんは、何か自分の勘違いだったらしいことにほっとして、すまなさそうな顔で見上げてくる。
「ごめんなさいですぅ〜、マリっちに限って軍曹さんと…とは思ったですけど、ナッチーが…」
ということは身から出たさびっていうことか。別にいいよ、と頭を撫でるとタママくんは笑顔になった。
クルルくんとケンカをしています。
今回のケンカはクルルくんの方が悪いので、ぼくが謝る必要はこれっぽっちもない。
「クールールーくーん」
じゃあ何頼みに着たのかわかるよね、と笑って、プラネタリウムの残骸を渡す。
「新しいの買え」
面倒くさい、と言われてあっさりと引き下がる。
「そうだね」
本気でクルルくんに直してもらおうと思ったわけじゃないから別にしつこく頼むのもなんだし。直してくれるならそれに越したことはないけど。やっぱりムリだったらしい。
モニターに向けたままの顔を向かせるにはどうすればいいかとか、そんな乙女チックなことを少し考えて、似合わないから止めた。それに、別にクルルくんの顔が見たかったわけじゃない。
カタカタとキーボードを叩く手を取って、手を繋ぐ。
「……空気読めよ」
言って、手を離そうとしたら、逆に掴まれた。
「何がしてぇんだ」
分厚いメガネの奥で、金色の目が光ったのが分かった。この目はあんまり好きじゃない。手を振りほどくほど力があるわけじゃないから、そのままにして、答える。
「機嫌直るかと思って」
沈黙。ため息。
「ちったぁ危機感持て」
「睦実くんに嫉妬してるキミに説教されるいわれはないね」
ぐるんと視界が回って、気づけば椅子に押し付けられていた。ガチャガチャとクルルくんがベルトを外す。
「これでチャラにしてやる。感謝して喘げ」
サラサラと笑って、丁寧にお辞儀をしてそのままリヴァリープールに沈んでいった。
Fin
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