ゲーム未プレイ・小説未読時に書いた話なのでいろんな矛盾点がありますが、まぁ雰囲気小説ってことでお願いします。
・ラストがちょっとグロい表現あります。
まぁ何が起きてもOKという心構えのある方のみ閲覧をお願いします。
「わたし、神話とか聖書の話とか、そういうの、あんまり詳しくないんですけどね。でもあれは好きです」
個々最近彼女が「イチオシ」だという人間の食べ物はやはりルシフェルには味がわからず、ただ穀類の寄せ集めだという感覚しか分からぬのに、それでも彼女が、が食べるように言うので仕方なく口に運び、そうしてやっと半分ほど胃袋に収めようとしているところ、これまでピコピコと携帯電話を弄繰り回しこちらを見もしなかった、都内屈指の馬鹿学校の制服をきっちりと生真面目に「膝下スカート」で着こなした女子高校生がぽつりと呟く。
「いいですよね、あれ。好きですよ、あれは」
「あれとは何だ?相変わらず君の言葉は要領が悪いな」
「大抵のことを「まぁいい」の一言で済ませる大雑把な大天使様にあれこれ言われたくはないんですけど、でも、まぁ、いいです。確かに言葉が足りなかったですね」
ぱたんとは携帯電話を閉じた。ルシフェルも似た形の通信機器は持っているが彼女のものとは性能が違う。の携帯電話はパステルピンクで手先が器用なの友人がラインストーンであれこれでデコレーションしてくれたのだという。ダイヤやルビーのイミテーションできらきらと輝く携帯電話を膝の上に乗せて、は今やっとルシフェルが素直にベーグルを食べていることに気付いたらしく首を傾げた。
「なんです、大天使様、ちゃんと食べれるんじゃァないですか」
「ヒトの子のように味を感じるわけではないんだがね。食べろと言ったのは君じゃないか」
食べなくて良かったのかとルシフェルが聞けばは「いいえ、ルシフェル様たちに食べてもらいたくてわざわざ学校を抜け出して買ってきたんです」とさらりと言った。「ベーグルで一般的というか人気、といわれているのはベーグル&ベーグルっていうところなんですけど、私はジュノエクスですね。卵とかバターも使ってないのでイーノックさんに御土産に持っていってあげられますよ。ほら、先日大天使様はイーノックさんが小食だって悩んでたじゃないですか」などと恩着せがましい言い方をするが、別に自分への用がなくともは学校を休んだだろう。受け答えしている様子はこれっぽっちもそんな気配がないのに、この少女は見かけの愛らしさ(あくまで一般基準)が嘘のように、残念な頭をしていて、都内で最下位を誇る偏差値の高校の授業さえついていけず「わからないのが嫌」とよく授業をサボタージュし、結果さらに頭が悪くなっている。アホの子という言葉が、と話すたびにルシフェルの頭の中に過ぎった。
まぁそんなことはさておいて、ルシフェルは自分たちが腰掛ける公園のベンチ、向かいにある秒針の動かぬ時計を眺めてからに視線を戻した。
時間は停止しているからが携帯電話を弄っているのは不自然だった。通信・通話ができるわけがない。それであるのには携帯電話につきっきりだった。その不自然さを今更ながらに気付いて問おうとすると、が口を開く。
「なんていう名前でしたっけ?忘れましたけど、人が、昔は皆同じ言葉で喋っていて、それでとてもとても大きな塔を作ってって、そういう話」
「あぁ、バベルの塔だな。旧約聖書の「創世記」に当たる、君たちにとっては神話という想像の中の出来事か」
「そうそう、そんな名前でしたね」
「私にとっては、イーノックの後の時代の出来事だ」
詳しい話をにしても彼女は理解できないだろうし、興味がないだろう。それなりの付き合いの中で悟っているルシフェルはそれ以上の情報開示を諦めての言葉を待った。事実はルシフェルが「実際そこにいた」というニュアンスをしても気にも留めず、停止したまま降って来ない雨の玉を面白そうに眺めつつ言葉を続ける。
「ほら、あのお話しってアスファルトとか、そういうのが出てくるじゃないですか」
「あぁ。塔は煉瓦とアスファルトで造られていたんじゃなかったかな。調べればわかるだろうが、私には興味がなかったからね」
「あんな大昔なのに、アスファルトの地面が広がっていたなんて、なんだか面白いですよ」
土の地面が硬いアスファルトで覆われて息ができなくなる。そんな様子を想像すると面白いのだと彼女は笑う。笑うと花のようだが、しかし言っている言葉の嗜虐性にルシフェルは呆れた。この時代のヒトというのは、ルシフェルは「最もヒトらしく生きている」と好感を持っているけれど、その無自覚な残忍性というものもその特徴であるといえる。には特にそういうところがあった。
「神話の時代のひとたちって、ほら、ちょっと想像できない考え方をしていそうじゃないですか。でもしていることは今とそんなに変わらないのね、結局人間っていつだってそうなんですね、って、そう思えてとても楽しいの」
自分が首を絞められたら苦しくて暴れるのに、他人には平気でやる、と、そうが続けて良い、笑い、ころころと喉を振るわせる。「いつだって人間って自分のことしか考えないのね」と、笑うその様子。ルシフェルはのこういう、あけすけなところが神に似ていると思う。最近は携帯電話越しにしか言葉を交わさぬ彼も、時々こういう声で笑い、こういうことを「皮肉めいて話す」ところがある。しかし目の前の彼女はヒトで、神はルシフェルにとって唯一絶対のもの。似ている、などと考えることは最大の無礼であり、さっと思考を切り上げて肩をすくめた。
「しかし、意外だな。てっきり君なら「バベルの塔」の話は嫌うかと思ったが」
「?どうして?」
「一応、あの塔とヒトの傲慢さがきっかけで言語が複雑化した、とそう言われているからね」
「あぁ、なるほど」
先日彼女の英語の宿題を強制的に手伝わされたルシフェルは「むしろ君は嫌っていないとおかしい」とさえ言い張った。そうすることでが今度は違う種類の笑みを浮かべ、先ほどまでの不健康な気配が収まる。
「わたし、日本から出る予定なんてないのにどうして外国語を勉強しないといけないのかいつもすごく不思議なんです」
「義務教育だからだろう。この国のヒトというのは一定基準の教育を誰でも受ける権利と義務を持っていると、以前君がそう言ったじゃないか」
「そうでしたっけ?未来のわたしじゃないんですか、それ」
「それはないよ。断言できる。言ったのは過去の君だよ」
言い切るとが「高校生は義務教育じゃないんですけどね」と自分の疑問ばかりを口にしてルシフェルの主張はどうでもいいようだった。
「あ、そうだ。大天使様、ちょっと付き合ってくれませんか」
暫くはルシフェルをそっちのけでぶつぶつと何か言っていたけれど、不意に思い立つことでもあったか、スカートを揺らしてた立ち上がり、傘をパスン、と開く。まだ時間を動かしていないため傘の必要はない。しかしルシフェルも習って立ち上がり、愛用しているビニール傘を差した。
「大天使様は本当にビニール傘が似合いますね。ビニ傘天使の称号が似合いますね」
「よくわからないがそれは名誉なことなのか?」
「愛嬌があっていいと思います。大天使ルシフェル、なんて仰々しい名前よりビニ傘天使のルシフェルさん、の方がとても男らしいですよ」
アホの子の言葉を真面目に受け取る気はないが、にそういわれると悪い気はしない。いや、男らしいと認定されたところでどうということはないが、にっこりと笑うが「ビニ傘天使のルシフェルさん。うん、これはいい名前です」と言う様子がきらきらと輝いているようだった。
の傘はビニール傘ではなくてきちんと色の付いた、水色の傘である。骨が16本ある「はやっているんです」といつだったか自慢げに話していたものである。ルシフェルが普段からビニール傘を持ち歩いているから、も習って傘を持ち歩いていた。女性が使用する両用の日傘ならともかく明らかな雨傘は邪魔にならないのか、あるいはヒトの女性の心理的に気恥ずかしいものではないのかと、そんなことを指摘したことがあるが、は「いいんです。おそろいです」というばかりだった。
向かい合い、出かけるのなら時間を戻すべきか、とそう思案しているとが首を振る。
「いいんですよ。わたしの時間を延ばそうとしないでいいんです。ただ、ちょっと一緒に歩いてくださいよ。ルシフェルさん」
と、言ってが手を差し出す。互いに傘を差しているのに「手を繋ごう」というのは要領が悪い。「一緒の傘に入る」あるいは「傘を畳む」という選択肢をは思いつかない。傘を差しているのが楽しく、そして自分と手を繋ぐのも楽しい。楽しいことを二つ同時にできればもっと楽しいと、そういう風に考えるのがだ。いくら楽しいことでも同時にできることとできないことがある。同時にやってしまえば面倒くさくなる。そういうことをはわからない。
にこにことした様子のにルシフェルはため息をつき、彼女がそういう選択肢を持っていないのなら、と自分がビニール傘を閉じての傘に入る。
ひょいっと頭を下げて傘の中に入り、不思議そうにしているの手から傘を奪って、それで差した。空いているほうの手での手を握る(という感覚をあくまで与えているに過ぎないが)と、が嬉しそうに笑った。
「わたし、バベルの塔で言葉が分かれてしまってよかった、って、そう思ってるんです」
その話題は続行するらしい。ゆっくりと歩き出して五歩ほど、ルシフェルが黙っているとが唐突に切り出した。歩くの服や髪が揺れる。ルシフェルは、けれど自分の服や髪はちっとも振動をしていないのだと省みる気はなく、ただその言葉にのみ反応を返す。
「よかったのか?どうして」
「相手の話を理解できない理由になるからですよ。言葉が通じないなら理解し合えないのも無理はないって、そう諦められるじゃないですか」
それって素敵なことね、と言う彼女。ルシフェルは言語が分かれてから初めて、それも神の御心だったのかと、そんなことを考える。
気付けば地上にたくさんのヒトが溢れていて、互いに己を主張しあうようになった。そういう地上を神は眺めていたのだろう。そして人々が一度は「協力し合って」高い高い塔の建設に取り掛かった。順調だった。6日で完成したとかいわれていて、その本当のところをルシフェルは突っ込む気はないけれど、順調だった。
だが神は「ヒトが神に近づこうとしたその傲慢さ」を罰し塔を崩して言語を分け、人々が協力し合えない状況を作った、とそうされている。
(あぁ、だが神が、彼がそんなことでヒトを罰するだろうか)
ヒトが神に近づこうとする、そんなことは不可能だ。どれほど天高く塔を積み上げたところで、それで何か奇跡が起きるわけもない。しかし神は「ヒトに罰」を下した。その真意をルシフェルはこの20世紀の地にて初めて考えた。
「ねぇ、ルシフェルさん」
思考に沈むルシフェルの手をくいっとが引っ張った。神の御心は計り知れないと改めて唯一神への敬愛を深めていたルシフェルは意識を戻し、の黒い瞳を見下ろす。
「なんだ?どうした」
「ヒト同士でさえ結局はわかりあえないんです。わたし、天使のあなたとわかりあえなかったってこと、ちっとも悲しんでいないんですよ」
言って、ぱっと、がその手を話す。ルシフェルが傘を持ったまま、彼女はトントントン、と軽い足取りで傘から出ると、公園の出口、道路の中央で立ち止まりスカートを広げて頭を下げた。
「ベーグル、イーノックさんにちゃんと渡してくださいね。わたし、一度も会えなかったけど。あなたがいつも話してくれたからなんだか彼が心配。ちゃんとサポートをしてあげてくださいね、大天使様」
彼女の黒髪がさらりと耳の横で揺れる。ルシフェルは優雅に会釈するをじっと、暫く見つめ続け、しかし彼女が顔を上げる気はないと、もうルシフェルをその瞳に写す気はないのだと、そうと強い覚悟を感じ取り、一度その赤い目を伏せ、傘を持っていない手を上げた。
「君を生まれたときから知っている。アズラエルが来るのを変わってもらったんだ。君が望めばこの結末を、私なら変えられたんだ。それなのに君は今そこにいる。その理由が私にはわからないよ、」
たぶん、出会って始めて彼女の名前を呼んだ。一瞬ピクリ、との肩が揺れる。それでも顔を上げず、ルシフェルも、それでもやはり彼女は「アホの子」とそれ以上を思えず、ぱちん、と、指を鳴らした。
+++
久しぶりにその公園を訪れたルシフェルは公園の出口、その脇に献花と共に供えられているベーグルの袋に気付いた。
見下ろして、いつだったか目の前で見た光景を思い出す。ヒトが大地を固いコンクリートで覆ったため、流れた赤い血液は地面に交じり合うことなく。一瞬高く跳ね飛ばされた柔らかな体は土の上に落ちることなく、硬いコンクリートの上でぐちゃりと潰れた。雨が降っていたための視界不良。目撃者はおらず、しかし被害者の持っていた携帯電話が直前までメール画面が使用されていたことから、周囲に注意を払わず携帯に注視していた女子高生が急に飛び出してきたため運転手に罪はないというヒトの判断。思い出しルシフェルは赤い目を細める。
と、不意にピピピピピという電子音が響き、携帯電話が着信を告げた。ルシフェルは先ほどまで瞳に浮かべていた感情を消し去り、なれた手つきで携帯電話を開く。
「やぁ君か。――はは、センチメンタル?よしてくれよ、私にヒトの悲しみがわかるわけがないってことは君が一番よくわかっているじゃないか」
それから2、3言ほどルシフェルは電話の主と言葉を交わしたが、いつものように「じゃあまた連絡する」と区切り、携帯電話をしまった。そして花の前にしゃがみこみ、何か言おうと一瞬口を開き、しかし何も言わず、ぱちん、と指を鳴らしてその場から姿を消す。
後に残された場所にはビニール傘が一本、置き忘れられていたけれど、供え物には見えぬその品、その後降った雨に幸いとばかりに、通りかかった人間がなんの後ろめたさもなくその傘を手に取り持ち去って行った。
Fin
・作成日時8月8日ってあるんですが、約一ヶ月前…ゲームプレイ前だったので私はルシフェルさんに夢を見ていた気がします。えぇ、本当。
とりあえずその後ゲームプレイ+いろいろ書籍読了して「あ、ルシフェルさんで夢要素はマジで無理だ」と公式のあんまりの神←ルシっぷりに挫折しました。
しかし折角書いてたのでちょこっと修正してUP。長編/SS夢主とは切り離してください。
(2011年9月7日)
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