調合室に使っている六畳ほどの和室でなにやら、怪しげな薬草ばかりを放り込んでグリグリと煎じていた久坂が、突然こほん、と咳をした。

「風邪ですか?」

一応仕事、なのか、久坂が作った薬を一つ一つ丁寧に紙に包んで薬棚に仕舞っていた山崎は心配そうに眉を寄せ問いかける。ここ数日、一緒に一つ屋根の下で暮らしていてわかったことだが、久坂は体が弱いらしかった。薬師としての能力が高いのも、己の身を永らえさせるために必要な知識だったのだろう。毎朝毎晩、たくさんの薬を飲んでいる久坂を見ているから、その小さな咳でも山崎は、心配になった。

「いえ、何やら、埃が入ったようで」

コンコンと喉を摩り久坂は首をかしげる。

「窓閉めましょうか?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
 
そこに今度はコンコン、と扉を叩く音がする。

「お客さん、でしょうか?」
「煙草屋のおやっさんは昨日来たばっかりですし…三丁目の穂坂さんはぎっくり腰って言っていませんでしたっけ」

はて、と久坂と山崎は顔を見合わせる。それほどに、ここは人が来ないのだ。それでもまぁ、客ならば待たせては悪いと、立ち上がって玄関へ向かう久坂。それを山崎が押し留めた。

「俺が行きますから、久坂さんはここにいてください」
「でも、」
「俺はここの従業員なんです、薬は作れませんけど…だからこそ、雑用させてくださいよ」

ね、と笑いかけて山崎、そのままトテトテと行ってしまう。ぽつーん、と残された久坂はやや「置いてけぼり?」と首を傾げたが、再び薬草を混ぜ始めるまでそれほど時間は掛からなかった。ちなみに、いつの間にか薬制作から怪しげな玄水スペシャル茶制作に変わっていることには、山崎は気付いていないようだ。



空は晴れ渡っているのに、雨が降ってきたので、銀時はの顔を見に行こうと思った。狐の嫁入り、で嫌なこと(数年前、婚礼のその前の日に、いろんなことが会った可愛そうな子)を思い出したから、ではない。
冗談抜きで金がなくなった=メシが食えない、ということでもあるが、昔っから、は自分の食事に殆ど拘らなかったので、一人きりの生活だと、怪しいお茶を主食にしかねない。ここで自分が会いにいけばもしっかり食事ができるし、自分もお腹一杯、いいこと尽くし、である。
それで、銀時はフラフラと(ガソリンを買う金もなかったので)徒歩で、久坂玄水の開く、果たして客がいるのかいないのか、まぁ、いない日の方が多いのだろう薬局を訪れた。
コン、コン、ココン、と扉を叩く。久坂薬局は、薬師として名を馳せた久坂玄水の営む店にしては小さい。が、それでも住居はそこそこの大きさがある。志村家の道場の半分、程度はあるだろう。コン、コンココンコン、と叩く。インターホンとか、ないらしい。完全に、人と関わる気がない証拠である。
コン、ココン。

「くーさーかーさーん、いませんか?いねぇの?マジで?銀さん無駄足?」

まじでぇ−?なんて誰も見てくれないのに女子高生の口調のマネ、なんてしてみて暇を潰す。すると、扉の向こうからパタパタ、という気配。

「はーい、今開けますよ」

と、のものにしては、妙に野太い声が返事をしてガラガラ扉をあけた。え、と銀時が驚く間もない、そこには地味な着物を着た地味な男が立っていて、目が合った。

「あれ、お前……ジミーじゃん」
「げ、万屋の……」

双方以外な人物の登場に驚いて、しかしジミーくんは咄嗟にガジャン、と扉を閉めやがった。



++++



ぴしゃん、と目の前で扉が開く前に、銀時はガヅン、とブーツを差し入れてそれを阻んだ。ギギギギギ、と壊れそうな音を立てて、扉が軋む。

「おぉおおい、お前ジミーじゃねぇの?なんでお前がここにいるんだよ」
「それはこっちのセリフですよ、万屋の旦那」
「俺は、ほら、あれだよ、あれ。患者だ、患者」

嘘付け、今ここは薬局なんですけど、とジミー、じゃなかった山崎が突っ込みを入れる。しかしいつまでも粘っているわけにはいかない。山崎は観念して、銀時を玄関に入れると、声を潜めて言った。

「俺、今ここに潜入捜査で来てるんですよ。ほら、俺密偵なんで」

黙っていてくださいね、と言う。銀時は「へぇ」と聞いているのか聞いていないのか耳、なんてほじりながら軽くあくびをした。
久しぶりにのところに来たら、なんだかまだは真選組に目を付けられているのか。一ヶ月前に再会したときも土方や沖田と口論していたようだが、状況は変わっていないらしい、いや、が、変える気がないのか、面倒なのか。どちらも、だろうなぁとぼんやり思って銀時は山崎をちらり、と見た。

真選組の中での中々のポジションにいるとは思うのに、この地味だといわれる男。の何を捜査するつもりなのか、知らないがまぁ、が真選組にボロを出すようなことはしないと思った。

「山崎さん、お客さんは結局どなた……」
「あ、じゃん」
「まぁ、銀時さん?」

トテトテと奥からがやってきた。長い髪を揺らしながら、相変わらず奇妙な柄の着物を着てる。銀時を見て意外な客だったのか目を開いた。そして、奇妙に引きつった笑顔を浮かべている山崎に首をかしげる。

「あら、山崎さん、ひょっとして、お知り合い?」
「え、いや…その。い、いえ!なんでもないんです!」
「あー、そうそう。コイツとはさァ、工場で一緒にジェスタウェイ作った仲なんだよ」

なぁジミーと親しそうに山崎の肩を抱きながら銀時は咄嗟に言った。なんだかよくわからないが、ここは協力して恩でも売ろうかと、そういう腹積もりでのこと。
ジャス……?とは不思議そうな顔をするが、すぐに何か気付いたらしい、山崎と銀時を胡散臭そうな目で見る。

「確か、あれってテロの道具じゃ……お二人とも、何やっていたんです。というか銀
時さんが工場勤務だなんて、そんな、個性なんて持つだけ無用の職場で生きてい
るわけがない…!」

心底驚いたような顔をして久坂は銀時を凝視した。思いっきり、疑っている目をしている。

「いや、お前それ褒めてんの?社会性がないって貶してんの?」
「どちらでも」

涼やかに久坂は微笑んで、それで、と山崎に向き合った。

「それで、そこで出会ったんですか。わたしはてっきり、山崎さんが銀時さんのお店のお客だったのかと」
「万屋の?いえ、俺は今のところそんなあやふやなものに頼るほどじゃ……」
「良い度胸だジミー。ここでにあることないことバラしていいのか?」

すみません、と山崎が即座に謝った。「ところで、って?」と先ほどから銀時が連呼している名前を不思議がれば、「コイツの本名」とあっさりとした回答に、驚いていたようだった。

「銀時さん、それで何のご用?」
「いや、お前さ、ここ病院だろ?銀さんマジ死にかけてんだって、マジ、死ぬわー。もう一歩も歩けない」
「今現在進行形で普通に二足歩行してここまで来たじゃないですか」
「いや、お前コレはアレだよ。気合。気合でここまでなんとか辿り着いたんだって、なんとかしてくんねぇ?ついでに何か食わせてくれ。オレァもう朝から何も食ってねぇんだって」
「つまりたかりに来たんですね、いい年して進歩のない…」

ふぅ、と久坂は額を押さえた。けれど、まぁ、銀時のことである、情けなさ爆発でもその裏には色々考えてくれていることがあるのだろう。たとえば、自分の心配をしてくれている、とか、と直ぐに思い浮かんだので久坂は「まぁ、いいでしょう」と頷き、踵を返す。

「丁度ひと段落していましたし、食事にしましょうか」
「あ、俺肉好きなんだよねー、牛肉とか、よくねぇ?」

こう、くいくいっと、と、銀時は鉄板の上で肉をひっくり返すような仕草をする。焼肉要求、らしい。

「私、お肉は嫌いなんです。夏の夕食はそうめんって決めているんです。肉が食べたきゃ自分で買ってきなさい」
「金ねぇんだよ」

ダメ人間のような銀時の回答に、は無言で懐から財布を取り出し、思いっきり投げつけた。げふん、とストライク。それで、銀時が牛肉を買ってきたのか、と言えば、まぁ、それはさすがに、情けないので止めたらしい。




+++




食事が出来るまで銀時の相手をしていてください、と頼まれて山崎、居間でじぃっと、向かい合わせになる銀髪の、死んだ魚よりもやる気のない目をしている万屋を眺めた。

思えばこの男も得体の知れないところがある。気付いたら、いつのまにか真選組の仲良しさんになっているけれど、そう、出逢いは池田屋ではなかったか?普通に考えれば、穏やかに交友できる、設定ではないはずだ。

「旦那は、久坂さんとはどういうお知り合いなんです?」

切り出して、山崎は後悔する。どうしてもっと、上手い聞き方が出来ないんだ自分。これじゃあ、あやしまれてしまうと身構えると、銀時は部屋に置いてある怪しげな薬やら書籍やらを、興味なさそうに手に取ったり、していた。
 それでも一応、山崎の言葉は聞こえていたようである、あー?とだるそうに返事をして、手元の本を机に戻してから、顔を上げて山崎を眺めてきた。

「オレの嫁さんに見えっか?」
「いえ、全然」
「即答か」
「ダメ人間のお手本のような旦那と潔癖症でキッチリした久坂さんとは、マジでありえません」
「いや、お前わかんねぇって。対極する二つってのはどうしても惹かれあっちまうんだよ。SMみてぇに」
「せめて磁石のSとNで例えてください」

表なんで、ここ、と言えば「え?」と聞き返されて、山崎も一瞬なんでそんなことを言ったのかはわからなかったが、なんだか、すごくチキンな管理人さんが言え、と言っていたような気がした。なんのことだろうか。

はて、と首をかしげていると、銀時が小さく溜息を吐く。というか、だるそうだ。

「ま、腐れ縁だよ。っつーか、お前こそアイツの何探ってるワケ?言っとくけどなぁ、アイツ調べても出てくるのはヤバイ色の茶だけだぞ」

やけに実感篭った声で言われ、うん、確かにネ、と山崎は嫌なトラウマスイッチが入ったように冷や汗を流した。ヤヴァイ色のお茶、しか出てこなかったら本当、どうしよう。いや、でもジャスタウェイだって最初はどうしようもないと思っていたら結局やばくて、でも、あのお茶調べるために飲むのはちょっとなぁ…。

「お前も苦労してんだな……」
「いえ……」
「で?ここで何してんの?」

ちゃかしたのに、銀時はしっかりと話題を戻す、いや、自分のよい方向に変換した。いつのまにか、山崎が問いかける立場から、銀時が問いかける側に回っている。
まぁ、副長や沖田隊長とも親しい(間違い)ようだから、別に、話してしまっても大丈夫だろう。それに、銀時が久坂玄水と親しいのであれば、何か情報を聞き出すことも出来るかもしれない。その、ための適度な撒き餌は必要だろうと山崎はある程度の情報を銀時に知らせるつもりでいた。

「俺は、久坂さんが攘夷浪士たちの援助をしている証拠を探しているんです」
「へぇ」

ありえねー、と即座に銀時が切り捨てる。

「ありえませんか?」
「ありねぇだろ。だってアイツ、人の世話すんの向いてねぇもん」

そういう問題ではない気がする。しかし、銀時は「お前も無駄なことすんなぁ」と呆れたように言って、もうその質問に対しての興味はなくなったのか、気だるそうに腕を伸ばしたり、ストレッチ。それでも、暫くして突然立ち上がった。

「旦那?」
「ちょっと、トイレ」

言って部屋から出て行こうとすると、その背中に山崎が明るい声をかける。

「俺の正体バラさないでくださいよ」

さくっ、と、銀時の足元に突き刺さる、クナイ。
銀時はやる気なさそうに「おー」と頷いて、何事もなかったように、厠があり、台所のある方向へ向かっていった。


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・ 山崎ブラックは銀時にも対抗できます。


(2007/6/27)