あなたはそっと、笑ってくれるから



崩れていくその姿、形、さまざまなもの、その、一刻前には確かに笑い合っていた塊たちが、また、崩れていく。この衝動を何と言えばいいのだろうか、ぼんやり、まるで白昼夢か、それともたちの悪い認知の遅れ神経症。どちらでも、大差はないのだろうけれど、は、ぼんやり、その、光景、血やら泥やら叫びやらが満載の、その、一連を坊主の背中越しに見ていた。突然走ったら確実に、の弱すぎる体は悲鳴を上げて使い物にならなくなる。それよりは、と、途中であった大柄な坊主の背に背負われて、移動中である。

(いったい、わたしは何を、間違えた)

こうなるかもしれない、と予測が立たなかった、など、いえない。なんとなく、どうして、かは不明だが、こういう、こともありえるだろうと、そう、解っていたくせに、どうして、自分が今、ここにそれを「しんじられない」と、唖然と、それこそ、平然とその被害者ぶった顔、で眺めていることが出来るのだろう。

社僧隊と己が連絡を取り合えば、それが知れ渡らないはずがない。それを、あの男が聞きつけて利用しないはずがないのだ。白でも黒と言うあの男が、自分を心底憎んでいるあの男が、どんな隙をも見逃さないわけがないと、わかっていたのに。

銀時に言われたではないか、らしくないことをした、と。それでも、大丈夫だと、思いたかった。後ろめたさを隠した。あの、ひと、あの、へらりと、困ったように笑う、黒髪のあの、優しいひとが自分のために傷つくのを観たくなかった。そのために。

(わたしを慕ってくれているひとたちが、死んでいく)

真選組は容赦ない。最悪生き証人を二、三人残せればよいのだ。歯向かうものは容赦なく切り捨てていく。それに、生け捕りにするつもりで戦うには、社僧隊の人間は強すぎるのだ。どうしても、命の奪い合いになる。
転がっているのは社僧隊の人間だけではなくて、やはり、黒い制服の姿も、同じくらいにある。


とん、と、突然坊主が立ち止まった。がくん、と勢いが付きは軽く揺さぶられて、吐き気を覚える。坊主の前に先頭切って走っていた蒼穹が、目の前に立ちはだかったらしい、二人組みに、木刀の下に隠した、刀の刃を向ける。

「おのれ…!裏切ったな!!殿に近づき、欺くとは…!!」

立ちはだかったのは、いつのまに回り込んだのか、真選組最強のサド王子と名高い、沖田総悟だ。きっと彼をここまで素早く案内した、山崎が傍らに立って、やはり刀を向けている。

(きょうは、ふくめんをしないでもいいんですね)

はぼんやり思って、坊主に「降ろしてください」とそっと言って、地面に足をつけた。
蒼穹の威嚇も、沖田は暖簾に腕押し、さわり、さわり、とひょうひょうと返す。

「オイオイ、誤解すんじゃねぇよ、コイツははなッから真選組だァ、騙されるそこのお嬢さんが悪ィんだろ」

カッと蒼穹が眼を見開いて切りかかった。二三度の、斬り合い。坊主も山崎からを守るように、槍を手にとって構えていた。しかし、山崎はから視線を外すように、顔を俯かせて、挑んでは来ない。それでも、やる気がない、わけではないようだ。十分に殺気の篭る刀である。おそらくは、躊躇えない己に、躊躇っているのだろう。

蒼穹が沖田に左肩を大きく斬られたのを観て、が、ひゅん、とメスを沖田に向かって投げつけた。それを、あっさり刀で弾いて、沖田の目がに向く。

「真選組最強、沖田さんと遣り合うものではありません」
「へェ、さすがは修羅の姫さんだ。自分なら俺とやりあえるとでも思ってんのかィ」

まさか、とは艶揶な笑みを浮かべてさっと、手元から小さな袋と取り出して、投げつけた。沖田がそれを切る、と中から煙が出てくる。
先ほどのように結晶ではなかったとはいえ、同じ手にひっかかってくれるとは、さすがは、幼い児だとこの状況でなければはころころ笑い飛ばしたかった。

それで、三人で再び走り出す。山崎たちは煙でむせているようで、追尾する気配はない。これで今のうちに、遠くへ逃げられれば、とは眉を寄せ掛けて、自分を不審そうに見つめている蒼穹に気づいた。

殿……先ほどから、なぜ」

が戦闘に参加することはまず、ありえてはならない。しかし、逃げるためとはいえ、自分が一瞬の標的になる危険を二度も冒している。これは、らしからぬ行動だと、蒼穹は案じているのだ。は心配させてはならないと、つとめてにっこり、笑う。自分でもらしくないのは重々承知だ。

「随分と、懐かしい名前を呼ばれました。それで、動揺してしまったようです」

わたしもまだまだ若い、と呟いてはコホコホ、咳をした。軽い、血が混じって出てくる。蒼穹や坊主たちに知られぬようにそっと袖で拭おうとしたのだが、かすかな血の臭いに反応したらしい、蒼穹がの手を取って、眉を顰めた。

殿……!!」
「大事ありません、蒼穹。それよりも、皆を避難させて……」

今も何人かは無事に追跡を逃れているはずだと、が頭の中で計算して、一番効率よく逃がすには、と口に出して呟いていると、蒼穹が、乱暴に、怒鳴った。

殿が最優先です!!」
「蒼穹……?」

怒鳴られたことは、なかった。この、柔らかい面差しの神主に、怒鳴られたことはなかった。おかしい、と、は坊主に抱かれながら、蒼穹を見上げる。その、問う視線を、蒼穹は、声を和らげて、微笑んで、止めた。

「何も申されますな、あの時、我らは殿とご一緒できなんだことを悔やんでおりました。確かに、久坂の血でなければならなかったとはいえ、我ら、殿の盾になっていればと」
「蒼穹、やめてください……」

何を、突然このように、一気に懺悔のような言葉の羅列。不安、どうして、不信が募って、嫌な予感がにはひしひしとしてきた。それで、がしっと、自分を抱き上げている坊主の腕の力が強くなる。振り払えなくなるように。

「行ってください。殿、どうか、生き延びて、幸福せに」

とん、と蒼穹は愛娘にするように、の額に口付けて、坊主を促した。とたん、坊主が蒼穹とは反対方向に走り出す。

「まっ、蒼穹……!!!」

叫ぶの声は、蒼穹の背には届くものの、彼が振り返ることはなかった。その間にも、を抱えて走る坊主がどんどん、彼との距離を開けていく。

残され、蒼穹は刀を抜き取って、鞘を捨てた。この道は一本道で、この入り口を通らねば何人たりとも、を追うことはできない。あの方は、幸せにならなければならないのだ。どうしても、何があっても。あの方は、あまりにも、これまでを一生懸命にしてくださった。だから、もう、いいのだ。

(どうか、いつか、あの方が色々なものから、忘れられてしまえるように)

祈る思いは、いつまでも消えはしないと、そう、確信して蒼穹、折って来た隊士たちに向かって走り出した。




++++




突っ込んでくる攘夷浪士たちを切り伏せながら、山崎は何とか、に近づこうとした。土方や沖田にあのひとと戦わせるわけにはいかない。先ほどは、を追うのを沖田に気付かれて一緒になったが、二度目の煙幕では、上手く沖田を巻けたようだ。

と言って、山崎はを守る、逃がすために近づこうとしているのではない。ただ、そう、命令を受けているのだ。今でも、を信じてる、その思いは当然のようにあるのだけれど、命令は、命令である。
殺すにしろ、生け捕りにするにしろ、今は無事でいてくれと、自分が願うのは愚かなことなのだろうか。あの時、ぼんやりと山崎を見たの、瞳に浮かんだ一瞬の色は、なんだったのだろう。裏切られたと、思ったのだろうか。

境内の鳥居まで行くと、大きな樹に持たれかかっている蒼穹がいた。

「蒼穹さん!!」

山崎の姿を身、そして制服を確認して蒼穹は苦々しく眉を寄せる。裏切り者、と即座に罵られなかったのは、それだけの気力がもはやないせいだろう。けして、山崎を許したわけではない。蒼穹は、何度か血を吐いて、ゆっくり、確認するように息をした。

「全て、計られたことだったのだろう。殿を欺き……あれを手に入れんがため、の、」

げほっと、蒼穹はひときわ大量の血を吐いた。立っていることも出来ないのか、ずるずるとその場に座り込んで、すぅっと、息を吐く。そのたびに喉が嫌な音を立てて、上下に動いた。その音を聞くのが辛くて、山崎は、目を逸らす。それでも音から逃げられるわけではないのだけれど。

「どうして、なんで、そこまでさんを守るんです。貴方ほどの使い手なら、一人で逃げ切ることもできたはずだ……」

沖田との斬り合いを見る限り彼は、かなりの手だれのはずだ。おそらくは社僧隊時代も、かなりの地位にいたのだろう。その、蒼穹が今このざま、なのは、を庇ったのだろう。

山崎と自分に煙だまを投げてから、と蒼穹、それに坊主の気配は綺麗に消えていて。山崎は一番、強い殺気のあるこの場所に本能でやってきた。
その主が蒼穹で、を逃がすために、を逃がした道に来る隊士たちと戦ったようだ。が逃げた場所はどこなのだろう。ここは。最終的な追っ手の目をくらますためにわざと蒼穹が移動してきた場所のようだから、これでは、八方塞だ。

(誰も彼もが、彼女を救おう、守ろうとする。その、理由はなんだろうか)

万屋の旦那は、なんとなしにわかる。彼はをとても大切にしているのだ。親愛、肉親の情に似ているのではないかと、ぼんやり思える。
しかし、神主たち、かつての社僧隊の人間は、いったい何を、守ろうとしているのだろうか。山崎の目には、彼らがを一つの崇拝の対象として見、そしてその理由があるからこそに、守っているように思えた。たとえば、が攘夷志士たちにとっての桂のように、カリスマ、大黒柱であるのなら、守ろうという気持ちも理解できる。しかし、今のは世捨て人だ。

「あの方が何をしたのか……知らぬのか」

ゆっくり、と、確認するように息を吐いて、蒼穹は一度目を閉じた。次にまぶたをひらい時にはもう、その目は焦点が合っていない。

殿は西の寝所から竹やぶへ出る。どうか」

どうか、の次は紡がれなかった。

山崎は立ち上がって、口元を覆面で覆う。そして、誰も見ぬ間にただひとり、そっと、神社を抜け出した。




++++



煙幕から逃れて、気管支に入った化学成分をごほごほと吐き出しながら沖田が礼の、神社の入り口に戻ると、ぷかーと煙草をふかしている土方と遭遇した。斬り込むことに命をかけているんじゃなかろうか、という男がこうしているということは、あらかた始末し終えたということか。

「久坂はいたか?」

それでも大本命、狙いの久坂玄水は生け捕りにも殺すことも出来なかったらしい。沖田はニヤニヤ笑って「なんでィ、土方さんドジったんですかィ」なんて嫌味を言って、土方の一閃を白刃取りしながら、そうそう、と言葉を続ける。

「いやせんでした。でも安心してくだせぇ、土方さん。山崎のヤツも消えやした。阿修羅を追ったんでしょう」
「……阿修羅?」

ごくごく普通に言葉を吐いたつもりなのに、眉を顰められて、あ、そっか、と、沖田は優越感に浸りつつ、説明を加えた。

「なんでぃ、土方サン頭脳派だなんだと言われてて知らねぇんですか。あの久坂って女はかつて攘夷戦争で桂や高杉なんかと一緒に戦ってた阿修羅姫なんですぜィ」
「阿修羅っつったら、修羅雪だ雪夜叉だァ呼ばれる、」

さすがに阿修羅は知っていたらしいが、それが久坂だと今の今まで一致してはいなかったようだ。たしかに、あのやる気のなさそうな世捨て人の久坂玄水が、かつて、どうやったかは知らないが、一晩で幾千の天人を殺したとも伝わる、阿修羅姫だとは誰も想像が付かないだろう。
あの有名な白夜叉の妹といい、戦場では士気を上げる旗変わりにされ、二つ名は白夜叉に習ってのものらしい。

「で、なんでお前そんなこと知ってんだ」

基本沖田はわりと、そういう情報には疎いはずだ、と土方が言えば、沖田はケロっとした顔で堂々と「松平のとっつぁんが山崎に送った手紙読みやした」と、言う。え、何してんのお前、という突っ込みは土方もしない。基本、山崎に人権などない。

それで、なんで松平様が山崎と個人的に連絡を取っているのかとか、そういう疑問がやっと土方の中に生まれてきてそれで、沖田が拝借してきたという、その手紙を奪い取り眼を通しながら、眉を顰めた。

「なんだ、こりゃ」



++++




覆面を被っている間は、自分にいろんな言い訳が出来る。の前に覆面を被って現れたのは、正体を隠すためと、を助けた自分に対しての言い訳だったが、今日は、その、反対になってしまったと、山崎は竹やぶを走りぬけながら、ぼんやり思う。

途中、を抱いて走っていた坊主を斬った。おそらく、追跡がかかると悟った坊主がを一人逃がしたのだろう。どちらの方向に逃げたのか吐かせる為に、山崎は酷い殺し方をしたが、やはり、はかなかった。それが、当然だ。なのにどうして蒼穹は自分にあっさりの場所を告げたのだろうか。

竹やぶを走って、走って、走りながら、自分に言い訳をした。この仮面を被っている間は、を殺せる。酷いことを、できる。しなければ、ならない。そう、命令されているのだ。

(俺はさんを、殺せる)

ざん、と、竹やぶの中に、色素の薄い、髪を見つけた。行く手に先回りして、山崎はの前に姿を現す。

突然目の前に現れた、覆面の忍び装束をは「いつかの」と、言っただけだった。彼女を殺すのは山崎退ではない、と、自分に言い聞かせる。

(彼女を殺さなければならない)

殺せる、と、クナイを握る手を振ろうとして、フラッシュバックする、想い。信じると言った時にが困った顔をして、しまった。それで、守らないでくれと、言った。守れない、自分にその時山崎は気付いていなくて、それで、今、気付いた。

守れると、思い込んで安心していたのに、どうして今、自分は彼女を殺そうとしているのだろう。

、さん…!!」

ドン、と山崎はを突き飛ばした。竹に背をぶつけて、が小さく呻く。山崎は自分の体をからなるべく離して、十メートルほど、の容態を気遣う余裕もなく、叫んだ。

「俺から、離れて……!俺は、君を……」

殺してしまう、と己の体を必死に押さえつけるようにだきしめて、山崎は必死に頭を振った。

「俺の中には修羅がいる……君を、殺してしまう、修羅が、いるんだ……」

覆面を被っていようが、いまいが、山崎退という生き物になんの代わりもない。ただ、言い訳、ができるのは覆面の方で、それで、を殺せると想った。けれど、今、山崎は乱暴に、口元を覆う覆面を剥ぎ取って、自分の掌に力を込めた。

のことを大切だと、想っているのに平然と殺せる自分がいる。どちらが自分か、などそんな問答はどうでもいい。ただ、その、簡単に、を失える自分が今、山崎は恐ろしかった。

ヒュッ、と山崎の手が勝手に動いて、クナイをに投げつけた。それは真っ直ぐにの目を狙っている。

風を切る快音。それで、肉が抉られる音がした。

「……ぁ」

掠れた声が、投げた張本人の山崎の喉から漏れる。しかし、受けたは小さく、小さく、声を漏らして膝を突いただけだった。けれど、その、左目からはどくりどくりと、血が、滴ってきている。

「あ、あ、あ、あ、ああ、」

は即座に止血に掛かっていて、呻く暇すらないのに、山崎はぽた、ぽた、とその、紅い血が点になって、落ちて地面に染み付くのを見て、恐ろしくなった。意味のわからない声を上げて、クナイを投げつけた自分の手を、地面に叩きつける。何度も、何度も、叩きつける。

「なんで、どうして、避けなかったんですか!!!貴方なら、避けられ、た!!のに!!」

責任転換さえしかけて、山崎が半狂乱になって、叫んだ。どうし、て、と疑問ばかりが浮かんでくる。に対しても、蒼穹たちに対しても、自分に対しても、そして、自分に真選組としてとは別に、を殺すように言った、松平片栗虎にも。

ふらふらと、が、なんとか体に力を込めて、たちあがって、山崎の傍らに近づいた。今しがた、己の目に酷いことをした山崎を恐れることなく、近づいて、しゃがみ込む。

「わたしは、あなたのことを疑いませんでした。最初から、正体をわかっていたのに」

ひゅっと、山崎の喉が鳴った。そして、反射的に、を地面に押し倒して、クナイを首に突きつける。の眼がぼんやりと、山崎を見た。

「知って、」

いたんですか、と最後まで続けられなかった。山崎はの上に圧し掛かり、膝で下半身を押さえ込む、左手で首、右手で心臓へクナイを突きつけて、を、見下ろす。ぼんやりと、ビー玉のようなの眼の中に、獣じみた殺気を放っている自分が写っていた。

「知っていました。最初から。あなたが、わたしを調べるために、来ていること。それでもわたしは、あなたを疑えなかった」

こうなるということを、ぼんやりと解っていたのに。自分の配慮のなさが、皆を殺してしまった。あの辛い戦いを生き抜いたひとたちを、あっさりと、死なせてしまった。
だから、なんなのだろう。だが、死んでいい理由にはなれない。は、弱々しい眼で言って、そっと、山崎に微笑みかけた。

「ダメだ…!!!」

その笑みは、薬局にいたころと何も変わらない。柔らかなものだ。火付けの犯人を捕まえてきたときに見せてくれた笑みで、そして、夜寝る前に必ず挨拶をして、向けてくれる笑みだ。

「ダメだ、ダメだ、ダメだ!!!俺は、君に死んで欲しくない…!!松平様の命令でも近藤さんの命令でも副長の命令でも俺は俺は俺は……!!」

山崎さん、そんなに怒鳴ったら壊れてしまう。は首にクナイを当てられながらも、そっと、山崎の顔に手を伸ばした。

(殺せない、とは言わなかった。いえなかった、その、優しさにどうして、こんなにも、切なくなるのだろう)

「山崎さん」

の白い手が山崎の頬に触れて、はらり、と涙がの顔に落ちた。驚いて、眼を丸くする。これは、予想外だ。どうして、山崎さんが、と、は酷く狼狽してしまう。自分が泣くのならわかる。なのに、どうして山崎さんが、と。

今だって、の首、頚動脈に一本と、心臓に向けて一本、クナイが突きつけられている状況。覆いかぶさっている情事のような光景に、物騒な器物。なのに、どうしてこんなに、この人は辛い顔をしているのか。
は対処に困ってしまって、ただ、山崎の言葉を待つしかなかった。震えながら、どれくらい時間が経ったのか、暫くしてぽつり、と、山崎が口を開く。

「俺は、君を守りたかったんだ……信じられなくても、ただ、守れれば、それで……」

今だって、山崎はを信じている。信じて、はいる。けれど、目の前にが刀を持っていて、それで、真選組の敵になったら、裏切られた、とは思わないですむけれど、けれど、それで、殺さなければならない気持ちは、なくなりはしない。その、差はいったい、なんなんだろう。こんなにも、愛しい気持ちがあるのに。自分は、を殺せるのだ。

あの火付け騒ぎで、を信じられればそれでいいと思った。いつか、自分がを裏切ることになっても、に信じられなくても、自分が、信じていればいいのだとそう、自己完結したのに。けれど、本当は違ったのだ。

ただ、自分は、信じられなくても、敵対したときに、味方を捨ててまで、彼女を守れる、その、意思が欲しかったのだ。

「君を、守りたいのに」
(俺の中の修羅は、平然とこの突きつけたクナイに力を込められる。必死に抵抗しているのに、次第に、その、止める手が痺れて、くる)

祈るように言われた言葉にただただは目を細めて、その、黒い髪を梳いて撫でるしかなかった。いったい、どうすればいいのか、お互い見当も付かない。
そっと、は息を吐いて「どうすれば、いいんでしょうか」と声に出してしまった。それで山崎が心底、困ったような顔をしてぽろぽろ泣くものだから、本当に、どうしようかと、悩んで、それでもやっぱり答えは出そうになかった。

竹やぶの笹の葉がさらさら流れて、一枚一枚と落ちていく。山崎の体越しに空を見上げながら、あの竹を割ったら何か答えは出てきやしないかとそういう、現実逃避をしたくなった。


 

 


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・修羅シリーズ、修羅は山崎さんのことです。なんかぐちゃぐちゃしてきて知恵熱出ます。(07/7/13 1時25分)