手を引かれて一緒に逃げる。は何度も躓きそうになって、何度も何度も、咳き込んでしまったけれど、それでも、自分の足で歩いて、走った。前を歩いて道を開いてくれる山崎の背中は、黒装束なのに夜に溶けないではっきりわかる。今はこの背中だけが頼りに進んでいるのに、疑問が浮かんでしょうがない。それで、ひとしきり歩いた後に、やっと口を開いた。

「山崎さん、」

と、が何かを言い終わる前に、山崎がぴたり、と、立ち止まって、振り返った。

「俺は、さんに幸せに、なって欲しいんだ」



 

 

笑って、泣いて、君と出会って

 

 

 



立ち止まって、の顔を見て笑った山崎から、はそっと視線を逸らして、俯く。


「……いつか、聞きましたね。どうして、江戸にいるのかと。居続けるのかと」

それを聞いたのは覆面を付けていたときなのだが、やはりあの時ももう、山崎だとバレていたのか。山崎が返答に困っていると、はにこり、と笑って「いろんな人に聞かれました。でも、答えなかった」と、言う。その、隠し続けた答えを今、どうやらは自分に告げようとしてくれているらしい。山崎は周囲の気配をうかがって、松平が追っ手を放たなかったことに気付き、それで、安心して、立ち話をすることにした。

はぼんやり、空を眺めて呟く。

「わたしは、高杉さんが来るのを待っているんです」

その答えは、予想してきたものだ。それで、さして驚かずにいると、はほんのり、青白くなった顔を山崎に向けて、微笑んだ。

「最初から、わたしが仲間の前から姿を消したときから、高杉さんだけは、わたしの居場所行き先行方を全部承知だったんですよ」

一緒になる約束をしたほどの男だ。包みかくさず一切を、語るようお互いなんとなしに、決めていた。言葉を吐かずとも、悟るほど近しくなっていたが、言うことは重要だと松陽の教えがあったからかもしれない。の言葉が全部本当とは限らないし、高杉の言葉が全部真実とは限らないけれど、言葉があえばなんとなく、お互いを恐れずに済んだような気がした。

山崎が目を見開くと、は「約束を、したんです。二人だけの、約束です」と、自分の左手の薬指をそっと優しく撫でながら胸元に持っていき、一度ゆっくり、息を吐いた。

「人は、いろんなことを選んで生きていきます。わたしはあの時、将軍を殺すことを選んだ。高杉さんは走り続けることを選びました」

けれどその選択は永遠、ではない。が将軍を殺したのは一時の憎悪による衝動、高杉の狂気は世界へ向けて、挑むための切符。それが、将来、にはなれない。それで、も、高杉も考える事にしたのだ。お互い、どうするべきなのか。が江戸城へ行き、戦争が終わって、高杉が追われ、その後、お互いをどうするのか。会うのか、会わないのか、愛するのか、憎むのか、忘れるのか、ずっと、思い続けているのか。

「答えを探そうと、約束しました」

お互いがお互い、どうすればいいのかわからなかった、あの頃。は高杉のためだけに生きるにはいろんな鎖があって、高杉も自分の傍にを置くには、覚悟が足りなかった。

将軍を殺して、久坂に閉じ込められたときも、ずっと、は考えていた。どうするべきかと、将軍を殺して、自分の復讐心はすっかり消えてしまった。それで、高杉に会って、どうするべきなのか。銀時のもとへ行くべきか、桂と天人一掃を志すべきか、坂本と宇宙へ出るべきか。選択肢は本当にたくさんあった。

「五年かかって、わたしが出した答えは、待つことです」

それでも、めぐるめぐる四季のうちに、やっと答えが出た。久坂に閉じ込められ、出て、一族が天人に皆殺しに会ったと知りやっと、答えが出た。

「あの人がどんな答えを選んでも、わたしはをそれを受け入れる覚悟を持って、あとはただ、あの人が答えを出すのを、待つだけです。あの人の出した答えが、わたしの“幸福せ”だと」

幸せになることは、松陽との約束でもあるし、高杉はが幸福になればいいと、自分は幸福に出来ないと思っているらしかったから、願っていた。だから、は答えを出した。高杉の想いを、答えを、己の幸福せにしよう、と。

選んだ答え、受身は、とても難しい。受け入れるだけ、というのは一切の抵抗拒否ができない。高杉が「死ね」と言えば死ぬ、覚悟がなければいけない。それほどの覚悟を持つことが、の選んだ答えである。
自分が、久坂玄水と名を変えて、江戸に留まり続けている事は、高杉の耳にはすぐに入ったはずだ。それで、悟ったはずだ。ずぅっと、ずっと、同じ場所にい続ける、自分が何を考えているのか。

「あの人は、わたしが出した答えに気づいています。だから、自分の答えが出れば、来るんですよ」

がただ待つのだから、自分の決めた答えが全てになってしまう、その、重さを背負うことになる。どれを選んでも、間違いではなく、正解になってしまう。その、責任は重い。

高杉の下にを置けばは死ぬ。間違いなく、死んでしまう。けれど連れて行かなければ、は高杉とは違う世界で生きて、死ぬ。それで高杉が許せるのなら、いいい。愛する覚悟、失う覚悟、憎む覚悟、忘れる覚悟、を、選べたら、やっと、高杉はの前に姿を現すのだ。

「あの人は臆病者ですから。今の今まで、考えるのを止めていたんです。でもそれが、たぶんやっと、考えなければならないと今頃、気付いているころでしょうね」
「ちょっと、待ってください。殺されるかもしれないのに、待っているんですか?死ねと言われても、鬼兵隊に入って、江戸を壊せと言われても、……二度と会わないと言われても、受け入れるんですか」

会話が何か、おかしいと山崎が頭を振りながら、声を上げた。幸せになるための答えが、相手の答えを受け入れること、なのか。それは、確かに、そう、だと思える一瞬。しかし、高杉晋助が、に執着していて、自分の傍意外で笑うことすら許さなかったら、死ね、と言う答えをもってきたら、それが幸せだと、言うのか。

「あなたは、本当に自分が幸せになろうなんて、想っていない、んです。高杉が、幸せになれると自分で思えた答えを受け入れることで、自分がどう生きるのかを、決めてもらいたい、だけだ」


それは、何か、違うと山崎はの手を掴んだ。が眉を顰める。それで、逃げようとする手を掴んで、真っ直ぐ、目を見た。相変わらずぼんやりとした、ビー玉のような目、だけれど、戸惑っている、隠せない色がある。山崎は、この目の中に少しでも届けばいいと思って、声を出す。

「もし、ですよ。さん。高杉の出した答えが君の死だったら、俺は不幸になるんです。それに、さんもその答えは、幸せじゃないって、解っているんでしょう」

高杉に死ね、といわれれば、それは、にとってとても悲しい結果のはずだ。は高杉を想っている。どんな答えでも受け入れる、ということは、強く相手を信じて、想っていないと出せない答えだ。

「死ねと言われたら、あなたはきっととても悲しむ」

けれどは全てを受け入れることが答えだから、拒否しないのだろう。

「だから、俺はさんが殺されそうになったら、邪魔します。殺されないように、守ります。それで、俺は幸せになれます。それで、さんを、どんなことをしてでも、幸せにします」

が望んでいなくても、生きて一緒に、笑い合えるようになんでもする。が一生不幸でい続けたくても、一瞬でも幸せだと思えるように、する。

「高杉さんと、戦うんですか」

ぼんやりとしたの目が山崎を写した。高杉晋助と戦う、殺しあう、それは、心底恐ろしい事だ。ぶるっと、想像だけで背筋が凍ってきて、山崎は、へらり、と笑う。

「殺されそうになったら、さんの手を引いて全力で逃げるくらいの根性はありますから、大丈夫です。大丈夫ですよ、きっとなんとかして、守ります」

繰り返して、山崎は小さく震えているの頭を撫でた。小さな、子供のようだった。そうだ、彼女はきっと、自分よりも幼い。気付けばその肩が本当に薄いことだとか、真っ白い肌が儚げなのは本当だったとか、いろいろ、気付かされる。

「そういうのは、止めて下さい」

ぎゅっと、の手が山崎の着物を掴んだ。その、手が小さく震えている。山崎の胸に埋めた顔は見えないが、その、頭が震えていた。けれど山崎は、「もう決めましたから」と、容赦のない答えを告げる、その、選んだ答え、はが拒否することはできないのだ。

この小さなひとが、どうすれば、死なずに済むのだろうかと必死に、ない脳みそで考えて、自分を盾にすることくらいしか今は思い浮かばないのだけれど、彼女を守るために死ぬのは何か違うような気がして、だから、情けないけど、本気で、山崎はいつでも逃げ延びれるために、明日から瞬発力を鍛えようとか、そういうことを、思った。

「俺はあなたを守ります。それが俺の答えじゃ、ダメですか。さん」

ぎゅっとを抱きしめて、山崎はくらくら眩暈がした。そういえばこんなに、強く誰かを抱きしめるのは初めてで、これが、幸福というのだろうと考える。この、どうしようもないくらいの、恋情が、そう、呼ぶもの、なのだろうか。

いつのまにか、自分はこの人を想っていたのだと、気付いた。




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・この山崎さんに「守る」と言わせたかったためにはじまった修羅シリーズ。やっと本懐を遂げられました。