(あれま、珍しい客が来たよ)

御前と妖怪たちに呼ばれる妖かしは、離れの茶室でゆっくりと煎じていた茶器から手を放し、小首を傾げた。さて、どうしよう。呼べば、クジャクもターシャも直ぐに現れる。側近たちだけではなく、の懐には管狐の入った竹筒がそっと忍び込ませてあるから、身の危険などは回避されよう。しかし、争えば確実にこちらにも被害の出る相手。出来れば、は争いをしたくなかったし、べつに敵、というわけでもない。しかし、一応考えてみれば、敵に近いような気もする。というか、うつしよに身を置いて生きているわけでもない自分が、敵とか味方とか部類する必要がはたしてあるのか。考えて堂々巡り。それでも相手の気配が近くなったので、とりあえずは口を開いた。

「帰ったほうが、いいと思うけど」

控えめな声で警告を一つ発する。
外見こそ幼いが、これでも千年を軽く生きる大妖だ。静かに紡がれた言葉にさえ威圧するような力が込められている。和やかな茶室の空気にピン、と氷のような幕が張る。通常の、人の身であれば本能的な世界の違いに震えて逃げ出すであろうところ、訪問者は些細な風とも感じずに、土足のまま茶室に上がりこむ。

「ご挨拶ねぇ。折角ワタシが態々訪ねてきてあげたというのに」
「大蛇丸くん」

咎めるように、は大蛇丸を睨む。ハイハイ、と大蛇丸は溜息一つの後に、靴を脱ぐ。それさえ守られればあとは気になることもなく、は何事もなかったように大蛇丸の前に茶器を置く。客人として持て成す気の態度に大蛇丸がクツクツと笑った。

「ワタシはお前のそういう所、嫌いじゃわないわ」
「あなたに好かれても嬉しくはないけどね」

シャカシャカと茶を立てながら、は大蛇丸の気配を伺う。少し前、本当に最近、この男は自身の生まれた木の葉の里を襲撃して、師であろうはずの三代目火影を殺した。中忍試験の真っ只中に起きた事件は、も少なからず巻き込まれた。

は妖怪ではあるけれど、一時よりしろとして木の葉の里に生まれた少女の身体を借りたことがある。だから、どこぞの里よりは、木の葉の里に愛着を持っているという自覚があった。それは、この男の知るところでもあるはずだ。だというのに、このテロリストはどの面下げてここにやってきたのだろう。

「ねぇ、大蛇丸くん」
「なぁに?」
「あなたの所為で、中忍試験が途中で終わってしまったよ」
「どうしてお前が気にするの」

聞かれれば、も答えに困って肩すくめるしかない。長い人生、中忍試験は腐るほどあるだろうし、まぁ受験して死んでしまった忍には気の毒だが、不幸な事故、としか所詮は思わない。唯一気になるといえば、折角ナルトが頑張って受けていたのに、おじゃんにされてしまった、という親心くらい。けれどあの事件のおかげでナルトが少し成長し、また他人に影響を及ぼしたという結果を、は評価している。青い瞳を揺らして、御前は大蛇丸に視線を向けた。

「その腕、」
「あぁ、コレ?」

大蛇丸は困ったような表情を作って見せ、溜息を吐く。
「猿飛のジジィを殺したときに、ちょっとね」
「それは、災難だったね」

白々しく言って、は目を伏せた。三代目火影の禁術によって一切の術を食われたことは知っていた。そして、それを聞いた瞬間にいつか大蛇丸が己の所へくるであろうことも、また予測していた。あの術を解けるのはヒトではなく、妖かしの御前だけだ。しかし、はこの男を助けてやる気は、もちろんない。それは火影への義理立てとか、そういう尊いものではなくて、ただ、直すことがの信義に反するから、というわがままだ。

「永遠なんていらないよ」

の言葉に男は喉の奥で笑う。いやな笑みだ、と御前は思った。笑顔というものはミナトに教えられて以来最も好きなものであったが、この男の笑みは嫌がらせにしか見えない。けれど、嫌な笑みだとは思うのに。見ないと見ないでなんともしっくりこないというのも本当だ。つまりのところ、は大蛇丸のこと嫌ってはいないのだろうと思う。

「それは、永遠を手にいれた者の傲慢だわ。お前は解っていないのね、御前。永遠ほど美しいものはないわ。何よりも優先すべきものだと思えないの」
「散らない桜なんて醜いだけだ。わたしは、散ってこそものの美しさがあると思ってる」

だから、あなたの手伝いなんてごめんだよ、と付け足して、は立てた茶を押し付ける。一杯の茶を出して、終了。形式上は守ったから、飲んだら帰れ。そう告げる。大蛇丸は優美な手つきで茶器を持ち、作法に則って傾けて、再び床に下ろす。この仕草だけ見れば典雅な生き物だと思う。だというのに、この男がすることといったら生き物を不幸にするか、破壊するかしかない。

「里にこれ以上手を出さないと約束しても?」

すぐさま掲げられた条件には即答した。
「嘘はよくないよ」

一度決めた目的を辞める男ではないと知っている。それに、不死となれば誰も大蛇丸を止められない以上、約束などしてどうする。

「ナルト君を殺すわよ?」

始めて、の表情が変化した。だが、それは恐れではない。

「そういうことされても、困る」

ただ淡々と答える。大蛇丸はあきれたように息を吐いた。愛しい、大切だ、と口や態度でいくら言っていたとしても、はヒトではない。ヒトならば弱点になって当たり前の感慨が、妖怪であるにはなかった。生き物はそうじて皆死んでしまう。どういう理由であっても、死んで当たり前だと思っている妖怪には、そもそも人質という概念がないのだ。しかし、はこれでも人間の中で生きてきたことが多少なりともあるから、人質を取られればどうしようもなくなってしまわなければならないことを知っている。それでも、ナルトを大蛇丸に殺されても何とも思えない自分を、ただ困るしかないのだ。
は大蛇丸を睨んだ。

「あなたは時々、変なことを言うね」
「趣味なのよ」
「悪趣味だ」

肩を竦めては懐の竹筒を取り出す。管狐を呼んで、さっさとこの狼藉者をつまみ出してもらおう。しかし、声を出す前に大蛇丸が先手を打った。

「四代目を生き帰らせてあげましょうか?」
「っは、」

それこそ、変なことを言う。は微笑を浮かべた。言っている大蛇丸もそれは可笑しいと思っているのだろう。御前は死者とあの世を結ぶ。

「再会を望むのなら、もうとっくにしてるよ、わたしは」
「そうね。そういう分では、お前はミカゲよりは賢いわ」

の美貌に影が走った。木の葉崩し襲来時に、大蛇丸に利用された憐れなクノイチを思う。自業自得とは言え、あまりに哀れな女性だった。憐憫しかけ、手を下したのは自分であるしそれは親身な感情ではなかったので思考を切り替える。

「ひとつ、聞いてもいいかな」
「何かしら」
「あなたは、永遠に生きてどうするの」
「そうねぇ」

大蛇丸は考え込み、首をかしげる。まさか考えてなかったのか、は呆れ、何かからかう言葉を吐こうとしたが、その前に大蛇丸が口を開く。この男はよほど、邪魔をするのが好きらしい。

「不老不死になったら、教えてあげてもいいわ」
「それは残念だ」

一生わからないね、といえば大蛇丸が笑う。



「茶菓子でもお土産に持ってきてくれると、嬉しいな、今度は」

場所を縁側に移して、は戯言とも本気とも取れる言葉を吐く。振り返って、大蛇丸は小さく笑った。

「考えておくわ。そうね、カブトにでも持たせて来ようかしら」
「あの子は怖いから、出来れば他の子がいいな」

多由也とか、あの子、口は悪いけど、結構好きだなぁ。

「あら、カブトはイイ子じゃない」
「怖いよ、カブトくんは」

うんうん、と真剣そうな顔で繰り返して、は肩を竦めた。

「ま、とにかく。ここじゃ滅多に甘いものは手に入らないし、クジャクは虫歯になるって出してくれないから、歓迎するよ」
「ねぇ、
「うん?」
「アタシはいつからお前の茶のみともだちになったのかしら」

ふぅ、と息を吐く大蛇丸は彼には珍しく困惑顔。どう考えても自分は茶飲み友達というポジションにおいて面白い生き物ではないし、その前に、御前と自分は、敵対してもおかしくない。しかし、は大蛇丸以上の困惑顔で、「わたしの知り合いの中で、あなたが一番茶道を心得てくれてるんだから、仕方ない」と告げた。

御前の神社に出入りが出来るヒトの身で、たとえば木の葉の里で言えば日向一族など。確かに代々当主がの茶会に出ることはあるのだが、しかし、どうも形式ばって退屈でいけない。他の里の生き物たちも、誰も彼もと距離を一歩置く。それが礼儀だが、それではどうもつまらない。

かといって、ナルトやその友達では茶会にならない。作法も何もあったものじゃなく、それはそれで楽しいが、の求める茶道とは少し違うのだ。

「イタチでも呼べばいいでしょうに」

大蛇丸は、暁にいたころの同僚の顔を思い浮かべた。あのストイックな顔した青年が、実のところこの摩訶不思議な生き物に引かれていることを知っている。イタチがここに出入りしてくれればいろいろと情報も集めやすい。

「あの生き物も怖いんだ」

と、は眉を寄せながらいう。

「お前はそればかりねぇ」
「大蛇丸くんも怖いといえば怖いんだけどね、」
「それが普通よ」
「あなたはわたしに酷い事はしないから、へいきだ」
「するかもしれないわよ」
「しないよ」
「どうしてそう思うの」
「あなたはいずれ、死んでしまうから」

ぴくり、と大蛇丸の頬が引きつった。構わずに、は続ける。

「これでもわたしはあなたの数倍を生きてる。ひとの世界の流れはよく見知ってる。あなたのようなのは、必ず殺されてしまう。そういう流れになってるらしい。だから、わたしは安心してあなたを傍における。あなたは例外じゃない生き物だから、怖くない。怖いのはカブトやイタチだ。あぁいうのは、わからないから、怖い」
「珍しく、よく喋るのねぇ」

言って、大蛇丸はの細首を床に押し付けた。ゴドン、と湯のみが土の上に落ちる。即座に窒息死するわけでもない程度の握力に、が眉を顰めた。

「おこ、った、の」
「少しだけね」

手を離してやった。殺せない生き物を殺そうとして、逆にこちらが妖怪たちの恨みを買うのは得ではない。けほけこと小さく咳き込んで、は起き上がった。

「あなたは酷い事はしないけど、痛いことはするね」
「酷いことだって、できるわよ」

してあげましょうか、と大蛇丸は薄く笑って問う。しかし暖簾に腕押し、大体妖怪のが何を恐怖と感じるのか、長年付き合っている大蛇丸にすらまだ理解できていない。(まぁ、出来てせいぜい嫌がらせかしら)

「へぇ、どんな?」
「カブトをお前にかしてあげるわ」
「ごめんなさい。もう何もいいません」

土下座。少し気分が晴れて、大蛇丸は勝ち逃げとばかりに立ち上がる。

「そろそろ帰るわ。元々長居をする気はなかったのだけれどね」
「付き合ってくれてありがとう。また来てね」
「他の茶飲み友達を探しなさい」

 言ってもどうせ聞き流されるだろう言葉を言って、大蛇丸は境内の階段をトントンと下っていく。御前は「送ってこうか?」と親切めいた事を投げかけてきたが、どうせその腹には神社から抜け出す口実をつけたいだけだろうと黒髪の忍びは低く笑った。

 

 

 


FIN 


(2008年に書いたやつの再録)