オフィス街にある公園だが利用者は会社員以外もいる。遠出してきたのかバギーを押した母子もおり、はキースが来るまでそういったありふれた公園の光景、というのをじっと眺めていた。
キースの勧めるバーガーショップは店頭受け渡しのみでデリバリーや店内で食事できるスペースの提供もない。オフィス街でそういう強気な商売をしていられるのは味に絶対な自信があるのか、昼時を少し早い今の時間でも既に列ができていて自分が誘ったのだから一緒に並ばせるのは悪いとキースが5分ほど並び、先に公園のベンチに座っていたに合流した。
「これが虎鉄さんお勧めのバーガーですか!」
「いや、すすめたのは私だが」
キースの突っ込みは無視し、なるほどなるほど、と頷きながらは安っぽい紙の包装を丁寧に捲くり子供の口には大きすぎるハンバーガーにかぶりついた。
「……」
「君にはちょっと大きい。袋の中で一度潰して食べたらどうだろうか」
がどんなに大口を開けても分厚すぎるバーガーを上から下まで味わえるわけがない。上のパンをほんのひと齧りできた、というだけの成績にの眉間に皺が寄ると、慣れた様子でぱくぱくと食べていたキースが助言してきた。
「食べ物を潰して食べるなんてお行儀悪いです」
「そうか、女性には勧められないな。タイガーくんがやっていて食べやすそうだったのだが…」
「きちんと味わえるよう消費者が工夫するのも必要ですよね」
ジャンクフードは少々雑になっても味わうことが大事ですよね、と笑顔でのたまいはぐしゃっと袋の中でバーガーを潰した。
そうして再度チャレンジすると、上から下までまる齧り、というのはやはり不可能だったがある程度は味わえた。
キースが買って来たのはアボカドとチーズ、つなぎを使用しない牛100%のパテにゴマバウンズ、オニオンとトマトを挟んだ食べ応えのある豪快なバーガーは勧めたいというだけあってなかなか美味しい。
頭の中で自動計算されるカロリーはやや高めだが、一日の消費カロリーの多いワイルドタイガーの差し入れには申し分ない。ハンバーガーは基本的にジャンクフードとカテゴリーにされるが、このバーガーは素材や栄養素も(十分とはいいがたにしても)ある程度は補給が見込める。
なるほどなるほど、とは関心して2口、3口、と食していく。
「おいしいです、これ」
「そうか!それはよかった!なによりよかった!」
もぐもぐと口を動かしながら頷くとキースが嬉しそうに笑った。笑うと辺りの明るさが増す気がするが室外でそれはないだろう。はセットメニューだという細く切られたフライドポテトを摘み、口の中がもごもごしたのでコーラで流し込もうとして咽た。
「…っ、」
「大丈夫かい?」
吐き出すほどではないがけほけほと何度か咽るとキースが背中をさすった。そういうことが自然にできるひとである。は息苦しかったので頷く返事のみとどめ、トントン、と鎖骨のやや下を叩いた。
「……わたし、コーラって初めて飲みました」
ひとしきり喉のものが下がるのを待って、一息つきながらは眉を寄せる。炭酸飲料がどういうものかは知識として得ているが、自宅冷蔵庫に入っていたためしがないので何気に初体験であった。
「裁判官さんの家では出ないのか?」
「ユーリもおばあさまもジャンクフードは食べないし、炭酸飲料は飲みません。というかあのユーリがコーラ瓶に口をつけてごくごく飲むのは想像できません」
「はは、確かに。私はわりとよく飲むかな。ブルーローズのスポンサーがペプシNEXっていうコーラを出しているから時々トレーニングルームに差し入れが届くんだ」
「そういえばペプシNEXさんは以前コーラの飲みすぎで歯が溶ける可能性があるから販売を中止しろ、とかそういう事件がありましたね」
ブルーローズがヒーローになる前のことであるがの記憶にはわりと新しい事件である。其の頃スカイハイは既にKOHとしての頭角を現していたか、思い出し目を細めていると、キースが困ったような笑い顔を浮かべた。
「○○団体の偉い人たちが起こした事件だね。よく覚えてるよ。ビルに立てこもって販売中止を要求してきたから、説得に私も駆けつけたのだけれど」
「たしかあなた、「どうせあんたもコーラを飲んでるんだろう!!」とか罵倒されてすごすご追い返されてましたね。わたしはどうして飲料水一つにあそまで熱心にテロ活動じみたことができるのか疑問でした」
飲みすぎる云々は販売することが目的ではなくて消費者の健康管理能力・意識を問題にすることじゃないのか、と最もな突っ込みをする、キースがまた困ったように笑う。
「人はそれぞれ自分が正しいと信じることがある。それに真っ直ぐ進むことは誇り高い行いだと思うんだが、平和を乱すのはよくない」
ヒーローの相手は何も犯罪者だけではない。時折ちょっと度の過ぎた動物保護団体やら環境保護団体やら、そういう「正しいの!私のやってることは正しいの!」という、全く持って人の意見に耳を貸さない熱心な方々がいらっしゃる。人格者というイメージのあるスカイハイはやたらとそういう事件の矢面に立たされることが多く、あれこれ思い出しているのだろうとは笑った。
「そうそう、それで結局、その○○団体の立てこもり事件はワイルドタイガーくんとロックバイソンくんが解決したんだったね」
「えぇ、ロックバイソンさんが「男ならコーラなんて甘ったるいもんじゃなくてビールを飲め!」とかのたまいながら、それはもう問答無用でビルを破壊して恐怖に戦くもやしどもをばったばったと確保していったんでしたね」
ワイルドタイガーの活躍した事件は全てしっかり記憶+プロテクトをかけて保管している。圧縮した記憶を脳内で解凍させ、焼き付けたワイルドタイガーの勇姿を思い出し「本当にワイルドタイガーさんは素敵でした」とため息交じりに呟く。
「大体コーラを飲んだくらいで歯が溶けるわけがないんですよ」
「そうなのかい?」
「確かに歯の主成分は生体アパタイトという酸で溶けるものですから、酸性のコーラと相性が良い訳ではありませんけど、一般的な飲み方問題ありません。口の中に三日三晩含んでいれば確実に問題ですが」
そんな馬鹿いないだろう、とは鼻を鳴らす。
ついでに言えば果物も酸性が多いので例の○○団体はコーラ販売元だけではなく農家もテロ対象にしなければならなくなる。
結局スポンサーは風評被害で売り上げが落ち、よくよく考えてみればだからこそコーラを押し出して宣伝するヒーローを展開したのかもしれない。はそんな裏事情を考えながら、今度はゆっくりとストローを吸い上げた。
ロックバイソンは「甘ったるい」と顔を顰めるが、なるほど刺激的な炭酸に程よい甘さがジャンクフードによく合う。
「しかし…君はいつも会社から出られないということだろうか」
食事中に会話をするのはマナーが良いとはいえない。既にバーガーを潰して食べるという振る舞いをしておいてマナーを気にするのもなんだが、ユーリとその母の躾の行き届いたは静かにバーガーを減らしていった。そういう沈黙が苦手なのか、あるいは空気を読んでいないだけか、キースは自分のバーガーとポケト、さらに成人男性には一つでは足りなかったのかナゲットとチップ&チョップスを完食し、ゴミを袋につめながら唐突に話題を降ってきた。
「なんです?」
「ここ最近はとても天気がいいから、きみはもっと外に出たほうがいいのではないかと思ったのだが…」
「天気の話はあなた、これで三度目ですよ」
「そ、そうか、すまない。そして申し訳ない」
「謝ることじゃありません」
出られないというのは確かだが、出ない、というほうがには正しいように思える。司法省から行動の制限をされてはいるけれど、今日のようにこうして誰かが伴えば外出は許されるだろう。しかしこれまでは自分の意思ではっきりと「ここではないどこかへ」と望んだことがなかった。そうということは、は「行動を制限されている」という何か自分が一種被害者であるような言い回しに疑問を抱くのだ。
思えば実父に8年間閉じ込められていたときも、己は外に出たい、という強い願望はなかったように思える。
ではなぜ己は父を殺害したのか。裁判では正当防衛と判決が下されたが本当のところはどうだったのかと、思い出そうとしては思考に沈む。と、押し黙ったにキースが話題を変えようとつとめて声を明るくし(彼は普段から明るいが)「そういえば!」と切り出した。
「ここの公園はよくジョンと来るんだ。あぁ、ジョンというのは、私が飼っている犬でね」
犬を飼っている、という情報には顔を引きつらせた。
あれか?休日には犬のジョンと一緒に「ははははっ」と笑いながら散歩でもするのか。
一体どこまで王子様キャラを地で行くんだ、と突っ込みたい。だが突っ込んだところで理解するキース・グッドマンではない。
「とても賢いやつでこの間なんかうっかり私が目覚まし時計を壊してしまって寝坊しそうになると足に噛み付いてきて起こしてくれたよ」
それ朝ごはんを決まった時間に食べたかっただけじゃないでしょうか、というか主人に噛み付くって躾大丈夫ですかとか、本当、は突っ込みどころ満載なキースの私生活に顔を引きつらせっぱなしだった。そして不運なことに、のNEXT能力瞬間記憶の自動書記はオン・オフの切り替えができない。
つまり、たった今の貴重な脳細胞にキースの犬トークが記録された。
全くこれっぽっちも必要としていない情報だ。いつか役に立つことが、いや、まぁないだろう。
これも運命だと諦めることにし、はあれこれ話を続けるキースを横にハンバーガーを完食することに専念した。
小柄なので小食だと思われがちだがはわりとよく食べる。そういうわけでゆっくり咀嚼を繰り返し30分ほど経ち、やっと食べ終えた。
それで、二人でゴミを片付けアポロンメディア社に戻るため公園を出ようとすると、ふとキースが入り口で立ち止まった。
「キースさん?」
「……また誘っても良いだろうか。もちろん裁判官さんに許可は得る」
「嫌です」
ハンバーガーは思ったより美味しかったが、基本的には「ヒーロー」というものが嫌いだ。ヒーローの模範のようなスカイハイと仕事以外に何度も一緒にいたい、とは思わない。今日の目的は虎鉄が好んだというバーガーを食べて差し入れにすることで(込み具合を見て今日の購入は諦めた)目的は半分達成され、もうキース・グッドマンと関わる必要はない。
はっきりと断ると、「そ、そうか」とキースは本日何度目かの困ったような笑い顔をした。
いつも爽やかに笑う好青年。それがどうもは彼を困らせることばかり言う。自覚はあるが改める気が起きない。それであるからは黙って、眉を寄せてしまっているキースを見上げる。
きらきらした金に近い髪は真上の太陽の明かりを受けて燃えるように輝いている。触れたら熱いのかと思いかけそんな非現実な思考をした自分を「青い」と鼻で笑った。
沈黙していると、キースがぱっと気を取り直し、大またで歩き出す。ずんずん、と前に行くその背は彼なりに気落ちしているのか。
(たぶんこの人は、好意を向けられることの方が圧倒的に多い。だから、わたしの態度が不思議で疑問で、だから、気にしているのだろう)
が基本的に会社から「出られない」と知った彼である。「子供の自由は制限されるべきではない」や、そういう、ヒーローの心で「ではたまには息抜きをしよう!」と誘ってくれたのだろう。それがわかる。この男はそういう生き物だ。
は、自分は彼を嫌っているのだ、とはっきりと自覚した。いや、嫌いだなんだと思ってはいたが、どうもどうやら心の底から、己はキース・グッドマンを、スカイハイを嫌悪しているようだった。
(理由などわかりきっている。彼はまちがいなく「純粋」な生き物だからだ)
人のために行動し、犠牲になり、そしてそれを「私の務めだ!」と喜び受け入れる。そういう人だ。
の敬愛するワイルドタイガーもその近しいものではあるが、しかし虎鉄には人間臭さがあった。正義の壊し屋、という明らかに正統派ではない二つ名が物語っている。
だがキースは違う。スカイハイは違う。
正真正銘の正義の「ヒーロー」で、それであるからは彼を嫌悪した。
「今日は楽しかった!あ、いや、私が楽しかったのではお礼にならないかもしれないが、」
「いえ、なっていますよ」
気まずい雰囲気を何とかしようと言うのか、年長者として相応しい言葉を向けてくるキースに、はぽつり、と言い返す。一瞬、キースの顔が驚きの色を浮かべた。これまでキースの言葉にけんもほろろと、悪意と敵意のある否定しかしなかった少女が、同じく否定の形ではあるが、わりと善意的に取れる言葉を返してきたのである。
はキースの反応を放置し、すたすたと歩いてキースに近づく。見上げるには背の高い青年はこれっぽっちも悪くないのに、己に心底嫌われているのが気の毒ではあった。
「わたし、三年と二ヵ月ぶりにガラス越しではなく空を見ました。空はとても高くて青くて、雲は白い。風がわたしの髪を通り抜けていく感触が心地よい。あなたの言うとおり、天気が良いから、今日は出てきてよかったです」
だから十分満足して、金輪際誘わないでくれと、そう言外に滲ませたつもりだった。
言葉も嘘ではない。
キースを待ちながら公園で一人座り、鳩や子供や空を見た。の周囲には普段分厚い本の山や電子機器がひしめき合っている。窮屈と感じたことはないが、なるほどあの状態は「窮屈」だったのだ、と今日初めて知った。
それであるからほんの少しは、キースに対して「連れ出してくれてありがとう」という気持ちがあるらしく、その心が多少なりとも優しい言葉を吐かせたようだ。
さぁ諦めてくれ、とがキースを追い越すと、通り過ぎるその間際、ぐいっと、腕を掴まれた。
「…くん!」
「はい?」
乱暴な力ではない。だが振りほどけないくらいの「少し興奮気味な力加減」で掴まれ眉を寄せる。どういうつもりだと睨みあげれば、キースの真っ直ぐな目にぶつかる。
「やはりまた、明日も誘わせて欲しい!いや、毎日誘わせてもらう!」
「ですから嫌ですって、」
「もしかしたら、もしかしたら、明日は嫌かもしれないし、明後日も嫌かもしれないが、それでも一週間後はまた、こうして一緒にハンバーガーを食べたくなるかもしれない」
人の話を聞かない。
一度目を伏せてあれこれと思考をめぐらす様子、しかしもう何ぞ決意するものがあるらしい。そういう気配のあと、かっと開かれた青の目に感情はさわやかだった。
「だから誘うよ。何度でも断ってくれて構わない。ただ少しでも、君が空を見たくなったら、その時は一緒に、またこうしてベンチに座って欲しい」
ぐっと、掴んでいた腕から手を離し、キースはそのまま器用にの手を握った。誓いの握手なのかこれ、とがあっけに取られ手を見、次にキースの顔を見、彼の瞳に写る自分の顔を確認すると、これまで見たこともないほど、困惑した間抜け面の少女が写っていた。
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(2011/09/28 19:00)
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